1人で20個くらいの参戦作品の設定をまとめて、50話くらいで終わらせるなんてできるわけ、ね え だ ろ ぉ ぉ ぉ ぉ !!(長谷川節)

しかし1話分だけノリで完成しちゃったよ、てへっ。でも完結できるまでの気力やモチベを保てそうにないや。というわけで供養の投稿です。

※同一内容をPixivにも投稿しております。


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歌に呼ばれてヌエは鳴く

「駄作だ、これ絶対に駄作だ……」

 

 カタカタとタイピングをする音が暗い部屋に響く。部屋の明かりをつけることすら忘れて乙女は、『平等院夜鳥(びょうどういんやどり)』という者はモニター画面に(かじ)り付くようにして、頭の中の世界に浮かぶ描写をただ画面に入力し続けていた。

 

「ここは地の文のバランスが悪い。誤字発見は即座に直す……」

 

 彼女が打ち込んでいるのはマシンを動かすプログラムではない。小説だ。それも自作の、一次創作というもの。

 

 今の時代、宇宙にコロニーを浮かべて人が住める時代にまでなれば。小説といった創作なぞ、特定の要素を端末にいくつか多めにぶち込んで少しの時間待てばある程度の良作ができ上がる。

 そんな時代なので、一から小説を書きたいというのは自伝を書きたい者や強い承認欲求を満たしたい者、そして真に創作者である者くらいしかいなかった。

 

 昔から共通しているエンターキーをタンッと強く叩き、『完』の文字を画面に表示させる。

 そこで夜鳥は深くため息をつき、柔らかくて黒い高級椅子にだらんとよりかかった。

 

「かくっじつに、駄作だ……わかるぞ、ボクの経験が足りなさすぎる……」

 

 自分で自分の小説を見たくない。手で顔を覆いたくなる恥ずかしさを我慢し、何事も経験だとして『保存』のボタンを選択した。

 そうして作業を終えた夜鳥は部屋の明かりがモニター画面以外にないことにようやく気づき、手探りで机の上のリモコンを探し当ててスイッチを押す。

 

 暗闇に目が慣れていたため、まぶしさで目がくらむ。やや時間が経ってからまぶたを開ければ……そこは大量の古い本や資料がこれまた大量の本棚に収められた書庫のような部屋だった。小さな図書館と言っていい。部屋一つに対して、本や資料の割合が多すぎる。

 

 夜鳥は自分の長いオレンジ色の髪をかきあげて背の方へ戻す。

 

「次の資料、探さないとな」

 

 こんなありったけのものを全部読めるわけないと()ねながら、夜鳥は席を立って適当な本棚によった。

 ガラス扉を開け、そしてまた適当に古い書物に手を伸ばす。引き寄せられたように取り出したのは1冊の古びたノートだった。触ったらボロボロと崩れ落ちてしまいそうだ。

 

 表紙には持ち主の名が記されている。名は『葦原道幸(あしはらみちゆき)』。一年戦争と呼ばれる戦争の時代を生き、人知れぬ間に行方不明になったと言われる人物。

 この書庫の、いや、今の夜鳥が住んでいる屋敷の元々の持ち主だ。夜鳥とあともう一人が、葦原という人物が使っていた屋敷を受け継いで住んでいる。

 

「ここも葦原(あしはら)さんか。よくもまぁこれだけのホント資料をかき集めて学んだものだよ。とても真似できない」

 

 悪態をつきながら、夜鳥はなにか頭の刺激になるものは無いかとパラパラめくる。独り言をぶつくさ言うのは夜鳥の癖だ。

 ページをどんどんめくっていってまず目についたのは、読む者を正面から見返すような不気味な『目』の絵であった。

 

「うっわ……」

 

 気色悪くて、思わず夜鳥は手からノートを落としそうになる。

 たった一つの目のイメージでこれなのに、次からのページにはいくつもの目が線で結ばれ、放射状に展開されていく様子が描かれていた。とっさに目をそむけたくなる光景である。

 さらに何の意味があるのか、空白部分にはいくつもの数字が羅列されていた。

 

「げえっ、何を考えてこの絵を描いたんだか」

 

 今見た光景は忘れよう、きっと頭のおかしい人だったんだ。そう考えて夜鳥はばたんとノートを閉じ、虫を拾ったかのような手つきでノートを元の場所に戻す。

 

「これだけの資料を集める人だ。きっと頭がおかしいんだよまったく……」

 

 この屋敷に一緒に住んでいるお手伝いさんに頼んで、美味しいコーヒーを飲んで一休みしよう。そう決めて夜鳥は部屋の出口に向かって歩き出そうとした。

 だが、ぴたりと足を途中で止める。

 

「……歌?」

 

 微かに、ほんの微かにだが後ろから歌が聞こえる。優しい女性の声で、まるで誰かを見送るような心のこもった歌声だ。

 

「幽霊? あり得ない、ボクに霊感やニュータイプとかそういう能力は――」

 

 つぶやきながら夜鳥は恐る恐る振り返る。だが、誰もいなかった。あるのは大型のPCが乗せられた机と背景となる本棚だけ。

 それでも歌が流れ続けている。子守歌のような穏やかな歌い方で、本棚の奥から流れてくるかのようなこもった音が流れ続ける。

 

「……なんで?」

 

 これまた恐る恐るといった足取りで、夜鳥は歌声が流れ続ける本棚へ近づいていった。

 壁ではなく本棚に耳を当てるというのは変な感じだと思いつつ、導かれるままにそうする。

 

「間違いない? 奥から音が流れている?」

 

 本棚の後ろに音を流せる端末でも落ちているのだろうか。

 いや、そんなはずはないのだ。夜鳥がこの重くて大きな本棚を動かしたり、その後ろに回れるはずもない。だとすると可能性はいくつか絞られることになる。

 

「隠し、部屋? メ……メッ、メルティナー! メルティナ! 今すぐこっちへ来てくれ! 寝てないよな!? すごいものを発見するかもしれないぞー!」

 

 夜鳥は大声で自分のお手伝いの名を叫び、すぐにこの部屋へ来るように呼び出す。しばらくするとそれをきちんと聞きつけたのか、メイド服風の黒いワンピースを着た少女がドアを開けて部屋の中に入ってきた。

 

「いかがいたしましたか。夜鳥様」

 

 まるで無感情、機械的だ。夜鳥の体調や姿に問題が無いことを確認すると、メルティナと呼ばれた黒髪の少女は無表情で尋ねた。

 

「メルティナ! 隠し部屋だ! 歌が聞こえるんだ! すごい資料になると思わないかい!?」

 

 新しいおもちゃを貰ったような興奮した状態で夜鳥はなんとかわかってもらおうとする。しかし、メルティナはこてんと首を傾けて疑問の感情を表現した。

 

「一から説明をいただきたいのですが」

 

「小説を書いていたんだが突然歌が流れ始めてそれでそれがこの本棚の後ろから流れているみたいで――。ああっ、とにかく隠し部屋を一緒に探そう!」

 

 完全には理解できなかったが、どうやらメルティナは理解を示したようで文句も言わずに夜鳥と本棚に近づいた。

 文句というのは、『もう夜鳥様は就寝に入る時間です』というものだ。既に時刻は11時である。

 

「この葦原(あしはら)亭に秘密があった。そう言いたいのですね? 何からいたしましょうか」

 

「理解が早くて助かる! 具体的にはだね、こういう場合は本の奥にスイッチとか本を特定の順番で入れるとか並び替えるとか――あった……?」

 

 本と棚板の間に手を差し入れ、底をさすっていた夜鳥がピタリと動きを止める。指先にでっぱりの違和感。明らかに何かのスイッチがあることが確かめられた。

 あんまりにも簡単かつ早すぎないかと、無表情無感情無感動に見えたメルティナも面食らって凍ったように表情をより固めた。

 

「えっ」

 

「あった、あったよ? えっ、スイッチあった!?」

 

 メルティナの静止する声も聞かず、夜鳥は興味のままにスイッチを押す。そしてとっさに手を本と棚板の間から引き抜いた。

 すると本棚がより奥に動き、となりの本棚の後ろに隠れるようにスライドして奥に隠れた空間を見せる。

 

「カビくさっ」

 

 じわりと体を(むしば)むかのような臭さが部屋に流入する。夜鳥は袖で鼻を覆い、メルティナは片手で鼻をつまむ。流れていた女性の歌がよりはっきりと聞こえるようになった。

 本棚の奥に隠れていたのは、地下へと続く階段だった。ライトはついていないようでただ奥に真っ黒な空間がぽっかりと空いている。地獄か冥界かに続く入口だなと夜鳥は思った。

 

「フォンで照らせるかな」

 

 夜鳥はポケットから携帯端末を取り出し、ライトモードにして階段の奥を照らす。底には部屋らしき空間が見えた。

 片腕で鼻を覆いつつ、夜鳥は階段に危険な個所が無いか照らしてチェックしていく。

 

「さて、出るのはお宝かミイラかゾンビか化け物か」

 

「なぜお宝以外がネガティブなものなんです?」

 

「そういう展開が創作には多いからさ。さしずめ映画の開始直後5分くらいの登場人物といったところかな、ボク達は」

 

「……確かめるのであれば、私が先に行きます」

 

 メルティナは先に降りようとする夜鳥を手で制し、自らも携帯端末を取り出して照らし、先に階段を警戒しながら降り始める。

 

「君の場合だと、ミイラやゾンビの方が返り討ちに遭うな」

 

 こういう子といて本当に良かった。安心しながら夜鳥はメルティナに続いて階段を降り始める。

 カビ臭さが強くなる。もしかしたら何らかの死体や骨が転がっているかもしれない。そう考えて、夜鳥の恐怖心と興味がどちらもより強くなる。

 

 メルティナが階段の底に到達し、目の前の小さな隠し部屋を照らす。

 

「……機械? 水槽?」

 

 それ以外には何もない部屋だった。暗い部屋の中で、外国の子守歌らしき音を流し続ける古びた大きな機械。そして、何かを入れていたのかわからない空っぽの水槽。水すら入っていない。

 ただ暗い部屋の中で装置が鳴り続けているのは不気味なもの以外なにものでもなく、夜鳥はその光景に震え上がった。

 

「いったいなんなんだ? この部屋……。こういった部屋があることはお爺様から知らされていない。だとすれば、葦原(あしはら)が作った部屋……? とりあえずその装置は止めよう。ずっと響いたままだと夜に気になるからね」

 

 ようやくカビ臭さに慣れたのか、夜鳥は鼻を覆っていた片腕を自由にして装置を探り始める。

 昔の蓄音機じみた大きなパイプが特徴的だ。それが箱にくっついている形である。

 

「電源がどこかにあるはず? スイッチとかプラグとか……無いな? どうなっているんだ?」

 

 いくら探っても電源を止める箇所が無い。チャンネルを変えるダイヤルはあるようだが、いくら動かしてみても止める方法が見つからない。相変わらず歌は流れ続け、上の部屋まで響く音量で夜鳥は耳が痛くなってきた。

 メルティナも同様のようで、多少の苛立ちを感じているのか水槽の周りも調べ始める。

 

「……明日、電気屋とか便利屋とかそういうのを呼ぼうか。そうだなぁ……オオタキファクトリーの人たちみたいな町工場なら、こういう古い機器に慣れているだろうし」

 

「そうですね。今の時間はもう既に夜鳥様が就寝する時間です。仕事をしていないとはいえ、夜更かしは健康に関わります」

 

「ボクは小説家だっ」

 

「正規雇用・非正規雇用のどちらでも従事していないため、現在の夜鳥様の状態はニートです。また、家事に携わる様子も見せていないため、世間一般では現在の夜鳥様の状況は穀潰しと言える――」

 

「ああわかったわかった! 金は無限じゃない! そのうち仕事は探そう!」

 

 お手上げだと両手を挙げ、もうこの場は終わりにしようと夜鳥が言った。メルティナは普段から口数が少ないが、口喧嘩では夜鳥に絶対に負けない。

 100回以上は聞いているかもしれない言葉に鼻でため息をつきつつ、メルティナは先に階段を上がる。

 

「この歌、ぜんっぜん聞いたことないんだよな……」

 

 ライトは照らしたまま、携帯端末で音源の検索を始める。該当データは無し。不気味さがより極まる。

 検索ですら流れてこない歌ということは、よっぽど古い曲か誰にも知られていない曲なのだろう。

 

 検索結果無しの画面に渋い顔を夜鳥が浮かべていると、上の階から声が響いた。

 

「夜鳥様、閉めてしまいますよ?」

 

「君が意地悪を言うのは珍しいな!? そんなに仕事してないのが嫌か!? ああ閉めないでくれ!! 明日から掃除くらいは手伝おう!」

 

 それも言われるのも何度目なのか。夜鳥の言動に呆れ返るメルティナだった。

 

 隠し部屋の入り口である本棚がいったん閉じられる。隣の本棚にもスイッチがあり、それを押せば元通りになった。

 

 それでも歌は止まらず流れ続ける。次の日の朝を迎えても流れ続けていた。

 

 それはまさしく警鐘であった。戦端を開く警告の音であった。まだ誰も知らぬ戦いの――

 

 

 

 

 古き良きもの、古いものでしか味わえない経験は存在する。宇宙世紀と呼ばれるこの時代では、運転中の振動というのはそれはもう大変珍しいものである。

 しかしこの感覚が、こういった経験や色んな体験というものが脳にインスピレーションを与え、様々なものを作り出すのだ。

 そういった考えを頭の片隅で考え、有川ユンは海沿いの道を屋根付きの大型スクーターに乗って進んでいた。ヘルメットで頭を覆っているので、いつものモジャモジャとしたパーマじみた白髪はその中だ。

 

 運転しているのは加藤(はべる)という相棒的な筋肉質の男で、俗に言う2ケツの状態だ。ユンは(はべる)と後ろに積んだ荷物ボックスの間に挟まれている形となる。

 振動があるのは3人分とも呼べる重量がスクーターにかかっているせいだ。コンクリートできちんと舗装されているとはいえ、地面の凹凸に触れ合う度に臀部に振動が来る。

 しかしあんまり重い荷物を載せられないワッパよりは安定性がある。そして静かだ。

 

「それで話になってた家って、あの屋敷だろ?」

 

 海沿いの丘の上に立つ豪邸を確認し、確かめるように(はべる)が口を開いた。スクーターに振動があるとはいえ、さすがに技術が進歩しているので騒音は小さい。確認を返すようにユンが答える。

 

「あの屋敷で間違いない。平等院(びょうどういん)さんの依頼だ」

 

 ポツンと街から少し離れた海沿いの丘に存在しているため、かつては吸血鬼の住処だの幽霊屋敷だのと呼ばれた家。しかし今では平等院夜鳥とメルティナ・アフターグロウという二人の女性が住んでいるため、その噂は綺麗さっぱり無くなった。

 

「なんか変な装置を止めてほしいって? 隠し部屋の蓄音(ちくおん)機らしいもの?」

 

「変といえど、結果があれば原因がある。俺たちはその原因を紐解くだけだ」

 

「しかし、旧幽霊屋敷の隠し部屋ねぇ。そういった類のものに対しておやっさんからとやかく言われているけど、本当にそういったものは初めてだ。霊的なものとか奇跡とか、そういったものに初めて遭遇するかもしれないぜ」

 

「奇跡は起こらないから奇跡なのさ。起こったとしても、それはとっくの昔に終わっている」

 

 奇跡は起こらないというものを心の底から信じている言い方だった。逆に、人の手によって何でも解決することができるという言い方だった。

 霊的現象やオカルトには必ず原因があって、それで何らかの結果が出るという考え方。有川ユンはリアリストであった。

 

 逆に(はべる)はユンの言うことをいつも理解を示しつつも、心のどこかでユンの理論や理屈をひっくり返してくれることが何かしらないかと期待していた。

 装置を止めるという本日の依頼に期待していたのだが、朝になっても鳴り続けているものだから、幽霊みたいな者の仕業ではないと気づいてがっくりとしていた。

 

「ここに来るのは初めてだが、やっぱり話通りにでっけぇなぁ」

 

「一年戦争前に立てられたという豪邸。元々の持ち主は失踪し、二人の女性が失踪した者と親しいものからこの家を受け継いだ……。受け継いだ人はあの日本有数の資産家、平等院家の次女」

 

「そこまで資料や言われたことにあったっけか?」

 

「信用できる噂を集めて精査して、まとめ上げただけ」

 

 屋敷の前までついた二人はスクーターから降りた。青い屋根が特徴の、見上げるほど大きい屋敷だ。さすがは資産家の娘が持つ家だなと二人は感心する。

 その後ユンはいつもの依頼通りにてきぱきと後ろの荷物ボックスから道具が入ったバッグや、今回の依頼のために一応持ってきた楕円形のアンテナがついた装置を取り出す。(はべる)は玄関の前に歩いて行って、そのままチャイムを押した。

 

 一呼吸置けば、すぐにインターホンでの通話が開始される。通話に出たのはメルティナ・アフターグロウという物静かな女性だった。

 

『オオタキファクトリー様でしょうか?』

 

「ええそうです。地下室の装置というものを調べに来ました」

 

『お越しいただきありがとうございます。ただいま玄関を開けて迎えに上がります。中でお待ちくださいませ』

 

 通話が斬れると共に、玄関ドアのロックが解除されるピッという電子音がした。ドアノブに手をかけ、(はべる)はゆっくりとドアを開ける。

 

「噂通りの……」

 

「お金持ち。だけど人との交流は少ない? 玄関が綺麗すぎる。土や石が一切転がっていないのがその証拠」

 

「なぁユン。俺も興味深いけどさ、お客さんの前で推理はすんなよ?」

 

「善処する。だけどこう、くすぐられるものがある」

 

 思わず寝そべりたくなるほどに綺麗な赤い絨毯(じゅうたん)が敷かれた玄関ルーム。あらかじめ用意されたものなのかこれまた履き心地の良さそうな黒いスリッパが二人分あった。

 

 前方に見えたドアが開き、黒いワンピース姿の少女が姿を見せる。彼女はユンと(はべる)の前まで歩き、丁寧に会釈(えしゃく)をした。

 

「ようこそお越しくださいました、オオタキファクトリー様方。私はこの家でメイドを務めております、メルティナ・アフターグロウと申します」

 

 流れるように挨拶の言葉を紡いでいくメルティナに、(はべる)は戸惑いながら返答する。対してユンは、メルティナと同じくらいの会釈をするだけだった。

 

「え、ええ。この度はオオタキファクトリーに連絡いただきありがとうございます。俺は――ええっと私は加藤(はべる)。こちらは有川ユンです」

 

 ――これで合ってる?

 

 (はべる)はちらりとユンの方を見る。たぶんねという視線とほんの少し首を傾ける様子をユンは返した。

 

「承知しました。加藤様、有川様、お上がりくださいませ。装置があった部屋まで案内いたします」

 

 (はべる)は踏み入れて大丈夫なのか、別次元の家ではないのかとごくりと唾をのんでスリッパを履く。そして脱いだ靴を揃えた。

 ユンはそこまで警戒するものでもないだろうと、脱いだ靴は揃えつつ気軽にスリッパを履いて上がる。マナーを試されている訳ではないのをすぐに見抜いていた。

 

 メルティナに案内されるままに廊下を進み、書庫のような部屋に入る二人。部屋の中心には机と、その上に乗ったPC端末。

 部屋の奥には、話にあった隠し部屋というのがあり、本棚の間でぽっかりと入り口を開けていた。そして流れてくる女性の穏やかな歌。

 

 ちらりちらりと何かの強い明りが反射しているようで、階段の底から光が漏れる。どうやらこの家の主が謎の装置の写真を撮っているようだ。

 

「依頼人はあの中に?」

 

「よくお気づきに。依頼をした夜鳥様は一人であの装置の所にいます。……資料用の写真を撮っているのだと」

 

「資料……? 小説家?」

 

 なぜ何も言っていないのに有川ユンはそこまで分かるのかと、メルティナは目を見開いた。先ほどまで無表情だった彼女だが、初めて感情を見せた顔をした。

 

「ガラス張りの本棚には数多くの資料が並べられている。でも生物学や幾何学などのほとんどが触られていない。逆に趣味で集められたような物語には手が付けられていて……すみません」

 

 心の中でテンションが上がっているのか。食い気味だったユンは一旦冷静になり謝罪した。恐らくこのまま彼の推理が進めば、家の主である平等院夜鳥が働いていないニートであることまで判明していたであろう。

 (はべる)はやっちまったかと右手で顔を抑え、左腕でユンを小突く。

 

「とりあえず降りましょう。確かにここまで歌がうるさいと執筆作業に困るでしょうから」

 

 いろいろな道具が入ったバッグを背負ったユンは先に下へ降りていく。続いて(はべる)、メルティナと順に下に降りていくのだった。

 

「ああもうどうなっているんだこの装置? 古すぎてわからない? だがそれがいい! こういった資料を実際に得られることは強いインスピレーションに――わわっ!?」

 

 三人が階段を降りた先。そこには歌を流し続ける装置の写真をあらゆる角度からフォンで撮りまくる女性がいた。名を平等院夜鳥(びょうどういんやどり)。この屋敷の若き主である。

 別の明かりで部屋が照らされた時にようやく気付いたようで、慌てながら夜鳥は(はべる)とユンに会釈した。

 

「いやぁ、お見苦しい姿を見せてしまって……。平等院夜鳥だ、ボクが依頼主だよ」

 

「オオタキファクトリーの有川ユンです。後ろの装置が話にあった?」

 

「そうなんだ。どうやっても止まらなくて止まらなくて。古くて貴重な価値のありそうなものだから、叩いたり蹴ったりして壊してしまうのもなんだかなとね」

 

 これでようやく止まりそうだと、夜鳥は場所を譲る。傍若無人な言葉遣いに変人じみた行動。ただ、自分もその一種かと自嘲しながらユンは装置に近づいて背中からバッグを降ろした。

 

「すまないが、作業しているところも見ていいかい? 写真は……顔が写るからよしておこう。今後の資料にしたいんだ!」

 

「……まぁ、構わないですよ。邪魔にならない範囲で」

 

 興味津々に目を輝かせながらユンに尋ねる夜鳥。あーあ、変人同士が出会ってしまったかと後ろで(はべる)は頭を抱えそうになった。メルティナも直感的にだ。どうなるかわからないコンビかもしれなかった。

 

 ユンは相変わらず歌を流し続ける装置をそっと触れながら確認し、夜鳥はその行動の一手一手を頭に電気屋の資料として叩き込んでいく。

 

「うん……ラジオだ」

 

「ラジオ? この装置はラジオだというのか?」

 

「このダイヤルはチャンネル設定。電源も無しに動いている? 受信機は外に? ……鉱石ラジオの一種か?」

 

「宝石? いや、鉱石? 鉱石ラジオというのはすごいものなのかい!?」

 

「電波を鉱石が受信して、その受けたエネルギーで音を流す。相当強力な電波が出ている? ……技術的にはすごくなくて、この日本が昭和と呼ばれる時代から存在していたものだ」

 

「なんだぁ……でも昭和か、昭和かぁ……。ああ、だとするとこの部屋は昭和から!?」

 

「中は……こういう感じか。200年以上前のものがここまできれいに残るとは思えない。一年戦争時代に建てられたのなら、その時がちょうどいい」

 

 ユンがネジを外してラジオの金属製カバーを取り外し、中をチェックしていく。作業が進むに応じて次々と夜鳥が興奮気味に質問を重ねていく。噛み合っているようで噛み合ってない応答が繰り返されていくのであった。作業に集中しているせいか、ユンの答えももはやタメ口だ。

 

「コンビに見えてコンビじゃありませんね」

 

「そうっすね、ハハ……」

 

 後ろから無表情に作業を見つめるメルティナと、苦笑いを浮かべる(はべる)。ユンと夜鳥は良いコンビになると思えても、実はあんまり合わない組み合わせだった。まだ気心が知れてないせいかもしれない。

 

 その直後、ピタリとラジオから出る音が止まった。

 

「これで大丈夫なはずです。……でも、どこからかさっきの歌を流した電波が流れている? ん……」

 

 不意に、ユンはまじまじと夜鳥が立っている周辺の床を観察する。ライトで良く照らし、夜鳥がいる場所の近くまで移動してしゃがみ込む。

 

「なにかボクの足元に?」

 

「……この部屋、隠し部屋と言ってましたね」

 

「そうだけど……」

 

「まだ下にありそうです」

 

「まだ隠し部屋が!? 興味深い! 探そう! 今度こそお宝か何かの呪いが――」

 

「ここだけ床が新しい……ひっくり返せる金属製の取っ手だ」

 

 ワクワクする夜鳥の言葉を半分聞きながら、ユンは床の回転式の取っ手を見つけてがばりと入り口を開いた。重たい床が持ち上がり、ハシゴが姿を現す。

 

「……だいぶ深そうだ」

 

 ユンはポケットからフォンを取り出し、何かのアプリを起動した。すると簡単に描かれた目と口を持つ可愛らしい顔が画面に表示された。

 それはまるで人間のようにまばたきしていて、別の場所にいる人と本当にモニター通話しているかのような印象を夜鳥は受けた。

 

「ユング、このハシゴと底にある空間をエコースキャンしてくれ」

 

『わかりました。エコースキャンを開始します。ピピピピピピ……』

 

 ユンはフォンをさらに下へと続く隠し部屋入り口の前に向ける。もし落としたら絶対にただでは済まないだろう。だがそれを平気で行えるあたり、有川ユンという人物の異質さが見て取れる。

 

「なんだいそれは? 応答してくれるタイプのアプリケーション?」

 

「自己学習型の便利プログラム、『ナラタケ』。その一つである『ユング』。自分で開発した」

 

「すごいじゃないか!? 情報工学のスペシャリストなのかい!?」

 

『ボンッ! 解析が終了しました。このハシゴの先、25メートル四方の空間があります。中心に人型起動兵器が存在しています。動いている物体は存在していません』

 

「ロボット? 存在は?」

 

 知らないのかと、ユンは夜鳥の方を向いた。そんなまさかと、夜鳥はブンブンと首を横に振る。

 夜鳥もメルティナの顔をばっと見たが、彼女も静かに首を横に振るだけであった。

 

 誰も知らないロボット。昔から存在したのだとしたら、一年戦争時代くらいのロボットがここにあったということになる。25メートル四方の空間というのだから、存在しているのはモビルスーツクラスのロボット。

 

 まさかの展開に夜鳥とメルティナは非常に驚いた。まさかこの日本で個人で強力な兵器を所有するなど。前例があるとすれば、マジンガーZを所有していた兜甲児(かぶとこうじ)くらいのものだろう。

 

「……いっ、行ってみよう! それはすごい! 警察や軍隊沙汰になる前に、資料として撮っておかないと! コックピットやどんな質感なのかとか!」

 

 ロボットが失われる前に我先にと、夜鳥はハシゴを降り始めた。ハッとしたメルティナが続いて追いかけるように降りていく。さらにユンも興味津々な様子で降りていった。

 

「おっ、おい!? こういうのって警察とかに任せないか!?」

 

 部屋には(はべる)だけが残された。こういうのって入り口が閉じたりしないように見張っておいた方がいいのだろうかと考えこみ、結局彼はその場で待っていることを決めた。

 

 暗い空間だが、ポケットに入れたフォンのライトがぼんやりと周りを照らす。ついにハシゴの最後までたどり着いて足を床に付けた夜鳥は、フォンを取り出して興奮気味に辺りを照らした。

 

 その場にメルティナ、ユンと降り立ち、二人とも警戒しながら同じように周囲を照らす。

 

「キャットウォークというものでしょうか」

 

「ちょうどコックピット周りに降りたようだ」

 

 メルティナはまず自分たちがどこにいるのかを確認。そしてユンは目の前に立つロボットを確認。

 ちょうど三人は胸部の前にいるようで、さらにハッチが開かれている状態であった。

 

 黒色で、歪で奇妙な四肢をしたロボット。顔は左右非対称の角をしていて、両腕両足の形も左右非対称なことが確認できた。

 背丈は解析通りにモビルスーツらしいものであるが、その姿はよくわからないもの、強いて言えば機械獣じみた格好であった。

 

「ろくな機械ではなさそうですね……」

 

 何かを思い出したのか、メルティナはぞくりと震えた。彼女に違和感を感じたのかユンが声をかけようとしたが、その空間に夜鳥の声が響く。

 

「すごい! 本当にロボットじゃないか!? コックピットは開いている!? どうせ動かないんだから、シートの手触りとか、どんな操縦方法なのかとかが見たい!!」

 

 パシャパシャと外見を撮っていた夜鳥だったが、我慢できずに開いているコックピットへ突入してしまった。

 

「夜鳥様!?」

 

「さすがにコックピットに入るのは危険だぞ!」

 

 焦るメルティナとユン。だが夜鳥の予想は正しかったようで、ロボットが勝手に動くことは無く、コックピットもまた閉じることは無かった。

 

「ふむ、シートの手触りはこうなのか。よくフィットする感じだ。IS(インフィニット・ストラトス)は動かした経験はあるが、それとはまた違った操縦桿の手触り! いい資料になるぞ! ミリタリー物はリアルさが重要だから――」

 

 シートに座って操縦桿を握ってみる夜鳥だったが、そこまで言って違和感を覚えた。

 おかしいのだ。シートも操縦桿も、『自分にフィットしすぎる』。まるで今この時の自分のために用意されてたかのような感じである。

 

「まさかお爺様が……いや、そんなまさか。そんなことはあり得ない……。えっ?」

 

 また夜鳥は、いや、その空間にいた三人全員が違和感を覚えた。

 ズン、ズンとした揺れが起きたのだ。空間の上にいる(はべる)もそれを感じ取っていることだろう。

 

「何かが、近づいてきている?」

 

 メルティナは自分の経験から、それが大型ロボットの足音であることに気が付いた。彼女の心の中をかき乱す焦燥感、恐怖心、そして植え付けられていた高揚感。

 

「危険です夜鳥様! この場から――」

 

 そこまで言ってコックピットのハッチを見た途端、その瞬間を待ち構えていたかのように夜鳥を閉じ込めるようにハッチが閉じるのだった。

 

 

 

 

 海の中を髑髏(ドクロ)の顔をしたが機械が歩く。そのドクロの左右には鎌が備え付けられており、見方によっては悪魔のような印象を受ける。

 赤いボディにピンク色の四肢。左右の足を交互に動かし、ズシンズシンと振動を響かせながら海の底を歩く。

 

 さらにその後ろを、2体の白い足軽のような人型兵器が潜航している。長刀(なぎなた)のような槍を携え、ドクロの頭を持つ機械とは違って専用のスクリューを回転させながら進んでいた。

 

 三体のマシンが旧葦原(あしはら)亭へ、夜鳥達がいる場所へ近づいていく。

 やがて海の底と海面の差が縮まり、ドクロの顔をした機械の獣が、『ガラダK7』がその禍々しい頭部を現したのだった。

 

 

「はっ?」

 

 一方で夜鳥は、今この瞬間に起きたことに呆然としていた。足音じみた振動もそうだが、写真を撮っていただけなのにコックピットのハッチが閉じた。

 下手をすれば助けが来るまで出られなくなる由々しき事態であった。どうしたものかと迷う夜鳥であったが、その考えは近づいてくる足音に段々とかき消されていく。

 

 装甲の外から叫ぶメルティナも思い出していたが、夜鳥も嫌な出来事を思い出していた。

 響くマシンの足音、誰かが泣き叫ぶ声、流れる血、誰だったかわからないもの。そして目の前で『逃げろ』と促す祖父の声――。

 

「ロッ、ロボットか? ジオンのテロか? 日本に? ――機械、獣?」

 

 Dr.ヘルによる機械獣の侵攻。そんなのはもう10年も前のことだ。しかし夜鳥の勘が。というより経験が裏打ちする。この足音はモビルスーツによるものではなく、機械獣の独特の恐怖を与えることに特化した心のない歩行音だと。

 

「そうだとするとマズいぞ……メルティナ! 聞こえるか!? メルティナー! ……そうだっ、通話ならっ!」

 

 急いでフォンからメルティナに対して通話をかける。するとそれに気づいてくれたのか、すぐに彼女が通話に出てくれた。

 

『夜鳥様!? ご無事ですか!?』

 

 いつもとは違うメルティナの切羽詰まった声がコックピット内に響く。まず通じたことに一安心した夜鳥だったが、急いでメルティナに対してこの家から逃げることを促す。

 

「ボクのことはいいから、その場から二人とも逃げろ! ボクたちがこれを見つけた時に、何らかの罠が作動していたのかもしれない! そうだとしたら狙いはボク達じゃないのか!?」

 

『しかし……!』

 

「いいから! オオタキファクトリーの人たちを守れ! 君の身体能力なら、兵隊が相手だとしても勝てるだろ! 早く! できるだけ遠くへ!」

 

 そこまで言って、ぶつりと夜鳥は通話を切った。頼むから自分を優先するのではなく、オオタキファクトリーの人を連れて逃げてくれと願う。

 

「さて、どうする……? ボクがこのロボットを動かしてどうにかする? ……無理だ、操縦経験なんて無いし、動きそうにないんだ。キーやパスワードなんてボクは知らないし持ってないぞ……?」

 

 腕を組んでぶつぶつと考える夜鳥。どうしたものかと考えている内に、今までの音とは違う爆発音のような音と共に強力な振動が響いた。

 驚愕して一瞬頭が真っ白になった後、すぐにまた思考が張り巡らされる。

 

「撃ってきた!? 銃撃!?」

 

 屋敷の周辺に弾丸が直撃したのだと、夜鳥はすぐに理解した。何かが屋敷に対して威嚇の砲撃をしてきたと。

 

「昼間から本当にテロか!? どうする!? どうする、どうする――」

 

 続いてまた着弾の衝撃。カタカタと夜鳥の乗っている機体が揺れ、夜鳥も恐怖心でどんどんと怯えが強くなる。

 

「狙いはボクかこの機体? それが終わったら街に進軍する? 逃尾(にがしお)市ですぐに迎撃できるのか? いや無理だ、何十人も死人が出る。ボクが、ボクがこの機体を――」

 

 動かすしかない。そう決意し、夜鳥は操縦桿を握り込む。

 動かし方も、起動の仕方さえもわからない。だがやるしかないのだ。そうしないと大勢の人や大事な人に危害が及ぶ。

 

「動かす……動かす……ああくそっ! 開けゴマ! マジンゴー! オープンゲット! 発進! くそっ! くそぉっ!」

 

 動かない操縦桿を必死に動かそうとし、心の中でいろんな言葉を念じたりそれを口に出したりする。だが機体はうんともすんとも言わない。ただ格納庫に鎮座するだけである。

 

「燃料や電気が無いとかか!? 一年戦争だから……十数年も眠っている……。くそおおおおおお!! 動けよこのゲテモノ機体!! アクセスさせろよッ……! アクセスッ……モードくらい選ばせろバカァああああああ!!」

 

『承認、アクセスモード。NEW・E(ニュー・エピソード)モードから起動』

 

「は?」

 

 コックピット内に明かりが灯っていく。スイッチ、コンソール、レーダー、モニター画面。全てに明かりが点き、機体が行動可能になったことを知らせた。

 操縦桿が急にスムーズ動くようになったため、それを引くように動かそうとしていた夜鳥は機体ごとそのまま後ろに倒れ込む。装甲と金属製の分厚い壁がぶつかってこすれ合う嫌な音がし、夜鳥はつい操縦桿を手放した。

 

「う、うご・く? なんで?」

 

 なぜなのかはわからない。だがしかし、『いける』と夜鳥は思った。戦えなくとも、動くのであれば少しは囮になることくらいできるはずだと。シートベルトで体を固定し、もう一度操縦桿を掴む。

 

「よ、よし……! ここは格納庫だから、出口があるはず……。あれ、動かし方、なんでわかるんだ……?」

 

 でも今は理由を考えている場合ではない。疑問を頭の片隅にどけつつ、夜鳥はセンサー類を頼りに格納庫のゲートを開けるレバーなどが無いか探し始める。

 そしてそれを見つけ、クロー状の右手でレバーを下す。

 

「できるわけじゃないが、やってみせる……!」

 

 夜鳥の予想通り、格納庫のゲートがゆっくりと開いていく。開け放たれて見えてくる赤い色。ちょうど目の前に格納庫をのぞき込むドクロ――。

 

「うわぁ!?」

 

 とっさにそれを跳ね除けるように、ブーストを活かして夜鳥は機体を前に突進させた。真正面からの突撃を受け跳ね飛ばされるガラダK7。そのまま夜鳥を乗せた機体は海の上を突っ切る。強力なGと衝撃が夜鳥の体を襲って、また思考を真っ白にさせる。

 

 それは、まさしく歪んだ機体だった。全てが左右非対称の体。

 右腕は小手が点いた鋭角的なクロー状の手。左腕は四角いフォルムのモビルスーツ的なきちんとした腕。右足と左足もそれぞれでデザインが異なり、先程まできっちりと自立していたのが嘘みたいな見た目だ。

 

「馬鹿野郎! 逃げる方向だと駄目だ!」

 

 思考を取り戻す夜鳥。そして黒く塗られた機体は大きく弧を描いてターンし、たった今跳ね飛ばしたガラダK7に向かってまた突っ込む。

 だがガラダK7もただでやられるわけにはいかず、頭についた鎌を取り外して手に持ち、迎え撃とうとしていた。

 

「くっ……!? 近接武器とかないの!? ――左腕ビームバズソー!? 乱暴だな!?」

 

 画面に表示されたそれを咄嗟(とっさ)に起動。左腕の小手からビーム発信機の部分がせり出し、その表面に粒子ビームをノコギリのごとく回転させる。

 

「『ナイハン時代』の機体だといってぇ!!」

 

 ビームの刃と、金属製の刃がぶつかり、激しくつばぜり合う。いや、夜鳥の乗る黒い機体の方が力はやや上。

 ガラダK7の鎌を真正面から、根元から両断し、首元から脇腹の部分にかけてまでを袈裟斬りにした。

 機体に走る深い亀裂。トドメとはいかなかったものの、ガラダK7はよろよろと大きく後退した。浅い海に着地し、ビームの刃を向ける黒い機体。

 

「こいつ強いのか? それとも機械獣が劣化している? ――ぐうっ!?」

 

 背後に強い衝撃を受け、黒い機体が海に倒れ込む。実弾による銃撃をまともに受け、三度夜鳥の思考が飛ぶ。それでも今この場で手放しきったら死ぬと無意識が警鐘を鳴らし、意識を無理やりに戻ってこさせる。

 

「囲まれていた――!? ボクが突っ込んだからか――! 離脱しないと!」

 

 パニック状態だったが、芯の部分はギリギリで冷静だった。倒れ込んだままブースターを点火し、まだ体勢を整いきれていないガラダK7に向かってまた突進。

 そのまま機体の上半身を跳ね上げて相手と両手を組み合って押し合いの状態へ。

 

「右足の――!」

 

『右脚バンカーニードル』。そのような武装を確認していた夜鳥はそれを即座に起動する。右足を少し上げると、膝から(かかと)まで骨のように内蔵されていたニードルが弾丸のように飛び出す。

 それは見事にガラダK7の胸部を串刺しにし、その機能を停止させるに至った。

 

「無人だから味方ごと撃つんだろ!?」

 

 組み合っていた相手が事切れたため、夜鳥は串刺しにしたその機体を盾にするようにぐるりと黒い機体を回転させる。

 予想通り、後方にいた2体は両手で携えた実弾の銃を連射し始めた。

 

 ガラダK7のボディが盾となり、黒い機体へのダメージは最小限となる。劣化していると見られたボディだが、モビルスーツと互角に戦えていたその強靭さが弾丸を防いでくれた。

 

 衝撃に耐えつつレーダーをちらりと見ると、砲撃をしている足軽らしき二体はじりじりと後退していく。撃たれる衝撃が収まれば、その二体はどうやら海に潜ったようで勢いよく離脱していく様が分かった。

 

「逃げ、た? 見逃してくれた? 追う必要って、ないよな……」

 

 ガラダK7のボディに刺さっていたニードルを引き抜き、右足に収納する。重たいボディを海に投げ捨てると、真上からの日光が爛爛(らんらん)と黒い機体を照らした。

 まだ夜鳥はその全身をはっきりと見たわけではないが、各パーツの状態を示すモニターがその歪さを知らせてくれる。

 

「背中が軽く破損って……硬いのか? いや、手加減されてたの、かな……」

 

 戦闘が終わったことが認識できて、どっと力が抜けた。操縦桿から手を放し、夜鳥はシートに体を預ける。

 しばらく考えたくないくらいだと考えることを投げ捨て、しばし夜鳥はぼうっとモニターに映る海を眺めるのだった。

 

 どれくらいそうしていたのだろうか。夜鳥はハッと無意識じみた状態から戻ってきて、屋敷から逃げたはずのメルティナやオオタキファクトリーの面々のことを思い出した。

 すぐにポケットからフォンを取り出し、自分の残された唯一の理解者であるメルティナに電話をかける。

 

「頼む頼む頼む……無事でいてくれよ……」

 

 願いが通じたのか、メルティナ側が通話に出てくれた。通話ができたとわかった瞬間に、夜鳥は歓喜の声を上げる。

 

「メルティナ!? メルティナか!? 無事だったんだな!」

 

『お気持ちはわかりますが、いきなり大きな声を出さないでください……耳が潰れてしまいます、夜鳥様』

 

「よかっっっ、たぁ……」

 

 また夜鳥は脱力した。シートが無かったらその場にぶっ倒れてしまうくらいに。

 

「今どこにいるんだい? オオタキファクトリーの人たちは?」

 

『有川様も加藤様も無事です。今はまだ屋敷が見える海沿いの道に。夜鳥様の機体も見えます』

 

「そうか、そうか……屋敷は無事だけど、今あそこにいたら何が来るかわからない。無人の販売店が近くにあるだろ? そこで落ち合おう」

 

『承知いたしました。そのロボットはどうされますか?』

 

 当たり前の質問なのだが、夜鳥は悩みに悩んだ。先ほどの連中がこの機体を狙ってきたのであれば、無人の状態にするのは良くない。この機体が何の秘密を持っているのかもわからない。

 しかし、街に近づかせるとその場合はこちらがテロリスト扱いされるかもしれない。わざと近づいて投降するのも手だが、自由の身でいられるか――。

 

「いや、関わった時点で自由の身じゃないな。まったく……。機体は持っていくよ。軍隊にきちんと説明しよう。……メルティナには嫌な思いをさせることになりそうだけど、こっちの方が安全だと思う。ごめんよ」

 

『気にしないでください。最悪の場合でも、私は夜鳥様に仕えていた思い出があれば十分です』

 

「縁起の悪いこと言わない! じゃあ、また後で――」

 

 通話を切り、夜鳥はまた操縦桿握って黒い機体を動かす。向かう先は少しだけ進んだ先にある無人の販売店。海を眺める休憩所だ。

 

 しかし、モニターの地形を示す部分に、謎のポイントが表示されているのがふと視界に入った。『NEW・E(ニュー・エピソード)システム起動中』『110:07:10:14:00』。それだけが描かれており、こことは違う別の場所の座標を地図が示している。

 

 謎と来れば気になってしまうのが人の性というもの。だがメルティナと落ち合うことが優先である。なので、夜鳥はフォンでその画面をぱしゃりと撮影した。

 

「どこだっけこの場所? 後ででいっか……」

 

 人の足では結構な時間がかかるが、ロボットの足であればすぐである。夜鳥は機体を海に面した休憩所ギリギリまでよせ、コックピットのハッチを開ける。

 シートベルトを外してさてどうやって降りようかと一瞬悩んだものの、すぐに自分を降ろしてくれるウインチを見つけることができた。

 

 地面に足をつけると、随分と長いこと地面に立っていなかったかのような感触が返ってきた。

 メルティナが駆け寄り、夜鳥にぎゅっと抱き着く。

 

「夜鳥様、ご無事で」

 

「なんとかだねぇ……。三人とも怪我はないかい?」

 

「おかげさまで」

 

「マジでびっくりしたぜ、機械獣が窓から見えたもんでさ……」

 

 ユンと(はべる)がそれぞれ自分の無事を告げる。(はべる)は隠し部屋の外にいたが、メルティナとユンが外に出るまでスクーターの近くで待っててくれたらしい。そのまま三人で無理やりスクーターに乗って、この販売所まで逃げて来たというわけだ。

 

「よかった、守れたよ……。さて、どうしようかこの機体?」

 

 夜鳥はメルティナを抱きしめたまま機体を見上げる。左右非対称の怪しい機体。モビルスーツというより新たな機械獣だと言われた方がしっくりするデザインだ。

 

「どこかに隠したりできたりすれば最高なんだけど――。いやいやいや――!?」

 

 だったら隠れてやろう。そう宣言したかのように、謎の黒い機体は一気に小さくなり、まるでおもちゃのような大きさになって夜鳥のそばに落ちた。機体の頑丈さが反映されているのか、高い所から落ちても傷一つついていないようだった。

 

「いやいやいや!? 君は何でもありなのかい!?」

 

 ばっとメルティナから離れ、おもちゃのようになった機体に駆け寄る夜鳥。ひょいと拾えた。物理法則もあったもんじゃないらしい。

 

「三人とも、改めて聞きたい……」

 

 ギ・ギ・ギと壊れかけの機械のように振り返る夜鳥。本当にどうしたものかと嫌な脂汗が額に(にじ)んでいた。

 

「どうしよう?」

 

 三人とも、いや、夜鳥を含めて四人とも今起きた現象を理解できず、呆然と立ち尽くすしかないのであった。




需要があったら書きそうだけど、完結までモチベが保たないです。もってくれ! もってくれ! 俺のモチベーション!(長谷川節)

第1話の時点でぷっつりですが、こんなものでも感想や評価をいただけたら作者は喜びます。ここまで読んでくださりありがとうございました。


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