ボク、ピーマンが好きなんだよね   作:灯火011

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―そしてボクは、忘れ物を届けに行く

 

 彼女が怪我をした。ボクがそれを知ったのは、ボクのメイクデビューレースの数日前の事だった。

 ボクより先にデビュー戦を飾り、2連勝をしていたウマ娘。きっと、クラシックで戦おうと、そう約束をした彼女が怪我をしてしまった。

 しかも、どうやら怪我の度合いは重いらしく、クラシックは絶望的という話だった。

 

 呆然と、ボクは学食で食券を買い、そして食事を受け取った。机に座ってそれを食べようとしたとき、ボクに声を掛けて来たウマ娘がいた。

 

「やぁ、今日はカツ丼か」

 

 はっとした。視線を落としてみれば、ボクが食べていたのはカツ丼だった。初めてだ。ボクがピーマン以外の料理を注文するなんて。

 

 声を掛けて来てくれたルドルフさんにばれない様に、笑顔を浮かべる。

 

「こんにちは。―うん。なんか無性に食べたくなっちゃって。そっちは?」

 

 ごまかしながら、そう言った。一瞬、ルドルフさんは鋭い目を此方に向けた。ああ、多分、感づかれた。

 

「ニンジンハンバーグ定食だ」

「うげ、ニンジン?ルドルフさんよく食べられるよねぇ…」

「そういえば君はニンジンが苦手だったな。甘いのがダメだった、か?」

 

 そう言うルドルフさんの視線の先にあるのは、ボクのカツ丼。

 甘い出し汁でしっかりと煮込まれ、その汁が溢れんばかりにたっぷり掛けられた、トレセン学園特製のカツ丼だ。

 

「うん。どちらかというとピーマンみたいな苦くて青臭い野菜が好きなんだよね。特に昔ながらのにが~い奴」

 

 ボクは苦笑して、カツ丼を一口、口に入れた。ああ、…顔を顰めるほどに、不味かった。

 

「…なぁ、テイオー、何かあったのか?君がピーマン以外の料理を食べるなんて、珍しいじゃないか」

 

 ルドルフさんは心配そうに此方を気にしてくれていた。

 

「…判っちゃいます?」

「判るさ。差し支えなければ、話してみなさい」

 

 そう言ってくれたルドルフさんに、ボクの友達、インペリアルタリスの話を伝えた。河川敷で会った大井トレセンのウマ娘で、並走トレーニングも強かった。でも、怪我をしてクラシックに来れないんだと。

 

「…なるほど、なるほど…大井トレセンの、インペリアルタリスか」

「ルドルフさんは知ってました?」

「ん?ああ。2戦目で大差勝ちをしたウマ娘だな。専属トレーナーからは、ハイセイコー以来の逸材という話も聞いているよ。そうか、彼女が大怪我を。…残念だな」

「はい。本当に、残念です。あーあ。彼女とならいい勝負が出来ると思ったんだけどなぁ」

「怪我は仕方がないさ。私も、そうやって走れなくなったウマ娘を何人も見てきている。だが、私たちに出来る事なんて、何一つとしてない」

 

 そう冷ややかな口調で言ったルドルフさんに、私は自然と言葉が漏れていた。

 

「厳しいね、ルドルフさん」

「ああ。だが、それがこのレースの世界でもある」

 

 そう一言。ただ、すぐに笑顔を浮かべて、続けてこうも言ってくれた。

 

「ただ同時に、私たちの走りで、希望を魅せることも出来る」

「ボクの走りで、希望を?」

「ああ。インペリアルタリス。彼女の願いが、クラシックの三冠であるのならば。クラシックの三冠を、キミと競い合いたいというのであれば」

 

「君が無敗の三冠ウマ娘になって、彼女を待ってやればいい」

 

「…もし、彼女が戻ってこなかったら?」

「そればかりは時の運さ。まぁ、それでも。君が活躍する姿を見れば、きっと戻って来るだろう。相手を信じるんだ。テイオー」

 

 

 それから暫く経って、ボクが無敗の三冠を獲って挑んだ初の有マ記念。ダイサンゲン先輩に負けたあの後、ボクはルドルフさんから提案を受けていた。

 

「だろうな。ああ、そうそう。実は今日、一つレースの提案をしに来たんだ」

「ルドルフさんが、ボクに?」

「ああ。天皇賞の前に一度、ダートを走ってみないか、とね」

 

 ボクは耳を疑った。ボクは今までずっと芝専門のウマ娘だし、そもそも目標にしている凱旋門も芝のはずだ。

 

「ダート、ですか?」

 

 オウム返しのように言葉を返すと、ルドルフさんは笑顔を浮かべながら説明をしてくれた。

 

「ああ。理由は2つ。まず、君は凱旋門に挑むわけだろう?凱旋門の芝は深いと聞く。日本の芝とは全く性質が違うんだ。どちらかというと、日本のダートに近いんだ。だから、まず、ダートでキミの適性を見て欲しい」

「なるほど。でも、ルドルフさん。それだと別に練習だけでもいいんじゃないですか?」

 

 そう、馬場の違いだけならば、別にレースに出る必要は無い。ダートの練習を増やして、パワーを上げればいい。そう思ったボクは、次の言葉で、ルドルフさんの真意を理解することとなった。

 

「そこは2つ目の理由だ。―インペリアルタリスの事は、君は、あの怪我以降何か聞いているか?」

 

 彼女とはもう疎遠になって1年以上が経つ。彼女は、あの河川敷には二度と現れなかったのだ。だからてっきり、引退したものかと思っていた。だけど。

 

「…いいえ。何も」

「彼女、大井のダートで復帰を遂げていたよ。去年は復帰後4連勝。今年もダートの路線で行くらしい」

 

 彼女が現役を続けている!思わず、声を上げてしまった。

 

「え!?本当ですか!?」

「ああ。それで提案だ。テイオー。君が彼女と走る気があるのならば、そのためにも、ダートのG1を走っておかないか?」

「判りました。ぜひ、走りましょう。凱旋門のためにも。彼女のためにも」

 

 

 パチン、と路盤に駒が置かれる。と、同時に、1つの影がテイオーとミホノブルボンの後を追いかけるように、消えた。

 

 

 

「伸るか反るか。ま、お楽しみってところだな」

 

 

 

 ゴールドシップの見つめる先。路盤には、『成り金』の駒が置かれていた。

 

 ―そして、その隣。成金に攻め込まれた側には、金将が置かれている。

 

「お前は成れないんだよなぁ。でも、ま」

 

 その金将で、成金の駒を打ちとり、にやりと、ゴールドシップは笑ってみせた。

 

「成れない駒っつーのは元々強いわけよ。このゴルシちゃんと同じようにな。芝は芝、ダートはダート。左回りは左回り。右回りは、右回りってな。どっちにでも成れる駒っつーのは基本的に弱いんだ。

 どっかのテイオーみてーに強いくせに表裏クルクルできる駒っつーのは、本当にレアもレアなわけ、さ。それにだ」

 

 パチン、と駒を移動させる。

 

「どうせ金将は一コマしか進めねぇ。しかも、斜め後ろには行けねぇ。どうあがいたって、現状維持で横に進むか、なんとか前に進むか、それともまっすぐ後退するかを選ぶしかねぇ。それにだ。たとえ前進を選んだとしても、1コマしか動けないんじゃあ、先を行く駒には追いつけないのさ。じゃあどうするかって?そりゃあ、お前」

 

 地道に進むか、それとも、相手が懐に飛び込んで来る幸運を待つか。

 

 それともそれとも。相手を、懐に呼び込む術を考えるか。

 

 好きなのを選んだら、いいんじゃねぇか?

 

 

 パン、と手を叩くと、涼しい顔でセントライトは早速指示を飛ばしていた。やれやれと、肩をすくめたシンザンは彼女の言う通り、大人しく筋トレを始めたのである。

 

「ああ、シンザン。筋トレを始めたばかりで悪いんだが。トウカイテイオーの同世代でハイセイコー以来の逸材とか言われた娘っこが居たらしいな」

 

「ん?ああ。ルドルフが言っていたなそんなこと」

 

「本当か?シンザン、今夜でいいんだが、ルドルフに詳しく聞いてくれないか?」

 

「今夜?いきなりだな。急にどうしたんだ?」

 

「現役を続けているなら一度見には行ってみたいなと思っていてな。ただ、逸材と言われている割に名前を知らないからどうしたもんかとね」

 

「ああ。そういう事か。確か、地方のダート専門で走っているウマ娘とだけは聞いている。なんでも『将軍』というあだ名も付いているんだとか」

 

「ほう。将軍か。そりゃあいい二つ名だ。『帝王VS将軍』とか銘打ったレース、組まれんかね?」

 

「はは。流石のトウカイテイオーでも地方にまでは出張らないだろうよ。ま、いい。ひとまずはルドルフに連絡を取ってみるさ」

 

「ああ、頼む」

 

 

「では、その予定でこちらは話を進めておこう。ああ、もちろん、変更になっても構わない。何よりも君のキャリアが優先だ。それを忘れないでくれ」

 

「はい!」

 

「…しかし、本当に良かったのか?君ならきっと宝塚記念にも出れたはずだ。何より、私が獲れなかった宝塚を獲っての引退となれば、また話題になるはずだぞ」

 

「あはは。カイチョーも判っている癖に」

 

「すまない、テイオー。少々意地悪だったね。キミのラストラン。しっかりと走ってきてくれ」

 

「ありがとうございます。…ボクは、彼女に、彼女の忘れ物を届けに行くだけです。ルドルフさんの想いを、凱旋門賞のゴールに届けたように」

 

「ああ。判っている。応援しているよ。トウカイテイオー」

 

 

 


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