「まだ横島はこっちに気が付いていない。真木、撃つぞ」
当真は理佐に再度聞き直す。
横島は千佳を背負って、何やら喚きながらグラスホッパーで堂々と上空を移動中。
横島達と民家の上でスコープを覗く当真との距離は直線距離で約500m。
グラスホッパーで軽めに飛び跳ね、スピードはそこそこ出ているが、当真にとっては十分狙撃できる状況だった。
「………良いだろう」
理佐は躊躇していたが了承する。
理佐が何故、攻撃に躊躇したか。
普通であれば絶好の攻撃チャンスであるが、堂々と姿を現わす理由が分かりかねる。
横島達の行動はある意味、理には適っていた。
ネックである千佳と行動を共にし、自ら背負うことで機動力を上げ、千佳の単独撃破のリスクを避けるだけでなく、立ち回りをスムーズにすることが出来る。
そこまでは理解できる。
なぜ、わざわざ姿をさらす上空を移動しているかだ。
それは狙撃のリスクを全く考慮していない行為でもある。
上空、しかもかなり高度を上げているため、この高い建物があまりないマップだと、どこからでも狙撃しろと言わんばかりの行為だ。
確かに、上空を移動することで冬島のトラップは回避できるだろう。
それを考慮したとしても、リスクが大きすぎる。
しかも、相手は距離1キロで確実に当ててくるナンバー1スナイパーの当真だ。
500m前後の距離でも動く相手にヘッドショットを決めてくる程の変態狙撃を行ってくる当真相手に自殺行為も甚だしい行為だ。
遭遇するかわからないトラップのリスクと確実に当てて来る狙撃のリスク、どちらがリスクが高いのか明白なはずだ。
そんなことは当の横島達も百も承知だろう。
だったら何がある?
狙撃を確実に防ぐ方法があるということなのか?
当真が言う、感知系のサイドエフェクトを持っている?
確かに、那須隊のタイミング十分なスナイプも、影浦隊の至近距離のスナイプも避けている。
だが、それは余りにもナンセンスだ。
そして、当真は横島が背負う千佳の頭に狙いを定め、
狙撃手用トリガー、イーグレットで弾丸を放つ。
だが、トリオンの弾丸は千佳の頭に届くことはなかった。
横島のシールドが千佳の前で大きく展開され、阻まれる。
「ちっ」
当真は舌打ちするが、直ぐに冬島のワープで、別の狙撃ポイントに転移し、さらに千佳を狙撃。
それでも、横島のシールドに再び塞がれる。
「はあ、何だそりゃ?後ろにも目があるのかよ」
さらに当真の狙撃と冬島のワープによるコンボ狙撃を3度続け様に行うが横島のシールドに阻まれ、千佳には届かない。
「高精度な探知系のサイドエフェクトを持ってるとしか思えね」
「わーーーーはっははっーーーーー、狙撃?トラップ?お前ら、いつの時代の戦いをしているんだ?上空を制する者は戦場を制す!!当たり前やないかーーーーー!!」
千佳を背負いながら横島は高笑いをし、上空でグラスホッパーを使いその場でピョンピョンと飛び跳ねている。
「どうするよ真木」
「…一時撤退だ。地上に誘い込む」
理佐の撤退の判断は間違いではない。
横島が狙撃を感知できる何らかのサイドエフェクトを持っていることはほぼ確定し、もはや、狙撃が無効化されたと同然となり、狙撃メインの攻撃ではジリ貧であると。
だが、理佐はそれと同時にある思考がよぎる。
横島に狙撃は本当に効果がないのだろうか?
横島の狙撃感知する何らかのサイドエフェクトには弱点があるのではないかと。
これが当真一人の狙撃ではなく、荒船隊のように3人のスナイパーによる同時狙撃ならどうだっただろうか?いや、スナイパーでなくとも、バイパー等の同時一斉攻撃であればどうだろう。こうも、簡単に防ぐことはできなかったのではないだろうか?
防御されたとしても、上空にいる横島達の方がじり貧になっていた可能性もある。
この攻防は、攻撃手が1人という冬島隊の弱点を突かれたのではないかと。
理佐は始めから理解していたが、一対一のチーム戦では、冬島隊の力が発揮できない事がハッキリと突き付けられたような攻防でもあった。
しかし、それを理解済みである理佐は、狙撃が無効化された場合の作戦プランも用意していた。
もし、模擬戦に千佳を誘い出す事に失敗し、横島一人と相対していた場合の作戦でもあった。
それは、誘い込んでの、対横島のために用意したトラップ攻撃。
実は冬島は横島が創作した落とし穴トラップを再現させることに成功させたのだ。
それだけでなく、さらに改良し一工夫施したものだ。
横島を横島が創作した罠で嵌め倒す。
まさか、自分の創作した罠を使われるとは思いもしないだろうと。
だが、その罠にトラッパーの横島を嵌めるには並大抵の作戦では難しい。
横島にこちらの意図に気づかれないように誘導し罠にはめるには、タイミングがシビアで一つのミスも許されない。
しかし、この理佐が苦心し練った作戦は外れることになるだろう。
横島はそもそも地上に降りて何かしようなどとは思っていない。
横島は何故上空に陣取ったか?
横島は冬島のトラップを無効化するためでも、攻撃手一人のチームの弱点を突くためでもない。
千佳を守りつつ、千佳の強みを生かすために『制空権』を取りに来たのだ。
今迄のランク戦では全くなかった概念だ。
そもそも、ランク戦ではバッグワームを起動しなければ、敵の位置がオペレーターからレーダーで丸わかりになる仕様だ。
ランク戦で使用されるマップは既に知られていて、細かな地形や建物の位置関係なども把握済みである。
上空からの戦場把握の必要性は少ない。
それにトリオンによる仮想空間は上空に制限があり、高高度は取れない仕様となっていることもある。
ランク戦は拠点を取ったり、守ったりするようなシステムではない、要するに陸戦歩兵による殲滅戦だ。
隊の移動路の確保、補給路の確保や、敵陣の陣容把握、遠距離砲撃やミサイルの射線確保や位置把握も必要がない。
制空権の概念がないのも当然であった。
それに根本的に、ボーダーに航空戦力なんて物はない。
だが、実際の戦闘ではどうだろうか?
ネイバーには航空戦力が存在する。
アフトクラトルの飛行トリオン兵のバドや巨大爆撃トリオン兵のイルガーである。
イルガー1体で街に多大な被害を受け、また、ボーダー基地が大きな被害を受けたことは記憶に新しいだろう。
アフトクラトルの侵攻の際、戦場を把握しきれず、補給線や増援も満足に行えない状況に陥いりもした。
防衛戦でこれ程の被害を被ったのは、制空権を最初から握られていた事が大きい。
だが、ネイバー側も制空権の重要性をどこまで理解しているのかは、疑問もあるのだが……。
第二次世界大戦でアメリカと日本の航空戦力の大きな違いは、高度8000m以上からの攻撃だ。
要するにB29などからの上空高高度攻撃に対応できずに成すがままにやられる事になった。
確かに日本の戦闘機は優れていたが、技術的に高高度を取れる仕様ではなく、B29のような高高度爆撃機を迎撃出来るものではなかった。
それ以外にも物資の差や、そもそもの戦力の差は覆す事が出来ないレベルの物だったのだが……。
もし、アフトクラトルが高高度爆撃をボーダー基地に断続的に行えば、ボーダー基地に砲台があるにしろ、イルガーに超接近されるまで落とすことが出来ない威力のものだ、いつかはボーダー基地のトリオンが切れ、破壊に至っていたのではないかと思われる。
しかしながら、アフトクラトルの目的は、ボーダーのC級隊員の誘拐であったため、基地そのものではなく、ボーダー隊員を基地に引き付けるのが目的だったため、あえて、高高度攻撃はしなかったのかもしれない。
それ以外に考えられるとしたら、もしかすると、トリオンで国や土地を維持するネイバーフッドの国々には高高度に上がれない仕様や環境にあるのかもしれない。
そうなると、制空権の意味合いは薄まるだろう。
だが、通常の航空戦力が有る無しでも、戦局は大きく変わる。
制空権の掌握は、それ程重要性が高い戦略である。
この横島の行動をどれだけの人間が理解できただろうか?
おそらくボーダー内でも唐沢と林藤ぐらいかもしれない。
横島は制空権の重要性を理解しているというよりも、自らの経験からきている。
そんな戦闘に何度も巻き込まれたり、それを目の当たりにしていたりする。
月での攻防や、大悪魔の基地に対しての核ミサイル攻撃などなど……。
濃すぎる人生である。
だが、横島の真の目的は制空権の掌握でもなかった。
それは、この模擬戦の盤上を単純化するための行為に過ぎない。
要するに、制空権を掌握することで相手の攻撃や情報網を封じ、横島隊+千佳が攻撃側、冬島隊は防衛側というわかりやすい構図を作りだしたのだ。
そして、横島と千佳は次の行動に移る。
「ふはははっ、そんじゃ、千佳ちゃん!行きますか」
「は、はい!」
2分の沈黙の後……。
マンションの一室に息を殺し潜んでいた当真が、同時に横島のグラスホッパー迫撃砲の断続攻撃で爆散し、ベイルアウト。
一戸建ての民家に潜み、横島迎撃のためのトラップ群の構築を行っていた冬島も、千佳のアイビスによるピンポイント砲撃により、逃げる間もなくベイルアウト。
本来どちらか一方をベイルアウトさせれば勝利なのだが、二人同時にベイルアウトさせたのだ。
「な、何が起きた?」
流石の理佐もこれには驚きを隠せなかった。
冬島と当真はバッグワームも起動しレーダーから姿を消し、二人は上空の横島から気づかれない様に潜んでいたハズだった。
それこそ、足取りをも辿れないような徹底ぶりだ。
だが、先程の横島隊からの攻撃は明らかに、冬島と当真の位置を正確に把握していたとしか考えられないようなものだ。
だからこそ、理佐は驚きながらも、直ぐに戦闘ログを確認し、相手に見つかるようなミスがあったかを確認した。
しかし、それらしいミスはない。
「……どういうことだ?」
この幕切れにリビングで観戦していた玉狛支部の皆も驚きを隠せないでいた。
「一撃?相手の位置をどうやって分かったんだろ?横島先輩がまた何かやった?」
「また横島の卑劣な裏技か?」
遊真とヒュースも横島が何らかの細工を行ったのだろうと考察するが、答えが見つからない。
ただ、横島と千佳の訓練に付き合っていた修だけは、この光景を見て、ゴクリと唾を飲み込んだあと、膝の上でグッと拳を握り、心の中ではガッツポーズをとっていた。
「千佳ちゃん、大当たり!」
横島は千佳にニカっとした笑顔を向ける。
「本当に当たった……、あ、ありがとうございます」
千佳は自分の掌を見ながら、信じられないと言った表情を浮かべ、横島に礼を言う。
そう、これは横島が千佳との訓練の結果によるものだ。
横島が千佳に訓練させ、習得させたのは……。
【霊視】
横島は膨大なトリオンを持つ千佳が敵からターゲットになりやすい事を危惧していた。
しかも、千佳の防衛手段は、あのカッチカチシールドぐらいで、回避能力も身体能力も低く、逃走もままならない。
このままだと、実戦に出た千佳は生き残る事も難しいのではないかと。
横島は千佳に合ったなんらかの防衛手段を習得させたいと考え、迅に千佳について、いろいろと聞き、有ることに気が付く。
それは、千佳の過去のエピソードだ。
千佳は幼い時から、ネイバーに狙われていたらしく、トリオン兵に追われる経験を何度もしている。
だが、千佳は何故だか、トリオン兵の存在を事前に察知したり、居場所を把握できたのだ。
そのため、トリオン兵が近づいてくるのが分かると、身を潜めたり、逃げたりと千佳一人で難を逃れて来たのだ。
それを修や迅はある種のサイドエフェクトではないかと思っていた。
しかし、横島はそれを【霊感】か【霊視】によるものだと感じる。
千佳ほどの莫大なトリオン、いや霊気や霊力の持ち主であれば、危機的状況になれば、なんらかの霊感が働くし、場合によっては簡単な霊視まで出来たのだろうと容易に想像できた。
では、何故ボーダーに入ってからの千佳はトリオン兵を感じられなくなったのか?
それは霊感や霊視だと考えれば、答えが導き出せる。
霊力をコントロールできない千佳は、自分一人でどうにかしないといけないという心理的に追い詰められた状態でなければ、霊感や霊視が発動しにくいと推測できる。
ボーダーには一緒に居てくれる仲間がいる状態であり、信頼できるお兄さん的ポジションである修が何時もそばに居てくれるという安心感も大きい。
もう一つは、ボーダーはトリオン量が多い人間だらけだ。
さらに、ランク戦や訓練で使用されるマップ、ボーダー本部に至るまで、トリオンで出来ている。
ネイバーの大規模侵攻となれば、そこら中、強いトリオン反応だらけになる。
そうなると、本格的に霊的訓練を受けていない千佳では、霊感が狂ったり、霊視が上手く働かなるのも当然である。
ただ、いくらトリオンが多くても、センスの問題が多分にあるのだが、千佳の場合、霊的センスに優れていたと言って良いだろう。
そこに目を付けた横島は、千佳に【霊視】の訓練を施したのだ。
だが、訓練間もない今の千佳では、横島のように常時周囲全体を把握することは困難ではあるが、トリオン量(霊気量)の濃淡を把握し、動きがあるトリオン体と強いトリオン反応の二体程度なら追うことが出来、凡その位置を特定できた。
横島達が制空権を取ることで、冬島隊は待ちの戦法に切り替えて身を潜めるしかなくなった。
横島と千佳はその隙に、高台のビルの上に降り、千佳は目を瞑り集中し霊力を高め、霊感を高めつつ霊視を発動させ、強いトリオン反応と動きのあるトリオン反応を探す。
今の千佳の頭のイメージの中では、この街フィールドは3Dマップ化され、そこにある強い反応を光の点で表すかのように見えているだろう。
横島は千佳が集中して霊視を行っている最中に、手際よく材料を集めてグラスホッパー迫撃砲を作り上げ、そして、千佳が潜む冬島と当真を見つけ、同時攻撃を行い撃破したのだ。
因みに、横島は既に霊視で、冬島と当真の位置を把握していたが、千佳の訓練のためにと、あえて口出しせずにいた。
今の千佳の霊視は、落ち着いて集中する時間が必要であり、乱戦や攻撃が飛び交う中では発揮できるレベルではない。
さらに、距離が離れるにつれ霊視の正確性が失われていくため、まだ、実戦では使いどころが難しい。
だが、訓練して1週間にしては上出来である。
やはり、元々素質があったという事だ。
今後、研鑚を続ければ、間違いなく大きな力となっていくだろう。
但し、横島のように、常時周囲の状況が把握できてしまうようなレベルに達するには、何度も死線を潜り抜ける必要があるだろうが……。
「ふはははははっ、これで真木ちゃんをオペレーターに!!まずは何をしてもらおうか!?マッサージ!?いや、水着でサービス!?なんちって!?」
相手を圧倒する戦術に戦闘力、さらには指導力までとマルチに実力を発揮する横島だが、
全く凄そうに見えないところが、一番恐ろしいところなのだろう。
次で今回のここしばらくのお話は終わりですかね。