DAWN   作:地球の星

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15. 生還

 麻酔を打たれ、意識が遠のいていってから、果たしてどれくらい時間がたったのだろう。

 それまでずっと真っ暗だった僕の目には、少しずつ何か白いものが映り始めた。

 何か白いものといってもそれは完全にぼやけていたせいで、全然分からなかった。

 一体何だろう?

 僕は激しくもうろうとする意識の中でそれをじっと見つめた。

 

 それから時間が経つにつれて、どうやら蛍光灯らしいと思うようになってきた。

 ということは、僕はあお向けに横たわりながら建物の天井を見ていたということなのだろう。

 

 それからさらに時間がたつにつれて、段々はっきりとものが見えるようになってきた。

 確かにそれは蛍光灯と部屋の天井だった。

 まだ麻酔が効いているせいか、僕の頭はボーッとしていた。

 そのため、あまり物事を考えることは出来なかった。

 それでも僕は意識を取り戻したということだけははっきりと分かった。

(…そうか…。戻ってきたんだ…。この世界に…。)

 僕は手術を乗り越え、死の恐怖に打ち勝ち、無事に生還を果たすことが出来たということをはっきりと実感した。

 この時、僕は今まで体験したことのないほどの感動を感じた。

 それは表情に表れることはなかった。

 まだ手も足も動かすことが出来なかったし、涙も出なかった。

 何かしゃべろうと思っても口が動かなかった。

 今の僕はただ生きているだけの植物人間みたいな状態だった。

 でもそれで十分だった。

 とにかく今は無事に生還を果たしたことを心から喜んでいた。

 この感動は決して忘れないだろう。

 どんなに時が流れても、きっと忘れない。僕は心の中でそう誓った。

 

 やがて僕は病院の集中治療室にいることも分かるようになってきた。

 僕のまわりにある機械は「ピッ、ピッ」という音を繰り返し発していた。

 心拍数を表す機械は時々山のような形を作りながら、モニターの左から右に線を描いていた。

(あの線が一直線にならなくてよかった。心拍数も60から70くらいの数字を保っているし…。)

 その機械の手前には点滴の袋がつるされていた。

 下の部分からは管が伸びていて、その管は僕の左腕につながっていた。

 

 僕は無言のまま、左右にあるものを横目でじっと見つめていた。

 すると入り口の扉が開き、一人の女の人が姿を現した。

「翔さん、気がついたんですか?」

 高谷看護師さんだった。彼女は興奮したように言いながら僕のところに近づいてきた。

(はい。)

 僕は看護師さんに口頭で返事をしようとした。しかしそれは声にならなかった。それどころかまだ口さえも動かない状態だった。

 そのため、相手には黙っていたように受け止められた。

「翔君、おめでとう。」

(…。)

「助かってよかったですね。」

(…。)

 看護師さんは何度か僕に話しかけてくれた。しかしいくら返事をしようとしても声にならなかったため、会話は一方通行になってしまった。

 それでも看護師さんは僕の目を見ながらすごく喜んでくれた。

 僕にとっては「ありがとう。」の一言も言えないことが少し悔しかったが、それでもこの表情を見るとうれしくなった。

(僕が生き抜いたことをこんなにも喜んでくれる人がいるんだ…。)

 そう思わずにはいられなかった。

 高谷さんは僕に話しかけるのが終わると病室の端に移動し、病院用の携帯電話を取り出した。

 そして番号を押した後、左耳に当てた。

「もしもし。高谷です。初狩先生ですか?」

「先生、翔君が意識を取り戻しましたよ!」

「はい。私は別室でモニター越しに見ていましたが、なにやらうっすらと目を開いているように見えまして、集中治療室に行ったんです。そうしたら、本当に目を開いていました!」

「はい、本当によかったです!」

 看護師さんは途中から涙ぐみそうになりながら電話の相手である医師に報告をした。

 よほどうれしかったのだろう。そのうれしさは僕にも伝わり、思わずもらい泣きしそうになった。

 高谷さんは電話が終わると「翔君、私は今から付き添いの人に意識が戻ったことを伝えてきます。」と言い残して集中治療室を後にしていった。

「付き添いの人」って、誰だろう?

 もしかしておば様?

 ということは、おば様は病室にいるの?

 僕が手術室に運ばれていってからずっと?

 あれからどれくらい時間がたったのかは知らないけれど、ずっと僕の無事を願い続けていたの?

 それを確かめる術はどこにもなかった。

 でも、僕の心にはうれしさがこみ上げてきた。

 思えば僕はずっと病弱で、元気に走り回る人達をずっとうらやましく思っていた。

 親の愛情というものもあまり感じることが出来なかった。

 そのせいか、人に対してあまり心を開くことが出来ず、度々冷たいことを言ってきた。

 でも僕を支えてくれる人は確かにいた。

 さっきの看護師さんといい、おば様といい、こんな僕の無事を心から喜んでくれた。

 僕は決して一人なんかじゃないんだ。

 そんな人のために、必ず生きて恩返しをしよう。そして必ず元気な体になろう。

 僕はまだはっきりとしない意識の中で、そう強く心に誓った。

 

 それから時間が経過するうちに、僕は頭や手足も動かせるようになってきた。

 まだ起き上がったりすることは出来ないが、体を動かすことが出来たのはうれしかった。

 右手をゆっくりと動かすと、ふと何かに当たるような感触を覚えた。

(何だろう…、これ。)

 僕はそう思いながらその物体を手で探ってみた。

 それはアリエッティの髪飾りであることが分かった。

 よかった。ここにあった。失くさなくて良かった。

 僕は深呼吸をするように大きく息をしながらほっとした。

 そう言えば、アリエッティは今頃どうしているんだろう?

 今何時なのか分からないけれど、夜なら寝ているのかな?

 それとも、借りにでも出かけているのかな?

 思えば、君は別れの日の朝にもう一度だけ会いに来てくれた。

 そして「いつまでも元気でね。」と言ってくれた。

 あの時、君は大事な髪飾りを僕にくれて、手術の成功を心から願ってくれた。

 アリエッティ。僕、手術を乗り越えたよ。

 君のおかげだよ。君がくれた髪飾りのおかげで、僕は生還したよ。ありがとう。

 僕、必ず元気な体になるよ。必ず元気な体になって、いつか元気になった僕の姿を君に見せにいくよ。

 僕は右手に持っているアリエッティの髪飾りを握りながら、そう心に誓った。

 

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