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千葉県成田。飛行機が頭の上を飛び交うさなか、2人のウマ娘がストップウォッチを見ながら話し合っていた。
「2500を2分35秒。まだまだ届きませんね」
「うん。まあ、順当だろうね。ただ、現役の時よりもタイムは出ている。あとは基礎練習で力をつけるしかないだろうね」
そう言って一人の栗毛のウマ娘は、うんと伸びをする。
「トウカイテイオーの直近の2500走破タイムは2分30秒を切ると聞きますが、諦めはしないのですね」
呆れたように、もう一人のウマ娘はため息を吐いた。漆黒の髪が、それに合わせて揺れている。
「うん。私は私の世代の代表として走る。今じゃ、我がライバルのトシシロもハヤタケも、ヒロサクラも完全にレースからは身を引いてしまった。だけど、きっと、私が走る姿を画面の向こうから見守ってくれている。彼らに無様な姿は見せられないからね」
「ライバル、ですか」
漆黒のウマ娘は、そう言って栗毛のウマ娘を見つめていた。
「ああ。だが結局、私が現役の時は影も踏ませなかった。私は、世代で絶対的な強さを誇っていた。そんなウマ娘が、若いやつに簡単に負ける。ライバルにそんな姿は見せられないのさ」
そう言って、栗毛のウマ娘は大空を仰いだ。ふっとため息を吐き、肩を竦める。
「ま、この衰えた脚でどこまでいけるか。正直挑戦でもあるがね」
「…あなたと時代は違いますが、私もその気持ちは判ります。だからこそ、私は彼女に恥じないトレーナーになりたいのです」
どうやら漆黒のウマ娘はトレーナー志望らしい。となれば、栗毛のウマ娘を、漆黒のウマ娘が指導していたのであろうか。
「トレーナーか。そういえば君の弟子。そろそろ走るんだろう?名前はなんて言ったかな?応援させて頂こうと思うんだけど」
漆黒のウマ娘は、こめかみに右手の人差し指を当て、目を瞑る。そして、目を開けると同時に、口も開いていた。
「フジキセキ。夏の新潟レース場がデビュー戦です」
「フジキセキ。か。良い響きだ。そうかそうか。まぁ、君の弟子ならばまず勝利は間違いないだろう。ああ、ただ、病気には気を付けてね」
「病気ですか?」
栗毛のウマ娘は咳ばらいをしながら、漆黒のウマ娘を見る。
「うん。私は病気でレースを去った身だからね。怪我も怖いが、病気もそのきっかけになる」
「わかりました。よく、言い聞かせておきます」
「ああ、あと。最近、ピーマンを食べると怪我や病気をしないという噂を聞いてね。一度、そのフジキセキに勧めてみてはどうかな」
「…ピーマン?」
「うん。あのトウカイテイオー、リオナタール、ナイスネイチャの三強はピーマンを食べていた。新たな強者達のライスシャワー、ミホノブルボンもピーマンを食べている。今年の注目株の三人、ナリタ、ウイニング、ビワも食べている。これは、きっと偶然ではないだろうね」
はは、と冗談めいた感じで栗毛のウマ娘はそう言った。が、その目は笑ってはいなかった。
「判りました。あなたほどのウマ娘が言うのであれば」
「うん。それがいい」
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日々種付けとランニングマシーンの日々のトウカイテイオー様です。この種牡馬用の牧場に来てから既に1か月以上。私が脱走する姿に皆が慣れて来たのか、普通に施設の中を闊歩していても挨拶をされる感じになってきております。
ひとまずは私の計画通りである。ふふふ。新聞やテレビが近づいてきているぜ。
ま、脱走と言っても歯磨きしたり、放牧時間になったら勝手に放牧場に出たり、神棚に挨拶するために早朝に厩舎を出たりするだけであるし、しかも勝手に厩舎に戻るのでまぁ、こいつは脱走しても安心できると思われているんだと信じたいところである。冷静に考えればそれでいいのか人間?という気もしないでもないが。
そういえば、あの放牧でピーマンをいの一番に食いにきたあの牝馬さんはどこにおるんだろうか。せっかくならば名前ぐらいは見ておきたいところ。
んならばちょっと扉をあけまして、閂戻しまして、少し他の厩舎の探索に向かおうじゃないの。あ、どうも厩務員殿。どこ行くのかって?まぁ、散歩です散歩。あー、一緒についてきます?
ということで、厩務員の歩幅に合わせて厩舎を練り歩く私であります。無論、差し入れのピーマンは口に咥えておりますので安心なさってくださいませ。って誰に何を言っているんだ私は。
えーっと、ここには…いないな。彼女よりももうちょっと若い馬達だ。さてさて、じゃあここか?んー?こっちは年代は一緒だけれど牡馬ばっかりしかおらんね。というか、誰もピーマンに見向きもしねぇ。なんだよ、美味しいのに。
さってさって…お、いたいた!へーい彼女。差し入れよー。
『…!?あれ、なんでいる!?』
『あげる』
そうニュアンスを伝えてピーマン入りのバケツを差し出してみたのだが。
『…!もらう!好き!』
そりゃあようござんした。うーん、なんだろう。姪とか孫とかにお菓子を渡してめっちゃ喜ばれている感じといいますか。微笑ましく感じる。
さてさて…で、お名前はー。うん、カタカナだね!以前の私だったら読めない!と言う所なのだが、過去の有馬記念で一度、ローマ字とカタカナを見比べているのだ。ある程度なら読めるようになっているのである。
えーっと…最後の棒は伸ばし棒だよな。で、この…四角は『ro』だろう。かっくかくしているのは『ma』か、で、この点とナイキのマークみたいなやつが『n』やね、で…外に開くように二本の線が走っているのは『ha』か…あ、でも右上に二個点々があるからして『ba』…。
romanriba-。ロマンリバー!よし、多分合っているはずだ!
なるほど君はロマンリバーと言うのか…って、ロマンリバー?あれ?どっかで…。
んー?確かそう、あれはニュースかなんかで…中央じゃなくて、そう。地方競馬、地方競馬のニュースで…。
…あ!交通事故!
思い出した。私が生きていた世界。そこではもう無くなっている宇都宮競馬場で、2年連続で交通事故死した馬がいたのだ。たしか、そのうちのどっちかの馬の名前がロマンリバーだったはずである。
ちなみにであるが、交通事故?馬が?競走馬が?そう思うのだが、それは宇都宮競馬場の特殊な環境に起因する。
宇都宮競馬場というのが、厩舎と、レース場が物理的に離れている上に、厩舎が街中に点在していたのだ。
つまりだ。競走馬は宇都宮競馬でレースを行う場合、一般道を歩いて、住宅地を歩いてレース場に行かなくてはならないのである。それを知った時はマジ?そんな場所ある?と思ったものだ。しかし、実際に宇都宮に行ってみると、レース前の朝などは、本当に、歩道も無いような住宅地の道路、しかも、結構車どおりがある道を馬と厩務員が歩いている姿が日常であったのである。
そして、やはりそんな車が通る道路を通っていれば、事故も起きる。その最悪なものがサラブレッドの死亡事故だ。そのうちの一頭が確かロマンリバーということである。
むむ!?ということは、ここは宇都宮…!?栃木県!?宇都宮に種牡馬用の牧場なんてあったっけ!?まぁ、そこはいいか!今はそこは大切な所じゃない。
こういう、将来命を落としてしまうことが判っているお馬さんと出会ってしまったか。うーむ。あと数年も経てばこのお馬さんは交通事故で亡くなってしまうというのか? このピーマンを美味しく食べるナイスホースが!?
それは断じて受け入れがたし!よし、ならば。宇都宮競馬、地方競馬に居ると事故で死んでしまうのならば!東京や京都の中央競馬で走れるぐらい滅茶苦茶強くしてしまえばええのだ!よし、よし!
…となると、もう一頭のお馬さんも救いたいなぁとなるのだが。名前、なんだっけなあ。それに、確か両方の馬とも現役中にトラックが突っ込んできたとか、放馬して車と激突しただとか、どうにもならない理由だったはず。ま!会ったら思い出すだろう。何より、私は神様ではない。手の届く範囲しか救えないのもまた事実である。
よし、ではロマンリバーよ。まずは中央で走れるようにその体、鍛え上げて進ぜよう。何、心配はいらない。
こちとら繊細なトウカイテイオーの体を、凱旋門を、BCクラシックを獲るほどに頑丈に仕上げてみせたのだ。さあ、では。悲惨な未来を、少しでも良い未来に変えるために頑張ると致しましょうか。
『?』
まぁ、気合を伝えられてもクエスチョンマークが浮かぶだけだよな。ま、大丈夫だよ。明日の放牧から手始めに私についてきんしゃい。ダートコースを走りまくってまずはスタミナとパワーをつけまっしょー。ついでに、もし放馬なんかされてしまって一人で道路に出ても大丈夫なように、交通ルールも教えこんじゃるぜ。
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トレセン学園のカフェテラス。そこでは、2人のウマ娘が紅茶とコーヒーを嗜んでいた。
「なー、テイオー」
「なーに、ゴルシ?」
トウカイテイオーと、ゴールドシップという珍しい組み合わせである。コーヒーを飲んでいるのはテイオー、紅茶を楽しんでいるのはゴールドシップである。そのさなか、ゴールドシップがにやにやと笑みを浮かべながら、こうテイオーに質問を投げていた。
「もしさぁ、お前が他の世界で、違う生物として生きていたとしたらよー。やっぱり、走るのが好きだったと思う?」
首を傾げるトウカイテイオー。その顔にも、クエスチョンマークがありありと見て取れた。
「なぁにそれ?わっけわかんない質問だなぁ」
そういってテイオーはコーヒーを煽る。笑みを深めたゴールドシップは、どこからかスケッチブックを取り出して、ささっと一枚の絵を描いた。
「まあいいからさ。例えば…こんな感じ?」
ゴールドシップが差し出したスケッチブック。そこには、4つ足で立つ、筋骨隆々な四つ足の牛の様な、キリンのような生物が描かれていた。
「うわ、ナニコレ?牛?」
テイオーはそう言って、顔を顰める。
「いーや。私の考えた動物さ!耳と尻尾はアタシらウマ娘をモチーフにしててな。そうだな、つまり、ウマ娘としての私達が動物だったら、と思って描いたわけよ」
「へー。でも、確かに走るの速そうだよねぇ。脚の筋肉とかすごいもん。で、ゴルシ。この動物の名前は?」
ゴールドシップはスケッチブックを一度手元に戻し、1つ、文字を足してもう一度テイオーに差し出していた。
「『馬』。アタシらのウマ、という漢字は下の点が2個だろ?それを4つ足にしたのさ」
「へー…んー。そうだなぁ。これがボクだったとしてって考えるの?」
「おう!で、どうだ?」
ニコニコのゴールドシップ。テイオーはと言えば、顎に左手を当てて、首を傾げながらこう答えていた。
「…そうだなぁ。うん。多分だけど、ボクはどこの世界でも、やっぱり走るのが楽しくて仕方がなくてしょうがないと思う」
そう言ってテイオーは一つ頷いた。
「おー、それはまたどうして?」
「どうしてだろ。理由はボクにもわかんない。けど…この『馬』も、ボク達と一緒で走るために産まれてきてるんでしょ?」
「あー、うん。多分そうだ」
「なーに多分って。ゴルシが考えたんでしょー?」
テイオーはそう言いながら、呆れたような顔をゴールドシップに向けていた。
「おう。このゴルシちゃんが必死に考えたわけよ。そっか、お前もきっと走るのが好きだったんだなぁ」
「変なゴルシ。あ、でも。ちょっと貸して」
そう言ってトウカイテイオーは、スケッチブックをゴールドシップから受け取ると、笑顔をうかべつつ、1つ、絵を描き加えていた。
「ボクはこうした方が好きだなぁ」
スケッチブックに足した絵は、バケツ一杯に入った、青臭く、苦い。そんな、ピーマンが入ったバケツであった。それを丁度口のあたりに描いているからか、ピーマンの入ったバケツを咥えた馬の絵のようにも見える。
「ぶはは!お前ってやつぁ、本当にピーマンが好きだねぇ。テイオー」
それを見たゴールドシップは、思わず吹き出してしまっていた。
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なあ、アタシに乗ってる誰かさん。『あんた』さ。見たい未来が多すぎるんじゃねーか?あんたの言う通りにしてたら、本当にテイオーが三冠とっちまうし、レオダーバンが活躍するだ、ナイスネイチャがG1を獲るだ、サンエイサンキューはセクレタリアトのトレーナーになっちまうし、ハシルショウグンはダートで最強になるし、ロマンリバーっつう可能性の塊とも出会う事が出来ちまった。
ったくよぉ、お前を連れまわすこっちの身にもなってみろってんだ。最近じゃマンハッタンカフェっつーヤベーウマ娘に目を付けられちまってめんどくせーったらありゃしねぇ。
「お友達の、お友達…!?え?似てるけど、違う?」
なーんて言われてんだぜ?なぁ、おい。聞いてんのか?ウマなのに狸寝入りかテメェ。お?
…ま、いいぜ。ここまで来たら最期まで付き合ってやらぁ。なんせ私は黄金の船だ。理想を背負ってこそのウマ娘だってことぐらい、私が一番、一番よく知っているさ。あんただってそうだったんだろ?
さあ、じゃあ、そろそろ次の港へ出向するぜ?振り落とされねぇように、しっかりと掴まりな。
ここからは正真正銘、ゴルシちゃんでも知らねぇ大海原だ。いくら、『あんた』だって考えられなかっただろ?セントライト、シンザン、ハイセイコー、ルドルフ、セクレタリアト。あっちの伝説と、こっちの伝説。決して交わらねぇ線が、決して重ならない点が、ウマ娘トウカイテイオーを中心にして集まって、雌雄を決しちまおうってんだ。
もちろん、結末が見たくねぇなら、ここで降りるのも一興さ。黄金の船旅は、途中下車も出来る船旅だ。文句は言わねぇ。止めもしねぇ。
ただ、ああ、そうだな。『あんた』の望む未来は、まだ先だ。安心しな。そのうち会わせてやるよ。本物に。どうやってって…そりゃあ、
あ?なんだ?それはともかく今日も神棚に祈ってくれってか?…まあいいか。ゴルシちゃんは神頼みするってタイプじゃねーんだけど、『あんた』の頼みならやぶさかでもねぇ。
確かあんたの世界では三女神では無くて、八百万の神に祈るんだろ?いいぜいいぜ。
深く、深く2礼。
かしわ手を、
そして、深く一礼。
『全てのウマ娘と、サラブレッドの未来が。明るく、確かなものでありますように』
これでいいだろ?あ?ゴルシちゃんは何か祈らねぇのかって?
バ鹿いうなよ。あたしはあたしの脚で突き進むって決めてんだ。
その大切さは『あんた』が一番良く知ってんだろ。―Tokai Teioさんよ。