ボク、ピーマンが好きなんだよね   作:灯火011

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書初めです。

ピーマンはお休み。


帝王賞―『クラシック』最終戦 砂 2000M

ああ、ああ、なんという幸運か。

 

ああ!ああ!なんという!なんという幸運か!

 

 

あれだけ!

 

あれだけ!

 

あれだけ私が!

 

 

ああ!あれだけ私が願い!願い乞うた夢の舞台!

 

怪我がなければ!

 

そうだ、怪我さえなければ…!

 

何度後悔した事か!

 

何度、何度東京の海に叫んだことか!

 

ああ!何度、何度枕を涙で濡らしたことか!

 

 

憧れだ。嗚呼そうだ。まだ、私は憧れている。焦がれに、焦がれている。ダートで活躍している、今でも夢に見る。

 

 

あの、あの夢の、夢の、夢の、夢の!

 

そうだ、私にとって夢のクラシックを!あのクラシックを!

 

皐月を、ダービーを、菊花賞を!

 

無敗で駆け抜けた、最強のウマ娘が目の前に現れてくれた!

 

 

落ち着け?ふざけるな!落ち着いて、これが落ち着いていられるか!

 

トレーナー!ああ!トレーナー!

 

今日からメニューを、もっと強いメニューにしてくれ!

 

ああ、ああ!あああぁあああ!ついに、ついに!

 

 

クラシック!私の、クラシックが!来る!やってくるんだ!

 

 

 4月の天皇賞を見た後、私は練習に打ち込んだ。

 

 今までも十二分に練習に打ち込んでいたが、それに加えて坂路、プールの練習を増やし、より一層下半身の強化とスタミナの増強に努めた。

 

 頭にあるのは、あのテイオーの走りだ。きっと良い感じでくる娘はいる。でも、今の私のライバルにはならない。

 

 逃げ、先行、差し、追い込み。全部が出来るテイオーの走り。対策の立てようがない。しいて言えば長距離が苦手なようだけど、残念ながら帝王賞はダートの2000メートル。彼女にとっては、得意中の得意な距離だ。

 

 逃げてもきっとレコードで逃げる。先行でも、差しでも4コーナーで先頭に立っている事だろう。追い込みは向こう正面から追い込んでやはり4コーナー抜ければ先頭。どうシミュレーションしても、帝王賞を走るウマ娘の中で、彼女が一番強い。

 

 ただ。前のダートG1であるフェブラリーステークスは大逃げで勝った。大逃げで来る可能性もある。けれど、その後のレースは天皇賞までは殿ぐらいから攻め込むレース展開が多い。…全く参考にならないな。と頭を切り替える。

 

 ともかくも私もテイオー以上の練習を積まなければならない。それはトレーナーも判っている。メニューが明らかに別物になっている。

 

 ああ、苦しい練習だ。脚も痛くなる。坂路では骨が軋んだ。練習が終われば、全身が筋肉痛でベッドに沈む毎日。でも、くじける訳にはいかない。

 

 クラシックは、待ってはくれないのだ。

 

 

 あくる日。私は大井トレセンの喫茶店へと呼び出されていた。練習の時間が惜しい、と思いつつも足を運ぶほか無かった。

 

「やあ、初めてお目にかかるね。インペリアルタリス。私は中央のシンボリルドルフという」

「わざわざご足労ありがとうございます。改めまして私はインペリアルタリスと申します」

 

 あの、中央の伝説であるシンボリルドルフからのご指名である。名目は、ダートで活躍するウマ娘への激励ということだった。

 

「川崎記念、大井記念。特に大井記念は、怪我からの復帰後2年連続のセンター。君は素晴らしい活躍をしてくれている」

「ありがとうございます。自分のベストを尽くしただけです」

 

 彼女との対談は少々硬い雰囲気で進んでいた。―彼女の名前が出るまでは。

 

「さて…ではインペリアルタリス。話は変わるが、君、トウカイテイオーの事は知っているな?」

「はい。今度の帝王賞をラストランに選んだとか。負ける気は、ありませんよ?」

「ああ。そうじゃあない。そうじゃあないんだ。インペリアルタリス」

 

 そうじゃない?じゃあ、なんだと首を傾げてみせた。

 

「トウカイテイオーの事は、君は、河川敷の約束は、覚えているのかい?」

 

 その言葉に思わず固まった。ああ、トウカイテイオーとの河川敷の約束?そんなもの、そんなもの。

 

 今まで、一度として、忘れたことなど、無い!あるわけが、無い!

 

 私と、テイオーは、ライバルなのだ。クラシックを分け合う、ライバルなのだ。

 

 なぜ貴女がそれを知っていると、叫びそうになる気持ちを抑え、私はこう答えた。

 

「…忘れるはずがありません。あれは、あれは私の原点です。()()()()()()()()()()今でも、そう思っています」

「そうか。実は、君の事はトウカイテイオーから相談を受けていてね。あれは、君達がデビューした年の12月の事だった。彼女が普段食べない物を食べていたから今でもよく覚えているよ」

 

 はは、とシンボリルドルフは笑っていた。同時に、私は。

 

「…ああ、諦めた私を、彼女は待っていてくれたのですね」

 

 そう、ぽつりと言葉が口から洩れてしまっていた。

 

「その通りだ。インペリアルタリス。ああ、そうそう。今回、呼び出したのは激励というのもあるが、それ以上にこの言葉を君に伝えたくてね」

 

 シンボリルドルフは姿勢を正し、此方を見た。

 

「私もレースの世界に忘れ物をした口だ。君と同じでね。テイオーが走るまでは私もこう思っていた『怪我がなければ』『運が良ければ』『走れてさえいれば』とね。だが、彼女はそんな忘れ物を届けてくれた。ああ、トウカイテイオーは、私の夢を、想いを背負って凱旋門を潜ってみせたんだ」

 

 え、と驚く。シンボリルドルフともあろう人が、忘れ物をした?と。それと同時に、凱旋門という言葉を聞いて納得もしていた。

 

「そんな彼女がだ。私がアドバイスで『引退レースは宝塚記念』がいいんじゃないかと言ったら、何といったと思う?」

「…想像もつきません」

「『ボクは、彼女に、彼女の忘れ物を届けに行くだけです』と言って、帝王賞に出ると、意見を曲げなかったんだ。ああそうだ、インペリアルタリス。トウカイテイオーは決して約束を違えない。

 君とライバルになると言ったのならば、トウカイテイオーは心の底から君のライバルなのだ」

 

 シンボリルドルフはそう言って、深く、頷いた。  

 

「だからインペリアルタリス。君は、あの世界最強に心置きなく挑むんだ。君のライバルに、全力で当たってこい」

「…はい。はい!全力で、全力で私はトウカイテイオーを、テイオーを追い抜いてみせます!」

「その意気だ。頑張れよ。インペリアルタリス。では、そろそろ失礼しよう。貴重な時間を割いてくれて感謝するよ」

「いいえ。こちらこそ!」

 

 そう言って、シンボリルドルフは私の前から消えていった。ああ、そうか、あのトウカイテイオーが。私を気にかけてくれていたというのか。ずっと。なら、より一層応えなくては。

 私は速足で、トレーナーの元へと向かった。

 

 

 そして迎えた帝王賞当日。帝王賞というレースは、日が暮れた夜に行われる。天には星が瞬き、絶好のレース日和だ。

 私は2番人気でパドックでのお披露目を迎える。沸き上がる将軍コール。右手を高く上げて、勝利への意気込みを観客に伝えていた。

 

 だが、パドックから降りた後。あのウマ娘の姿を見た瞬間に、心の奥底から熱いものがこみ上げてしまった。

 

 …嗚呼、嗚呼!ああ、くそっ、目の奥が、熱くなる。視界が歪む。だが、まだだ、まだ、まだ彼女にこんな不甲斐ない姿を見せることなど出来るわけがない。

 

 私は、そう、私はインペリアルタリス。あのハイセイコーさん以来の逸材と呼ばれ、クラシック戦線は間違いないと、トレーナーに言われたほどのウマ娘なんだ。でも、結局は怪我で私のクラシックの夢は潰えた。でも、私は、私は何も変わっちゃいない。

 

 

 さあ、不敵に笑え。

 

 最強を、帝王を大胆不敵に迎え入れろ。

 

 

「やあ、トウカイテイオー。帝王賞の称号を手に入れて引退するらしいね」

 

 久しぶり、なんて無粋な言葉は言わない。彼女は帝王、私は将軍。それだけで十分だ。

 

「うん。それにさ。ボク、1つ心残りがあったからね」

「…心残り?」

「ハイセイコー以来の逸材。クラシック戦線は間違いない。―ボクの同期でそんな事を言われていたウマ娘がいるんだよ。ま、運悪く彼女、怪我しちゃって、結局ボクと走る事はなかったんだけどさ」

 

 いたずらっぽく笑うテイオー。どう答えて良いか判らなかった私は、言葉を詰まらせてしまっていた。

 

「…それは」

「だからさ。インペリアルタリス。今日は、決着を付けよう。河川敷の約束、忘れてないからね?」

 

 トウカイテイオー。彼女はそう言って、まっすぐにインペリアルタリスを見つめていた。そうだ。忘れてはならない。彼女は皇帝の夢すらも凱旋門に叩き込んでみせた英傑である。

 これから走るウマ娘の夢に、気が付かないわけがない。帝王は、そう。華麗に、鮮烈に、民の願いを叶えるからこそ、帝王足りえる器なのだ。

 

「はは、はははは!あはははははは!」

 

 その目を見たインペリアルタリスは笑う。

 

「決着、決着を!私と、あんたが、決着を!?ああ、ああ!ははははは!」

 

 腹の底から、笑う。今までの後悔―、そう、悔しさ、やるせなさ、全てを吐き出すように、笑う。そして―。

 

「いいだろう。トウカイテイオー。決着を付けよう。あんたはターフで世界一になった。ダートでも頂に立ってみせた。―――でも忘れるな。ここは国内ダート、グレード1。あんた如きじゃあ、このダートは荷が重い」

 

 インペリアルタリスは不敵に笑い、そう言い切った。トウカイテイオーはと言えば、やはり、顔に笑みを湛えている。

 

 が、何を思ったか。トウカイテイオーは頭に手をやると、髪留めを解き、自慢の長い髪をすべて降ろしていた。

 

 そして一切合切の感情を捨て、インペリアルタリスを真正面に見た。

 インペリアルタリスはそんなトウカイテイオーを見て、似ている、と感じていた。

 そう。絶対の皇帝と言われた、あの――――。

 

「何を言っている。ダートだろうが、ターフだろうが、国外だろうが、国内だろうが。私は走る場所を選ばない。『あんた如きじゃあ、このダートは荷が重い?』―――舐められたものだな。忘れているのは君の方だ。私はクラシックを制し、世界を制した最強無敵のウマ娘。

 私の名前は、トウカイテイオーだ。甘く見てくれるなよ」

 

 ―絶対の帝王。髪を降ろした彼女は、まさに、威風を纏っていた。

 

「それならば、トウカイテイオー。世界最強にダートで初めて土を付けるのは、私、インペリアルタリスだ」

 

 ……嗚呼、ありがとう、トウカイテイオー。君は、私に全力で来てくれるのであろう。

 なんという幸運か。ああ、なんという幸運か!

 ならば、全力を、全力を見せる。挑め、挑むんだ。帝王に。クラシック三冠に。

 気合十分にスタート地点へと向かいながら、ああ、でもと。

 

 2000(皐月)か。2400(日本ダービー)じゃないことが少し残念だな。

 

 そんなことを思った自分にクスリと笑いが零れてしまった。

 

 私はインペリアルタリス。きっと、トウカイテイオーと比類できたウマ娘。

 怪我に、泣いた。なんで私がって。でも、私の同期には、レース場で走る光り輝く3人のウマ娘がいた。

 

 遠くに行ってしまったと、そう私が勘違いしていたトウカイテイオー。いつも、大胆不敵に笑う姿が印象的だった。

 リオナタール。負けても負けても、いつかあいつを負かすと鋭い目をしていた娘は、ついに夢を叶えそのテイオーに土を付けた。

 そんな2人をいつも後ろから見ていた、でも、胸に秘める想いは一番熱かったナイスネイチャ。託された想いは、私の目の前で成就した。

 

 あの娘達に負けてたまるかと、死ぬ気でリハビリを繰り返し、繰り返し、必死に走りぬいて。走りぬいていたら、いつの間にか、私の二つ名は『ダートの将軍』。奇しくも、光り輝くウマ娘と似たような二つ名だった。

 

 そして、今、あの3人の中でも、一番光り輝くウマ娘がここに居る。ならば、このレースは私にとってのクラシック。私にとっては夢の、ああ、夢の大舞台。

 カチリ、とどこかで音がする。ようやく、私の時計は動き出した。

 

 さあ、ゲートに入ろう。

 

 さあ、スタートを待とう。

 

 視線を下げて、蹄鉄を確認する。ちらりと、コース脇の芝が見えた―――ああ、芝はこれほどまでに青かったのか。

 

 視線を上げて、前を見た。嗚呼、レース場は、これほどまでに輝いていたのか。

 

 空を見上げた。夜空が綺麗だ。大きく息を吸った。芝の、ダートの、良い香りが鼻腔を満たす。

 

 

 夢の扉が、今、開く。

 

 

『さあ! お待ちかね帝王賞の発走がもう間もなくに迫ってまいりました! 一番人気はやはりこのウマ娘。帝王! 奇跡の名ウマ娘! トウカイテイオー!

 今回の帝王賞を勝てば、国内ダートG12勝目!国内外ダート3勝、芝5勝というG1レース8勝という大偉業!あのシンボリルドルフを超えることが出来るのか!

 

 そして2番人気!こちらも説明不要でしょう!今年に入ってからダートG1を既に2勝!ノリに乗っているダートの将軍!インペリアルタリス!

 まさかまさか、トウカイテイオーの引退レースの最大のライバルは同期という偶然!そして今、国内のダートでは敵無しと言えるでしょう!

 

 さあ、そして大外にトウカイテイオーが収まりまして、各ウマ娘態勢完了!

 

 トウィンクルシリーズ!上半期のダートレースを締めくくる大一番!そしてトウカイテイオーのラストラン!

 

 農林水産大臣賞典 帝王賞!! 今、スタートしました!』

 

 

 私は目を疑った。スタート直後、あのトウカイテイオーがハナを獲ったのだ。最後の最後で見せる走りが、ダートでの大逃げ。やはりトウカイテイオーは普通のウマ娘じゃない。

 そう感じた刹那。彼女が、間違いなく私を見た。そして、にやりと笑ってみせた。

 

―さあ、やり合おう―

 

 そう、感じ取れた。ああ、ああ、いいとも。いいとも!負けじと私も、自信満々に笑ってみせた。

 

―さっさと先に行けばいい、私が差し切る―

―やれるもんならやってみなよ!―

 

 お互いに視線が外れた。同時に、トウカイテイオーは更にスピードを上げた。彼女のスタミナとスピード、そしてパワーに物を言わせた逃げ。

 だけど舐めてもらっても困る。こちらも、帝王賞に合わせて鍛えに鍛え上げたのだ。

 

 ラスト4ハロン。そこまで我慢。最後の最後で、トウカイテイオーを躱し切る。

 

 だからしっかりと前を見ろ。だからしっかりと、テイオーを見失うな。

 

 

『さあスタートは綺麗に揃いました。そしてハナを主張していったのは、まさかまさかのトウカイテイオー!ラストランは逃げを選びました!2000メートルなら自分の距離!自信がありそうですトウカイテイオー!

 

 対してインペリアルタリスは前目に付けてそのまま第一コーナーへ!しかしトウカイテイオーは更に更にリードを広げて後続とは既に5バ身以上!ハイペースだ!これはこのまま行ってしまうのかトウカイテイオー!』

 

 

 第2コーナーまでは私の想う通りのレース展開。テイオーが少し予想外の動きだったけれど、でも、それでもまだ大丈夫。

 いくらトウカイテイオーといっても、こんなハイペースで逃げてしまえば最後は落ちて来るはず。

 

 …いや、まて。

 

 トウカイテイオーが帝王賞の、ダート2000メートルで落ちる?

 無い。それは、間違っても、無い。見ろ、トウカイテイオーを。2着とは既に10バ身。でも、更に更に加速していく。

 

 直線に入った。けれど、全くペースを落とす様子なんてない。

 

 見ろ、見てみろ。第3コーナー手前でも、まだまだ落ちてこない。

 ふと、彼女が後ろを向いた。 間違いなく、私と目が合った。

 

―付いて来れる?―

 

 大胆不敵に笑っていた。彼女は、大胆不敵に、いつものように笑っていた。

 

 そして、彼女は前を向き、同時に、()()()()()()()()

 

 ああ、この光景は、何度も見ている。何度も、何度も見ている。

 彼女のクラシック戦線。その王道の勝ち方。

 皐月も、ダービーも、菊花賞も、バ群を嫌って、コースの大外から…!

 

 同時に、彼女の足元が爆ぜた。一気に加速していくトウカイテイオー。同時に、私にだけ伝わって来る感情があった。

 

―さぁ刮目しろ!これが、ボクの、全力だ!―

 

 ああ、なるほど。私はその感情を正確に理解することが出来た。

 きっと彼女は、クラシックを届けに来たのだ。私に、クラシックという忘れ物を届けに来たのだ!本当に、届けに、来てくれたのだ!

 

 ああ、ああ!そうか!ここからが本気ということか、トウカイテイオー!

 

 私も同時に足に力を入れる。周りのウマ娘達の驚く気配が伝わって来る。でも、そんなのは関係ない。

 

 勝負だトウカイテイオー!あんたの冠は、私がもらい受ける! 

 

 

 『先頭で第三コーナーに突っ込んできたのはトウカイテイオー!大逃げ、大逃げであります!これはもう決まりか!?

 おっと!?ここで体を大外に振った!速度を上げてスパート!これはクラシック時代の戦術の再現か!魅せてくれますトウカイテイオー!

 

 他のウマ娘もスパートを掛けるが、追いつくウマ娘は今のところ居ない!トウカイテイオーが第四コーナー、その大外を抜けてトップでやってくる!後ろからは何も来ない!

 

 やはり世界最強!ラストラン!誰も追いつけない!最後の最後は、逃げて差す!圧巻のレース展開だ!

 

 後ろからは…いや!?猛烈な勢いで追い込んでくるウマ娘が一人!最内!ラチを削る様に攻め込んできたのはインペリアルタリス!ダートの将軍が満を持してやってきた!

 

 最強の帝王へ襲い掛かる!

 

 残り200メートル!しかしその差は5バ身以上!間に合うか!それとも逃げ切るか!』

 

 

 タリス。俺は、君が苦しんでいるのを良く知っている。ああ、クラシック戦線に向けて、あれだけ輝いていた彼女が、ダートで将軍と言われるまで強くなった彼女が。

 大井のダート、最終コーナーを回る時、必ず苦しそうな顔をしていることを、よく知っている。

 

 …でも、どうだ。今日の彼女は。

 

 怪我をする前。俺と一緒に勝ち取ってみせた、あのデビュー戦から2勝を挙げた、クラシックを目指していたあの時の輝きそのままじゃないか。

 俺は、彼女をずっと、引き上げてこれなかった。ああ、トウカイテイオー。ありがとう。彼女をここまで引き上げてくれて。

 

 前を走るトウカイテイオーは、自信満々の表情だ。テイオーとタリスの差は、4コーナー前で10バ身以上。

 

 でも、大丈夫。

 

 輝きを取り戻した彼女なら、この距離は射程内だ。俺が惚れた。あのクラシックに通用する走りなら…!

 

『―――行け!インペリアルタリス!!最強に!帝王に!お前の全てをぶつけて来い!』

 

 万雷の想いを込めて、俺は、叫びを上げた。

 

 

 速い!速い!やっぱり帝王は速い!一緒に走ってあの異常さが身に染みる!なんだあの変幻自在な脚は!あのスピードは!あのパワーは!なんであそこから伸びる!スピードが持つ!?

 

 でも、でも。落ち着け私。驚くのはここまでだ。

 

 第四コーナーを抜ける。ハイペースで逃げるテイオーに、他のウマ娘達はもうスタミナがない。みんな必死だ。だが、私はダートの将軍、インペリアルタリス。ただでは沈むわけがない。

 

 

 もっと脚に力を込めろ。後先なんて、考えるな。

 

 世界最強が、胸を貸してくれるというのだ。

 

 私の、夢が(クラシック三冠)。ああ、目の前に居るんだ!

 

 届く。手を伸ばせば、届く距離に!

 

 

 積み重ねてきたものを、今ここですべて解き放つ!力の何割か、なんて言っている暇はない。今、残りの力は全てこの瞬間に出し切るのだ!

 

 

―怪我をした。クラシック戦線は難しいだろう― 

 

 嗚呼そうだ!!私が今まで鍛え抜いた、全ては!

 

―怪我がなければ、三冠ウマ娘だったねと、そう慰められた― 

 

 トレセンで走った、全ての時間は!

 

―路線変更。今、ターフに戻っても道はない。ターフを諦めて、ダートへ活路を見いだせた― 

 

 今まで走ったコースの、その全ては!

 

―そして、気づけば目の前に、憧れが居る。ならば、ならば…!― 

 

 トレーナーの姿が見えた。刹那、声が聞こえた。

 

『―――行け!インペリアルタリス!!最強に!帝王に!お前の全てをぶつけて来い!』

 

 背中を押された。力が、足腰に漲る。

 景色が変わる。あの河川敷。無念を込めたダートの数々。夢が破れた芝の中山。そして、今、私の目の前にあるクラシック。

 

 ………ああそうだ!今まで経験したレースの全ては! 

 

 今まで、苦しんだ経験、それは、その全てはきっと―!

 

 このダートの!

 

 この大井の!

 

 この最終直線、ラスト、1ハロンのためにあったんだ!

 

 

 ああ、じゃあ、じゃあ!トウカイテイオー!あんたより、私の方が勝ちたいって思いは、強い!テイオー!トウカイテイオー!もう少し、もう少しで手が届く!

 

 ………嗚呼!嗚呼!走るのって、こんなに、楽しかったんだ!

 

 行くよテイオー!河川敷の約束は、あんたのライバルは!クラシックに手が届くウマ娘なんだから!

 

 

『残り僅か! 最内を追い上げて来たインペリアルタリスがトウカイテイオーについに並んだ! ついに並んだ! 同期対決を制するのかインペリアルタリス! 8つ目の冠を手に入れるのかトウカイテイオー!

 

 将軍と帝王!どちらも譲らない!譲るもんかと競い合う!

 

 内インペリアルタリス!

 外トウカイテイオー!

 

 どちらも一歩も譲らない!後続は全く追いつかない!完全に2人の世界だ!

 

 インペリアルタリス!トウカイテイオー!インペリアルタリス!トウカイテイオー!

 

 だが、だが!ここで、ここで前に出たのはトウカイテイオー!

 

 トウカイテイオー!トウカイテイオー!ラストランだトウカイテイオー!やはり、やはり!

 

 頭一つ抜け出して!

 

 

 トウカイテイオー!今、先頭でゴールイン!

 

 

 やはりやはり!帝王だ!帝王はダートでも強かった!

 

 トウカイテイオーラストラン!最後は、見事、帝王の称号を手に入れた!国内ダートG1を制覇してみせました!

 

 そして史上初!G1レース、8勝目!あのシンボリルドルフ超えを果たし!有終の美を飾りました、トウカイテイオー!!!

 

 惜しかったのは2着インペリアルタリス!

 

 ああ、しかし、しかし、2人が手を繋いで、一緒に手を挙げた! 健闘をたたえ合っているのか! 素晴らしい光景です!

 

 大井の夜空に歓声が響き渡ります!テイオーコールが起きる!しかし、その中に『ショウグン』コールも混ざっている!

 

 見事なレース、見事なレースを見せてくれました!2人に、そしてすべてのウマ娘に、改めて感謝を!』

 

 

『やっぱりトウカイテイオーは強いウマ娘でしたねぇ。これでトゥインクルシリーズを引退するのが非常に勿体ないと思わせる走りでした。

 ああ、しかし、今日のレースを見て確信しました。インペリアルタリスはやはり、トウカイテイオーに迫る逸材だったのだと。ああ、出来る事ならば、叶わぬ想いではありますが。

 彼女がクラシック戦線で活躍する姿を是非、是非この目で、この目で、見たかったものです』

 

 

「負けた負けた!あんた、やっぱり速いよ!」

 

 クビ差。最後に追い込んだ私に対して、最後に伸びを見せてそれを躱してみせたテイオー。その実力差は、私から見ても明らかなものであった。

 

「キミも速かったよ、インペリアルタリス。…たらればの話は嫌いなんだけどさ、もし、君が怪我をせずに、万全の態勢でクラシックに出ていたら…」

 

 トウカイテイオーは、まっすぐに私を見た。見てくれた。そして、その顔はあの時河原で、私と練習を重ねていたあの時の様に、にやりと笑っていた。

 

「ボクの三冠は危なかったかも、ね」

 

 そう言ってトウカイテイオーは踵を返して、控室へと戻って行った。おそらくはライブの準備であろう。ダートを走ったあとの勝負服は、それはもう砂で汚れに汚れている。ターフでは絶対に有り得ない姿だ。

 

「…なーに言っちゃってんの?全く。今日は偶然、私の調子が良かっただけだよ。たとえ私が出ていても、三冠ウマ娘はあんただった。でも、ま」

 

 そんな美しい、最強の背中を見送りながら、私は自然と口からぽろりと言葉が出ていた。

 

「ありがとう。トウカイテイオー」

 

 ―――私のクラシック戦線。

 

 長い、長い、長い。

 

 そう、長すぎた私のクラシック戦線は、ようやく、今確かに、終わりを迎えた気がしたのだ。

 

 ちらりと、ダートコースの隣に植えてある芝を見た。だが、もう芝の青さも、芝の匂いも気にならない。

 

 星空が瞬く、天を見上げた。嗚呼、なんて、なんて空は、()()()()()()()()()()

 

 息を吐きながら、足元を見た。ダートはいつもの土色だ。そのまま、勝負服を見下ろした。砂まみれ。土臭い。ひどい有様だ。

 

 ―――全く、ひどい終わりを迎えたものだと本当に思う。

 

空は青い!テイオーは強い!天晴だ!トウカイテイオー!

 

 あんたが一番だ!

 

 帝王の称号(クラシック三冠)はあんたに、くれてやるっ!

 

 顔を上げ、あの背中に届くように、そう、大音声で叫びをあげた。

 

「お疲れ様。惜しかったな。どうだった、トウカイテイオーは」

 

 トレーナーだ。顔を見てみれば、良い笑顔をしている。

 

「それを私に聞く?」

「…いや、聞くまでもないか。強かったなぁ、テイオーは」

「本当に。ああ、手は届かなかったなぁ」

 

 そう。届かなかった。結局は、クラシックには届かなかった。

 でも、負けたお陰様で私には新たな夢が出来たのだ。それは、あの背中を追い抜く事。

 

「ねぇ、トレーナー。私の走り、世界に通用するかな?」

「世界?」

「うん。だって、ようやく私は()()()()()()()()()()たんだ。次の目標は、世界しかないでしょ?」

「タリス、お前………!」

 

 そう言って、トレーナーは言葉を詰まらせてしまった。ああ、そういえばこの人にも、私はかなり苦労を掛けたと思う。

 ああ、知っている。知っているとも。

 

 怪我をした後、芝を見つめる私を見て、いつも苦い顔をしていたトレーナーを。

 私が負けるたび、血を出すほどに強く握りしめた拳を。

 毎晩毎晩、遅くまで私のために、練習メニューを、走るレースを考えてくれていたこのまっすぐな瞳を。

 ダメになりそうになった私を、真摯に支え続けてくれたこの、大きな背中を。

 

 私はよく、知っている。

 

「……ああ、ああ!タリス、インペリアルタリス!お前なら、きっとお前なら世界に通用する。俺が保証する。するとも!ああ、きっと、きっと!…きっと…ああ、ああ!」

 

 トレーナーは顔を伏せ、肩を震わせていた。その顔から滴り落ちた水滴がダートを濡らしていた。ああ、やはり、私はこの人に付いてきて良かった。私は、何も間違ってはいなかった。

 

「全く、なぁに泣いてるの?トレーナー。そんな暇は無いよ。これから私は、『ダート』で世界に羽ばたくんだからさ」

 

 もう、後ろは振り返るまい。振り返る必要すらない。私のクラシックは、もう、私の胸の中に、確かに刻まれたのだから。

 まずは手始めにアメリカに渡ろう。そして今年の年末は、BCクラシックを制覇してやろう。そして、来年は、あいつが出来なかった、BCクラシック連覇を成し遂げて見せよう。

 あいつが出ているはずの、ドリームトロフィーリーグが霞むぐらいの活躍をしてみせよう。

 

 ………出来ない?不可能?あっはっは!甘く見ないで欲しい。

 

 なんてったって、私はトウカイテイオーのライバルだ。

 

 そして、なにより私は、ダートを走る将軍(ハシルショウグン)なのだ。帝王如き、その背中は見事、私が追い抜いてみせようじゃあないか。

 

 

「おお、演歌娘。お前も来てたのか」

「セントライトさん。演歌娘は止めてくださいって毎回言ってるじゃないですか」

「すまないすまない。癖でね。いやはや、お前の、ハイセイコーの後を継ぐ逸材。しっかりと魅せて貰ったぞ」

 

 ハイセイコーは頷く。そして、テイオーと共に手を挙げていたインペリアルタリスを見て、ため息を吐いた。

 

「彼女、惜しかったです。ええ。すごく。すごく。もう少しで手が届いたのに」

 

 セントライトはため息を吐いたハイセイコーを見て、小さく頷いた。

 

「そう言えばお前も三冠には届かなかったクチか。ああ、こう見てみれば、似た者同士か」

「ええ。ですが。見てください。負けたはずなのに彼女、いい顔をしていますよ」

 

 その言葉に、セントライトはターフを見る。そこに居たウマ娘は、負けたウマ娘とは思えないほどの、清々しい笑みを浮かべていた。

 

「…ああ。いい顔だ。人気絶頂期。無敗だったお前が、日本ダービーで初めて黒星を付けられた時の表情とよく似ているな。懐かしい」

 

 今度は、ハイセイコーが深く頷いた。 

 

「彼女はきっと、ここから更に伸びますね」

 

 そして、ハイセイコーの言葉に、今度はセントライトが深く笑みを湛えた。

 

「ああ。いいねぇ。大井の星はこれからもトゥインクルを駆け巡るか。良い、良い。これで良い。夢を背負ってこそのウマ娘だ」

 

 うん、うん、と頷くセントライト。と、ふとハイセイコーがセントライトを見た。

 

「…そういえば風の噂で聞いたんですが、セントライトさんは今年の冬は走らないんですか?

 私、貴女と一緒に走りたいんですけど(三冠を獲りたいんですけど)

 

 そう言ったウマ娘は、現役当時と変わらない、強い輝きを放つギラギラと輝く目を持っていた。そして一瞬、その瞳に気圧されたのか体を引き、そして溜息を吐いたセントライトは、頭を掻きながら苦笑いを浮かべていた。

 

「あー。そうだな。今のままじゃ精々2着が限界だろう(今のままでもお前には負けんよ)

 でもま、冬までには仕上げてみせる(帝王には私が勝ってみせる)、さ」

 

 そうやって2人のウマ娘は握手を交わしていた。決して交わる事のなかった景色が、どうやら、すぐそこまでやってきている。

 

「そう言えば演歌娘。今日のライブの曲はなんだ?」

「演歌娘は止めてください。というかそのぐらい自分で調べてきてくださいよ」

「いやはや、歳を重ねると調べることが億劫でね」

「はぁ。まったくもう。今日の曲は『Special Record!』ですよ。本当は宝塚の曲なんですが、トウカイテイオーが走るという事で特別に変更になったんです。これ、歌詞カードです」

 

「なるほどなぁ。なになに…『叶えたい未来へ走り出そう、夢は続いてく』か。ああ、確かにトウカイテイオーという夢はこれからも続いて行くのだろう。だが、インペリアルタリスの夢も続いていく、か。――良い。良い。これで、良い」

 

 

 

 ありがとうございました!お送りした曲は、Special Record!でした!

 

 さて、実は今日はもう一曲あるんです!今日はボクのラストラン!URAがボクのために特別な曲を用意してくれました!

 

 もう一曲、行くよー!ボクと言えばこの曲しかないでしょー!?

 

 曲名は!『Winning The soul』!

 

 それでみんなー!今日はこの2人にも来てもらいました!リオナタールと、ナイスネイチャー!

 

 ひっさしぶりー!ステージー!リオナタールでーす!

 ナイスネイチャでーす!今日はテイオーの引退ライブってことで来ちゃいましたー!

 

 この3人で歌って行こうと思いまーす!

 

『『『うおおおおーーー!』』』

 

 あ、でもね!今日ボクと最後の最後まで競い合ってくれたインペリアルタリス!彼女にも一緒に歌ってもらおうと思うんだけど、観客のみんなー!いいかなー!

 

『おおおー!歌ってー!』

『ショウグン!歌って―!』

 

 ありがとー!じゃあ、マイクもう一本もってきてー!今日は()()()()()()で歌うからー!

 

「え!?って、あんた。私はクラシックの曲なんて…」

 

 何も聞いていなかった私は、そうやって断ろうとした。だけど、私の顔を見て、彼女はにやりと笑顔を浮かべた。

 

「何いってるの?キミ、()()()()()()?」

 

 もちろん。だって、私はクラシックを目指していたんだ。クラシックを目指していて、あの曲が歌えない、踊れないなんてモグリもいいところ!…ああ、くそっ。くそっ。くそっ!トウカイテイオー!味な事をしてくれる!

 

 ああ、本当にテイオー。あんた、あんたは夢を届けてくれるウマ娘だ!

 

 左右にあのリオナタールとナイスネイチャが付いた。

 

 センターに立つ私とテイオーの前に、2本のマイクが置かれた。

 

 そしてギターの音が流れ始めた。

 

「君は普通に踊って。ボク達、しっかりとキミに合わせるから」

 

 …息を吸う。

 

 同時に、ギターの音がイントロへと変化していく。

 

 それに合わせて、一本指を天に掲げ上げた。

 

 ―――ここから先は記憶が曖昧だ。あの一夜の輝きは、夢か現か。私にとっては判らないものである。

 

 ただ、手元にしっかりと残っているこの写真。トウカイテイオー、リオナタール、ナイスネイチャ、インペリアルタリス。勝負服の私達の後ろには、帝王賞の幕がある。この写真を見ると、あれが現実の出来事だったんだなと理解することが出来る。

 

「インペリアルタリス。そろそろ時間だ。大丈夫か?」

 

 写真から視線を外してみれば、そこにいたのはトレーナーである。

 

「あ、うん。大丈夫。そっか、時間かぁ」

 

 写真を仕舞う。そして、ほほを叩いて気合を入れ直した。これから先は夢か現か、なんて言ってられない。正真正銘の真剣勝負。

 

「じゃあ、行きますか。トレーナー」

「ああ。行こう、インペリアルタリス」

 

 控室を出る。トレーナーと共に歩くバ道。そして、聞こえてくるアナウンス。

 

『昨年のトウカイテイオーに続き、このBCクラシックに2年連続で日本のウマ娘が出場だ!今日、このレース場の一番人気、ダートのショウグン!インペリアルタリスのお披露目だ!!!』

 

 さあ、トウカイテイオー。あんたの偉業は私が塗り替えてみせよう。

 

 なにより、ダート屋はダート屋の意地がある。たかだか世界最強のウマ娘に記録を持ってかれっぱなしじゃあ、気が済むわけがない!

 

 

「な?だから言っただろ。成れない駒は、強ぇんだって」

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