DAWN   作:地球の星

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17. 確かめられない事実

 新しい家に引っ越した私はその後、倉庫にあるものを借りながら生活をしていた。

 お父さんはあれから自分で床下に電気を引いてくれた。

 そのおかげで、今では夜でも電気を使うことが出来るようになっていた。

 水道は相変わらず引けていない状態だったけれど、私が一生懸命汲んできてくれた水をお母さんがうまく使いこなしてくれたおかげで、何とか水不足にはならずに済んでいた。

 さらにはその後、お父さんが雨水の排水管溝近くの土を掘って、そこに水が溜まるようにしてくれたため、これからは雨さえ降ればわざわざ危険を冒して水汲みに行く必要はなくなりそうだった。

 

 今日、私はお父さんと一緒に「借り」に出かけることになっていた。

 私はまたいつものように赤いワンピースを身にまとい、かばんを肩にかけた。

 以前の借りと違う点は髪の毛をまとめていないことだった。

 意外かもしれないけれど、私は髪飾りを翔に渡して以来、髪を留めたことがなかった。

 借りの支度を整えて部屋を出ると、そこにはお父さんとお母さんが待っていた。

「それじゃ、お願いね。」

 お母さんは内心では心配をしているようだったが、私達に向かって元気に声をかけてくれた。

「行ってきます。」

 私はわくわくしながら元気に返した。そのわきで、お父さんは真剣な表情をしていた。

 

 今日、倉庫には人間はいなかった。さらには人間が来そうな雰囲気もなかった。

 最近、ここに人間が来たのは昨日の午後だった。

 その時、人間達は炎天下の中で農作業をしていた。

 おやつ時にはお茶を飲んだりお菓子を食べたりしながら色々とおしゃべりを楽しんでいた。

 その間、私達は外出することが出来ず、床下でその一部始終を聞き続けていた。

 

 私達はまず稲わらのところに歩いていった。

 お父さんはわらの上に乗ると、しきりに足場を気にしだした。

「アリエッティ、ここから先は足元が不安定なので転ばないように気をつけなさい。」

「はい。気をつけます。」

 私はそう言うと、お父さんの通ったところをそっと歩いていった。

 お父さんは稲穂の部分にたどり着くと、ナイフを取り出し、一粒ずつ稲穂を切り取った。

 そして「さあ、受け取りなさい。」と言ってそれを私に渡してくれた。

 私は手を切らないようにそっと受け取ると、大切にかばんの中に入れた。

 その作業を10回ほど繰り返した後、私達は稲穂を置くために一旦床下の家に戻っていった。

 家ではお母さんが心配そうな表情で待っていた。

「お帰りなさい。けがはなかった?」

「大丈夫よ、お母さん。」

 私はそう言うと、持っていたかばんを床に置いた。そして中に入っていた稲穂を大事そうに取り出した。

「まあっ、ご苦労様。他に何かいい物があったらお願いしたいんだけれど、いいかしら?」

「分かりました。じゃあいい物見つけたら取ってきます。」

 私は相変わらず自信満々に答えた。

「それじゃ、私はホミリーと一緒に稲穂のもみ殻を取り除く作業をするから、今度は一人で行ってくれるか?」

「あなた!そんなことをさせて大丈夫なの!?」

 お母さんはお父さんの発言に驚き、心配そうに言ってきた。

 どうやらお母さんはこないだ私が水汲みに行って道に迷ってしまったことをまだ気にしているようだった。

「大丈夫だ。たとえ失敗したとしても、失敗しながら覚えればいい。そうだろう?アリエッティ。」

「はい。」

「そういうわけだ。今度はアリエッティが一人で挑戦することにしようと思う。いいだろう?」

「…まあ、あなたがそう言うのなら…。」

 お母さんはお父さんの意見をしぶしぶ受け入れたようだった。

「それじゃ頼んだぞ。」

「お父さん。お母さん。行ってきます!」

 私はまた元気に声をかけて、借りに出かけていった。

 

 一人で出かけた私は倉庫の片隅の方に歩いていった。

 そこにはござが敷かれたままになっていて、その上に座布団が3つ置かれていた。

 恐らく昨日人間達がおやつ時にそこに座り、お茶を飲みながら色々と話をしていたのだろう。

 ござの上ではアリが行列を作っていて、近くにある物を拾い上げてはせっせと運んでいた。

(何かしら?)

 私は不思議に思い、その場所を良く見てみた。すると、そこにはお菓子のかけらが散らばっていた。

 どうやら人間がお菓子を食べた時にこぼしてしまったようだった。

 私はさすがにそれを拾う気にはなれなかった。拾うにしてもアリを追い払うのが面倒だったし、噛まれたら嫌だったからだ。

(以前は角砂糖に群がるアリ達を噛まれることなく追い払うことが出来たけれど…。)

 お菓子のかけらをあきらめた私はアリのいない部分を見渡した。

 するとそこにはお茶の葉が散らばっていた。どうやらお茶を入れようとした時にこぼしたようだった。

「あれなら簡単に手に入りそうね。」

 私はしめたとばかりに言った。

 そして次々と茶葉を拾い上げ、かばんの中に入れていった。

 とりあえず収穫を得ることが出来たので、私はほっとした。

 茶葉を入れ終わった私は、まだ何か手に入らないかと思い、辺りを見渡した。

 しかしござの上にはこれ以上手に入れられそうなものはなかった。

 

 次に私は近くに置いてある戸棚に目をやった。

 その戸棚の上の部分には鉛筆や消しゴムなどが置かれていた。

 一方、下の部分にガラスの扉がついていて、中には色々なものが入っていた。

 扉の取っ手はかなり高い位置にあるため、何か道具を使わなければ開けることが出来そうになかった。

 そのため、今回は借りていくことはしなかったが、参考にまでに中に入っているものを一通り見てみることにした。

 そこにはお菓子の袋やコーヒーのビン、緑茶の茶葉が入っている缶、さらには透明なスティックに入っている砂糖が置かれていた。

 最初に引っ越してきた時にはそれらは入っていなかったため、恐らく昨日持ってきたようだった。

 その砂糖を見て、私はふと最後に翔と会った時のことを思い出した。

 

 あの日の朝、翔はニーヤに連れられて私に会いに来てくれた。

 そしてお互いの顔をじっと見つめあった後、彼はポケットから角砂糖を取り出して、私に渡してくれた。

 あの時の翔の優しさは、私にとってとてもうれしかった。

 私はお礼を言った後、翔に「手術はいつなの?」と聞いた。

 彼は「あさって。」と答えていた。

 私は目を閉じて、あの日のことを色々と思い出した。

 すると、私は急にあれから翔がどうなったのか気になってきた。

 手術は果たして成功したのかしら?

 手術を乗り越えて、元気な体になったのかしら?

 それとも…。いや、そんなことは考えたくない。

 きっと元気になっているわ。

 だってあの時、あんなにすがすがしそうな表情をしていたんだもの。

 それに、彼は私のお母さんを助けてくれた恩人なんだもの。

 そんな人が私を置いてどこか遠い場所に行くわけがない。

 きっと元気に生きているわ。きっと…。

 …でもそれを確かめる術はどこにもない。

 あの古い屋敷にはもう戻れない。だから翔の帰りを待つことも出来ない。

 じゃあ一体どうすればいいのかしら?

 ……。

 結局いくら考えても、翔がどうなったのかを確かめる術は浮かばなかった。

 私は事実を確かめられないことが悔しかった。

 誰にも相談することは出来ない。お父さんにもお母さんにも、スピラーにも…。

 言ったとしてもきっと「もう忘れろ。」と言われるだろう。

 たとえ前向きなことを言ってくれたとしても、だからと言って会わせてくれるとは到底思えない。

 本当にどうすることも出来なかった。

「翔…。」

 私はガラス戸の前で立ち尽くしたまま、寂しそうにつぶやいた。

 

 それからどれくらい時間がたったのだろう。私はすっかり翔のことに浸りきっていて、時間のことをすっかり忘れていた。

 その時、ふと私の帰りを心配したお父さんが「アリエッティ、どうしたんだ?」と声をかけてきた。

 私はビクッと驚いて我に返った。

「な、何でもないです。今行きます!」

 私は驚きながらそう言うと、茶葉のたくさん入った袋を提(さ)げて、一目散にお父さんのいるところに走っていった。

(翔、どうか死なないで。元気に生きていて。私のことを忘れてしまってもいいから…。)

 走りながら私はそう願っていた。

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