夜明け前に古い屋敷を出発したアリエッティ達は新しい家に向かって歩き続けた。
しかし日が高く昇るにつれて気温もどんどん上昇し、もうすぐ30℃に達する状況になってきた。
その中で重い荷物を背負っている彼らにとって、新しい家までの道のりは長く感じられた。
元々体力に自信のあるポッドやスピラーはまだ大丈夫だったが、アリエッティはすでに全身に汗をかき、顔には疲れが見えてきていた。
彼女はもう景色やセミの声、辺りにいる昆虫などを気にしている余裕はなかった。
ヤカンに乗っていた時に見せた、すがすがしい表情はもうどこにもなかった。
一方のホミリーはあまり荷物を持っていないにも関わらず、フラフラの足取りで歩いていた。
下手すれば倒れてしまうかもしれないとさえ感じられた。
「ハア…。ハア…。新しい家はどれくらい歩けばいいの…?」
彼女は弱々しい声で問いかけた。
「…あと10分くらいだ。」
スピラーが指折り数えた後に答えた。
「あなた、少しは休めないものかしらねえ…。そろそろ暑くなってきたし…。」
「だめだ。ここでは人間や外敵に見つかりやすい。それに休んでいてはこれからもっと暑くなる。確かに辛いかもしれないが、今は我慢してくれ。」
「そりゃ私だって我慢はしているわよ。でももうのどがカラカラよ…。せめて水だけでも飲めないものかしら…。」
ホミリーの足取りはさっきよりもよれていた。このままでは本当に倒れてしまいかねなかった。
その時、アリエッティは「そうだわ。」と言いながら、自分の持っているかばんの口を開いた。
そして「お母さん、これ。」と言いながら、ヤカンに乗っている時にスピラーから受け取った野イチゴの残りを差し出した。
ホミリーはそれを見るなり、キラキラと目を輝かせた。
「まあ、ありがたいわねえ。」
彼女は満面の笑みを浮かべながら受け取った。
そして一粒口の中に入れ始めた。
「んんんーー、おいしいっ!」
ホミリーはまるで生き返ったように喜びながら言った。
「良かった。残しておいて。」
「ありがとうねえ。」
ホミリーはそう言うと、次から次へと野イチゴの粒を口の中に運んだ。
アリエッティはそんな母の喜ぶ顔を見てうれしくなった。
一方でスピラーはせっかく彼女のためにプレゼントした野イチゴを他の人に渡されてしまい、口には出さないものの少し不満そうな表情を浮かべていた。
ホミリーは夢中になって野イチゴを食べ、気がついたら全部食べきってしまった。
彼女ははっとして我に返った。
「あらいけない。私ったら一人で全部食べてしまうなんて!」
ホミリーは急に恥ずかしさがこみ上げてきて、申し訳なさそうにアリエッティを見た。
「ごめんなさい。あなたの分も残すつもりだったのに。」
「私なら大丈夫よ。それよりお母さんが元気になってくれてうれしかったわ。」
アリエッティの顔からは笑みがこぼれていた。
「そう言ってくれてありがとうね。」
「どういたしまして。これでお母さんも家にたどり着くまでがんばれそうね。」
「そうね。もう少しがんばりましょう。」
ホミリーはそう言って自分を奮い立たせた。
しかしその直後、ふと近くの草むらがガサガサと揺れ始めた。
それを見たポッドは突然「静かに!」と言ってきた。
一行は驚いて立ち止まった。
「何?お父さん。」
「しっ!声が大きい!」
ポッドそう言ってアリエッティを黙らせると、スピラーの顔をじっと見た。
スピラーはこっくりとうなずくと、持っている荷物をそっと降ろし始めた。
「お父さん、何かいるの?」
「ああ。これは面倒なことになりそうだ。」
ただでさえ小声で話したアリエッティよりもさらに小さな声で話すポッドの表情は険しかった。
(一体何が起こったの?まさか人間?)
一行に更なる緊張が走った。
すると草むらがガサガサと大きく揺れ、やがて細長い物体が姿を現した。
「イヤーー!ヘビーーーー!!」
ホミリーが腰を抜かしながら叫んだ。
「バカ!!大声を出すなと言っただろ!!」
驚いたポッドは思わず大きな声で叫んでしまった。
それが相手の気持ちを高ぶらせることになったのだろうか、ヘビは口から長い舌をチロチロ見せながらこちらをにらみつけていた。
やがてヘビの体全体が草むらから出てきた。体長はざっと見て1メートル半くらいだろう。
人間の感覚で言うならば物語に出てくる竜に出くわしたと言うところだろうか、その体は小人から見ればあまりにも巨大だった。
まともに襲われたら体ごと丸のみにされてしまうだろう。
そんなことになったら全てが終わりだ。
「よりによって面倒な敵に出くわしたな…。」
ポッドは持っていた荷物をそっと降ろしながらつぶやいた。額には脂汗がにじんでいた。
「あ、あわわわ…。」
一方のホミリーはしりもちをつき、腰を抜かしたまま、顔も手も足もガタガタと震えていた。
もし襲われたら、彼女はなす術もなくヘビの胃袋におさまってしまうだろう。
アリエッティはそれまで体験したことのない程の緊張感に襲われながら、腰に手をやった。
まち針がない!
(しまった…!!こんなことになるなら腰に差しておけばよかった。)
しかし、今からまち針を取り出そうとすれば、その間すきだらけになってしまう。
(どうすればいいの?こんな時に翔がいてくれたら…。)
彼女は来てくれるはずもない人間の少年のことをすがるように思い出しながら、その場に立ち尽くしていた。
一方で、スピラーだけは意外と冷静だった。
恐らくこれまで何度もこのような状況を経験してきたのだろう。
彼は3人に「下がってろ。」と言わんばかりに手を伸ばして制止しながらヘビの前に出てきた。
「大丈夫。俺一人でやる。ちょっと待ってろ。」
彼はアリエッティを横目で見ながら言うと持っていた弓矢を構えた。
一方のヘビも「勝負する気か。面白い。」と言わんばかり舌を何度も見せながら、少しずつスピラーに接近してきた。
そして次の瞬間、大きく口を開け、スピラーめがけて突進をしてきた。
一気に丸のみにして勝負をつけるつもりだ!
あっ!危ない!!
アリエッティは思わず目をぎゅっと閉じ、両手で顔を隠した。
彼女はしばらくの間、金縛りにでもあったかのようにその場で静止していた。
そしてゆっくりと目を開き、両手の人差し指と中指の間に狭い隙間を作った。
(一体どうなったの?スピラーは…?)
不安げにそう思いながら彼女は目の前の光景をのぞきこんだ。
するとそこには口を大きく開いたまま苦しそうにのた打ち回るヘビの姿があった。
(一体何があったのかしら?)
そう思っていると、ふと細長い棒状の物体がヘビの口の中に吸い込まれる光景が飛び込んできた。
(まさかスピラーが?)
彼女は両手を顔から離し、目を大きく見開いた。
アリエッティの右斜め前方には矢を放つスピラーの後ろ姿があった。
一方、左斜め前方にはすでに矢を何本も受け、完全に戦意を喪失し、苦しむヘビの姿があった。
自分達を襲おうとしていたとはいえ、いざこうなってしまうとさすがに気の毒に思えてきた。
(もうやめて!勝負はついているわ!)
彼女はスピラーにそう忠告をしようとした。しかし、目の前の現実に圧倒されていたせいか声が出なかった。
そんなアリエッティの気持ちとは裏腹に、スピラーはとどめと言わんばかりにナイフを取り出した。
そしてヘビめがけて突進していった。
次の瞬間…!!
(ヘビの結末に関しては、割愛させていただきます。)