ボク、ピーマンが好きなんだよね   作:灯火011

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去り時、水を濁さず

 天皇賞春。私は、負けはしたものの満足感を得ながら厩舎でのんびりとピーマンを喰らっていた。

 

 そりゃあ、負けて悔しい。しかし、それ以上に93年のライスシャワーとマックイーンの勝負を特等席で見れた事が大きい。正直、これは末代まで自慢が出来るレベルじゃあないかと思う。いやあ、しかし、この私が最後追いついていけないとは思わなかった。鍛錬の内容だけを見ればきっと、彼らよりも私はキツイ鍛錬を行っている。

 

 しかし、やはり距離適性というものがあるのもまた事実。3200メートルの旅路は、私にとっては長すぎたと今回のレースで確信した。うむ。まぁ、負けて納得という奴だ。

 

 さて、それはそうと、もっしゃもっしゃとピーマンを喰らっていたわけなのであるが、今日は珍しく夜に外に連れ出されていた。しかも、やたらめったら関係者が居る。

 

 オーナー、相棒、いつもの世話をしてくれている人間、そのほかにも、見知った顔が多く居る。更に、視線の先には綺麗な馬具と、Tokai Teio と書かれたでっかい横断幕の様なものが用意されていた。んん? と頭にはてなマークを浮かべていると、その横断幕を持った人間が私に近づき、いつもであれば鞍を付ける私の背中に、それを被せたのだ。

 

『Tokai Teio』

 

 よくその幕を見てみれば、こんな文言も書いてあった。

 

『The strongest thoroughbred 1993.4.25 Tenno Sho (Spring)』

 

 ああ、と。紅白の色の入った馬具を付けられながら、人々の顔を見る。そうか、君達は、私をそんな風に思っていてくれたのか。

 

 そして、これはもう私でもピンと来た。ああ、これはきっと、私の引退式に向けての、おめかし、なのだろう。

 

 それならば、それならば。しっかりとおめかしをしてくれたまえよ。私はトウカイテイオー。我ながら、最もカッコいいサラブレッドなのだからね。

 

 

 まぁ、引退というのは判った。うすうす感じていたからそこは良しとしよう。

 

 無論、おめかしをされるのも十二分に理解をしよう。

 

 しかし、1つだけ譲れないものがある。

 

 鞍だ。引退式の後、鞍を付けてほしいのだ。そう願いを込めて、視界の端にあった鞍を口で思いっきり食んで、持った。

 

 すると、人間が数人がかりで鞍を私から奪おうとやってくる。だが、私も意地でそれを口から離さない。そう、綱引きである。しかし、舐めてもらっちゃあいけない。こちとら馬畜生だ。人間にパワーで負けるわけがないのだ。

 

 そうやって鞍の取り合いをする事十数分。見るに見かねた彼が、私から鞍を獲ろうとする人間に声を掛けて、この綱引きは終わりを迎えることが出来た。うむ、判っているじゃないか相棒。

 

 私はトウカイテイオーだ。トウカイテイオーの代名詞と言えば、もちろんあのステップである。もちろん、引退式で披露はさせていただく。

 

 ただ、同時に私は、トウカイテイオーでは、無い。ならば、私の代名詞のあのポーズも、ぜひやりたいのである。

 

 ちらりと彼を見る。―良い笑顔だ。しかし大丈夫か?君、スーツだけども。ま、そこは大丈夫か。彼は腐っても騎手であり、私の相棒なのである。

 

『さあ、トウカイテイオーがターフに現れました!大歓声が巻き起こりました!京都競馬場!そして続くようにレオダーバン!ナイスネイチャもターフへと現れます。

 

 この3頭。91年クラシックから、ここまで競馬会を引っ張ってきた3頭!レオダーバンの引退式で揃う事は無いかと思っていましたが、またこの3頭の並びが見れるとは感動ものです!

 

 写真撮影が行われます。おっと、ここでトウカイテイオーとレオダーバン、ナイスネイチャの3頭が何やら近づいて、頭を合わせている。何かを話しているのでしょうか。お互いにお疲れさまとでも言っているのでしょうか。周囲の人々はやれやれと首を振っている。

 

 おっと、どうやら話し合いが終わったようです。っと、おっと、トウカイテイオーが自ら中央に、左側にナイスネイチャが、右側にレオダーバンが並んだ!』

 

『3頭で写真の位置取りでも話していたのでしょうかね?いや、頭が良い馬だとは聞いていますが、前例のない事ですよ』

 

『そして、ああ、皆良い笑顔で写真を撮影しております。いやはや、やはり規格外の馬といった所でしょうか。

 

 ああ、そして、そしてトウカイテイオーが鞍を付けた!そして、ああ!スーツ姿の騎手がトウカイテイオーに跨った!!そして、そして!

 

 ああ!ナポレオンポーズ!有終の美!ナポレオンポーズ!最後に見せてくれた!素晴らしい、素晴らしい引退式となりました!

 

 騎手も、厩務員も、オーナーも皆笑顔です!観客席から大音声の歓声が降り注ぎます!』

 

 

 式典が終わった。そして、満足のいく私のナポレオンのポーズを見せた後、私は人間に手綱を曳かれながら、レース場を後にしようとしていた。

 

 となれば、つまりはこれがこの芝の踏み収めということである。じゃあ、最後に礼を尽くして終わりましょう。

 

 曳かれる手綱を食み、ちょっと待てと人間に伝える。そして、コースを抜けたところで体を反転させて、京都競馬場の芝とダートが見えるコースへと、体を向けた。

 そして、足元を確認する。うん、丁度良い。音が鳴りそうな地面だ。

 

 何事か、と彼らが私を見る。同時に、観客席もどよめきを発し始めた。

 

 しかし私は関せずに、目を瞑る。

 

 コースに向けて、首を一回深く曲げる。続けてもう一度、深くお辞儀を行う。

 

 そして、右脚、左脚と、一度ずつ、脚を打ち付けた。

 

 

 イメージは、神社への参拝。

 

 

 私にとっては、このコース自体が神様そのものと言えよう。私の未来は、全て、この芝とダートのレース場がある競馬場で掴み取ったもの。感謝しても、感謝しきれないものである。

 

 そして最後に、深く一礼。同時に、1つの願いを託す。

 

『願わくば。数多のサラブレッドが、昨日よりも、今日よりも、明日。幸運な朝を迎えることが、出来ますように』

 

 …さて、やる事もやったし、行くとしましょうか。

 

 ふと気づけば、観客席からはどよめきが消え、拍手が私達に降り注いでいた。

 

 降りそそいできた拍手をしっかりと受け止め、体を反転させて、去り口を正面に見る。

 

 ―ありがとう。今度はそういう意味を込めて、観客席に一礼。そして、一歩一歩、蹄の音を鳴らしながら、馬道へと歩みを進めた。

 

 ああ、そうそう。一つ忘れていた。こういう、去り際に時に言ってみたかった台詞があるのだ。

 

 ありがとう、観客の皆。ありがとう、競馬場。ありがとう、サラブレッド達。

 

 

 ―――トウカイテイオーは、クールに去るぜ。

 

 

「今まで、本当にありがとう。テイオーがここまで走れたのも、貴方方の調教のお陰です」

「いえいえ、とんでもありません。こちらからしてみれば、手がかからなすぎる馬でした。素晴らしい馬を預けてくれた。こちらも感謝しきれませんよ」

 

「この後テイオーは北海道で種牡馬に?」

「あー。それがね、ちょっと事情が事情だけに、今年いっぱいは北海道にはいかないんだ」

 

「あれ、そうなんですか」

「うん。見世物として、といっちゃ言葉は悪いけど、種牡馬として種付けをしながら、東京の競馬場やらを周る予定だよ。競馬会からも、振興のために考えてもらえませんか?って打診が来ててね。ひとまず再来週から宇都宮の育成牧場で管理されて、初の種付けが行われる予定だよ」

「宇都宮ですか?」

「うん。どうやら数年後に本格的に競走馬研究所が来るらしくてね。その前段取りとしてそういう繁殖とかの準備が進んでいたらしいんだ。じゃあ、丁度いい拠点だねって」

「なるほど。そうなんですね」

「それにほら、テイオーは放牧しても走っちゃう馬だ。一年かけて、走らないという状態に慣れさせないといけないからね。実際、北海道の方からは『うちじゃ走らせられませんからねぇ・・・』と相談を受けていたから、丁度いい申し出だったよ」

「はー…!それは凄い特例ですね。やはり、テイオーは特別な馬ですねぇ」

 

「ああ、もちろん。種付けシーズンが終わって、関西方面の競馬場を巡る時はここにも寄るから、その時はまた頼むよ」

「もちろんです。テイオーの世話が出来るのなら、いつでも歓迎ですよ」

 

 

 引退式から一週間ぐらい経った頃、私は車に揺られて、鍛錬の牧場を後にしていた。

 

 車に乗る時、今まで世話をしていてくれた人間は少し涙を流していた。正直もらい泣きをしそうであった。なんだかんだ言って、数年を過ごしたこの牧場は、私にとって非常に思い入れのある場所である。なにより、ここで鍛え上げたからこそ私はしっかりと成績を残せたのである。

 

 ありがとう。そう意味を込めて、人間の頭にほほを擦り付けておいた。きっと、気持ちは伝わった事であろう。

 

 さて、それはそうとして、私はどこに向かっているのであろうか。先ほど富士山は越えたので、多分関東方面だと思うのだが。ま、普通に考えれば、種牡馬になるわけで、行先は北海道であろうか。うーむ、しかし、そうなると明日からは鍛錬が無い日々が続くわけか。

 それはそれで落ち着かない感じである。いままでずっとルーティーンにしていた鍛錬が無い。つまりそれは、暇になるということである。暇になった場合、二足歩行であれば動画を見たり、本を読んだりが出来るのだが、生憎私は馬畜生。本も読めなければ動画を見れるわけでもない。どうしたものか。

 

 いや待てよ?動画とかテレビ…ああ、今は動画サービスはないから、テレビぐらいは見れるんじゃないか?

 

 勿論、厩舎にそんなものはないであろう。しかしだ。人間が住んでいるであろう、宿舎とかにはあるんではないか?テレビが。雑誌が。新聞が。

 で、おそらく、放牧される場所の扉なんかは、人であれば簡単に外せるようなものが…付いていると信じている。ま、実際、厩舎の扉なんかもそれだしね。ヘタすりゃロープ一本である。

 

 隙を見て抜け出して、テレビを見るのも、ありなのでは…?

 

 いやまぁ、あんまり派手にやるといけないので、タイミングや頻度は牧場についてから考えるとしてだ。暇すぎた場合はその方向性で行こう。うん。そうしよう。それに、どっかで新聞を読むサラブレッドなんていう記事も見た記憶があるので、そういう馬に成れるように少しずつ、私の脱走に人間側を慣れさせていけばいい。

 

 ああ、あと柵越えジャンプなんかもやってみたいところである。たしか馬の世界には馬術競技なんかもあったはずであるから、それの真似でどこまで跳べるかもやってみる価値はあると思うのだ。

 

 何せこれからは種付けと暇な日々である。余生の過ごし方というものを、真剣に考えなければきっと暇すぎるのだ。

 

「2500が2分50秒、上がり3ハロン…ああ、まだまだですね」

 

 そうポツリと呟いたウマ娘がいる。ここは北海道早来町にある小さな訓練場だ。

 自身の走行タイムを表示しているストップウォッチを確認しながら、天を仰いでいた。ふと、彼女は近寄る足音に気づき、そちらを向いた。

 

「久しぶり」

 

 すると、そこには知り合いであろうもう一人のウマ娘が、声を掛けながら近づいてきていた。

 

「お久しぶりですね。トゥインクル以来ですか」

「うん。…本当に、走ってるんだ」

「ああ。だって、あのトウカイテイオーがドリームトロフィーに来るんでしょう?君も走る。アイツも走る。じゃあ、私も走らないといけません」

 

「…でも、さ。君の足はもう」

「言わないでください。その先は。言わないでくれませんか」

「その口ぶり。君も判っているんだよね?―――言わないでくれといっても言ってやる。君の足はもう走れるそれじゃあない」

 

「ああ、十分、いや、十二分に判っています」

「じゃあ、なんで君は名乗りを上げた?まともに走れない足で、どうやって、レースを走るんだい?」

 

「…私の時計は京都レース場で止まっているの。あの1月22日から、私の時計は止まっているんです」

 

「それは…。でも、だからといって、なんで今回のレースを走るんだ。君は、いや、私たちは十分に航跡を残したじゃないか。君はもう走らなくても、いいんだ」

「それは私がよく判っています。でも、でもね?あのトウカイテイオーは、誰もが無理と思った事を、だれもが限界だと思っていたことを、その脚で超えられることを証明してみせた。見せてくれた。ならさ。先達の私が、私達が、限界をこえて行けるって、そう希望をくれたトウカイテイオーに、私は何を返せるかってずーっと考えていたんです」

 

 そう言ったウマ娘は、覚悟を決めた顔で、言葉を続けた。

 

「だから私は、レースを走る事によって彼女に恩を返したいと思います。――ああ、そうです。私はもう走る事が出来ないと言われたウマ娘です。でも、無理でも、限界でも、それを超えてみせたいと思っています。そして、諦めているウマ娘にこの希望を、この想いを繋いで行きたいんです」

 

―駄目だと言われても、諦めずに前を向いていれば、きっと願いは叶うって―

 

「…それが君の想い、か。そうか。…そこまで覚悟をしているのなら、もう止めないよ。ああ、でも」

 

 にやりと、ウマ娘は笑う。

 

「無様な走りは見せないでよ?―――あの有マ記念の借り、私も返したいんだから」

「誰に物をいっているのですか?今じゃ面影なんかないけれど、私は『流星の令嬢』と呼ばれたこともあるんですよ?」

「ああ、そうだった!………じゃあ、またね。ウインタードリームの芝2500メートル。今度は、うん。―今度は!私が勝つから!」

「あはは! うん。また今度、中山レース場で会いましょう。今度も、私が貴女達に勝ってみせます」

 

 

「や、久しぶり。そっちの調子はどう?」

『お久しぶりです。ぼちぼちですね。テンポイントの様子はどうでした?』

「んー。全然ダメ。2500の上がり3ハロン、デビュー前のウマ娘と比べてもぜんっぜん遅くてね」

 

『では、ウインタードリームは、彼女は出ないと?」

 

「それがさぁ。聞いてよ! 『中山レース場で会いましょう。今度も、私が貴女達に勝ってみせます』 だってさ!」

 

『それはそれは…。では、私達も一層気合を入れて鍛錬に励まなくてはいけませんね』

「うん!じゃあ、あとは本番で。またね、グリーングラス!」

 

 そう言って、ウマ娘は電話を切った。そして束の間。笑顔を浮かべると、両腕を天に掲げた。

 

「ふふ。一夜限りの夢だ!TTG対決!!復活だ!」

「へぇー?テンポイント先輩、ドリームで復活するんですか?」

「うん。今度のウインター限定だけどね。私も一層頑張らなくちゃ。だからしっかりと並走に付き合って貰うからね?シービー?」

「もちろんいいですよー。トウショウボーイ先輩と走るの、楽しいですからね」

 


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