ボク、ピーマンが好きなんだよね   作:灯火011

8 / 74
様々な料理でピーマンを楽しんだのち、改めて生でピーマンを食うと、素朴で青臭い味に箸が止まらなくなることも多々ございます。

 なお、酒のあてとして、千切り生ピーマンにごま油と塩を和えて食べますと箸が進みます。ピーマンの時期が過ぎようとする十月の頭。去りゆく夏の香りを楽しんでみてはいかがでしょうか。


最も運のある馬

 私はピーマンは好きであるが、ニガウリは比較的苦手であった。ニガウリ…つまり、ゴーヤーである。二足歩行であった時代、赤くなるまで熟させて甘い中身を食う事はあったものの、あの苦い感じの若いニガウリを食うことはなかなか慣れたものではなかった。ただ、ゴーヤーチャンプルーとしてスパムミートと炒めるとなかなかの美味であったことは覚えている。

 それがどうだろう。馬になってから初めてニガウリを食べた数日前からというもの、案外とそれが旨いという事に気づいてしまった。もちろんピーマンが食い物の中で一番であるが、その旨味と食感を引き立てるニガウリ。これを交互に食べるとなかなかに食感や味覚に変化が出て楽しいのである。

 最初こそ余りの苦さに体が固まってしまったが、今はもうそんなことは無い。ピーマンとゴーヤー入りの野菜を交互に食いつつ、牧草を食べる。

 ちなみに牧草は白米の様な感じがするので、いくら食っても飽きることは無い。馬になってから味覚が変わったのであろうが、いやはや、草食で満足できる体というのも便利なものだなと思うわけである。

 

 ただ、ふと冷静になってみれば、一食でバケツ何杯も野菜を食うわけで、馬というものは多分、乗り物としてのコストパフォーマンスは悪い。牧草であっても猫車一杯ぐらいは食べるわけだし、水だって同様である。

 

 そんなわけで、身の回りの世話をしていただけるこの競走馬という立場に、改めて安堵を感じる訳だ。レースで走れている分には、くいっぱぐれる事は無いのだから。

 

 ということで、残さず野菜を頂こう。最近、苦手であったニンジンも野菜のバケツに交じり始めている。最初こそ戸惑ってしまったが、なんとか少しずつ食べられるようになってきている。馬であったとしても日々、進歩していかなくてはね。

 

 そういえば私の厩舎の前に置いてあるピーマンの鉢植え。人間が丁寧に手入れをしてくれているため、ところどころに小さな花が咲き誇り、一部の花は実へと変わり始めていた。

 こういう植物というのは、見ているだけでも楽しい。特にピーマンの様な野菜は一年草であるかわりに、どんどん新芽が出て天へ天へと背を伸ばしていく。更には所狭しと花が咲くため、緑の幹や葉の中に白い色がまた美しく感じる。

 その花が散ってくると、今度は緑色の小さい実が、いよいよ実り始める。

 

 この一連の流れを毎日のんびり楽しめる。食べるだけじゃなく鑑賞も出来る。いやぁ、実に、素晴らしい鉢植えである。

 

 しかし、ピーマンが実り始めているということは、前のレースからおそらく1か月ぐらいは経っていると思われる。この間、特にレースという事はなくて、のんびりと、しかし、しっかりと鍛錬を積むことが出来た。我ながら肩回りの筋肉は一回り大きくなり、柔軟性も更に向上している。足首の周りの筋肉も肥大化し、関節を守る役目を果たしつつある。…まぁ、実際は指の関節と言えるのだが、感覚としては足首なのでそこらへんは気にしないこととする。

 そして、毛も完全に夏毛に生え変わり、我ながらなかなかつやつやの毛並みを誇るに至っている。とはいえ、日々人間がブラッシングやシャンプーをしてくれているお陰で、これだけの艶を保っている。日々日々、人間に感謝だ。

 

 

 鉢植え、ゴーヤー、ニンジン、毛ときて、もう一つ身の回りの変化が起きている。あの、彼と知り合いのおじさんが、最近よく私に乗りに来るのである。頻度で言えば、例えば坂登りの鍛錬であれば、最初こそ1往復だけ乗っていたのだが、最近では半分はおじさん、半分は彼が乗っているような感じである。

 合わせ馬に関しては、彼が横に控えておじさんが主で乗っているような様である。その際、彼がおじさんと話し合い、少しずつ手綱の引き具合や緩め具合を変えているので、もしかすると彼はいずれ私から降りて、おじさんが私のレースの時に私の上に乗るのかもしれないな、などと思うわけだ。ちなみに、確証などは一切ない。

 こういう時に人間の言葉が判ればいいなとは思うが、とはいえ、おじさんも相当手綱さばきが巧いので、実際の所、呼吸を合わせるという意味では不安は無い。ただ、おじさんのレースの展開やコース取りについてはまだまだ底知れない感じがするので、ま、しっかり時間をかけて、おじさんと息を合わせていければとは思っている。

 

 あと、最近オーナーもまた私の厩舎に顔を出す頻度も増え、今では2~3日に一度は顔を見るような感じである。ピーマンを差し出されて、食べることまでがテンプレートのような感じにすらなっている。今までの傾向からして、こういう風にオーナーが私の前に高頻度で現れるという事は、おそらくまた、大レース。つまりG1レースが近いのであろうか。

 

 ふーむ、桜が散って大体一か月、牧場の木々も青々としているこの時期の大レースか。ということは、今度こそ皐月賞だろうか?それとも、木々が青々として初夏っぽいので、日本ダービーあたりであろうか。

 とはいえ、やはり自分が出るということは考えづらい気もするのだが、私の戦績を冷静に見れば、単純に5連勝馬である。我ながら負け無しだ。

 しかもそのうち、1勝はG1レースである。ともなれば、大きなレースに私が出るというのならば、やはり時期的に見て皐月賞かダービーのどちらかであろうとは思う。

 

 なかなかにプレッシャーを感じてしまうな、と思う自分がいる反面、別に私はしっかりと鍛錬の結果を出すだけである。気楽に行くさ、という自分もいる。

 

 そうだ。結局、次のレースが日本ダービーだろうが皐月賞だろうが、私には判断がつかないのだ。ただ、レースで勝利を収めればピーマンが大量に食えるという事実があるのみである。

 

 鉢植えのピーマンの実が大きくなり、いよいよ食い時か。

 

 そう思うほどに、ピーマンが育ち、ほどよい陽気になってきた頃、ついに、私の前に移動用の車がやってきた。どこかは判らないが、6戦目のレースである。予想通りであれば、おそらくG1レースであり、皐月賞か日本ダービーである。とはいえ、もちろん私がそう勝手に思っているだけなので、肩透かしの可能性もある。

 移動車の車窓の隙間から、どこに向かっているかを注意深く覗いていると、なにやら大きな湖が見えてきた。むむ。高速で移動していて、湖が見えたということは、果たしてここはどこなのであろう。頭を悩ませていると、今度は富士山が遠くに見える。となると、普段、私がいる牧場はどちらかというと関西っぽい感じはするので、あの湖は諏訪湖あたりであろうか?で、右手に富士山が見えたため、今は恐らく、中央自動車道を通って、関東に向かっている感じであろうか。

 ということは、やはり東京の競馬場でのレースということでほぼほぼ間違いないであろう。ただ、そうなると中山競馬場ではなさそうだ。あちらはほぼ海沿いであるが、今私がいるのは明らかに内陸である。

 

 そうして暫く車窓を楽しんでいた私であるが、ついに車は高速道路を降りて一般道へ。そしていよいよ競馬場の土を踏むこととなった。

 

 おお、これはまた大きい競馬場である。客席は2階席ぐらいであるものの、大きく張り出た屋根がなかなか特徴的だ。

 

 そして、私は中央競馬で走っていて、ここは東京で、中山競馬場ではない。という情報を合わせれば、ここがかの有名な東京競馬場である事が判る。ということは、今回、もし大レース、G1だった場合は、日本ダービーの可能性がすこぶる高いという考えに至った。

 まぁ、ただ今日はレース当日というわけではなく、私自身前乗りなわけなので、観客は全くいない静かな観客席である。本当にそうなのかは当日になるまでは判らない。

 

 いつものように厩舎で休憩を行ってから、併せ馬で軽く調子を整える。そうだ、大きいレースといっても、やはり、やる事は特段に変わらない。調子をしっかり整えて、飯を食って、しっかり寝て。レース当日を迎えるだけなのだ。

 

 ま、ただ、鉢植えのピーマンを美味しく頂けるように、どんなレースであろうとも勝ちたいところではあると思う。

 

 

 いよいよやってきたレース当日。今回、私の番号は『20』番。その横の数字は『1.6』である。見事に今回のレースでは一番人気であるようだ。今回の馬の数は20頭もいる。観客は明らかに満員御礼で、パドックですら歓声が大きい。

 そして、問題のレースであるが、距離は2,400メートル。タイトルの横に『GⅠ』の文字がしっかりと確認できた。更に言うと、レースの名前の中に二つ、横棒が入っている。表すのならば『■■■ー■ー(GⅠ)』という感じに私から見える訳だが、こうなるともう確定で良いだろう。

 

 ということで、私は今から『東京優駿、日本ダービー』を走ります!

 

 もしかしたら勘違いの可能性もあるにはあるが、この大歓声に馬の数。間違いではないと信じたい。いや、しかし、これは大出世である。競馬にそこまで詳しくない私ですら知っている、日本競馬の大レースである『日本ダービー』。まさか走る事になるとは思わなかった。

 

 ちらりと他の馬達を見てみると、何頭か気になる馬もいる。客観的に見て、気合が入っているのだ。

 

『今度こそ俺が勝つ』というリベンジを誓う馬。

『速く走りたい!』という勢いのある馬。

『一番私が速い』と自信満々の馬。

 

 馬の番号で言えば11,2,13という感じである。いやはや、流石日本ダービー。他の馬も「勝つ」、だの「先頭で走り抜ける」だのニュアンスをひしひしと感じられて、私自身も気合が入るというものだ。

 足をしっかりと伸ばし、縮めて、伸ばし、縮めて。柔軟をしっかりと行い彼を待つ。私よ、焦る事は無い。なにせ今までしっかりやってきたのだ。日本ダービーとはいえやる事はいつもと一緒だ。彼の手綱に身を任せてしっかりとゴールを先頭で走り抜ける。ただそれだけである。

 

 私に出来る唯一の、しかし絶対の事だ。残念ながらただの馬に負ける義理は無いのだ。日々真面目に練習出来て、体調を自ら整え、彼…いや、騎手との絆をいままで十二分に太く繋ぐことが出来ている私なのだ。何を心配することがあるのだ。

 

 そんなことを考えながらパドックを回っていたら、いよいよストップの合図がかかり、彼がこちらにやってくる。そしてほら、いつものように2回首を叩かれてから、私の背中に彼が乗る。

 

―行こう―

 

 そう言われた気がした。

 

―おう―

 

 私はいつものように、鼻息で答えを返す。そして手綱を人間に引かれて芝のコースに出てみれば、そこにあったのは青々とした広い芝のコースと、前の大レースを大きく上回る大歓声であった。流石に二度目の大歓声であるため、驚いたりはしない。むしろ私の中では、気分が高揚する素晴らしいものに変化していた。

 芝の状態を確認するように軽く足首をほぐし、ジャンプするように全身をほぐし、そしてその勢いのままウォーミングアップを行う。

 

 蹄から伝わる芝の感じはすこぶる良い。これなら、脚への負担も少なそうである。

 

 そう芝の状態を確認しながらコースを走り、スタート地点へと足取りを進める。少し暴れる馬もいたが、それでも順調にゲートインは進む。今回、どうやら私は最後にゲートインを行うらしい。19頭のゲートインをのんびりと眺める。うーん、こうも馬が並ぶとなかなか壮観だな、などとゲートを眺めていたら、手綱を少し引かれてしまった。どうやら私は、無意識に足を止めてしまっていたようだ。これは失礼。

 

 心の中で少し手綱を引く人間に謝りながら、大人しくゲートに入り、開くタイミングを待つ。

 

 …今回は20番という大外である。スタートの失敗は許されない。もちろん、彼の手綱さばきに身を任せれば安心なわけだが、やはりスタートのこの瞬間だけは緊張が高まるというものだ。

 

 人間がゲートからはけた。旗を持っている人間の腕が、動いた。

 

 東京優駿、日本ダービーの始まりである。さぁ、お立合いだ。

 

 

「いやぁ、あいつ、やっちまいましたよ。ダービー馬ですよ!しかも、無敗の二冠馬ですよ!」

「おめでとう。お前の世話の結果だ。よくやったなぁ!」

「ありがとうございます。それにしても今回もまたフォームがそのままで、驚くばかりですわ」

「確かにな。最後まで後方に控えていたから冷や冷やしたが、何、直線を向いたら気持ちのいい加速で突き抜けたよなぁ」

「本当ですよ。内側から来た馬も物ともせずに突き抜けましたからね。いやー。我ながら強い馬ですわ」

「一番人気で一着、無敗の二冠馬。皐月、ダービー共に楽勝。三冠の期待がかかるな」

「ええ。本当です。この調子を維持できるように俺も頑張ります」

「おう。頑張れよ。あと、何かあったら言ってくれ。出来ることは俺もやろう」

「ありがとうございます。…あ、それはそうとして、今日はこんなもんがあるんですが、暑いですし一本どうです?」

「お、ビールか。いいねぇ。頂くとしよう」

 

「「二冠制覇と、これからの三冠に、乾杯」」

 

「そういえばお前、あいつへのダービーの褒美はどうするんだ?」

「頭を悩ませてます。何にしますかねぇ」

「そういえば、一部の馬はこのビールが好きっていう話もあったなぁ」

「ビール、ですか?」

「案外あいつ、ピーマンが、というか苦い食い物が好きだからイケる口なんじゃあないか?」

「あははは、ご冗談を!」

 

 

「ルドルフさん、こんにちは。今お昼ですか?」

「やぁ、君か。見ての通りさ。会議が長引いてしまってね」

「あは、それなら丁度良かったです。あの、ピーマンの料理を作ってきたんですけど」

「ほう?」

「ピーマンの肉詰めです!甘辛くハンバーグソースで味付けしていますので、ごはんに合うと思いますよ!」

「ほう。これは、美味しそうだな。では早速一つ頂こう。…これは、美味しいな!甘辛いソースとピーマンの旨味を感じるよ」

「本当ですか!お口に合ったようで何よりです!」

「ふふ、失礼して、もう一つ頂こう」

「どうぞどうぞ!」

 

「旨い。ああ、そうだ。日本ダービーおめでとう。これであと一つだな」

「はい。あと一つで、ルドルフさんに追いつけます!」

「ふふ、あと一つ、菊花の冠は今までと違って長距離のレースだ。スタミナも、精神力も必要になる。しっかりと頑張れよ」

「もちろんです!」

 

「そういえば、皐月、日本ダービーと走っただろう?誰か気になる娘はいたかい?」

「そうですね…リオナタール、ナイスネイチャ、シガーブレイドの三人は気になってます。彼女たちにも足を掬われないように、夏で一回り大きくなってみせますよ!」

「そうか、その意気だ。頑張れよ」

「はい!」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。