DAWN   作:地球の星

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16. 再会

 手術した翌日の早朝に目を覚ました翔は、その日の夜には会話が出来るようになった。

 さらにその翌日には少し上体を起こすことも出来るようになり、看護師さんが持ってきてくれた水を少しだけ飲むことが出来た。

 その後、起き上がることが出来るようになり、今度は立ち上がることも出来るようになった。

 驚異的なまでの回復力を見せた彼は、ついに一般病室に移ることが出来た。

 そんな彼の姿に、貞子やハルを含めたまわりの人達は驚かずにはいられなかった。

 

 ある日、翔が医師による診察を受けた時のことだった。

 彼は翔の胸に聴診器を当てて脈を調べた。

「翔君、君の心臓は順調に回復していますよ。」

「ありがとうございます。」

「それにしても本当に元気そうですね。」

「はい。あれからすっかり元気になりました。これもお医者さんのおかげです。」

「あの、今だから言えることだけれど、私が最初に君の検査を行った時には『本当に助かるのだろうか。』とさえ思ったんですよ。手術が成功しても、少なくとも1ヶ月は安静にする必要があると読んでいたのですが、どうしてそんなに急激に元気になれたのですか?」

「きっと腕前が良かったからだと思います。それに、おば様である貞子さんや僕が今までお世話になった全ての人達が僕を支えてくれたからだと思っています。」

「確かにそれも一理ありますが、それでもまだ私の感覚では説明がつきません。もしかしたら君が持っていた洗濯ばさみのおかげではないですか?」

「そんなことはないと思います。」

「そうでしょうか?私としてはその洗濯ばさみに何か神通力でもあるとしか思えないのですが…。もしよろしければ、その洗濯ばさみ、他の患者さん達のために貸してくれませんか?」

「だめです。僕も今だから言えることですけれど、あの時はわらにもすがりたい思いだったから持っていたようなものです。あの時はおまじないとか魔法とか言っていましたが、実際にはそんなものはなかったと思います。」

「そうですか…。」

 翔はその後もアリエッティの髪飾りについてはこのように話していた。

 間違ってもこれが小人からもらった物だと言うようなことはせず、着ているパジャマの目立たない部分に肌身離さず持っていることにした。

 

 その日の午後、貞子がお見舞いの品を持って病室にやってきた。

「翔さん、調子はどうですか?」

「大丈夫です。今日、一人でお手洗いに行くことも出来ましたし、順調に回復しています。」

「そうですか。本当に良かったですね。」

「おば様、今日は何を持ってきてくださったのですか?」

「あなたの着替え用パジャマや下着、さらには歯磨きセット、そして本をまた持ってきました。」

「ありがとうございます。今日はハルさんは一緒ではないんですか?」

「ハルさんは家で留守番をしています。代わりにというわけではないのですが、今日は別の人が一人来ましたよ。」

「えっ?別の人ってどなたですか?」

「実は…、あなたの母親、奈津美さんなんです。」

「ええっ!?母が!?」

 思いもよらない貞子の一言に、翔は信じられないとばかりに驚いた。

「本当に、母なんですか?」

「はい。今、ロビーで待たせています。翔さんが会いたいと言ってくださるのでしたら、この病室にお連れしますが、いかがですか?」

 貞子は翔が果たして何て答えるのか少し不安に思いながら問いかけてみた。

「もちろん会います。会わせて下さい!」

 翔は迷うことなく答えた。

「分かりました。今お連れいたしますので、しばらく待っていてください。」

「はいっ。」

 翔は元気良く返事をした。それを見て、貞子は病室を後にしていった。

 

 5分後、再び病室に姿を現した貞子の横には、申し訳なさそうな表情の奈津美が立っていた。

「お母さん。本当にお母さんなんですね?」

 翔はベッドからゆっくりと降り、スリッパを履くと、一歩ずつ歩み寄っていった。

「はい、そうです。」

 奈津美も一歩ずつ歩み寄っていった。

 そして二人は互いをぎゅっと包み込んだ。

「お母さん、会いたかったです。」

「私もです。手術、よくがんばりましたね。」

「はい。」

 久しぶりに母親のぬくもりを感じた翔の目からは涙があふれ出した。

 ほぼ同時に、奈津美の目からも涙があふれ出した。

「手術の日にもここに来られなくて、本当にごめんなさい。」

「大丈夫です。こうやって来てくれただけで十分です。」

 お互いの声はすでに涙声になっていた。

「翔…。」

「お母さん…。」

 二人はボロボロと涙を流しながら、再会を心から喜び合っていた。

 言葉では表現出来ないような、そんな感動的な場面を貞子はかたわらからじっと見つめていた。

 

 しばらくして気持ちが落ち着くと、貞子はしばらくの間母子二人だけの時間を作るために、ロビーへと降りていった。

 奈津美は椅子に座ると、これまでのいきさつを翔に話し始めた。

 彼女はずっと仕事が忙しかったため、翔の手術の日にも休みを取ることが出来なかった。

 その間、翔のことが心配で仕事が手につかない状況だった。

(神様、どうかお願いします。翔を助けてください。子供が親よりも先に亡くなるなんて、私には耐えられません。どうか、どうか息子を助けてやってください!)

 そう心の中で祈る日々が続いた。

 それは翔の手術が成功したという一報が入った後も続いていた。

 その不安は他の人達にも伝わった。彼らも奈津美のことが気になっていた。

 

“Natsumi, you should go back to Japan right away.”

“I’d like to. But I have a lot of things to do by myself.”

“We can do instead. Don’t worry about the job.”

“Yeah. Where I’m from, it’s natural to cancel everything and go home in this case.”

(訳)

『奈津美さん、すぐに日本に帰った方がいいですよ。』

『私もそうしたいです。でもやることがたくさんありますので。』

『私達が代わりにやりますよ。仕事のことは心配しないでください。』

『そうです。私の出身国ではこのような場合、全てをキャンセルして帰国するのが当たり前です。』

 

 同僚の人達はそう言って奈津美を説得した。

 最初は日本行きをためらっていた彼女も、やがて同僚に仕事を任せることを決意した。

 そして休みを取るとすぐにチケットを手配して、帰国することにした。

 それを知って翔は驚き、そしてうれしくなった。

「お母さん、僕のためにわざわざ時間を取ってここまで駆けつけてくださって、本当にありがとうございます。」

「どういたしまして。でも今回の休みはわずか35時間しかありません。私は今夜の便でまた日本を発つ予定になっているので、こうしてあなたと一緒にいられるのはあと1時間半しかありません。わずかな時間しか会えないことを許してください。」

「いや、気にしないでください。一目会えただけで十分です。」

 奈津美はその後も病弱な子に産んでしまったことや、離婚という重荷を背負わせてしまったこと、なかなかそばにいられないことなどをわびた。

 その度に翔は「僕を産んでくれてありがとう。」「離婚はもう済んだことです。」「僕のために手術代を捻出してくれただけでも十分です。」と言いながら、母親を元気付けた。

 そんな翔の優しさに触れて、奈津美は少しずつ明るさを取り戻していった。

「こんな私を許してくれるのですか?」

「はい。だからもう心配はしないでください。」

「翔、ありがとう…。こんな母親失格の私を許してくれて…。」

「お母さん、もう自分を責めるようなことはやめてください。僕は大丈夫ですから。」

「翔…。」

 その後も二人はベッドの上に座って寄り添いながら、色々と話をしていた。

 

 やがて時間は過ぎ、日は徐々に西に傾き始めた。

 奈津美と翔はお互いの手をしっかりと握り、お互いの顔を見つめながら、ベッドの上で寄り添っていた。

 その時、病室の扉が開き、貞子が姿を現した。

「奈津美さん、そろそろ時間ですよ。」

「はい。」

「お母さん、もう出発の時間なんですね。」

「ええ。短い時間しかいられなくて、本当にごめんなさい。」

「気にしないでください。お母さんに会えて、生きる勇気がわいてきました。」

「ありがとう。私も息子の元気な顔を見ることが出来て、がんばる勇気がわいてきました。」

「お母さん。大変だとは思いますが、仕事がんばってください。」

「はい。翔も、きっと元気な体になってください。」

「分かりました。約束します。」

 翔は力強い言葉で母親に誓った。

 奈津美はそれを聞くと、にっこりと微笑み、そして立ち上がった。

 そして貞子の方に向かって歩き出した。

「奈津美さん、まだまだ話したいことがあると思いますが、ごめんなさいね。」

「いえ。大丈夫です。息子に私のことを許してもらえただけで十分です。」

 奈津美と貞子の二人は翔に背を向け、名残惜しさを漂わせながら病室を出ようとした。

 その時、後ろから「お母さん。」という声がした。

「何ですか?」

 奈津美は振り返り、ベッドに座っている翔の顔を見つめた。

「お母さん、一つだけお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」

「何ですか?」

「あの、僕、古い屋敷にドールハウスが置いてあるのを見たんですけれど。」

「はい。あの小人用のドールハウスですね。」

「それ、僕にゆずっていただけませんか?」

「えっ?」

 息子からの思わぬ質問に、奈津美は一瞬驚いた。

 彼女はすぐには答えず、少し考え込んだ。

「お願いします。僕にゆずってください。」

 翔は食い下がった。

「…分かりました。おゆずりしましょう。」

「本当ですか?」

「はい。大事にしてくださいね。そしていつかあなたが小人を見かけたら、どうぞプレゼントしてあげてください。」

「分かりました。」

 翔は元気良く答えた。

「それでは翔さん、私はこれから奈津美さんを車で駅まで送っていきます。時間のこともありますし、少し急ぎたいので、ここで母とはお別れになりますが、よろしいですか?」

 貞子が少し心配したようにして問いかけた。

「はい。貞子さんも気をつけて行ってください。母をよろしくお願いします。」

「分かりました。責任持って駅まで送り届けます。」

 貞子は軽くおじぎをしながら言った。

「翔、どうか元気でいてくださいね。」

「はい。お母さんも元気でいてください。」

「それでは私はこれで失礼いたします。」

 奈津美は翔に向かって深々とおじぎをした。

 そして振り返ると、貞子と一緒に病室を後にしていった。

 翔はベッドに座ったまま、二人のいた場所をじっと見つめていた。

 彼の表情はまるでアリエッティと別れた時のようにすがすがしく、そして明るかった。

 彼の心にはまた一つ生きる目標が芽生えていた。

 

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