異世界の料理は絶対味濃い(偏見)ので、薄味素朴な料理に飢えてるはず(捏造)
『
原神売り物/モンド/エンジェルズシェア『アップルサイダー』
今日は皆と食堂の方で昼にしようかな、と考えていたリムルの鼻に肉の焼けるいい匂いが届く。すんすんと人化した時の利点である嗅覚を使ってみると、その匂いは何処か甘く、それでいて肉の匂いと調和して非常に食欲のそそる香りとなってリムルの元へやって来ていた。
ぐるる、と鳴るはずのないリムルの腹の虫の幻聴が聞こえる。大賢者に抑制されていなければ、口内には食欲を刺激された唾液が絶えず溢れていた事だろう。この世界の料理は美味しいが、日本人としてはどうにも味がしつこいというか、濃厚過ぎると言うか。だがこの匂い、味が濃くなるはずの肉料理だろうはずではあるものの、非常にリムルの食欲を刺激してくれるじゃないか。
今回は食堂ではなく、この匂いの元で食事するのも良いんじゃないかな、ウン。
じゅるりと本来なら溢れる涎を気持ち的に拭う仕草をして、リムルはその匂いの元へふらふらと足を進めた。近付くにつれ、匂いはどんどん濃くなって、早く胃に収めさせろと言わんばかりに強烈になる。足を進めた先にあったのは、リムルが私的に使う小さな庵。という事は、必然的にそこにいるのは一人に限られる。縁側から靴を脱いで上がり、奥にある台所に顔を出す。腹を抑えて向かったそこには、シンプルなメイド服を纏った少女が、大皿に盛られた肉塊を切り崩して頬張っていた。
リムルの視線は、少女ではなく大皿に盛られた肉塊に固定される。そこには骨のない、漫画肉ほどの大きさの肉が鎮座していた。ただし、既に四分の一しか残ってはいない。それは、先程までリムルが食べたくて辿ってきた香りの終着点。恐らく少女の賄いとして作られたのだろうが、もはや一人分以下しか残っていなかった。が、それはそれとして大変食べたい。
「リムル様。何か火急の用でしょうか」
「いや、」
リムルのプライベートの世話を全て任されている少女は、普段は朝に出かけて夕方に帰ってくるリムルの突然の帰宅に血相を変えて立ち上がった。そんな少女の様子に気付かず、リムルはその料理から目を離さずに口を開いた。
「これ、くれないか?」
「駄目です」
「えッ」
ぴしゃりと言い放った少女に、リムルはがばりと顔を上げて少女を見る。今までは少女に全肯定されてきただけに、突然の拒絶に動揺を隠せなかった。しかし、少女は何もリムルを否定したつもりはない。単純に自分が口を付けたものをリムルに食べさせるなど彼女の矜持が許さなかっただけだ。
「新しいものをご用意して参ります。ただ、『ニンジンとお肉のハニーソテー』はハチミツを使用致します。わたくしのものは先日リムル様に内緒で頂いたものを使いましたが、現在ハチミツは中々手に入るものではございません。リムル様も甘味として秘密裏に所有しているはずです。料理として使用する事は推奨致しかねます。別のお料理を提供する事は可能ですが、如何致しますか?」
「他の料理かぁ……」
さらさらと言葉を並べ、残っている自身の賄いを台所の奥へ引っ込めたそれを名残惜しげに見ながら、リムルは顎に手を当てた。そもそも今回ここに来たのは引っ込められたその料理を食べたかったからであって、別に他の料理なら食堂で食べてもいいのだ。ちょっと最近、この世界特有のしつこい味付けに飽きたというか、胸焼けしてきた感じで。
だから別に、わざわざ他の料理を作らせるような手間をかけるのは本意ではない。そこまで考えた所で、リムルはぱちりと少女と目が合う。この世界ではあまり見ない、そのコバルトブルーの瞳。そうだ、この目の前の少女は異世界人なのだ。最も、リムルがいた地球とはまた異なる世界らしいが、それでもこの世界の味覚には染まっていない。彼女が作る料理は、やはり先程の料理のようにリムルの鼻に、いやさ舌に合うものなのではないだろうか。
期待してもいいのかもしれない。何せ、少女にはリムルのプライベートな世話を全て任せている。食事やその他諸々の愚痴も聞いてもらった。嫌な顔一つせずに同意して励ましてくれる、どんなに駄目駄目な姿を見せても全肯定で心を癒してくれるメイドなのだ。しかも家事能力と気遣いのレベルがカンストしている。もはや期待するしかない。
「ここの料理がちょっと味が濃くて……。あ、別に嫌な訳じゃないんだけど」
「勿論理解しております。濃淡は連続しては美しくないので。今のリムル様は薄味がお望みなのですね。それでしたら、あまり後に引かない、しつこさのないものが宜しいでしょう。そうですね……『
リムルの言い分を正確に把握し、流れるようにすっと差し出しされた写真を受け取る。恐らく『
見るからに、日本人好みの料理だと確信する。名前からして多分日本の料理ではないが、味覚には合う。知らずにごくりと喉が鳴る。その反応に、少女は頷いて調理器具を用意し始めた。その音に意識を取り戻したリムルは、慌ててこれを頼むと告げる。少女は「かしこまりました」頷くと、リムルを座敷でくつろいでくれるように促した。
「いや、ここで見ててもいいか? 邪魔にならないようにするから」
「それは勿論、リムル様が宜しいのでしたら。すぐに取り掛かります」
テキパキと床下から材料を取り出す少女に、リムルはそういえば、こいつ自分で床下冷蔵庫作ってたなと思い出す。なんでも水の元素力を操れるだとかで、床下冷蔵庫の周囲を常に低温の実体化しない程度の水元素で覆っているとか言っていたが。もっと他のことにも使えるんじゃないかなとリムルは思ったが、美味い飯が食べられるならそれに越したことはないので口を噤んだ。
材料として少女に取り出されたのは、干し肉と普通の生肉、タケノコだった。干し肉はバラ肉を使っているらしい。リムルは一瞬ボンレスハムかと思ったが、察した少女が「自家製ベーコンです」と告げた。何時ここで干し肉作ったんだよ、という言葉が飛び出しそうになった。干された肉など見た事がないのだが。実際は、少女がリムルがいない時間を見計らって外で干したり、目立たない庵の端っこで干したりしていた。
少女は材料を置き、一番最初に二つの大きな鍋を持ち、自身が水元素を操り、水をいれてから、片方にだけ火をかける。沸騰するのを待つ間に、生肉を一口大に切っていく。手馴れた様子で肉を切ってボウルに入れて、次は干し肉に包丁を刺す。干し肉は拍子木切りで、生肉と見て違いが分かるように、目を楽しませるように。
肉を切った包丁とまな板は流しに置いて、野菜用のまな板と包丁を新たに準備する。それらにさらりと水を流しかけてから、タケノコをまな板に乗せる。と、そこで鍋が沸騰する。手に取った包丁を置いて、少女は切った肉を両方とも鍋の中へと投入する。そこで火にかけていなかった方の鍋にも火をつけた。
包丁を握り、少女はタケノコを一口大に切っていく。トントンと子気味良い音を響かせて、少女は半分ほどタケノコを切ったところで手を止め、網杓子を持つ。掬うところが網になっているおたまで、ひょいひょいと鍋の中の肉を掬い上げては皿に移して、そこに水を入れる。水に浸された肉を入れた皿を置いて、肉を入れていた鍋を流しに移動させ、水を捨ててから置く。
(なんかすごい面倒そうな工程してる……なんか悪いなあ)
くるくると動く少女の手際に関心しつつも、申し訳なさが募る。わざわざ必要のない仕事をさせてしまった。リムルの気持ちが沈んだ事に気が付いたのか、少女はちらりとリムルを見てから口を開いた。勿論、手は休まずにタケノコを切っていたが。
「この料理の名前には、きちんと意味があるのです」
「んえ? あ……っと、意味って?」
「はい。『
「へぇ……」
「という訳ですので、『
タケノコを切り終え、丁度沸騰した鍋にタケノコと肉を全ていれておたまで軽く混ぜた少女は、おたまを小皿に置いてエプロンで軽く手を拭った。時間がかかると言った少女は、微笑んでからそっと床下冷蔵庫を開けた。
「時間かかるって……何分くらい? あと、何してるんだ?」
「二十分ほど頂きたく存じます。確かここに……素敵なものが、あったはずです」
(に、二十分!? 違うのにすれば良かった……)
待ち時間の長さに後悔したリムルは項垂れた。腹の虫は飢えて死んだ。そんなリムルを見て、少女はそっと床下冷蔵庫からその瓶を取り出した。爽やかなレモン色のそれは、リムルの世界でも知られる炭酸飲料である。が、しかしそれは少女の世界から持ち込まれたものである。勿論同じものであるはずがない。
棚からグラスを取り出して、少女はそれにコポポと音を出して注ぐ。リムルの鼻が酸味のある涼し気な香りを捉える。リムルが顔を上げると、瓶に蓋をした少女がそっとグラスを差し出した。
「い、いや、昼間から酒は駄目な大人になるから!」
「ふふ、お酒ではありません。これは『アップルサイダー』です。モンドが誇るアカツキワイナリーが子供用に作っている炭酸飲料ですよ」
飲みたいけど飲めない、という葛藤の表情で断ったリムルにそう言えば即座に差し出された手にグラスを手渡す。
すん、と香りを嗅げば爽やかな酸味が鼻から喉へ抜けていく。リンゴの香りが牧歌的なイメージを浮かばせ、知らずに肩の力が抜ける。そっとグラスに口付けて傾けさせると、舌の上に液体が乗り、弾ける。ぱちぱちと弾ける炭酸特有の感覚を楽しんで、こくりと喉の奥へ流す。は、とリムルは息を吐いて、……ぐい、と一気にグラスの中身を口に含む。ごくんっと音を鳴らして飲み込んで、リムルは口に手を当てて呟いた。
「あ、甘い……」
「これがモンドの味です、リムル様」
「モンドってやばいな。これ、すごく甘いのに人工的な甘さじゃなくて、自然な甘みで。くどくないのに、甘ったるくないのに――こんなにも甘くて美味しい」
人工甘味料が広く知られるリムルの世界では、こんなものは未知の領域だ。炭酸飲料といえば、炭酸が抜けると甘ったるくてしょうがない。甘すぎてまずいと人によっては思うだろう。
(でも、多分これ――炭酸抜けても美味いだろ)
ちらりと『アップルサイダー』の瓶を持つ少女を見ると、心得た様に瓶の蓋を開けた。リムルがさっとグラスを差し出すと、少女はそれに『アップルサイダー』を注いだ。
甘味にだって飢えていたリムルの食欲が少し満たされる。勿論食べる必要のないスライムではあるが、精神的な問題である。
「モンドには、シードル湖という甘い水を蓄える湖がございます。そのシードル湖の水を使って酒造しており、この『アップルサイダー』もその水を使用しております。モンドでしか手に入らない、一点物ですよ」
「俺絶対にお前の故郷に行く」
「モンドは酒飲みが多いため、美酒が多く存在します。その『アップルサイダー』の購入元である『エンジェルズシェア』は古くから続く酒場。きっとリムル様もお気に召す事でしょう。――わたくしの故郷は
「も、もちろん璃月にも行くに決まっているじゃないか! その時は案内してくれるよな?」
「はい、喜んでご案内させて頂きます」
目を泳がせて誤魔化すように言ったリムルに、少女は嬉しそうに微笑んだ。ほっと胸をなで下ろしたリムルは、床下冷蔵庫に瓶を直す少女を見て、残念そうに空のグラスを机に置いた。
床下冷蔵庫を閉じた少女は、鍋の中を見る。肉とタケノコが沈んだ水は白濁していて、肉は蕩けそうだ。備え置きの塩に二、三振りかけ、おたまで軽くかき混ぜる。小皿に汁と肉一つを置いて、味見。少女は納得したように頷いて、皿に一人分の『
それを見たリムルの目がキラリと輝く。ようやく待ち望んだ昼食だ。
「いい匂いだな」
見ていた限りシンプルな味付けで、塩と肉の旨味だけで構成されているであろう『
出されたスプーンと箸を交互に見てから、まずはスープの方から飲む事に。スプーンを手に取り、『
ならば、肉やタケノコはどれほど美味いのだろう。スープだけでここまで美味いのだ。きっとそれを超えてくれるだろう。まず肉に箸を伸ばしたリムルは、一口大のとのと拍子木切りのものがある事に気付いた。悩んで、まずは一口大の方を口に入れる。
「んぅっ……まい……!」
噛むと、じゅわりと肉に染み込んでいたスープと、肉汁が溢れ出す。あっさりとしたスープに、旨味の源である肉汁が直に絡み、最高の味がリムルの舌の上で出来上がる。肉汁が出なくなるまで噛んで、満足感と共に飲み込む。三十回は噛んだのではないだろうか。健康にいい。
お次は拍子木切りの肉。多分こっちがベーコンだろうなとリムルは考え、ひょいと口に入れる。
「肉の味が違う、けどっ……こっちは、塩がきいてて、美味い!」
「違いに気付いて頂けて嬉しい限りです」
ベーコンの方は、干し肉であるからか肉汁が溢れ出る事は無い。しかし、干し肉であるからこその強みがあった。先の肉が肉汁と絡んで最高旨味を作り出したのならば、ベーコンはスープに更に塩を絡めるのだ。肉汁の旨味ではなく、塩を絡ませる事で口内に残っていた肉汁の味が消えてさっぱりとした味付けに変わる。これはこれで、大変美味しい。油の乗った唇をぺろりと舐めて、リムルは思う。
(交互に食べれば滅茶苦茶美味しいのでは?)
が、まだ具材はある。タケノコはまだ食べていないのだ。どうせこれも美味いんだろ知ってるからな、とリムルはタケノコを口の中へ放り込む。タケノコは肉とは全く違う食感なのは勿論として、スープだけを染み込ませたそれはタケノコ本来の味と調和し、絶妙のバランスで美味しくなっていた。簡素な味付けはタケノコには合わないと思っていたが間違いだった。塩と肉汁が合わさればタケノコは最高の秋の味覚へと昇華するのだ。もうとにかくなんて言いたいのかと言うと、
「うんっっっまい!!」
「光栄です」
破顔して頬を紅潮させ、心底美味そうに『
「何してるんだ?」
「『
もう一手間? リムルがこれ以上何かをいれたら逆に不味くなるんじゃないかと勘ぐっていると、少女はすり鉢を持って近付いてきた。すり鉢の中身は赤く、リムルはちょっと嫌そうな顔をみせた。
「辛いのはあんまり好きじゃないというか、お前俺からすれば食べられないくらい辛いの好きだろ。俺はそんなに辛くされると食べられないからな」
「人に強要した事などありません。辛いものが無理な人でも食べられますよ。では失礼して」
『
「は? え、うま……えっ美味い! ぴりっとした辛さが、逆に『
「流石はリムル様です」
スイカに塩のようなものですね、と少女は言った。無論、少女が食べる時はそんなものではなく普通に激辛レベルで投入するのだが、言わぬが花である。
リムルはそんな少女の味覚にはまるで気付かず、さっきのよりもこっちの方が俺は好きだなと言いながら、『
欲望と気遣いの狭間で揺れていると、少女が口を開いた。
「もしリムル様がよろしければ、今後もわたくしの故郷の料理をお作り致します」
「えっ!? でも、忙しいだろ? 俺のプライベートの世話と庵の管理、ゴブリナ達への家事教育までやってるだろ。料理はシュナが請け負ってくれてるけど、それ以外は全部教えてくれてるし」
「そこまで忙しい訳ではございません。リムル様が食べたい時にお作り致しますので、そこまで負担が増える事はないかと」
「うーん……そうか?」
少女がそこまで言うなら、頼んだ方が嬉しいかもしれない。ちらりとリムルが少女を見ると、少し期待した様子でリムルを見ている。断れない。
「よし、じゃあ頼めるか? ここの料理は文句無しに美味いんだが、和食に慣れた舌では毎日は飽きが来るというか……」
「勿論です。リムル様のお望みのままに、わたくしを使って下さい。それに――」
それに? と首を傾げたリムルに、少女は嬉しそうに破顔して告げた。
「――わたくしの故郷の料理を美味しそうに食べて頂けるのは、……すごく、嬉しいのです」
需要あるので、誰か転スラの飯テロ小説を書いて欲しい。