アリエッティが水汲みに行っている間、ポッドとホミリーは家の中で話し合いをしていた。
「あなた、アリエッティのおかげでとりあえず水は何とか確保出来そうだけれど、新しい生活にはまだまだ不安が山積みね。」
「そうだな。この建物には蛇口があるものの、私の力ではひねって水を出すことは出来ないかもしれんからな。それに水を出した後に人間が来たら、ここに小人がいるということが分かってしまうからな。」
「それに電気もまだここまで通じてないし…。」
「それは私が何とかするから心配するな。」
「あと、料理するにもガスがねえ…。」
「わらや木くずがあるじゃないか。アリエッティが水汲みから帰ってきたら、今度は私が上の階からそれらを借りてくる。それに火をつけてガス代わりにすれば料理が出来るだろう。」
「それで我慢するしかないのかしらねえ…。」
「まあ、そんな顔をするな。アリエッティにそんな顔を見せたらますます不安にさせるだけだぞ。」
「…そうねえ。もしかしたらあの子が一番責任を感じているのかもしれないし。私達が明るくなければねえ…。」
ホミリーは口ではそう言ったものの、心配性な性格のせいで重苦しい雰囲気を漂わせていた。
「そうだ。午前中に作ったシソジュース、まだ残っているか?」
「えっ?え、ええ。まだあるわよ。」
「それなら一杯飲ませて入れてくれないか?」
ポッドは何とか重い雰囲気を変えようとホミリーにジュースを入れてもらうように頼んだ。
「はい。今入れます。」
ホミリーはそう言うとすぐにカップとシソジュースを用意し、一滴注いだ。
「どうぞ。」
「ありがとう。」
ポッドは昼食後に飲んだ時と同様に、一口ずつ味わって飲んだ。
「やっぱりこれはいつ飲んでもおいしいな。」
「そうかしら。」
「ああ。辛いことも吹き飛んでしまいそうだ。」
「それならいいけれど…。」
ホミリーの顔はさっきよりは明るくなった。しかしまだどこか重い雰囲気を漂わせていた。
それでもポッドにしてみれば、そうなっただけでも成功だった。
ポッドがジュースを飲み終わると、ホミリーはすぐに後片付けをした。
彼女はまだ沈んだ表情のままだった。
「どうしたんだ?何かまた不安でもあるのか?」
「ええ…。」
「何かあるのなら教えてくれないか?」
「…。」
ホミリーは何か言おうとしながらも、ちゅうちょしているのかなかなか話し出せずにいた。
「遠慮はするな。夫婦じゃないか。」
「まあ、あなたがそう言うのなら…。」
彼女はゆっくりと心の内を打ち明け始めた。
「今更言うのも何だけれど…、私達、とうとう人間に関わってしまったわね…。」
「関わってしまったって、あの角砂糖のことか?」
「ええ。よりによって人間に手渡してもらうなんて…。」
「まだ気にしているのか?」
「気にならないわけないじゃない!もし人間に関わったらどうなるのか、私は身をもって体験したんだから!」
「人間にさらわれたことか?」
「そうよ!私は人間に見られたせいで、連れ去られて、ビンの中に閉じ込められたのよ!あなたに分かる!?この恐怖が!私がどれだけ怖い思いをしたのか分かる!?」
ホミリーは今までたまりにたまっていたうっぷんを爆発させるかのような口調で言い放った。
「うーむ…。確かに恐怖だったのは間違いないだろうが…。」
「恐怖って言っても、並の恐怖じゃないわよ!殺されるかとさえ思ったわよ!!あの時人間に関わったらどうなるか、はっきりと分かったわよ!!だから私は人間なんか大っ嫌いよ!!出来ることなら人間からもらった角砂糖を捨ててしまいたかったわよ!!シソジュース作るのにも、あんな角砂糖を使いたくなかったわよ!!」
「そうか…。」
まるで火山が噴火したかのように怒りを爆発させるホミリーだったが、ポッドは反論することもなく、ただじっと話を聞いていた。
「それに本人の前で言えることじゃないけれど、アリエッティには絶対に人間に会うなと言いたいわよ!きっと人間は好意を持ったふりをしながらおびき出して、餌食にしてしまうわ!」
「…。」
「それに、いつかあの子は独り立ちすることになるだろうけれど、その時は絶対に人間に出会わないところに住んでほしいわ!」
「あの、翔という人間にもか?」
「そうよ!」
「そうか…。」
(ホミリーはその人間の少年に豪華なキッチンをプレゼントされ、救出の手助けを受け、そして角砂糖ももらっているのだが…。まあ、今これを言うのはやめよう。とにかく今はたまっていた気持ちを吐き出させる方がいい。)
ポッドは言いたかったことを自分の心の中で言う程度にとどめ、ホミリーの言うことをただただじっと聞いていた。
やがてホミリーは言いたかったことを言い終わると、そばにあった椅子に座り、大きくため息をついた。
「あなた、ごめんなさい。私ばっかり一方的にしゃべってしまって…。」
彼女はさっきまでの自分の行いを激しく後悔しているようだった。
「それはもう済んだことだ。かえってスッキリしただろう。」
「はい…。」
ポッドがそう言ってくれたおかげで、ホミリーも落ち着きを取り戻したようだった。
これはアリエッティが自分のせいで引っ越すことになったことを後悔していた時に、二人でなぐさめた時の光景と重なって見えた。
「それからアリエッティがいつか独り立ちすることになったらどうなるのかについては、今は考えないことにしよう。どうなるのかは分からんが、きっとあの子はあの子なりの幸せを見つけ出してくれるはずだ。」
「そうねえ。それならいいけれど。」
ホミリーはそうつぶやくと、ふと何かに気がついたようにはっとした。
「アリエッティで思い出したんだけれど、あの子、帰りが遅いわねえ。」
「そう言えばそうだな。もうとっくに帰ってきてもいいはずなんだが。」
「もしかして何かあったのかしら?水汲みの最中に森の中で道に迷ったとか、野ネズミのような獣に出くわしたとか!?」
ホミリーの手は途端に震え始めた。
「そんなまさか。」
一方のポッドは至って冷静だった。
(※実はそのまさかが約200メートル離れたところで起きているんですけれど…。)
「あなた、どうしましょう!アリエッティがもしこのまま帰ってこなかったら!」
「そんな風に考えるな。ちょっと外に出て様子を見ようじゃないか。」
「でも外に人間が待っていたらどうするの?私達、連れ去られてしまうかもしれないわ!」
「そう考えるのは相変わらずだな。まあ私も不安がないわけではないがな。」
ポッドは内心では不安を感じていてもそれを表に出すことはなかった。
そしてホミリーをなだめると、「借り」の道具を持って外に出ていくことにした。
それを見てホミリーも後をついていった。
果たしてアリエッティはどうなったのだろうか?
※その答は次の第13話で。