すみません。
祝勝会の翌日金曜日の午後、玉狛支部では三雲隊の面々がリビングに集まっていた。
ヒュース以外それぞれの学校の制服姿だ。
宇佐美栞は高校の、三雲修と空閑遊真、雨取千佳は中学の三学期期末テストを本日午前中で終えたところである。
勿論ヒュースは学校には通ってはいない。
「やっと終わった。ランク戦とテストが重なると厳しいよね。千佳ちゃんはどうだった?」
栞はそんな感想を漏らし、千佳に話をふった。
「私は大丈夫です。勉強好きなので」
「はぁ、千佳ちゃん成績いいものね」
「宇佐美先輩は六頴館高校ですよね。やっぱり勉強も厳しいんですか?」
修はため息を吐く栞に、こんな質問をする。
栞が通っている六頴館高等学校は偏差値高めの私立の進学校で、ボーダー提携校でもある。
栞以外にもボーダー在籍の学生が通っている。
「はぁ、そうなんだよね。うちは進学校だし周りの子も勉強できる子ばかりだから、ちゃんと勉強してないと、成績が落ちちゃうんだよね。……ん?そういえば遊真くんって、こっちの勉強できるの?……もしかして期末テスト、やばかったんじゃない?」
栞はため息つきながら修の質問に答えるが、ふと遊真がネイバーで、こちらの世界に来て、まだ日が浅い事を思い出す。
「栞ちゃん、余裕、余裕」
遊真はそう言ってとぼけ顔でピースサインを出していた。
「空閑は記憶力がいいんで、僕が勉強教えて丸暗記させてます。さすがに数学と化学は厳しいですが、暗記力が問われる問題もあるんで、大丈夫だと思います」
「そうなんだ」
これで晴れて修と遊真も4月からボーダー提携の三門市立第一高等学校に通うことになる。
因みに、ボーダー隊員の多くはこの高校に在籍している。
栞は先ほどとは一変して、真面目な顔で次の話題に入る。
「本部で聞いてきたんだけど、遠征にB級中上位からメンバーを選ぶ選抜試験を計画してるらしくて、ランク戦で選抜メンバーの目標順位に達したけど、私達も全員参加しないといけないらしいの」
「そうなんですか、どんな試験内容なんですか?」
修は神妙な面持ちで聞き返す。
「まだ、詳しく決まっていないけど、春休み中に実施する予定って聞いてるわ。詳しいことは後日ね」
「……そうですか」
「大丈夫かな」
修は何か考え込み、千佳は不安そうにする。
それに対照的に遊真とヒュースは
「ふむ、頑張らないとな」
「どんな、試験だろうと問題ない」
余裕がありそうだ。
「大丈夫よ。何せ、たった一期でB級2位まで上がった期待のホープなんだから」
栞はそう皆を励ましてこの話題を終える。
次の話題はヒュースから上がる。
「それはそうと横島との模擬戦、あれはどうする?」
祝勝会中に行った横島隊との模擬戦で全く歯が立たなかった。
そのことで後日トラッパー対策をということで、今日集まったのだ。
「………」
「全く、良いところなしでしたな」
修はまたしても黙って考え込み、遊真は先日の模擬戦を振り返り、そう感想を漏らす。
栞は何時ものように皆を励ますような言葉を口にする。
「突然の模擬戦だったし、トラッパーとも当たった事も無かったし、対策も全くやってなかったから、仕方がなかったかな。でも、A級に上がれば今後、トラッパーが在籍する冬島隊や加古隊にもあたるから、トラッパーとの闘いを肌で感じる丁度いい機会だったかもしれない。今からしっかり対策を考えれば大丈夫」
「いや、横島の場合トラッパー云々の話じゃない。先日の模擬戦三戦の戦闘ログを見返したが、横島はこちらの動きをすべて把握していたとしか思えない。バッグワームが効果をなしてなかった」
ヒュースは昨日、一日中、横島との模擬戦のログを検証していたようだ。
「俺もそう思う。ヒュースと二人で探しても見つからないし、いつの間にか千佳や修の所まで行かれてた。栞ちゃん、トラッパーの何かの特殊なトリガーか何かな?」
「えっと、強化レーダーは観測手(スポッター)のトリガーだし、うーん、冬島さんや真衣ちゃんがそんなトリガーを使ったようなログは無かったし……」
「とりあえず、今まで横島と正面から戦ったのは、香取隊の香取だけだ。横島を即見つけ、逃げる隙を与えずに一気に落とすのが良いだろう。香取は取り逃がしたが俺なら問題ない」
「そうだな。シンプルだけどそれが一番よさそう」
遊真もそれに同意する。
「でも、横島先輩は足が物凄く速かったって、日浦先輩が言ってた」
千佳はスナイパー繋がりで、那須隊スナイパー日浦茜との話の中で、横島とのランク戦について話題が上がっていた。
「速いと言っても奴も同じトリオン体だ。それ程差が付くわけでもない。そうなれば挟み撃ちをすれば問題ない」
「………それは難しいと……思う」
ここでようやく修が言葉を出したが、相変わらず難しい顔をしていた。
そんな修の言葉に栞は唾を飲み込んでいた。
「オサム、どういうことだ?ヒュースと俺が追ったら行けそうだけど」
遊真は疑問顔で修に聞き返す。
トップクラスのスピードと反応速度を持つ遊真とヒュース二人なら、追っていけないことは無いだろうとは誰でも思うことだ。
遊真の問いに修は首を振り、一呼吸おいて神妙に話始めた。
「………みんな、聞いてくれ。僕はあの日、皆が祝勝会を終えた後、横島先輩と小南先輩烏丸先輩ペアと一対二で模擬戦を行っていたんだ」
「どういうことだ?横島一人に、小南と烏丸二人でか?」
「見たかったな、俺も呼んでくれたら良かったのに、で、どうだったオサム」
ヒュースは何故一対二なのか疑問を持ち、遊真は純粋にその勝負を見て見たかったようだ。
「………互角の戦いだった」
「え?マジで!?」
「いや、ありえる。横島に姿を消されると厄介だ。小南も烏丸も横島のトラップにはてこずったのだろう」
遊真は驚き、ヒュースはトラッパーとしての横島の戦いぶりを検証していたため、桐絵と京介であってもあのトラップ攻撃や隠密行動には手を焼くだろうと想像が出来た。
だが、そんな二人に修は首を振りながらこう答えた。
「いいや、個人戦のしかもアタッカー同士が戦う狭いマップで、しかも小南先輩は双月を、烏丸先輩はガイストを使ってた」
「オサム!それは本当か!?」
「どんな裏技を使ったんだ横島は!?」
遊真とヒュースは即驚きの声を上げる。
個人戦用の狭いマップ、しかもアタッカー同士が戦う場合は、相手とそこそこの近距離で対峙した状態から始まるため、トラップを設置する隙どころか逃げきるのも困難なマップだ
「横島先輩は小南先輩達と真正面で戦っていた。……横島先輩は……その、スコーピオンを使って……早すぎてよく見えなかったけど、二人の攻撃を捌いてた……」
「本当なのか!?あの横島がスコーピオンを!?小南達は本気じゃなかったんじゃないか?」
「横島先輩、只物じゃないと思ってたけど、スコーピオンか……」
修に代わり、栞が俯き加減で、ゆっくりとした口調で語りだす。
「……私も信じられなかったけど、本当の事なの……私はその時、小南とトリマルくんのオペレーターだったんだけど、二人とも手を抜いてはいなかったと…思う」
栞自身もまだ、横島のあの凄まじい攻防を繰り出す姿を消化しきれずに自信無さげに話す。
もちろん、修も、栞同様にあの日の横島について消化しきれていない。
「やばいね横島先輩」
「……信じられん」
栞の言葉に真実だと理解し、遊真は驚いてはいたが、戦いたくてうずうずしている感じだ。
対象的にヒュースは呆然自失とまでいかないが、驚きで固まっていた。
千佳は最初っから最後まで、口を開けたまま、驚きっぱなしだった。
「本当よ」
そんな時、リビングの入口付近から声がかかる。
皆がリビングの扉へ顔を向けると、いつの間にかリビングに入りキッチンに向かう制服姿の小南がいた。
「彼奴、隠してたのよ。彼奴の本職は攻撃手(アタッカー)よ。しかもかなりの使い手よ。ノーマルトリガーで私の双月を捌いてくれちゃって」
小南は冷蔵庫から炭酸飲料のペットボトルを取り出しながら、話し続ける。
そんな小南に皆は息をのんで注目していた。
小南は皆が集まるソファーの後ろに回る。
「ちょこまかと避けるわ。こっちの攻撃を先読みするわで、まったく腹が立つ。正直言って彼奴の力量はブラックトリガー並みよ。私は負けなかったけど!」
確かに勝負は途中中断で、勝敗は付かなかった。
だが、肝心の横島はトリオン体だと半分の力も出せていない。
それよりも、アタッカー(攻撃手)やシューター(射撃手)のように正面から戦うスタイルは本来の横島の戦い方ではない。
そうかといってトラッパー(特殊工作兵)でもない。
横島に似合う言葉はやはりトリックスター(道化師)だろう。
その役割は、アタッカーやシューターのような攻撃手段ではない。
戦場をかき回し、一変させる存在である。
ポジションのニュアンス的には木崎レイジのパーフェクトオールラウンダーに近いが、似て非なるものだ。
「迅さんとどっちが強い?」
遊真は後ろにいる小南に顔を向け、単純な興味で聞いた。
「さあね。風刃使ったら結構面白いんじゃない?その前に、横島が今日来たら、私が再戦してぎったんぎったんにしてやるんだから!!」
桐絵は遊真の質問にそっけなく答えるが、横島に対してかなりの高評価だった。
「やっぱり個人戦やってもらおう」
「………」
「……横島先輩は並行世界の霊能者、ゴーストスイーパーで悪魔や幽霊と戦ってたって言っていた。実戦経験の差もあるし、根本的な戦い方が僕たちと違うんだと…思う」
修は声のトーンを抑えぎみで、横島について、そもそもの戦い方が全く異なる事を、またもや自信無さげに言葉にする。
「………」
修の意見に黙って頷いていた。
普段から見ているゆるい横島の姿、ランク戦で縦横無尽に罠をしかけ戦う姿、スコーピオンを使って小南達と戦う姿、皆はそれぞれの横島を思い浮かべるが、一つには重ならない。
だが、自分達と違う世界の人間であるという点で無理やり納得するしかなかった。
しばらく沈黙が続くが、栞が場の空気を換えるために手を叩いた後、わざと声を大きくし、次の話題に移す。
「はいはい、みんな、横島さんがスコーピオンを使える事と、小南との模擬戦の事は他の隊員には秘密にね。横島さんの事は置いといて、トラッパー対策は今後必要だから、今日はその辺をやっちゃおう」
こうして、トラッパーとの対戦経験がある栞による、トラッパーについての講義が始まる。
その間、とうの横島は……
「ちがうんや~、ナンパしてただけなんや~」
道端で警察官数人に囲まれて職質を受けていた。
「ナンパ?君、あれをナンパと言い張るのかい?」
「新手の宗教の勧誘か、闇バイトの勧誘とかじゃないのかね?」
「そんなことを言って、怪しげな薬を売ったり、売春行為の斡旋とかじゃないの?」
警察官はそれぞれ、横島に質問し詰め寄る。
そう、バイト帰りの横島は、女子大近くの商店街で次々に女子大生に下手糞なナンパを行っていたのを巡回中の警察官に発見され、迷惑防止条例違反の疑いがあるとして、こうして警察官に囲まれたのだ。
まあ、迷惑という意味ではあってはいるが、横島のナンパは極端に下手糞だが、しつこく付け回すようなことはしない。
女性に断られたり、無視されたりするとあっさり引くため、迷惑行為とまではいかないだろう。
だからといって、次々に女性に声をかける下心丸出しの姿は、怪しげに映っても仕方ない。
「ちがーーーう!そんな事で、女子大生のお姉さんに声をかけるかーーー!!目的はひとーーつ!!女子大生のお姉さんとキャハ、ウフフな関係になりたいだけだ!!」
「君の主張は十分に分かったが」
「……不憫な」
「あれが、本当にナンパだったのか」
横島の雄たけびは警察官達に十分伝わったようだが、それと同時に、哀れみの目で見られる。
「そんな目で見るなーーーー!」
「うん、うん、ただね。あんまりやり過ぎると、商店街から苦情が来るから、ほどほどにしなさい」
横島は警察官にそう言われ、解放されたのだが……。
「ひそひそひそ」
「不憫な……」
「かわいそう」
「きっと、生まれてから一度も彼女がいないんだわ」
この騒動に集まっていた野次馬達からも、不憫やら言われ、哀れみの目で見られる羽目に。
「だーーーーーっ!!とっても!!こんちくしょーーーーーー!!」
横島は涙をちょちょ切らせながら、その場を走り去ったのは言うまでもない。
この姿、どう見ても大した奴には見えないだろう。
そこがある意味横島の恐ろしいところでもある。
次こそは千佳ちゃんと横島の話題に……