ボク、ピーマンが好きなんだよね   作:灯火011

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料理する時間が無いのでピーマンに塩つけて食べてます。

でも、こういう雑な食い方でもピーマンは受け入れてくれるのよ。

つまりピーマンイズワンダフル!


慌ただしくなる毎日、続く夢

『よかった』

 

 それは、ようござんした。頭を下げて、牝馬を残して種付けの施設を後にする。

 

 初の種付けから既に一週間。毎日代わる代わる牝馬が来ては、私を待ち構えていた。

 

 いやもう、それはもう、全員見事にやる気満々でございまして、いやはや、乾く暇がないというのはまさにこのこと。

 

 毎度毎度、どっせい!と、気合を入れながらなんとか子種を仕込んでおります。

 

 

 …ぬあああああああああああ疲れたもおおおおおおおおおおん!

 

 

 何だよ毎日って。毎日毎日すんごい高い壁を、高い山を!エベレストを越えている気分だわ!なんだもう!エブリディってハーレムか!?望まぬハーレムは地獄だぞこれ!

 くっそ!ええい、人間よ!とりあえず洗面所行くぞ洗面所!歯ぐらい磨いてくれや!な?そんな目で見るなよ判ってるよ毎度毎度不機嫌になるなってことぐらいはさぁ!

 

 しかし、しかし慣れん。いや、マイ・サンは無事に元気ではあるし、無事に立ち上がってはくれてはいるんだ。

 

 だが、だが、なんだこの圧倒的罪悪感!この罪悪感は一生消すことが出来ない予感がひしひしとするぞ!そりゃあまぁ、私、中身人間だしな!私は馬…私は馬…私は馬…と言い聞かせて納得できるわけないだろう!?体は明らかに馬だけどさぁ!

 

 はい!愚痴終わり!サー切り替え切り替え!

 

 と、まぁ毎度の愚痴タイムは終わりである。とりあえず、毎度毎度こうやって吐き出せばまぁ、なんとかなるぐらいにはメンタルは安定させることが出来てきている。だってね?考えてみてくださいよ。これ、仕事ですから。私、馬になってもサラリーマンです。

 

 お馬さんの中には、種付けがストレスやら、種付けのせいで荒れたやら、そういう噂の立った名馬もいることは知っておりますとも。どっかの特別週さんとかそうらしいじゃない?でも、私はメンタルを自己管理できるナイスホースでありたいわけである。

 

 そして何より、仕事を全うするから対価を頂ける。これは、集団生活という中での鉄則なのだ。これからながーく、健康に、すこやかに生きていくためには、仕事をせにゃいかんのだ。しかも、よくよく考えてみれば、この種付けという仕事は、自分にしか出来ない仕事というのもポイントが高いのである。

 

 嫌だ嫌だと駄々を捏ねることも出来よう。だが、残念。私は外見こそ馬畜生であるが、中身は人間だ。仕事はしっかりと仕事として成し遂げてみせよう。

 

 …あー、まぁ、ただね。難易度でいうと凱旋門のゴールの方が簡単だったなぁ。結局全力で走ればいいわけだしさぁ。っと、そう言えば今日は、種付けのあと放牧ではない?いつもと違う建物に連れてこられてきておりますね。

 

 んんー?ここはどこなんでしょう。というか、何そのランニングマシン。乗れと?

 

 

 宇都宮育成牧場。あと数年で競走馬研究所に名を変えるその場所で、2人の男性がテーブルを挟み、お互いに軽く会釈を行っていた。

 

「お世話になっております。申し訳ありません。私のテイオーがかなりご迷惑をおかけしているようで」

 

 一人はトウカイテイオーのオーナーである。持ち馬が脱走劇をしてみせたり、種付けの時に少し暴れてみせたりと、最近は心労も少し多いのか、少々疲れた笑みを浮かべていた。

 

「お世話になっております。いえいえ。最初は驚きましたが、慣れてしまえばどうってことないですよ。むしろ、研究者冥利に尽きるというものです。なんですかあのテイオーという馬は。知能指数は正直言って、我々と同じと言えるぐらいですよ!」

 

 もう一人は所長その人である。ただ、オーナーとは打って変わって目はギラギラと輝き、生命力が漲っていた。そして、所長の言葉にオーナーは首を傾げつつ、口を開いた。

 

「それほど、ですか?」

「ええ。ご覧いただいた通り、簡単なロックの扉は開ける、道、そして道順というものを理解し、人が来るかもしれないという予想も立てて自分で止まる。放牧に出せば他の若馬の走り方の指導すらする。いや、『神馬』とはよく言ったものです!」

「そういって頂けますと有難く思います」

「それに、神棚に向かっての毎日のお勤め!いやあー、毎日驚かされてばかりです」

 

 そう言って所長は笑みを浮かべていた。しかし、オーナーの方はというと、少々戸惑っているようだ。

 

「ああ…はい。というか、テイオーがあんなことをしていたなんて初めて知りましたよ。JRAのトレセンでは大人しい馬だったので全く予想が出来ませんでした。

 …と、そう言えば本日のご用件は…?扉の件などは前回の話し合いで解決したかと記憶しているのですが」

「ああ、そうです、そうでした。実は本日お呼びしたのはその件とはまた別の事が判明いたしましてね。正直、驚きましたのでご報告をと」

「…これ以上に驚くことですか?」

 

 オーナーはそう言いつつ、ため息を吐いた。今度は一体何をしたのであろうか、と。しかし、その割には所長の声は明るいままだ。

 

「ええ。トウカイテイオーについてですが、今、我が宇都宮育成牧場で種付け、管理をさせていただいておるのはご存じの通り。ただ、驚くべき発見があったのが、ダート、芝コースでの運動の時なんですよ」

「運動の時?」

「ええ。何枚か写真をご用意致しました。ご覧いただければ一目瞭然です」

 

 そう言って所長は、オーナーの手元にファイルを置いた。オーナーは、疑問に思いながらもそのファイルを開く。どうやら、トウカイテイオーの走っている時の写真の様だ。

 

「…これは?」

「ダート、芝、そのスタート直後、中盤、終盤の追い込みを、ここ数日分まとめたものになります。お気づきに、なられますか?」

 

 その言葉に、オーナーはしげしげとファイルの中の写真を見比べる。一枚はダート、その次もダート、そしてその次は芝、はて?と疑問の色を浮かべていたオーナーであるが、数枚の写真を見比べるうちに、疾走中のサラブレッドでは有り得ない、しかし、テイオーの疾走中に起きている体の変化を、確かに見つけていた。

 

「…ええ。ええ!これは、素人目でも判ります。テイオーは、状況によって歩幅が違うのですね?」

「その通り。しかも、同条件ですら、歩幅が変わっていることがあるのです」

 

 そして、所長はオーナーの目を見ながら、静かに語り始める。

 

「普通、馬というのは馬の馬格、骨格などによって歩幅、歩調が決まっております。それによって短距離、マイル、中距離、長距離向きと色々特色があるのが、サラブレッドです」

 

 所長はそう言いながら、テイオーの写真を指さした。

 

「しかし、ご覧の通り。このトウカイテイオーというサラブレッドは、足場の状況、種類、展開によって歩幅、歩調を変えられる馬ということが、ここ数日の観察で判ったのです」

「…伝説のアメリカの馬、セクレタリアトを思い出しますね。確か、セクレタリアトは2種類を使い分けていたとか」

「その通り。アメリカ最強馬と名高い、セクレタリアトで、2種類の歩幅を使い分けていた、というのが事実なのです」

 

 所長はそう言って、オーナーの目を見た。オーナーも、それに応えるように、その目を見返す。

 

「しかし、トウカイテイオーというこのサラブレッドは、2種類の使い分け、なんて甘いもんじゃありません。ここにある写真だけでも、10種類以上を使い分けています。これがどれほど異常か、どれほど可能性が秘められているか、オーナー様ならお判りでしょう」

「…はい」

「そこで、オーナー様に一つご提案があるのです。種付けの時間以外で、負担にならない範囲で、トウカイテイオーというサラブレッドの体を調べさせていただきたいのです」

 

 ああ、なるほどと、オーナーは納得がいった。確かに、これほどの事なのであれば、呼び出しを受けるのも当然であると。そして、その答えは決まっている。

 

「それはもちろん、構いません。正直、こんな可能性を魅せられて、ただ指をくわえているわけにも行きませんからね」

 

 オーナーはここで初めて笑みを浮かべていた。と同時に、所長は深々と頭を下げていた。

 

「ご理解、感謝致します。では、まず初めに、ランニングマシーンでどの程度の歩幅の調整が利くのか。そして、どうやら走り方も変わっている様なので、それも調べて参りたいと思います」

「お願いします…というか、走り方も変わっているのですか?」

「ええ。ああ、判りやすいのは、ダートと芝のスパートの写真です。見てください。ダートの時は蹄を立てているのに、芝の時は蹄を少し寝かせているのです。他にも脚の角度や、体幹の筋肉の使い方もどうやら違うようなのです。これはもしかすると、サラブレッドの革新に繋がる事案かもしれませんよ」

 

 

 目覚めてからブラッシングを受けて、厩舎でのんびりとピーマンを喰らっていたわけなのだが、そういえばここは北海道ではないよなと、ふと思った。てっきり種牡馬用の牧場だから北海道かと勘違いしていたのだが、どうも牧場の周りに建物が多い。それに、東京タワーを窓の外にみつけてから、数時間で降ろされていたわけであるし、ここはじゃあどこだ、という事になる。

 

 だがしかし、洗面所に行く道中や、放牧の合間で見える看板などには『JRA』のロゴがあるので、まぁ、競馬会の施設であることは間違いないらしい。

 

 が、そうなると少しおかしいのだ。

 

 確かそう。JRAはあくまで、競走馬のための協会なのだ。馬券の運営やらレース場の運営、ひいては調教関係やジョッキーなども所属している協会なのである。

 

 逆に言えばだ。ここには『種牡馬』『引退馬』などは所属しないのが普通なのだ。

 

 だからこそ、レース生活を終えた馬達は、JRAの調教用の牧場を去って、その引き取り先によって種牡馬用の牧場や、観光用の牧場などなどに移動するわけなのである。

 

 だがどうだココは。明らかにJRAの施設である。そして、若馬が多い。むしろ、私以外の種牡馬を見たことがない。…ということはココ、一体どこだ?んー?鍛錬用の牧場…ではないな。いくらなんでも練習コースの規模が小さい。ヒントは多分若馬が多いという点である。うーん?

 

 というかそもそも、高速道路の降り口の看板を見ていれば良かったのだ。『おー、北海道についたのかー、近いな―』なんて決めてかかっていたからここがどこだか判らん羽目になっているのである。

 

 まぁ、とはいえ考えても判らんもんは仕方がない!いったん忘れよう!いつもの楽観思考で行こうじゃないか。それに食う寝るには困っていないし、子孫もばっちり残せている。生物としてはかなり大成功なわけである。それに、その内また何か今の場所のヒントたるものが出て来るだろう。何せ私は勝手に出歩けるのだ。にょきっと人々の厩舎に行ってテレビを見る日もきっと近いのである。

 

 …おっと、遠目に見えるのは新たな牝馬。しかも、若馬じゃない。私と同じぐらいの牝馬である。ということは、今日の仕事のお相手という事であろう。案外と、慣れたものだ。そう考えると同時に、人間が私の厩舎のドアを開けた。

 

 オッケー、では行きましょうか。体を震わせて床材を体から払っておく。身だしなみよーし。体調よ―し。そして、行くぞ我が相棒。さっと済ませてクールに去ろう。雄たるもの、紳士であれ。優雅であれ。そして、確実であれ。

 

 あ、その前にっと。

 

 厩舎から種付け施設に向かう道中の神棚の前で、天の神様にしっかりお祈りをするとしよう。

 

 しっかりと体を神棚の正面に向けてと。首を傾げるんじゃあない人間様よ。いい加減、馬が神頼みする姿にも、慣れただろ?というか君も一緒に祈りたまえよ。

 

 そう鼻息を荒くしつつ、しっかりと礼を二回、脚で拍手二回、そして、深く礼を一回。

 

『昨日よりも、今日よりも、明日、全ての馬が希望に満ちた朝を迎えられますように』

 

 よーし。ではいざ行かん。我が戦場へ!

 

 

 とある訓練場の、とあるダンススタジオ。そこでは、伝説のウマ娘2人がうんうんと声を上げながら、新曲の練習を行っていた。

 

「一分間の拍数が170か。相当早いな。この曲」

「だろう。しかもセンターになるとほとんど早口で、歌うと言うよりも語りに近い。口、回るか?」

「うーむ。まぁ、やろうと思えば。しかし、我々が歌って踊る事に需要はあるのかね、この曲?」

「…まぁ、当時のファンにはたまらんのじゃないか?」

「そんなものか。…しかし、よく走る気になったな。セントライト」

 

 シンザンの言葉に、苦笑を浮かべてセントライトは口を開く。

 

「ん?ああ。演歌娘から三冠をせがまれてね。仕方なくさ」

「その割には楽しそうな笑顔だな」

 

 シンザンの言いように、むっと顔を顰めるセントライト。だが、お返しとばかりにふっと笑いながら、言葉を投げる。

 

「…まあいいじゃないか。お前だって鍛錬しながら笑顔を浮かべていたじゃないか。それと同じだよ。シンザン」

「まぁな。いつでも強者に挑むのは楽しいものさ。に、しても、やはりトウカイテイオーの能力は異常だな。全く追いつける想像がつかん」

「正直、私もだ。まだルドルフを追い抜く方が現実的だろう」

「はは。ルドルフも言っていたよ。テイオーに追いつける気がしない、とね。ただ、同時に、諦めはしないとも言っていた」

 

「そりゃあそうだろう。負ける気で走る奴はいないさ」

 

「はは。じゃあ、勝った時のためにライブの練習でも続けるとしよう」

「うむ。…うーむ。なるほど、脚をこうやって…手をこうか」

「それだと角度が違うんじゃないか?手と脚をこう…ついでに尻尾で表情を付けた方が可愛いに振れる」

「おお。確かにな。AメロBメロは可愛さ全振りで行くとしようか。で、サビ前のこの掛け声は全員で停止か。なるほど、メリハリも大切なわけか」

「確かにな。その後、サビの歌い出し直後、センターと2,3着が一気に観客席に向かって走り出すから余計にこの止めが大切だろう。というか、サビはセンター3人はカッコいい系、他は可愛い系というダンスか」

「うーん。2着3着の走った後のハイタッチのタイミングも難しいな。観客席に向かうまでのBGMをしっかり聞いておかないとタイミングずれるぞコレは。というか、ハイタッチの場所まで指定されているのか。エグくないか?このダンス」

「というかこの配置もなかなかエグいな。ほぼステージのぎりっぎり端じゃないか。しかもセンターらが走り出すタイミングと同じぐらいでバックも走り出すと…足を滑らせたら観客席にダイブしてしまうかもしれないな」

「ま、それはそれで喜ばれそうだがね」

 

 振り付け表、歌詞カード、そしてプレのダンス映像を見ながらそうやって新曲の分析、そして練習を行う2人である。伝説の名ウマ娘、と言われているシンザンとセントライトであるが、その裏には確かな、そして人一倍の努力が隠されていることを忘れてはならない。

 

「ああ、シンザン。本格的に練習する前にだ。少し三女神に祈っておかないか?」

「良いぞ。セントライト。せっかくだ。曲の成功と、ドリームトロフィーの成功を祈っておこう」

 

 そう言いながら、シンザンとセントライトは訓練場の小さな神棚に向けて歩みを進め、その下に到着すると、自然な動作で2礼。そして2回、大きく音を立ててかしわ手を打つ。

 

 そして、深く。深く深く一礼を行っていた。

 

『今日よりも明日、全てのウマ娘が良い朝を迎えられますように』

『全てのウマ娘が、未来永劫、良い笑顔を浮かべられますように』

 


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