いよいよ彼女がスパートを掛ける。
その瞬間、彼女の足元から、とんでもない音が聞こえました。
『断』
すべての運命を断ち切るような、そんな、力強い、ターフを踏み抜いた音を。
―凱旋門賞2着 テイオーロマン
フランス、ロンシャン。
再びこの地を踏むことになるとは、全く、人生…馬生とはおもしろいものである。さてさて、私はレースの世界から身を引いて約一〇年ほど。とはいえ、字がかけるという唯一無二な馬なもんですから、それこそ乾く暇のない毎日を送らせて頂いている。
最近ではひらがなや漢字も覚え、更に更にコミュニケーションが捗っている次第だ。
しかも、専用のキーボードを作っていただいている始末。厩舎にモニターとパソコン、そして大型のキーボードがあるのは実にシュール。
タブレットがあればもっと良いのになぁと思う反面、2006年現在では未だタブレットと言う概念が生まれていない。フリック入力ならもっと文字が打ち込みやすいのにーと思う日々である。
いやぶっちゃけ某Sエレクトロニクスとかにアイディアを伝えれば作ってくれそうな気もするんだが…ま、そこは私ウマですので。史実通り、ジョブスさん、マジ頑張ってくれと願う次第だ。
さて、現実逃避はそこそこにしておいて。本日、私がなぜこのフランスのロンシャンに降り立っているかと申しますと。
『…疲れた』
『どこここー!?』
2頭のお馬さんの帯同馬として私は一緒に飛行機に乗り込んだのである。そりゃあ、まぁ、色々ありましたとも。というか、私も本当は連れて行ってもらおうと思っていたわけでは無い。
だが、そう。時は数か月前にさかのぼる。春の陽気が気持ちよい、とある日の昼下がり。厩舎で笑顔の厩務員と共に雑談しつつ、言葉が判らんテレビでニュースを見ていた時のことである。
―テイオー、次世代で気になっている馬は居るかい?―
―そうだね。うーん。ディープインパクトはやっぱりすごいなと。あと私の子供―
あ、ちなみに厩務員は元相棒だ。数年前に急に私の前に現れたのでそれはそれは驚いたものである。
―ああ、テイオーロマンか。というか、君の子供が軒並みすごい成績なんだよね、どうなってるんだい?初年度産駒なんか海の向こうで三冠だよ?君の血はバケモノかな?―
―はっはっはっ。よせやい照れる―
キーボードでぽちぽちやりつつ、厩務員はホワイトボードで私にメッセージを伝える。実にシュールな光景である。だが、そうやって会話を楽しんでいた私に、冷や水がぶっかけられた。
―あ、そういえばディープといえばね。今年凱旋門行くらしいよ。あと君のテイオーロマンも一緒に挑戦するとかなんとか―
ガタッ!文章を見た瞬間、私は勢い良く立ち上がってしまっていた。
ディープインパクトの凱旋門。結果だけ言えば、3着に入線した。それだけでもすごい偉業なのだ。
が、だ、この話はそこでは終わらなかった。なんと、ディープインパクトは失格。しかもよりによって禁止薬物。ドーピング的な扱いで失格となってしまったのである。しかもこれが響いて賞を取り逃がしたり、印象が悪くなったりと実に、実に残念な事件である。
―――さて、しかし、不幸中の幸いという奴である。
結果を知っている奴が、ここにいるのだ。助けられる奴が、ここにいるのだ。無論、ただの一般人が薬物を止めた所で、いや、ディープインパクトに接触を試みた所で断られるのが関の山。
だが、私を舐めないで欲しい。そう、この世界では最強のサラブレッド、世界砂芝三冠を成し遂げたサラブレッドなのである。あ、長距離くんはちょっと離れててね。ワシ3000以上は走れんのよ。
―へい厩務員さん。ディープインパクトの帯同馬になりたいんだけどねじ込んでくんね?―
厩務員の顔から笑顔が消え失せて、鋭い眼光が私を射抜いていた。
―それは、どういうことだい?―
気持ちホワイトボードの文字も硬い。ははは、なぁに。
―ちょっと、久しぶりに凱旋門の扉を開けたいなぁって。お手伝いをしようと思ってね?―
―…本気か?―
―当然。彼は走るよ。ただ今のままだと少し厳しいだろう。だが、足らないピースは私が埋めよう。埋めてみせよう…どうかな?―
文字を打ち終わった私は、私は試すような目で厩務員を見た。ほら、どうする。
厩務員、彼は頷くと、親指を立てて私の前から立ち去って行った。さあ、さあ、今日から忙しくなるであろう。何せ私は、英雄を真の英雄に押し上げねばならんのだ。
まあ、とりあえずは飯を食おう。私は歩みを進めて、厩舎に引っかけられているバケツからピーマンを1つ口に放り込んだ。―うん、シャリシャリと良い食感と、ほどよい苦味が口に広がる事の感じ。やはり、ピーマンは生に限ると思うのだ。
■
シャリシャリとピーマンを喰らう。うん。フランスの厩舎で頂くピーマンもしっかりとピーマンになっていて良きかな良きかな。10年前のロンシャンはそれはまー苦しんだもんだが、今では無事にピーマンも普及しているご様子。フランスのご当地ピーマン。ちょっと苦味が少ないが、及第点であろうか。『お前好き!』…聞いたようなニュアンスが飛んできたけれどもキニシナーイ。『やっぱり旨い!お前好き!』いやこれ気のせいじゃねーな?
ばっと顔を上げてニュアンスを飛ばして来たお馬さんの顔を見てみれば、そこに居たのはまさかのインディ氏。いやなんでお前おんねん。ここフランスぞ?凱旋門ぞ?引退馬が来る場所じゃ…って私も引退馬だけどもなしてますのん?
―なんでインディおるの?―
―あれの帯同馬らしいよ。インディの子で、凱旋門に殴り込むとか―
―そりゃまた難儀な。でも、なんでまた。インディの血筋ってダート専門じゃなかったっけ?―
―テイオー。君が来ると聞いて、それならば出走させなければ、と急に決定したらしいよ―
さらっと厩務員とやり取りをした私である。ほう、と、見てみればなかなか体つきの良い牝馬が居た。馬的に言えばなかなかのグラマラス。史実でも居たのかなぁ…って思ったけれど、アメリカの馬って凱旋門に出たことってあったっけ…?んー?記憶の限りあんまり前例無かったような?
『これちょっと違うけど旨い!旨い!旨い!お前好き!久しぶり!』
色々考えていた所に届くデカい声のニュアンス。ああ、うん。そうだな!いやもう本当に久しぶりだなインディ。難しい事考えていたけれどまぁ今回は頭の隅に追いやっておこう。んーと、とりあえずここにおるのは厩舎を見る限りは日本代表ディープ氏、我が子ロマン、…で、これインディの子かなぁ?あとはフランスのお馬さん達って具合である。
ま、それはそうとしてだ。少しばかりディープに差し入れを持って行こう。ということでバケツを咥えましてー。脚で閂をブッコ抜きましてー。少し歩みを勧めまして。ほい、差し入れ。
『え?なんで外にいる?…?なにこれ』
ピーマンと言う奴だね。喰ってみろ。飛ぶぞ。
『…苦っ…』
しかめっつらでそうニュアンスを私に飛ばして来たディープ氏。ただ、吐き出さないあたりは見込みがあると言うものだ。
『食べるー!』
横から顔を出したのは我が子テイオーロマンである。そしてばっちりピーマンを喰らう。うん、ピーマンは見事に受け継がれている感じ。よきかなよきかな。にしても、ディープ氏はまだしかめっ面。うーん、これはピーマンダメっぽいかー。
『うんまぁああい!』
ダメな顔をしているディープ氏の横でめっちゃ旨そうにピーマンを喰らう我が子である。というか君、そのリアクションだと、なんかスタンドとか使わないよね?ハンド!とかさ。
『…これおいしい?おいしい?』
本当に?本当にお前旨いんか?そんな疑いの目で我が子を見つめるディープ氏。
『おいしい!』
『本当に?…もう一個食べる…苦…苦…苦…?』
ロマンの様子に、ディープ氏は私のバケツからピーマンを喰らい始めた。さあ、どうだいディープ氏よ。
『おいしいでしょ!』
『…うん?うん…おいしい、かも?』
ナイスだロマン。ディープ相手に押し切ったね。よしよし。いや、よしよしじゃないんだ。ピーマン食ったぐらいでめっちゃ調子良くなって勝てるようになった馬なんて………一杯知っているけれどもね。私もその一頭であるしさ。凱旋門はピーマンありきでございました。というか、このピーマンって何なんだ…?私の好物ではあるんだけど、食った馬がのきなみ大活躍。同志しかり、ライスしかり。うーん、やはり、ピーマンイズワンダフル!ということであろうか。いやわけがわからん。
さてさて、そういえば厩務員さん。彼らは凱旋門の前に、何のレース走るんです?
―凱旋門直行の予定―
―マジ?今何月だっけ?―
―8月―
―フォア賞ねじ込みなー。ぶっつけはやべーってお前も知ってるだろう?納得しないならオーナー達を私の前につれてきな―
私の言葉に、厩務員は真剣な顔を向けて来た。
そりゃあそうだろう。だって君はさ、私の背でそれを嫌と思うほどに思い知ったじゃあないか。それを思い出したのか、彼はうんうんと唸って首を傾げてしまっていた。
―ま、最期は人間の都合なんだけどさ。馬の意見も聞いてくれたまえよ―
ふーむ、と手を顎に当てて暫く彼は固まってしまっていた。そうやって悩んでいた彼であったが、やはり、真剣な顔で頷いて、そして親指を立てて私の前から立ち去って行った。うん。多分ディープ氏とかテイオーロマン氏あたりのオーナーに話を持ち掛けに行くのだろう。ま、ぶっちゃけ、フォアは負けても良いのだ。なによりも、この深いターフは一度走らないと感覚がつかみにくいのである。いやもうそりゃ本当に。中に二足歩行の人が入っている私ですらも、ここまで日本の芝と海外の芝が違うのかと思ったほどよ。
で、ちなみにその後、私の前にオーナーら関係者がやってきて、今後の調整について滅茶苦茶話し合ったのはまた別のお話である。
だが、そうやった結果だろうか。我がロマンがフォア賞を制覇し、ディープ氏も2着、そして続くようにインディの子が3着。上々の滑り出しで海外遠征はスタートを切ったのである。
■
『これは驚き!フランスで逃げ切ったテイオーロマン!親であるトウカイテイオーが成し得なかった、フォア賞での勝利を獲得しましたー!』
『本当に驚きです!急な参戦でしたが、まさかここまでとは…!ディープインパクトも見事な末脚で2着。凱旋門本番にむけて、日本勢が勢いをつけてきております!』
『ちなみに3着に入ったインディテイオー。『トウカイテイオーの子が出るならば』と意気込んできたその実力は母父であるトウカイテイオー譲りの確かなものでした。こちらも凱旋門賞に参戦予定。さあ、フランスの地も面白くなってまいりました!』
■
フォア賞の翌日。トウカイテイオーと2人のウマ娘達は、フランスの街へと繰り出していた。気晴らし半分、お祝い半分といったところである。そして、あらかた遊んだ彼女らは、町の一角、カフェでのんびりとお茶を楽しんでいた。
「いやぁ、まさかディープがここまで来るなんてねぇ…」
トウカイテイオーは紅茶を嗜みながら、しみじみとそう呟く。
「テイオーさんのお陰ですよ!」
ディープと呼ばれたウマ娘は、笑顔をトウカイテイオーに向けていた。
「あのー。勝ったの私なんですけどー?二人の世界に入らないで頂けますー?」
そしてそれを面白くないなぁと隠さずに表情に出しているもう一人のウマ娘。
「あはは、ごめんごめんテイオーロマン。でも、すごいよねえ。日本勢がフォア賞を独占、なんて」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
2人はテイオーへと頭を下げていた。あはは、と笑いながら紅茶に口を付けたテイオーであったが。
「いやいや、本当だ。まっさかテイオーが弟子を引き連れてまたフランスに来るとはねぇ」
ぶっと、聞きなれた声に紅茶を吹き出してしまっていた。テイオーは声のした方向、みずからの後ろへと振り返っていた。
「あれ、インディじゃん!?久しぶり!?ってあれ!?なんでフランスに!?ここアメリカじゃないよ!?」
そこにいたのはまさかのエーピーインディ氏。アメリカのウマ娘である彼女が、こんなフランスの街中に居るはずが無いのである。だが、さも当然と言った感じでテイオーの後ろに立っていた。
「落ち着けって。あー、知らんかったか。ほら、3着に入ったインディテイオー。あいつ、私の弟子なんだ」
そう言って、テイオーの横。空いていた席にどかっと座る。
「え!?あれ、でも、アメリカから凱旋門賞ってなかなかいないんじゃ!?」
「『私はインディさんとトウカイテイオーさんの名前を両方持っている。なら、挑むしかないんです!』と、意気込んでしまってなぁ。止める暇もなく今日私はここにいる」
ふっと疲れた笑みを浮かべたインディ。どうやら、その弟子とやらに振り回されているようだ。
「おー…インディも大変だねー。あ、店員さん紅茶追加でー」
「悪いな、テイオー」
「あの、テイオーさん、こちらのウマ娘さんは…?」
そんなやり取りを見ていたディープが、ふと、そう口にしていた。テイオーは、ああ、と笑顔を浮かべる。
「あ、ごめんごめん。紹介するね。こちら、エーピーインディ。ボクとBCクラシックと有マ記念で競い合ったライバル。で、インディ、軽く紹介すると私の弟子たちだよ。こっちがディープインパクト、こっちがテイオーロマン」
「え!?あの伝説の!?」
「セクレタリアトさんの再来の!?」
「おお、知ってくれていたか!何かの縁だ。インディとでも気軽に呼んでくれ。ま、テイオーには現役時代勝てなかったけどな。こいつバカ速いったらねーんだわ」
インディはそう言いながら、テイオーの頭に手を乗せて、わしゃわしゃと動かしていた。
「んぁあ!?もう!インディったらいっつもボクの頭をわしゃわしゃするよね!?」
「あー、丁度いい高さなんでな。スキンシップだスキンシップ」
はははと笑顔を浮かべつつも、インディはテイオーの頭に乗せた手を止めはしない。だが、テイオーはテイオーでまんざらでもないようである。
「つーかこっちのダートも日本勢が強くてなぁ。なんだあのインペリアルタリスってのは。アイツもそうだけど、あいつの育てた連中が荒らしまくっててなぁ」
「インペリアルタリスさんですか?」
「おう。知ってるか?ええと、ディープインパクト?」
「はい!アメリカのダートで活躍する日本のウマ娘さんですよね?あ、ディープでかまいませんよ!」
そう言ってディープは笑顔をインディに向けていた。
「そうか、ありがとうなディープ。ああ、そうか、日本じゃあんまりダートは盛り上がらんのだよな。このテイオーがBCクラシックを勝利したことは知っているだろう?」
「はい」
「ええ」
「というかお前の名前もテイオーに似てるなぁ、テイオーロマン。ロマンと呼んでも?」
「ええ!大丈夫ですよ!インディさん!」
そう言って、テイオーロマンもインディに笑顔を向ける。
「ありがとうよロマン。で、その翌年と翌々年、2年連続で勝利したのがインペリアルタリスなんだわ。しかもこいつの知り合いだってんだ。こっちじゃあトウカイテイオーがBCクラシックで優勝した、なんて話題は一気に消し飛んだよ。更に、その弟子にレースを荒らされっぱなし。いやはや、セクレタリアトも本気で後身を育て始めて良くも悪くもアメリカのウマ娘業界は活気に溢れているんだ」
「へえ!?」
「すごいですね!?あ、でも、最近、インペリアルタリスさんってあんまり日本じゃ名前を聞かないような…」
ロマンの言葉に、今度はトウカイテイオーが言葉を添えた。
「そりゃねー。アメリカに拠点を移しちゃってるし。ここ10年、帰ってきてないからね」
「そうなんですか。でも、すごいですね。アメリカに行って成功するなんて」
「ま、ボクの同期だしね。鼻が高いよ」
ふふん、と得意げなトウカイテイオーである。
「あー、でも、来年ドリームに上がるから夏と冬で走るよ。ボクも夏はダートで、冬はターフで彼女と競う予定だよ」
「ほー、そりゃあ凄いこって。負けんなよー?」
「もちろん。ボク、クラシックは譲らなかったからね。シニアもボクのものさ」
「なんだそりゃ」
と、インディが呟いたと同時に、彼女のスマホにメッセージが届いた。
「っと、すまん。愛弟子から呼び出しが来ちまった。じゃあなテイオー。凱旋門、お互い後悔ないようベストを尽くそうぜ。―じゃあな、戦友」
「うん。インディも元気で。―本番で、また逢おう。友よ」
最後、2人は拳を合わせてそう、言葉を掛け合った。
「ああいう関係憧れますね」
「うん。私達もああなれるかな?」
「…もちろん。というか、フォアは君に譲ったけど、凱旋門は私の物だから」
「…。ううん。凱旋門は私の物だもん」
ウマ娘達は今日もヤカマシイ。しかし、その内に秘める想いは、何よりも熱く、そして誰よりも燃え盛っている。
■
「お久しぶりです。またお会いできるとは思いませんでしたよ!」
「久しぶり。本当に。僕もびっくりだ。で、どうなんだい?ディープは」
「仕上がりはすこぶる。そちらのテイオーの助言のお陰か、非常に良い仕上がりです」
「そいつは良かった。…さて、じゃあ一本、追い切りといこうか」
「ぜひ。というか、トウカイテイオーはまだ現役馬と共に走れるんですね?」
「僕もびっくりしているけどね。もう20歳に近いのにまだまだ現役さ。さて、追い切りとはいえ、僕とテイオーは負けないぞ?地の果てまで走っていけそうさ」
「それはこっちのセリフですよ。ディープとならどこまでも飛んでいけますからね」
■
さて、本日はついに来た凱旋門賞当日。私はと言えば、のんびりと厩舎で、彼と共にピーマンを喰らっている。や、それがですよ。聞いてくださいよ。青椒肉絲ですよ青椒肉絲。いやはー、まぁ、そんなに量は食えませんがね。小皿程度に青椒肉絲が鎮座しておるんですよ。草食動物が肉を!?と言うかもしれないが、少量であれば食っても問題ないのである。実際、『好きなら食ってもいいんじゃないっすかね…?しらないっすけど…』と獣医さんからも言われております。なんだか諦められている気もするけど気にしない。
と、いうことでここ数年は、彼お手製のピーマン料理を食いながら競馬中継を見るのが至高の時になっている。ちなみにビールも忘れてはいない。おっさんっぽい?言うなよ照れる。
『・・・・・・』
テレビから聞こえる実況は、正直、言っている事が判らない。ただ、声のトーンなどで盛り上がりなどは判る感じである。ほほう。ディープ氏は記憶の通り1番をつけていらっしゃるね。えー、で。我が子テイオーロマンが10番ね。インディ氏の子、そういえば名前知らんかったな…。9番か。えーっと、字幕字幕…『インディテイオー』…インディテイオー!?ええ…なんですかその安直な名前。あ、ちょいちょい厩務員?
―どうした?青椒肉絲の味が気に入らなかったか?―
―ばっちりですとも。というか、インディの子の名前、インディテイオーって言うんですね?―
―ああ、らしい。君の娘とインディの配合らしいよ。名前もそこから取っているとかなんとか―
あんぐりと口を開けてしまった。ああー、そういうこと?なるほどね、それでか。インディテイオーか。え?つか人の子を寝取ったんかインディ?いや寝取ったって言い方も変だな。うーん、まぁ、判る。気持ちは判る。テイオーの子とインディが子を成したら?
多分めっちゃ速いんじゃね?
私でもそう思うさ。私がもし私のオーナーだったら、秒でGOサインを出すね。…って、そう考えると私の血筋、すごいことになってるんでは?いや、正直毎年の子作り戦争に向けて、雑念を取っ払って気持ちを整えていたので、自分の血筋の情報を仕入れていなかったんだけども、これ、私の血、どうなっているのかめっちゃ気になってきた。
―お聞きしますが、もしや、私の血、結構凄い事になってませんかね?―
―なってるよ。あれ?知らなかったのかい?G1馬の血統と君の血統という組み合わせ、かなりの数が走っていると記憶しているけれど―
―ええ…?―
―最近天皇賞秋を逃げたサイレンステイオーっているじゃない?―
―いるね。サイレンススズカの再来だって騒がれてた―
―キミの孫だよ―
―本気ですかヒューマンー
おもわずあんぐりである。というか、冠がサイレンス?サイレンスってお前まさか、配合がワシの娘とスズカとかじゃないっすよね?
―大正解。ユーザーフレンドリーとの間に出来た子とサイレンススズカさ―
Oh。というかスズカさんしれっとご存命なのね。…んー?つーことはですね。私の血統、国内でもG1馬いるし、海外でも凱旋門を走るような馬がいる?これはもしやワシ、まごうことなき大種牡馬なのでは?あれ、でも年間100頭ぐらいしか種付けしていないような気がするんですが。他の馬と比べると結構少ないっすよね?
―オーナーと協会が厳選してるからね。君に負担をかけて怪我なんてさせたら世界競馬界の損失だからねぇ―
そりゃあ有難い事で。いや本当。すごいと年間300頭近く種付けすんでしょ?あのアグネスタキオンとかですら年間150頭とかだもんなぁ。というか今年はシーズン途中でフランスに飛んできたので、未だ30頭ぐらいなんだよね。そこんとこ大丈夫なん?
―あ、テイオー。ディープとテイオーロマンが帰っても居残り決定してるから、そのつもりで―
―はい?―
―80頭のレディがお待ちだってさ―
おほー、聞きとうなかった情報である。まぁ、やぶさかではないがね。ああ、ただ、判っているんだろうね。君。
―青椒肉絲、煮びたし、肉詰め、無限ピーマンでどう?手を打たないかい?―
―ノッた!―
よぉく判っているじゃあないか。流石相棒よ。っと、それはそうとディープ、テイオーロマン、インディテイオー…うん、名前が少しややっこしいな。まぁ、彼らの、新たなる日本代表達の出走のお時間である。
第85回凱旋門賞。ちなみにディープに例の薬物が使われそうになった時、私と言えば自分の厩舎の壁をぶち抜き、彼の厩舎の扉をぶっ壊して投薬直前に突撃し、事なきを得たので何も問題はなかった。決して問題なんてなかった。
『君、文字判るんだってねぇ?この数字わかるぅー?ねぇ?修繕費なんだよねーこれ?凱旋門賞馬なら払えるよねー!?』
と、彫が深い外国人からしたり顔で請求書なんてものを見せられたような気もするけれど些細な事である。いいね?…うん。あとでJRAのお偉いさんに謝りに行こ。処世術、処世術という奴である。いやー、やはり厩舎の壁を全力で蹴り破ったのは間違いだったか…?
にしてもだ。こっちにきてからディープと並走して良く判ったけれども、彼の末脚は本当に恐ろしい。なんじゃいあの一発の蹴り足の強さは。全盛期の私よりもぶっちゃけ追い込みの速さはあると思う。
ただ、この深い芝で実際どうなん?と思う事もあったので、フランスに来てから並走で走り方をみっちり叩き込んでおいた。いやあ、ロマンリバーを思い出すね。というか、テイオーロマンもディープ氏も、私の技術をすぐに吸収してくれて実に教えがいがあった。特にディープ氏なんかはゲート難だったはずなのにだ。そう、最初私も苦労したゲートですよ。教えた当初、やっぱり彼はスタート下手だったんだけども、私なりの攻略法『リズムを聞いてGO戦術』を教えた所、ゲートの飛び出しがめっちゃ上手くなっていた。更に最後の加速。あれについても、ただでさえ長いストライドを、更に広げてえらい勢いで飛ぶようにターフをすっ飛んでいった事は記憶に新しい。
その隣でテイオーロマンがえらい脚の回転でディープを追いかけていった様もまた、すんごい光景であった。正直私の様なおっさん馬だと併走に数本お付き合いするのが精一杯ですわ。
だからってわけじゃないんだけどさ。君達多分勝つよ。私が保証しよう。…そして相棒よ。首を傾げるなって。
―いや、それにしても君がディープとロマンと並走してから、彼らの走り方と体つきが変わりすぎてて…君、なんかしたのかい?―
―いやー…まぁ、走り方は教えたけどそれ以上は何も?彼らとの追い切りの時、私の上に乗ってた君の方が良く知ってるだろう?―
うん、本当に何もしてないのよね。やった事といえば、ピーマンを与えて併走しただけだ。確かにこの凱旋門までの数か月。ディープとロマン。彼らは私と逢う前後ではその走りも体形すらも変わりすぎている。現にテレビ越しでも判る。バッキバキのゴッリゴリやんけ腰回り。
―でも、もしかしたら本当に、彼らが扉をあけるのかもしれないね―
彼がしみじみとそう、私に伝えて来た。うん。本当にそうあってほしいと思う。そしてなによりもだ。
―ぜひそうあって欲しい。むしろ、私を超えてもらわなければ困るさ―
いつまでもいつまでも、
さあ、ディープインパクト。
―――史実を超えて、英雄になって来い。
『さあ、10頭立てとなりました凱旋門賞。注目は凱旋門賞馬であるトウカイテイオーの子、テイオーロマン!そして日本競馬の至宝ディープインパクト!1番人気、2番人気は日本の馬が独占です!9番にはインディテイオー!アメリカ生まれのトウカイテイオーの孫が収まります!そして、大外!大外にテイオーロマンが収まった!これは14年前を彷彿とさせる光景です!そして、ディープインパクトが
ディープ氏
■凱旋門賞までの特訓でピーマンインストール済み。その際フレキシブルテイオー式二段加速を完全に習得してしまったため以降手が付けられない怪物に。が、史実通り有馬はハーツクライに負けて地団駄を踏んだ。ハーツクライはピーマン食ってない。どうなってやがるとはピーマン氏の談。
なお、凱旋門は差し切ったが、同年の有馬記念でテイオーロマンに逃げ切られてもう一度地団駄を踏んだ。
テイオーロマン
■ピーマン氏が種付けがんばった結果こうなった。無論母はロマンリバー。ピーマンの逃げを色濃く継いだ一頭。凱旋門賞までの特訓でテイオー式フレキシブルロングロング高回転スパートを習得してしまったため、以後ディープ氏のライバルと目される存在となってしまう。強く生きろ。
戦績はシーザリオらとティアラ路線を競い合ったのちにフォア賞勝利。ピーマンの血族は化け物と言われはじめたうちの一頭。ピーマン氏曰く「よせやい照れるじゃねーか」だそう。
なお、凱旋門は差し切られたが、同年の有馬記念でディープから逃げ切って渾身のガッツポーズ。
ハーツ氏
■ピーマンインストール前のディープ氏をぶっちぎった怪物。本来はその後、ジャパンカップで引退するところであったが、ディープ氏より『ピーマンイズワンダフル』を継承。結果、06年有馬記念を3着で駆け抜けた。