ボク、ピーマンが好きなんだよね   作:灯火011

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中山 芝(良) 2500-夢の杯

 暮の中山。2500。有マ記念が行われた翌日。ついに、夢の大レースが開かれようとしていた。

 

 舞台は有マ記念と同じ。暮の中山レース場。芝、2500メートル。

 

 レース名は『Winter Dream Trophy』。誰が言ったか、夢の舞台である。

 

 トゥインクルシリーズがアマチュアのレースだとすれば、こちらはプロのレースに位置付けられ、完全なる興行として行われるレースである。だが、今年の冬の夢は、今までと明らかに格が違った。今までであれば、トゥインクルシリーズで活躍したウマ娘が、人気投票で選ばれ、往年の活躍者が出そろうレースなのだ。

 

 だが、今年は異例も異例。人気投票こそされたが、そのメンバーはURAの推薦で選ばれたと言う。

 

『さあ、いよいよウインタードリームトロフィーのパドック入りが行われます!順々に紹介をしてまいりましょう!

 

 1枠1番 『スーパーカー』マルゼンスキー!今回のドリームトロフィーは非常に気合が入っております。インタビューで彼女は『これだけの名ウマ娘と走れるなんて、最高ね』との言葉が聞けましたが、言葉とは裏腹にその目はギラギラと輝いておりました。もしかすると、彼女にとってのクラシックがようやくやってきたのかもしれません!

 

 1枠2番 『鉈の切れ味』シンザン!ドリームトロフィー直前の追い切りでは、シンボリルドルフと並ぶ末脚を見せてくれていました!今のウマ娘では見ることがあまりないこの和風の勝負服!やはり、非常に美しく、力強いウマ娘です!好走を期待します!

 

 2枠3番 『流星の令嬢』テンポイント!前髪の流星と美しい姿!令嬢の名は伊達ではない!しかし、彼女は一度、走れないと言われたウマ娘であります。だが、それがどうしたと言わんばかりに、昨日の追い切りではあのグリーングラス、トウショウボーイと共に見事に坂路を駆け上がっておりました!あの美しい走りを、我々は再び見ることが出来るのか!?

 

 2枠4番 『ビッグレッド』セクレタリアト!説明不要の強さを誇るまさにキングオブウマ娘!!だがしかし!侮るなかれ!『このレースのためにすべてをつぎ込んできた』と言い切ったその視線の先にあったのはたった一人のウマ娘!最強を打倒するために、最強が磨いたその末脚が炸裂するのか!

 

 3枠5番 『幻のウマ娘』トキノミノル! 今回のドリームトロフィー。トウカイテイオーが出ると聞いていの一番に出走を決めたウマ娘です! 『負けるつもりはありませんよ』と笑顔で言い切ったその覚悟はいかほどの物なのか! なお、既にレースの世界からは身を引き、別の業界で働いているという事で、今回はメンコを被っての参戦となりますが、またあの走りが見れるのであれば眇眇たる事でしょう!

 

 3枠6番 『緑の刺客』グリーングラス! テンポイント、トウショウボーイと競い合った優駿の登場です! 3人の中で最も長く、その世代を支えた名ウマ娘と言っても過言ではないでしょう。かつてのライバルである2人が有終の美を飾れなかったラストランを、見事勝ち取ってみせたあの有マ記念は感涙物でありました。そして、このレースではその2人に宣戦布告をしての参加です!

 

 4枠7番 『アイドル』ハイセイコー!社会現象を起こした名ウマ娘がここで登場!おおっと!ひときわ大きい声援が巻き起こった!やはり人気は健在だ!地方レースから中央のクラシックを制してみせたそのシンデレラストーリーに、誰もが熱くなり、誰もが希望を持ったものです!どんな走りを見せてくれるのでしょうか!

 

 4枠8番 『芦毛の怪物』オグリキャップ!そしてハイセイコーの後、再び社会現象を起こした名ウマ娘!スーパークリーク、イナリワンと並んだ永世最強世代は今も心に刻まれております!なお、彼女の大食漢ぶりは未だに健在。レース前にもカツ丼を5杯食べたとか!?しかし、そのギラついた目は本物の証か!

 

 5枠9番 『鬼の末脚』ミスターシービー!天衣無縫、常識破り!そう言われた追い込み戦法は誰しもが熱くなった彼女の末脚は未だに、未だに我々の心をつかんで離さない!そして見てください!この美しい姿を!こちらも大きな歓声が巻き起こっております!

 

 5枠10番 『皇帝』シンボリルドルフ!ここにいる皆様にはもう説明不要の名ウマ娘でしょう!日本史上初!無敗の三冠ウマ娘!伝説を目の前に、この皇帝はどのような走りをみせてくれるのでしょうか!

 

 6枠11番 『獅子』リオナタール!帝王と競い合ったその末脚が再び!オーストラリアの大地を駆けた名ウマ娘がこの冬のドリームトロフィーにも出走!クラシックはトウカイテイオーに後塵を拝するものの、その後は見事にトゥインクルシリーズを駆け抜けてみせました!さあ!今宵この末脚が炸裂するのでしょうか!

 

 6枠12番 『雪辱者』スボティカ!海外からの殴り込み!皆さまご存じ凱旋門を帝王と競い合った名ウマ娘!引退し、トレーナーとしての道を歩むかと思いきや、この時のためにと磨き上げたその自慢の脚を以ってこの日本に上陸!走りが非常に楽しみであります!

 

 7枠13番 『天バ』トウショウボーイ!テンポイントと競い合った有マ記念。あの最終直線の激闘は未だにこの、この中山のターフに刻まれている!またあのデッドヒートが見れるのか!怪物は、怪物の姿を取り戻せるのか!否が応でも期待が膨らみます!

 

 7枠14番 『挑戦者』エーピーインディ!あのセクレタリアトの愛弟子!アメリカダート最強のウマ娘がここに参戦!以前はトウカイテイオーを自らの土俵で待つ王者であった。だが、今度は私があいつの土俵に上がって見事に抜いてみせようと、挑戦者として磨き上げたこの見事な体!デッドヒートを期待します! 

 

 8枠15番 『日本最強ウマ娘』クリフジ!『私は老いたウマ娘さ。どこまでやれるかね』と会見ではおっしゃられておりましたが、なんのなんの。一昨日の追い切りでは、共に走っていたメジロマックイーンを置き去りにする末脚を見せてくれていました!やはり、強いウマ娘はどこまでいっても強いのか!?

 

 8枠16番 『クラシック三冠ウマ娘』セントライト!日本史上初の三冠ウマ娘。当時はまだまだトゥインクルシリーズの人気が無い時代でありました。だが、それでも燦然と輝くその冠は、我々の心を熱くしてくれます!さあ、この伝説はどこまで駆け上がるのか!乞うご期待!

 

 9枠17番 『優駿』イージーゴア!アメリカで活躍していたウマ娘。サンデーサイレンスと競い合ったレースは、全てが熱いものでした。今回はそのライバルと勝利を約束しているとのことです!さあ、この日本の中山で、この優駿は見事センターの栄誉を手にすることが出来るのか!

 

 9枠18番 『帝王』トウカイテイオー!大外!ここで大外にくるのかトウカイテイオー!彼女についても説明は不要でしょう!さあ、彼女は今日、スタートしてからどこを走るのでしょうか!?最後、彼女はどういう戦略を取るのでしょうか!?芝もダートも私の庭だ!脚質なんて関係ない!至高のウマ娘!トウカイテイオーが大外18番でウインタードリームトロフィーに初出場!彼女の最高のレースが見れるのか!

 

 以上、パドックからお伝えしました!一人一人が伝説!誰が勝っても、誰が負けても角が立つ!全員勝て!そう私も思います!だが、だが!勝者はただ一人!

 

 皆さまに至りましては、全力で走る彼女たちに、盛大な、最も盛大な拍手と喝采をお願いしたいと思っております!』

 

 

 パドックでのお披露目の後、ウマ娘達はトレーナーらと最終の打ち合わせを行っていた。

 

 あのシンザンですらも、往年のトレーナーの元へ向かい、ああでもない、こうでもないと論議をかわしている。

 

 無論トウカイテイオーも同様だ。だが、トレーナーはと言えば。

 

「お前の好きに走ってこい。トウカイテイオー」

 

 そう言って、笑顔でテイオーをターフへと送り出していた。そして、テイオーがバ道に入った時である。

 

「ああ、少し失礼します。貴方がトウカイテイオーさんですね」

 

 そう言って、一人のウマ娘から声を掛けられていた。

 

「はい!」

「私、トキノミノルと申します。以後、お見知りおきを」

 

 華麗ともとれる、美しいお辞儀をみせたトキノミノルに、テイオーは思わず背筋が伸びた。

 

「…は、はい!あ、あの!映画!映画見せていただきました!すっごい、すっごい感動しました!」

「あらあら。ありがとうございます。ふふ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」

「は、はいいぃ」

 

 面子の向こうからでも、笑顔になっていることが判る。だが、とはいえ伝説の名ウマ娘。テイオーは、緊張のせいか何も言えなくなっていた。

 

「おいおい。トキノ。お前、後輩をビビらせてるんじゃあないよ」

「あら、お久しぶりです。クリフジさん。お変わり無い様で」

「そりゃあこっちのセリフだ。…というか、お前の姿も全然変わらないな。アサマなんかもう婆だぞ?なんかやってんのかお前」

「なぁんにもやっていませんよ。ただ、若いウマ娘と交流の機会が多いだけですよ。それを言い始めたら貴女も相当でしょう?」

「…まぁな。おっといけねぇ。トウカイテイオーが完全に固まっちまってる。おーい、大丈夫か?」

 

 そういって、クリフジはテイオーの頭を軽く撫でていた。

 

「くりふじゅ・・・クリフジさん!?」

 

 驚いたのか、テイオーは後ろに飛びのいていた。それを見て、クリフジとトキノミノルは笑みを浮かべていた。

 

「おう。なあに、緊張するなよ。オレはただの老いたウマ娘さ。ちなみにトキノも同年代だぜ?」

「え!?ええ!そんな風には見えないんですが…」

 

 そう言いながらテイオーはクリフジとトキノミノルを見る。だが、どう見ても老いたウマ娘とは思えない若さを湛えていた。特にトキノミノルは、緑色の勝負服から覗く肌がほとんどテイオーらと変わらない、若々しさを湛えている。

 

「嬉しい事を言ってくれますね。テイオーさん。ああ、そうそう1つ、伝えたいことがあったんです」

「お、奇遇だね、オレからも1つテイオーに伝えたいことがあったんだ」

 

 そう言って2人はテイオーに体を向ける。

 

「お二人が、ボクに!?」

 

 テイオーはそう言いながらも、2人に体を向けて姿勢を正していた。

 

「ええ。まず、私達は老いてます。姿はともかく、体はもう、ここにいる誰よりも弱いでしょう」

「ああ、その通り。その上でだ。トウカイテイオー」

 

 クリフジは一呼吸置くと、口角を上げてこう、言葉を投げた。

 

「遠慮をしてくれるなよ。気を遣うなよ。我々は、君を超えるためにここに立っている」

「あら、先に言われちゃいましたか。そう、そこなのです。私達に気を遣って、とか考えていたら、そんなものは必要ないとお伝えしたくて」

 

 2人共に笑みを湛えていた。だが、その目は笑っていなかった。本気で来てくれと、そう、気持ちが伝わって来るような目である。

 テイオーはその言葉を受けて、少しだけ目を瞑った。が、次の瞬間。

 

「…大丈夫です。そんなことは、最初から考えていませんから」

 

 瞳を開き、クリフジとトキノミノルをしっかりと見据えて、はっきりとそう言い切ったのである。

 

「あら」

「ほう」

「ボクは、誰よりも先頭でゴール板を駆け抜けたくて、ここにいます。貴女達も、シンボリルドルフさんも、シンザンさんも、セクレタリアトさんも、全員、全員。ボクが超えてみせます!」

 

 テイオーは、天真爛漫の笑みを浮かべた。その姿に、クリフジとトキノミノルは優しい笑みを浮かべていた。

 

「…そうでしたか。これは失礼しました」

「はっはっは。いいウマ娘だなお前は!悪かった。野暮なことを聞いて。ならば、あとはターフでやり合おう」

 

 そう言って2人は、右手をトウカイテイオーへと差し出していた。

 

「はい!よろしくお願いいたします!」

 

 トウカイテイオーはそう言うと、笑顔で、しかし力強くその手を握っていた。

 

 そして、その後ろの物陰では。

 

「…ルドルフよ。トウカイテイオーは良いウマ娘だな。真っすぐだ」

「そうでしょう。私の自慢の後輩ですから」

 

 首を縦に振り、うん、と満足そうに頷くシンボリルドルフと、シンザンがその光景を見守っていた。

 

 

『さあいよいよ、いよいよウインタードリームトロフィーの出走の時間が迫ってまいりました!

 

 各ウマ娘がゲートに収まってまいりました!サマードリームトロフィーの勝者、シンボリルドルフが5枠10番に収まりました!

 

 続いてハイセイコー、セクレタリアトらが観客席に手を振りながらゲートイン!歓声がこちらまで聞こえてきております!

 

 おっと、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスの3人は円陣を組んだ!そして、拳を合わせた!更に歓声が巻き起こるドリームトロフィー!

 

 そしてクリフジ、セントライト、トキノミノルも拳を突き合わせて、その拳を天に掲げる!歓声が止まらない!

 

 残ったのはリオナタール!エーピーインディ!スボティカ!トウカイテイオーの4名!何かを話しているのか、こちらからは判らないが、どうやら笑顔を浮かべているようだ。

 

 エーピーインディがテイオーと肩を組んだ、そして軽く頭に手を乗せたぞ!?おっと、テイオーがその手を払う!スボティカはそれを見ながら、エーピーインディは笑いながらゲートイン!そして最後!リオナタールとトウカイテイオーが拳を合わせ、別れた!リオナタールがゲートに収まった!

 

 そしてそしてトウカイテイオー!腰に手を当てて天を仰いだ。おっと!そして、観客席に向けて親指を立てたぞ!観客席の盛り上がりも最高潮だ!

 

 さあ!さあ!いよいよ!いよいよ、夢の大レースが始まります!

 

 暮の中山レース場!天候はご覧の通り快晴!バ場状態は良!

 

 距離は芝の2500!トゥインクルシリーズ有マ記念と全くの同条件!

 

 この時代を超えた伝説達の中で、一番でゴールするのは一体どのウマ娘なのか!

 

 最後!大外枠にトウカイテイオーが収まりました!

 

 ウインタードリームトロフィー。今、スタートです!』

 

 観客席では、2人のトレーナーがスタートを見守っていた。

 

「始まっちまったなぁ」

「始まったわね」

 

 しみじみと呟く2人。

 

「あなたのテイオー。仕上がりは良さそうね」

「そりゃあな。何せ俺の考えた結果以上の結果を出し続けたウマ娘だからな。今回も最高の体調だとは思う」

 

 そう言って走り始めたウマ娘達を、じいっと見つめるトレーナー達。だが。

 

「…あなた、何か不安なの?」

 

 片方のトレーナーが、そう、もう一人のトレーナーへと疑問を投げかけた。

 

「いや、不安はないさ。間違いなくテイオーが勝つ、そう思う」

 

 そう言って、彼は小さく笑みを浮かべる。

 

「でも、パドックで色々話している内にさ、こうも思ったんだ。俺の教えられることはこれが最後だなと」

 

 そう言ったトレーナーの顔は、どこか憂いを浮かべていた。

 

「へぇ…じゃあ、そんなトレーナーは、トウカイテイオーに最後、何を伝えたの?」

 

 もう一人のトレーナーが、そう、疑問を投げかけた。

 

「ああ、そりゃあ。『お前の好きに走れ』という小さな、でも、俺の心からの想いさ」

 

 

『18人、綺麗なスタートを切りました!まずはやはり行ったマルゼンスキー!期待に応えてグーンとハナを主張していきます!そして続いたのはハイセイコー、グリーングラス、テンポイント!

 シンボリルドルフとシンザンはその後方に控える形だ。すぐ後ろにはオグリキャップとトウショウボーイが続いていくがおっと!?ここでセクレタリアトとエーピーインディ、スボディカ、イージーゴアは早々と後方で集団を形成!更にその後方にはクリフジ、トキノミノル、セントライトと続いていく!そして鬼の末脚ミスターシービーとリオナタールが控えている!

 

 そして殿にはトウカイテイオー!今回は追い込みを選びましたトウカイテイオー!

 

 マルゼンスキーが17人を引き連れて一回目のホームストレッチに入ります!大歓声がウマ娘達を迎え入れます!すごい、すごい歓声だ!実況席にまで歓声が響き渡ります!

 

 さあそしてマルゼンスキー先頭のまま第一コーナー、第二コーナーを見事にクリアしていく優駿達!向こう正面に入りまして改めて順位を確認してまいりましょう。

 

 先頭はマルゼンスキー、続くようにハイセイコー、外グリーングラス、そのすぐ後方にテンポイント!1バ身離れてシンボリルドルフとシンザンが並んでそのすぐ後ろにオグリキャップとトウショウボーイが続きます。更に2バ身を空けてここにセクレタリアト、エーピーインディが続きまして後方内側にスボティカ、外目にイージーゴア。そして更に3バ身離れてトキノミノル、セントライト、クリフジ、差を詰めて来たミスターシービーとリオナタールもここにいた!

 そしてトウカイテイオーはそこからさらに2バ身!

 

 往年の名ウマ娘の中には、戦略を変えたウマ娘もいる様子ですが、概ね予定通りの形と言って良いでしょう!

 

 さあ、第三コーナーに先頭マルゼンスキーが差し掛かる!おっと、ここで動いたのはシンボリルドルフだ!シンザンをかわして前にでた!』

 

 

 やっぱり、伝説達はすごいなぁと思いながら、ボクは殿を行く。

 

 みんな、真剣だ。現役を退いてから時間もたっているのに、ボクと全然変わらない力強さだ。

 

 先頭を行くマルゼンスキーさん。逃げ足は、健在だ。

 シンザンさん。伝説のウマ娘。和服の勝負服が風になびいている。

 ハイセイコーさんだってそう。セクレタリアトさんだって、イージーゴアさんだってそう。

 セントライトさんだって、トウショウボーイさんだって、テンポイントさんだって、グリーングラスさんだって。

 オグリキャップさんは淡々とした顔で走っている。ただ、その脚の力強さは現役の時とおんなじだ。

 

 あの、伝説のクリフジさんや、セントライトさん、トキノミノルさんだって。

 

 会長はいつものように自信満々の笑みを湛えている。

 

 リオナタールだってそうだ。

 

 スボティカとインディはちょっと顔が硬い。でも、それはボクもきっと一緒だ。

 

『行け!シンザン!お前が、お前が一番強いんだ!』

『行ってくれシンザン!私の中の貴女は、貴女はいつでも最強なんだから!』

『皇帝!行けー!』

 

 観客席から、大声が聞こえる。

 

『オグリ!オグリ!いけー!最高の走りを魅せてくれー!』

『ハイセイコー!やっぱりお前が最高だー!行けー!』

『マルゼンスキー!いけー!お前は誰にも負けないぐらい速いんだ!』

『皇帝ー!皇帝ー!お前が最高なんだ!いけー!』

『グリーングラス!抜けー!』

『テンポイント!ぶち抜けー!』

『トウショウボーイ!よく戻ってきてくれた!頑張れ!頑張れー!』

『トキノミノル!トキノミノル!ああ!ああ!本当に走ってる!頑張れ!頑張れ!』

『行けー!クリフジ!走れー!今度も、勝ってくれー!』

『最後抜いてくれー!差せ!あの末脚を魅せてくれ!シービー!』

 

 いろいろな想いが、観客席から伝わって来る。

 

『セクレタリアト!ああ!セクレタリアト!行けぇー!誰にも負けるな!』

『イージーゴア!負けんじゃねーぞ!!全力で走れー!』

『テイオーをぶち抜いて凱旋門の借りを返せ!スボティカ!』

『エーピーインディ!芝であいつに土をつけてこいー!いっけー!』

『最後に一気に切って捨てろー!リオナタール!』

『トウカイテイオー!頑張れー!』

 

 観客席からボクは視線を戻した。

 

 ―――すると、不思議な事にボクの目には、小さな女の子たちの幻想が見え始めていた。凱旋門の時と同じように、小さな女の子達が、ボクの目の前を走っていた。

 

 そして、不思議と、ボクの前を走る彼女らから、不思議と声が聞こえてきていた。

 

『みんな、はやいよー!』

『ゴールはまだまだだよ!ちゃんと走りなよー!』

『勝負だー!』

『ははは、負けないぞー!』

 

 ターフを全力で駆け抜ける小さな女の子たち。ふと、先頭を走る女の子と、私の目があった。

 

『ほら、ちゃんと走るよー!?一番速い子が後ろから来てるから!』

 

 そう言って、女の子は楽しそうに、前を向いて加速を始めた。

 

『げっ!?』

『わわっ!?』

『負けてたまるかー!』

 

 他の女の子たちも、そうやって前を向いて全力で走り始めていた。

 

 ――ああ、そうだ。ボクたちウマ娘は。そうだ。

 

 みんなの夢や目標、期待、自分自身の気持ち。

 

 そういったものを私達は背負ってしまっているけれど。

 

 結局は。そう、結局は。

 

『今日のレースは私が、私が一番速いんだから!』

 

 先頭を走る子が、そう叫んだ。 

 

 ――ふふ。それは、こっちのセリフさ!

 

「今日のレースはボクが一番速いんだ!」

 

 歩幅を広げる。脚に力を入れる。

 

『来た!』

『来た!!』

『来たよー!』

『追いつかせるなー!』 

 

 彼女らの笑顔を見ながら、全力で、力を入れて地面を蹴る。

 

 ボクは、トウカイテイオー。

 

 誰が相手だって、きっと勝ってみせる。

 

 だってボクは最強無敵の、ウマ娘なのだから!

 

 

『さあ第四コーナーから最後の直線!数々の伝説が!思い出が駆け抜けていく!

 

 先頭に踊り出たのは『スーパーカー』マルゼンスキー!続いて『皇帝』シンボリルドルフ!勝負を決めるつもりだ!

 だがそのすぐ後方に『獅子』リオナタールと『天バ』トウショウボーイも上がってきている!

 その内を通ってハイセイコー、グリーングラス、テンポイントも先頭を狙っているぞ!

 外目を突いてはオグリキャップが前目の位置、ミスターシービーが追い込みの態勢をとっている!

 

 注目のエーピーインディとスボティカ、そしてそしてセクレタリアトは未だ後方だが末脚を舐めてはいけない!いつ来るんだ!?

 

 そして今回復活のレース!シンザン、トキノミノル、クリフジ、セントライトは、伝説のウマ娘達はまだ動かない!

 

 残り400メートル!先頭と殿の差は20馬身!だが、だが!まだ勝負は判らない。なぜならば!

 

 来た!

 

 来た!

 

 来たぁあああああ!

 

 シンガリの大外から!いつものように大外から!飛ぶように伸びて来た!

 

 『帝王』トウカイテイオーが、大外を通ってやってきた!

 

 ああ!ああ!?セントライト、トキノミノル、クリフジが反応した!待ってましたと!お前と勝負がしたかったんだと!

 

 だが、だが、トウカイテイオー並ばない!あっという間だ!あっという間に追い抜いた!伝説のウマ娘達を直線一気!信じられない!おっと!?ここでトキノミノルがバランスを崩した!これは致命的か!?

 

 続いてエーピーインディとスボティカ、そしてそしてセクレタリアトにテイオーが襲い掛かる! 

 反応した!明らかに待っていた!彼らもテイオーを待っていた!だが、だがしかし!トウカイテイオーは止まらない!?これもあっという間に交わして先頭集団に襲い掛かる!

 

 先頭は変わってシンボリルドルフ!ミスターシービーが横並び!少し遅れてリオナタール!

 マルゼンスキーが少し遅れてシンボリルドルフに交わされた!ハイセイコーとトウショウボーイは遅れた!グリーングラス、テンポイントは今トウカイテイオーに交わされた!

 

 さあ残り200!先頭シンボリルドルフ!続いてミスターシービー!そして、そしてやってきた来たトウカイテイオー!リオナタールを交わして!

 シンボリルドルフに並ぶ!これはシンボリルドルフとトウカイテイオー、そしてミスターシービー!の三つ巴になってしまうのか!

 

 いや!?後方から伸びて来たウマ娘…シンザン!やはり三冠馬は伊達ではない!鉈の切れ味はいまだ健在だ!

 

 セクレタリアトも伸びて来た!爆発的な加速力は未だ健在だ!ビッグレッドは伊達ではない!!!トウカイテイオーに迫る迫る!

 

 そして更に伸びを見せるのはクリフジ!!最後は、最後は日米最高峰のウマ娘6人による競い合いだ!

 

 残り僅か!最内シンボリルドルフ、隣にはミスターシービー!その外目にクリフジ、更に外にトウカイテイオー!そして大外回ってシンザンとセクレタリアト!横一線だ!

 

 誰だ!誰だ!誰だ!ああっ!?抜かれたウマ娘達も再び伸びて来た!トキノミノル、テンポイント、ハイセイコー、トウショウボーイ、グリーングラス、セントライト!往年の伝説ウマ娘達が追いすがる!

 

 オグリキャップも伸びてきた!イージーゴアも必死の形相!エーピーインディとスボティカは叫びながら追い込みをかけている!

 

 遅れたと思ったマルゼンスキーもまた追いすがる!おおっと!?ルドルフを交わすように最内から伸びて来たのはリオナタール!

 

 これは判らない!誰だ!誰だ!誰がこのレースを!夢の舞台を制するのかー!?

 

 伝説の頂点に立つのは誰だ、誰なんだ!?横一線!横一線!

 

 だが、だが!大外!大外!大外だ!

 

 大外から!体を大外に振ったトウカイテイオーだ!トウカイテイオーが伸びて来た!

 

 シンザン!ルドルフ!粘るセクレタリアト!伝説を交わして!交わして!交わして!

 

 トウカイテイオーだ!

 

 トウカイテイオー!

 

 トウカイテイオー!

 

 トウカイテイオー先着!ゴールイーン!

 

 帝王が!いくつもの思い出と伝説を超えてトウカイテイオー!超えて今!今!堂々先頭ゴールインです!』

 

 

 走り終えたトウカイテイオーは、堂々とその指を天に掲げる。声援を受け、笑顔を浮かべている。

 

 ふと、その背中に、声を掛けるウマ娘が一人。

 

「いやぁトウカイテイオー。負けた負けた!強い!お前は強い!私、シンザンが保証しよう!今日はお前が一番強い!」

「ありがとうございます!」

 

 笑顔でそう答えたトウカイテイオー。しかし、シンザンはと言えば、落ち込んでいるのかと思えば、にやりと、挑むような笑顔を浮かべていた。

 

「ああ、だが、私は、いや、私たちはお前に何度でも挑もう!」

「うぇ!?何度でも、ですか!?今日だけじゃないんですか!?」

「今日だけ?何を言っている。我々ウマ娘は、走ってくれと願う人たちが居る限り走り続けるのだ。

 そう。願いが、我々の脚を動かすのだ。だから、私とお前。どちらが速いのか。そう願う人々が居る限り、我々の道は消えることは無い」

 

 腰に手を当ててそう言い切るシンザン。その目は、ギラギラと輝きを放っていた。

 

「…そういう事なら。ですけど、何度走ってもボクが勝ちます。だって、ボクが最強なんですからね」

「あっはははは!気持ちがいいねぇ!ならば、最強よ!何度でも挑んでやる!このシンザン、ただでは起きんぞ!」

 

 その宣戦布告に、トウカイテイオーはにやりと口角を上げた。

 

「何度でも返り討ちにして差し上げます。帝王は、強いから帝王なのです」

 

 

『お集まりになられた皆様!本日のドリームトロフィーは白熱の結末でした!

 まさかまさか!伝説のウマ娘達の走りを魅せられるなどとは思っても居ませんでした!

 

 知らないものはいないと思いますが、改めて本日の出走者を紹介させていただきましょう!

 

 幻と言われたウマ娘、レコードを残し続け、しかし、ダービーを最後にURAからは姿を消していた伝説、トキノミノル!まさかそのお姿を、あの勝負服を、この、このレース場で見ることが叶うとは思いませんでした。

 

 日本史上初の三冠ウマ娘となったセントライト!彼女の力も未だ健在!

 

 そして、クリフジ!日本ウマ娘史に残る11戦全勝記録!その力は衰えたと言っても未だ目を見張る素晴らしい走りでした!

 

 日本ウマ娘史に残る伝説。三冠ウマ娘!鉈の切れ味と言われた末脚のシンザン!あの末脚はいまだ健在でありました!

 

 今のURA人気の礎を作った伝説のウマ娘、ハイセイコー。走る姿はやはり美しかった!改めて惚れ直しました!

 

 そのハイセイコーの人気を背負い、URAの地位を確固たるものに固めた、トウショウボーイとテンポイント、そしてグリーングラス!熱い競い合いは未だ健在でありました!

 

 シンザンの後、しばらくURAには存在しなかった『三冠』の栄光を、劇的なレースで勝ち取ったウマ娘、ミスターシービー!菊の3000!あの追い込みは未だに目に焼き付いております!

 

 日本ウマ娘史上に燦然と輝く『初の無敗の三冠ウマ娘』!説明は不要でしょう。シンボリルドルフ!!!強いウマ娘は!やはり強かった!

 

 『葦毛の怪物』と呼ばれ、劇的なレースを繰り広げてくれたオグリキャップ!引退の有マ記念は涙を禁じ得ませんでした!

 

 シンボリルドルフが認めるライバル、『スーパーカー』マルゼンスキー!舞台さえ整っていれば世代最強!そう思わせる逃げは未だに健在!まさに圧倒的でした!

 

 昨今最も熱い戦いを見せてくれた『獅子』リオナタール!最強三冠ウマ娘とも名高いトウカイテイオー相手に互角!トゥインクル現役最後の有マ記念、最終直線で叫んだのは私だけではないはずだ!

 

 そしてここからは海外から参戦してくれたウマ娘達です!

 

 アメリカにて『無敗の三冠ウマ娘』を師にもつ、エーピーインディ!そう、奇しくもトウカイテイオーによく似ているウマ娘であります!ダートのブリーダーズカップでテイオーに敗れこそしましたが、しかし、その脚は本物であることは今、ここにいるすべての人が納得の事でしょう!

 

 欧州年度代表ウマ娘、スボティカ!凱旋門賞、ジャパンカップこそ入着に落ち着きましたが、それでもテイオーやナイスネイチャと互角の実力の持ち主であります!

 

 そして昨今のアメリカレースを盛り上げ、ライバルと競い合った伝説!イージーゴア!流石と言える優駿ぶりを見せていただきました!

 

 こちらも説明不要でしょう!『ビッグレッド』セクレタリアト!トウカイテイオーと勝負したいと、鍛え直して挑んだ今回のドリームトロフィー!現役当時のあの走りを彷彿とさせる追い込みでした!

 

 

 そして最後に紹介いたしますのは、『戦場を選ばない勇者』『凱旋門を潜りし帝王』『無敗の三冠ウマ娘』、異名は様々ありますが、本日は、シンプルにこう紹介させていただきましょう!

 

 『帝王』トウカイテイオー!

 

 無敗の三冠を獲り、そして凱旋門を潜り抜け、BCカップで土ですらも庭だと世界にしらしめ、グランプリすらも手中に収めたまさに当代最強のウマ娘!今回出場の全ウマ娘は彼女を倒すと意気込んでおりましたが、そんなのは関係ないとばかりに、最後に見せた末脚はまさに!究極無敵のテイオーステップでありました! 

 

 

 彼女らに、改めて大きな、大きな!最大限の賛辞を!

 

 ありがとうございます!ありがとうございます!

 

 

 そして、本日のウイニングライブは何と新曲です!

 レジェンド達が集うこのレースのために、新たに作曲された曲を、披露させていただきます!』

 

 

 曲名は『うまぴょい伝説!』

 

 本日のセンターは勿論!

 

『帝王』トウカイテイオー!

 

 

 そう、司会者が大きく言葉を紡いだ瞬間。今まで真っ暗だったステージに、スポットライトが当たる。

 

 そして、ファンファーレが流れ始め、自然と、手拍子が大きくなっていく。

 

 ステージが迫り上がる。そこには、今日、見事なレースを見せたウマ娘達が揃っていた。そして、スポットライトの光が、センターに立つトウカイテイオーへと向かった。

 

 一瞬眩しそうに目を細めたトウカイテイオー。だが、観客席から大きな歓声が聞こえると同時に、トウカイテイオーは大きく息を吸う。そして、いつものように天真爛漫な笑みを浮かべていた。

 

『位置について!よーい、ドン!』

 

 

 そして。

 

 ウインタードリームトロフィー。その勝利会見で、ひとつの、小さな、小さな事件が起きる。

 

「おめでとう、テイオー」

「ありがとうございます!ルドルフさん!」

「私も、もう少し行けると思ったんだがな。君は、本当に強くなった」

 

 そうたたえ合う二人をカメラのフラッシュライトが包む。と、その時だ。

 

「すいません!通してください!」

「ん?」

「どうした?」

 

 テイオーとルドルフの二人が声のする方を向いてみれば、記者の間を縫って一人の、子供のウマ娘が姿を現していたのだ。

 

「ここは関係者しか…」

 

 そう記者たちが言葉をその子供にかけたが、それを無視して子供のウマ娘は口を開いた。

 

「わたしは!わたしは!」

「ん?どうしたの?キミ」

 

 テイオーがそう言って笑みを向ける。すると、意を決したように子供のウマ娘は、口を大きく開いた。

 

「わたしは!トウカイテイオーさんみたいな!強くてカッコいいウマ娘になります!」

 

 ははは、と微笑ましいなと記者たちは笑う。だが、ルドルフは笑みを浮かべると、少し真剣な口調で、その子供に言葉を投げた。

 

「はは。君、それは大変だぞ。テイオーの様になるには才能と、努力と、運が揃ってないといけないからな」

「…才能と、努力と、運?」

「カイチョー。子供に難しい言葉はだめだよー」

 

 そう言ってテイオーは、子供の前に歩み出て、腰を落とした。 

 

「キミの名前はなんていうの?」

 

 笑みを浮かべ、テイオーがそう問う。すると、子供は緊張した面持ちで、こうはっきりと答えた。

 

「わたし、わたしの名前は!」

 

 

―ディープインパクトって、言います!―

 

 

「そっか。うん。覚えておくよ。ディープインパクト」

「はい!」

 

 テイオーに頭を撫でられて、笑顔を浮かべるウマ娘。と、ふと、トウカイテイオーが一つの疑問を投げかけていた。

 

「あ、そうだキミ。ピーマンは、好き?」


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