問題:異世界転生したのはいいけど、俺の「力」はなんですか? 〜最弱無能として追放された少年が、Sランクパーティーに所属するようです〜 作:鴨山兄助
窓から入る日差しと、モンスターの咆哮。
朝を告げるには騒がしい要素に、ノートは無理矢理起こされた。
「……風情も何もあったもんじゃないな」
山の上で鳥の鳴き声を聞くのとは訳が違う。
荒々しいモンスターの咆哮では、爽やかさの欠片も無かった。
二度寝する気も無いので、ノートはベッドから降りようとする。
すると床には、毛布に包まって眠っているシドがいた。
「なんか悪いことしちゃったな」
彼を起こさないように、ゆっくりとベッドから降りる。
そして音を立てないようにベッドを整えてから、ノートは部屋を後にした。
扉を閉めると、どこからか良い香りが漂ってくる。
誰かがもう起きているのだろうか。
匂いを辿る様に、ノートはキッチンにむけて歩き出した。
「あらノート君。早いのね」
「あっ、ルーナ」
「朝ごはんはもう少し待っててね」
キッチンで料理をしていたのは、長い金髪をポニーテールにしたルーナであった。
匂いの正体は、彼女が作っているスープだ。
「俺も何か手伝うよ」
「あらいいの?」
「どうせ暇だし」
「それじゃあ、卵とベーコンを焼いてくれるかしら?」
「了解」
既に台に要因されていた卵とベーコンを確認するノート。
包丁とまな板を借りて、ベーコンをスライスし始めた。
「はい、フライパン」
「あっ、ありがとう」
ルーナにフライパンを渡されたので、あとは焼くだけ。
そこでノートはある事に気がついた。
「ルーナ、ここのキッチンって」
「火打石が必要よ」
「ならよかった」
一般家庭にさえ、着火魔道具つきのキッチンが標準の世界だ。
魔道具を使えないノートにとっては不便なことこの上ない。
故に火を使って調理するには、原始的な方法をとるしか無いのだ。
ノートはルーナから火打石を渡されて、火をつける。
「うーん。ベーコンの良い香り」
香ばしく焼きあがっていくベーコンを堪能しながら、ノートは少し頭が冴えてくる。
冷静に考えれば、魔道具職人の家に旧式キッチンがあるというのも妙な話だ。
きっとルーナの為に、シドがわざわざ用意したのだろう。
「(優しさ、か……)」
人の悪意ばかり見てきたノートにとって、それはある種新鮮なものであった。
だが同時に、昨夜のやり取りが脳裏に浮かびあがる。
「(この世界は汚いか……)」
含んでいたのは相当深いものだろう。
だがノートにはその全てを計りきれなかった。
フライパンの上で踊るベーコンを弄りながら、一瞬だけルーナの方を見る。
「(後で聞いてみるか?)」
綺麗に焼けてきたので、卵を割り落として仕上げにかかる。
それを察してくれたのか、ルーナが先回って皿を用意してくれた。
卵がベストな焼き加減になったところで、フライパンを火から遠さげる。
「これで完成!」
美味しそうなベーコンエッグが出来上がった。
それを丁寧に皿へと移しつつ、ノートはルーナに質問をした。
「なぁルーナ」
「なにかしら?」
「昨日さ、俺……シドさんと話をしたんだ」
「……私のこと、聞いたの?」
ノートは無言で頷く。
重い話のはずだが、ルーナの表情は軽いものであった。
「気にしなくていいわよ。アルカナホルダーなんて、そんなものだから」
「だとしても、酷い話だよ。ライカもそうだ」
「そうね。少なくとも普通ではないわね」
やや自虐的なルーナ。
その様子には、どこか諦めのようなものも感じ取れた。
「ノート君はどうなの? 少しは普通に生きられた?」
「……シドさん曰く、両親には恵まれてたらしいよ」
「よかったじゃない」
「でもそれだけだと思う。村を飛び出してからは辛い事ばかりだった」
そしてノートは、例の質問について、ルーナに聞いた。
「シドさんに聞かれたんだ『この世界は汚いか?』って」
「……」
「ルーナはどう思う?」
「そうね……汚い方だとは思うわよ」
「でもね」とルーナは続ける。
「この世界にも、綺麗なものはある。それで良いじゃない」
そう言われてノートは思い返す。
昨夜見た星空を、自分に優しくしてくれた『戦乙女の焔』の人々を。
ノートには、それらまで否定する気は起きなかった。
「そっか……そっか」
「そうよ」
泥だらけだと思っていた世界にも、小さく輝く宝石はあるのかもしれない。
ノートは少しだけ自分の考えを改めようかと考えていた。
「ねぇ、今度は私が質問してもいいかしら?」
「ん、なに?」
「ライカと添い寝した気分はどうだったの?」
ノートはその場で転げそうになった。
「な、な、なんで!?」
「昨日ライカから直接聞いたのよ」
「ライカー!」
「それで、ノート君はライカに何かしたのかしら?」
妙な圧をかけながら、ルーナが問いただしてくる。
心なしか、どす黒いオーラすら感じ取れた。
もしかすると今、命が危ないかもしれない。
「してないしてない! 変なことはしてない!」
「本当かしら? あんなに可愛い子なのに」
「本当に変なことは何もしてないから!」
本当はうっかり胸を触ってしまったが、ノート必死にそれを隠した。
それを察したのかは分からないが、ルーナは訝し気な様子でノートを見ていた。
「まぁいいわ。本当に変な事されてたら、あの子の方から言ってきただろうし」
「ホッ」
「ノート君も許してあげてね。あの子、誰かと一緒じゃないと眠れないのよ」
「えっ、そうなの」
「昔色々あったせいかは分からないけど、ライカは寂しがりやなのよ。一人で眠るのを怖がるくらいにね」
そこでノートは思い出した。
ライカが実の両親から酷い扱いを受けていた事を。
きっとそれが影響しているのだろう。
「普段はカリーナさんと一緒に寝てるらしいけど、ノート君でも大丈夫らしいわね」
「そうなのかな?」
「そうなのよ。だからたまにはライカに付き合ってあげてね」
「いや、俺男なんだけど。色々と不味くない?」
「あの子に変な事しなければ大丈夫よ」
それでいいのだろうか。ノートは些か疑問に思う。
「ねぇノート君。さっき『この世界は汚いか?』って聞いたわよね」
「うん」
「それ、ライカにも言ってあげてね。あの子明るく振る舞ってるけど、中身はドロドロに黒いから」
「……善処する」
「ノート君は、綺麗なものになってあげてね。どう言い繕っても、この世界はアルカナホルダーに優しくないから」
「そうだな……できる事は、やってきるよ」
口先だけではない。本心からの言葉。
ライカには強い恩を感じているノートである故に、彼女には何かをしてあげたかった。
「まぁ、万が一ライカを泣かせるような事があれば、私が貴方を始末するのだけどね」
これ以上ない笑顔を浮かべながら、ルーナは背中から『
友達思いと言えば聞こえは良いかもしれないが、ノートには完全に過保護のそれに見えた。
「あの、ルーナさん……危ないから魔人体はしまってもらえると」
「ライカに変な事はしないわよね?」
「その前に魔人体」
「しないわよね?」
「はい、しません!」
凄まじい圧に屈したノート。
流石にこれには逆らえなかった。
そんなやり取りをしている内に、他の面々も起きてきた。
スープも良い感じに仕上がっている。
「おはようルーナ」
「ふぁ……ルーナちゃん、おはようございますです」
まだ寝ぼけているライカは、カリーナに手を引かれながら登場する。
そんな何気ない日常を見て、ノートはこれが美しいものなのかと、考えていた。
「はいライカ。紅茶よ」
「ありがとうございますですぅ」
ルーナに紅茶を渡されるライカ。
それから少し遅れてシドが起きてきて、五人で朝食をとる事となった。
「(なんか、こういうワイワイした食卓も、悪くないな)」
人と人が笑顔で囲む食卓。
それがノートの心を優しく温めてくれた。