トウカイテイオーは学園内を疾走する。見事な足運び、コーナーは減速せずに突っ込み、人が居たらさっと華麗なステップで避ける。誰が見ても見惚れる走り方である。
『うひょおおおお!テイオーさんの走り、やっぱり美しいいいいい!』
と、どこかで叫びが聞こえた気もするが、トウカイテイオーはそれを気にせずに学園の外れ、掘っ立て小屋の近くまで一気に駆け抜けていた。
そしてその建物に飛び込むや否や、一気に口を開いていた。
「インディ!インディ!インディ!見た!?テレビ見た!?見たよねぇ!?ボク達とんでもない人と走るよね!?これ夢!?夢なの!?」
掘っ立て小屋。ここはトレセン学園唯一の喫煙所である。テイオーが叫んだ先には、パイプを咥えたエーピーインディその人がぼけーっと煙を燻らせていた。
「落ち着け落ち着け。夢じゃない。とんでもない奴らと走るんだよ。私達はな」
インディはパイプを燻らせながら、緩慢に首をテイオーに向けた。
「インディ?随分、落ち着いてるよね?なんか前から知ってたみたい」
「あ?ああ。知ってたぞ。セクレタリアトから聞いてたからな」
「うぇえ!?本当に!?」
インディはいったんパイプを口から離し、苦笑を浮かべる。
「ああ、なんだテイオー。お前本当に誰からも聞いてなかったのか?」
「…うん。シンザンさんから、一緒に走るって聞いたぐらい」
落ち込むテイオー。それを見たインディは、小さく肩を揺らす。
「…はははは、やられたなお前。ご愁傷様だな。で、なんだ?驚いたから走るのやめるとでも?」
インディの言葉に、テイオーの表情は一瞬で引き締まった。
「そんなわけないでしょ。俄然、燃えて来るよ。どの伝説よりも先にゴールを駆け抜けてみせるよ」
インディはにやりと笑った。その目に映るのは、自らの目の前で、BCクラシックのダートをトップで駆け抜けたあのウマ娘そのものであったからだ。
「ほー、そりゃいい宣戦布告だ。セクレタリアトにも伝えておこう。ああ、もちろん。私も負ける気はないからな?」
「どうぞお好きに。本気でレースをしたいしね!」
■
『hello』
konnitiwa
『nani tabe tai』
PIMENTO pi-man NO PAPRIKA!
がりがりと蹄鉄でコンクリートに文字を書きながら彼らと対話を行う。
さて、私が無意識に文字を書いてしまってから数週間。私の元には、数人どころか、数十人の人々が代わる代わるやってきていた。
まぁ、そりゃあねぇ。文字書いちゃったもんねぇ。
最初、ごまかせるかと思ったんだ。が、厩舎の中で私は結構無意識で文字を書いてしまっていたらしく、Tokai Teioやら、Leo Durbanだの書いていたものを見つけられてしまったらしい。こうなってしまうと、もうごまかしも効かずににあれよあれよと、文字で対話をせざるを得なくなってしまったのである。
ちなみに、最初の対話はこうであった。
『―― ―――?』
そんなひらがなっぽい文字を出されても読めん。
yomenai ro-maji or English.
そう私が文字で返した時、その場にいた全員が悲鳴を上げ、中には卒倒した人間が居たことをここに付け加えておこう。
その後、なんでお前読めるんや、とか、他の馬も読み書きできるんか!?とか、人の言葉聞こえるのか!?とか色々聞かれたが、まぁ、そこそこ本当の事を、しかし自らの出生に関しては誤魔化しておいた。実際、中に人が居るとは言えないしね。馬の神秘の一つとさせていただこう。
なお、その際。
『omae ga moji wo wakaru koto ha himitu。moji kaku no ha koko dake』(お前、騒ぎになるから文字を書けるということはここだけの秘密な?わかってんか?)
と釘を滅茶苦茶刺されたので、もちろんですともと首を縦に振った。今後はしっかりと気を付けようと思う。
ということで、私が文字を理解していると知っているのはここの職員と、大体研究者っぽいお偉いさん、あとはオーナーと調教牧場の人々や相棒やら、私の関係者だけである。ちなみにオーナーと相棒たちは時々こっちに顔を出してくれていて、ちょっとした会話を楽しんでいたりもする。
『orede yokatta noka?』
相棒2人からは、神妙な顔をしてこんな疑問も投げられた。つまりだ。
『お前の騎手は、俺で良かったのか?』
ということであろう。まぁ、確かに文字を書ける馬が、実際人に乗られてどうなんだ?という疑問もあるであろう。
だが、今さら。はははは!何を言っているのか。
kimi tati dakara watasiwa kateta arigatou
正直な気持ちである。そう伝えた所、2人とも見事に涙を流し、しかし、笑顔になってくれていた。ははは、やめろやめろ。こっぱずかしい。
そして、この文字の交流を行い始めた頃と同時期、私は妙な夢を見るようになっていた。
なんというか、言葉で説明するのが難しいのだが、馬が人間のような姿で生活している世界の夢を見るようになったのだ。ただ、不思議な事に、私の夢の癖に自由に動くことが出来ないのである。その馬が人間の姿になった一人、長身でなかなか良いスタイルの白髪の馬娘の傍を離れられなかったのだ。
ちなみに、その夢の中では、その馬が人間のような姿をしているのが当たり前で『馬娘』と呼ばれているようであった。
ただ、どうやら私の夢のくせして、私の姿は誰にも見えていないらしい。例外は白髪の馬娘で、私の姿が見えるだけでもなく、私の言葉も理解出来ていた。だから、私が白髪の馬娘に対して、あれが見たい、これが見たいというと、夢の風景が変わるのだ。なかなか面白い夢だと思う。
だからであろうか、私は『トウカイテイオー』に会わせてくれとお願いをしてみたのである。馬が人間のような姿、つまり、私が擬人化したらどうなるのかと思ったのだ。
―いいぜ―
そういうニュアンスを受け取り、場面が変わると、目の前に小柄な、ポニーテールが眩しい一人の女の子っぽい馬娘がいた。ふむ。これが『トウカイテイオー』ということなのか。なかなか可愛いじゃないか。そういえばお前の名前は?と聞くと。
―ゴールドシップ様だぜ?相乗りの誰かさんよ―
と簡単に名前を教えてくれた。というか君、ゴールドシップなんか。確かに葦毛っていう意味だと髪が白いのも納得である。ちなみにこのゴールドシップという馬娘、かなり破天荒であり、これまた驚いたがメジロマックイーンに滅茶苦茶ちょっかいを出したり、様々な人々に悪戯をしたりとかなり自由な娘さんであった。
ちなみにその後も何度か夢を見ることがあり、どうやらこの馬娘のトウカイテイオーは、私の来た道をなぞっているように勝利を重ねているようであった。ただ、面白かったのは、夢の中で、私の走ったレースと彼女のレースが多少変わっていたのである。
特にダート競争。私の走ったダートはG2であったのだが、彼女が走ったのはG1のフェブラリーステークス。一流のダート馬を尻目に、彼女は見事に一着を獲ってみせたりと、なかなか面白い夢である。
そして、私はと言えば、時折ゴールドシップを見ながらもそんな彼女の姿に見とれてしまっていた。
うん、なんというんだろうか。あの美しい立ち姿に、堂々とした笑み。そして勝利した後の大胆不敵な勝利のポーズ。一本指を立てた彼女は、本当に光り輝いていた。
私とは違う、私と同じ名前を持つトウカイテイオー。そして、それは一つの可能性を私に与えてくれていた。ああ、そうだ。そうだな。これは私の夢なのだ。夢なのならば。
―なあ、ゴールドシップさんや―
『あ?なんだ?次もどっか連れて行けって言うのか?』
―違う違う、あのトウカイテイオーは凄いなって思っただけだよ―
『はっはっは、でも、あんたの戦績をなぞってるんだろ?』
―ああ。でも、多分あのトウカイテイオーは、それだけじゃない―
『…それだけじゃ、ない?』
―あのトウカイテイオーは、きっと、あのトウカイテイオーの中にあるものは、『奇跡の名馬』トウカイテイオーその魂なんだと思う―
『なんだそりゃ。お前のことだろ?』
―ははは。実はね。私であり、私でないトウカイテイオーがいるんだよ―
『なんだそりゃ』
―まあ聞いてくれ。そうだな。あれは、私が馬として生き始める前の話だ―
私はゴールドシップに、馬として生きたこの数年よりも前、二足歩行時代に見た『トウカイテイオー』の話を事細かにしていた。
2冠で敗れたクラシック、ライバル対戦ともてはやされた天皇賞、そして骨折。復活のジャパンカップ、そして、奇跡の復活有馬記念。
『…ほおー。凱旋門を獲ったお前もスゲーけどさ、その、『トウカイテイオー』もすげー馬だったんだな』
―そうなんだ。どうも目の前のトウカイテイオーは、その『トウカイテイオー』の魂を持っている気がしてね。なんだか私と違うなぁと―
『うーん。ま、成れない駒っつー意味じゃ同じだけどなぁ。王か玉かの違いぐれーで』
―意味が解らん―
『はっはっは。ま、両方とも強えってことだ。…そうか、両方とも強いってか?』
―どうした?―
『なぁ、お前とその『トウカイテイオー』どっちが強いんだろうな?』
難しい事を言って来る私の夢であるなぁと思っていたりもするが、まぁ、そこは判らんと答えておいた。
そうやって私の夢は、少しずつ私に近づいてきている。あのトウカイテイオーがどうやって私に追いつくのか、それとも、私を追い抜くのか、非常に楽しみだ。
とまぁ、話は逸れたが、ひとまず私と彼らの文字による対話は比較的温和に行われている。いやー、正直、解体されるんじゃね?とか解剖されるんじゃね?と一瞬思ってしまったのが、どうやらそういう雰囲気は無いようである。とりあえずは、そうだな。
『nanika aru ka?』
何かあるか?んまぁ。あるっちゃ有るんだよ。実はね。
O N SE N GO!
あの福島の温泉。もう一度、行ってみたいなぁと思うのだ。
■
トレセン学園、生徒会室。そこにはルドルフと、珍しい一人のウマ娘が対峙していた。
「やあ、ゴールドシップ。どうしたんだい?珍しいじゃないか。君が、折り入って話があるというのは」
ソファーに腰かけていたルドルフは、目の前のウマ娘、ゴールドシップを笑顔で迎えていた。
「お世話になっております。シンボリルドルフ生徒会長様」
対してゴールドシップは、いつもの破天荒さが鳴りを秘め、背筋が伸び、そして言葉遣いですらも別人のようであった。
「一つお伺いしたいことがあるのです」
「なんでも聞いてくれたまえ」
そしてゴールドシップは顔をルドルフに向け、こう、言葉を投げた。
「三時の怪という怪談話、ご存じでしょうか?」
ルドルフは一瞬目を瞑る。そして、少しだけため息を吐きながらこう言葉を返していた。
「ああ、知っている。トレセン学園に伝わる眉唾物の噂、だな」
「…あれは、眉唾物なのでしょうか?」
ゴールドシップの言葉に、ぬるりと、ルドルフの視線が動く。
「知りたければ、午前三時。ターフに出てみると良い。寮長、学園長には私が話を通しておこう」
「ありがとうございます」
「しかし、見たもの、聞いたものについては墓場にまで持って行け」
「承知しております」
そう言って、ゴールドシップは生徒会室を後にする。そして、その口元には少し笑みが浮かんでいた。
「さあて。さあて。このゴールドシップが見届けよう。見届けてみせよう。
トウカイテイオーは、どっちが強いんだろうな」