秋を感じたゴールドシップがトレーナーを拉致してトレーナーの実家へご挨拶に伺う話 作:黄金モルモット
原作:ウマ娘プリティーダービー
タグ:オリ主 ウマ娘 ウマ娘プリティーダービー ゴールドシップ トレーナー
そしてこう思った。
──そういえばトレピッピのご両親に挨拶してねえな。
それからゴールドシップは知り合いのトラックドライバーに電話をして聞いた。
大人一人を拉致して運ぶのに丁度いい車はあるかと。
何も知らないトレーナー何も知らずに平穏な秋の始まりを感じていた。
明日自分の身に起こる出来事などまるで知らずに。
ある晴れた 昼さがり
実家へ 続く道
2トントラックが ゴトゴト
トレーナーを 乗せてゆく
可哀想なトレーナー 売られて行くよ
曇って濁った目で空を 見ているよ
ドナ ドナ ドナ ドナ
トレーナーを 乗せて
ドナ ドナ ドナ ドナ
トラックが揺れる
俺は2番の歌詞を歌い出すか迷ったが、結局歌わない事に決めた。惨めになったからだ。
歌のとおり、俺は今2トントラックの荷台に両手足を縛られて放り込まれている。
歌のとおり、この2トントラックは俺の実家へと向かっている。
助手席に座っているウマ娘が俺の方を見た。少し紫混じりの銀色の髪が風になびいている。その目は切れ目で大きく綺麗な色だ。
笑っている。俺を見て微笑んでいる。両手足を拘束された俺を見てよだれを垂らしている。信じられない事にあのウマ娘が俺の彼女だ。今、俺はその彼氏である事を後悔している。彼女の名前はゴールドシップ。
運転手が俺の方を見た。名前は知らない。知らないオッサンだ。頼むから前見てくれ。
さてなぜこうなってしまったのか。それを解く鍵は俺の記憶に眠っている。全ての答えを求めて俺は俺自身の中へ潜り込んだ。
………………
…………
……
記憶を覗くというのは夢を見るみたいな感覚だ。俺の目の前には俺がいる。トレセン学園で新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる、まだ何も知らない平和だった頃の俺。
逃げろとか危ないとか言いたいが、記憶の世界では実況しか出来ない。
『あー、清々しい朝だな』
何言ってやがる、こっちは最悪の昼だよ。
『今日はチームのトレーニングも休みだし、のんびりと過ごすかな。たづなさんの尻でも触りに行こーと。よーし、善は急げだー!』
はい一旦カメラ止めてー。どうした俺? 俺がいつたづなさんの尻を触った? んー?
『今日はチームのトレーニングも休みだし、のんびりと過ごすかな。たづなさんに借りてた本を返しに行って、その後は……』
そうそう、これだよこれ。これが正しい。
『ゴルシちゃんの、おなーりー!』
はい来た! はいここでゴジラのテーマ流すからな、SE忘れるなよ。
『どうした? こんな朝早くから』
何を呑気な事言ってんだよ! 逃げろ! ゴルシを見たら逃げろ! 常識だろ!
『え〜? ゴルシちゃんから、デートのお誘いに来たんだぞ。嬉しいだろ〜』
ぐっ、改めて見ると凶悪な笑顔をしてやがる。自分の笑顔が武器になるのを分かっている笑顔をしてやがる。そして昔の俺が満更でもないというのが恥ずかしい。恥だ。
『それじゃあ、どこに行きたいんだ? 晴れているし、動物園とか遊園地にするか?』
ちげーよ、俺の実家だよ。
『んー、とりあえず外に出て決めようぜ』
『そうか、じゃあ出かける準備だけするか』
こいつ疑うという言葉を知らないのか?
『じゃあ寮の前で待ち合わせな』
で、ゴルシが部屋を出てって。呑気な俺は意気揚々と出かける支度してやがる。
おいおい嘘だろ、廊下をスキップしてる。これ本当に俺なのか? 俺なのか?
『おはようございます、トレーナーさん』
『おはようございます、たづなさん』
『もしかして、お出かけですか?』
『はい。これからアイツ……ゴールドシップと出かけてこようかなと』
『あら、素敵ですね』
それが全く素敵じゃないんですよ。
クソ……記憶見てるだけなのは歯痒いな。
何も出来ないまま場面が移っていく。もう寮の目の前じゃねえか……。
なんだか空がやけに青くて、いつの間にか紅葉が始まっていて、風が少し冷たくて。
『お待たせ』
『ん、いや別にそれ程……待って……』
そうだよな。言葉を失うよな。
白の縦セーターにチェック柄のスカート、黒いタイツがキュッと締まっていて、ふんわりと体を包む赤のカーディガン。全部輝いて見えるよな。
ドキドキするよな。
分かるよ。だって俺の記憶だし。
『ん? どうした? 見惚れちゃったか?』
『ああ……見惚れた』
まー、恥ずい。2人とも顔赤くして。
『と、とにかく行こうぜ』
『お、おう……そうだな』
俺はこの時だらしなく浮かれていた。愚かだった。穴を掘って入りたい。
『手……繋いでいい、かな……?』
『まあ、断る理由は無いが……』
断われよ。近づくな、手を繋ぐな、今すぐ離れるんだ過去の俺。もう、手遅れか。
過去の俺はデレデレしている間に両手足を一瞬で縛られた。気づいた時には俺の体は高く持ち上げられていて、そのまま近くに停車していた2トントラックの荷台へポイだ。
恨むぞ警視庁、なんで学園の周辺を駐停車禁止場所にしなかったんだ。
『え……? ゴールドシップ?』
あーあ。
『オメーの実家、静岡だったよな』
『え? そうだけど、え? え?』
『そうか、じゃあ扉閉めるから』
おーい、俺。何かに捕まっとけよー。
『ヨーシ! オッチャン、頼んだぜ!』
『任せな嬢ちゃん!』
そして俺はトラックが急発進した事で頭を強く打ち付けた。目の前が赤黒くなっていく。
………………
…………
……
「おーい」
「トレーナー」
「生きてるかー?」
目が覚めると俺自身の意識はトラックの荷台にいた。夢を見ていたのだろうか。しかし、俺が拉致られているのは夢ではない。
「なあゴルシ、せめて両手は解放してくれ」
「もうすぐオメーの実家に着くからな」
なるほどそういう感じなのか。
なあ、俺。全部諦めて歌おうぜ。
青い空 そよぐ風
つばめは この時期日本にいないけど
2トントラックが 実家へ
トレーナーを 乗せて行く
もしもつばさが あったならば
楽しい学園に 帰れる……のは無理だけど
ドナ ドナ ドナ ドナ
トレーナーを 乗せて
ドナ ドナ ドナ ドナ
2トントラックが ゆれる
本当にトラックが揺れて俺は再び頭を打ち付けた。あー、俺は今日死ぬのかな。
そのままトラックは揺れ続け、しばらくすると停止した。遠くで鳥のさえずりが聞こえる。どうやら本当に実家へ着いてしまったらしい。
「トレピッピー、生きてるかー?」
あのねー、トレピッピ死にかけなのー。
「あの、ゴールドドシップさん?」
「なんだ? プロポーズか?」
「するわけねえだろ。違えよ、縄解け」
なぜだか不機嫌なゴルシに両手足を解かれてようやく俺の体は自由になった。そのまま俺の手は引っ張られて、もつれるようにトラックから降りると澄んだ空気がまとわりついてくる。
「オメーの地元、こういう感じなのか」
「別に、フツーの港町だよ」
「確かに海が近えな。泳ぐか?」
「風邪ひきたいのか?」
「──この時期の水温は約22度から23度だ。これに気温などの諸条件も含めると海水浴には全く適していないと言えるな」
「だろ? 親父もそう言ってるし……」
お や じ ?
親父っていうのはあれだよな、俺の父親の事だよな? 俺の母親の夫だよな? え?
Q:どうして親父がここにいるの?
A:ここが俺の実家だから
「久しぶりだな」
「お久しぶりです……」
「お、お初にお目にかかります。息子さんにはいつもお世話になっておりますわ」
そう言ってゴルシはトラックから、発泡スチロール箱を持ってきた。それは船で運ばれる奴隷みたいな扱いを受けた俺と違って、ちゃんと固定されていた荷物だった。
「こ、こ、こちら、お近づきの印にどうぞお受け取りくださいまし。鯛ですの」
ゴルシさーん? メジロ出てますよ?
「これは良いモミジ鯛だ」
「流石はお義父様、よくご存知ですのね!」
「秋の真鯛をモミジ鯛と呼ぶ。脂がのっているから焼いても刺し身にしても美味い」
「そうですわ! そうなのですわ!」
もしもし? メジロ止まりませんか?
「それにこの鯛は身が鮮やかで尾の形も良い。天然モノだな。高かったのでは?」
「この鯛はわたくしが釣りましたのよ!」
え? 釣ったの? 鯛釣ったの?
「ほう、それは凄い」
「お口に合いましたら嬉しいですわ」
「では食べながら聞こう。君たちの関係を」
空気が凍った。
周囲の気温が5度位下がったようだ。
俺はずっと目を逸していた父親の顔からさらに目を逸らした。眼鏡の向こうの厳しい顔がどこまでも怖くて、それから逃げた。
「中で母さんが待っている。速く入れ」
ピシャリと扉が閉まり、冷たい風が吹く。
ゴルシをちらりと見ると、ゴルシはゴルシで何か緊張している顔だった。緊張しているからこそメジロが出るのだが、今日はいつにも増して緊張しているようだった。
「なあ、ゴルシ」
「早くお入りなさい。貴方の実家ですのよ」
「お義父様ってなんだ?」
メジロモードのゴルシは俺を無視した。
俺は秋晴れの空に無言の毒を吐いた。
久しぶりの玄関は不思議な匂いだ。知っている匂いのはずなのに、初めて嗅ぐ気がする。
それにこんなに狭かっただろうか、こんなにも小さかっただろうか。あの頃の思い出と重ねてみても身長差以外には見えてこない。
「──あら」
だからだろうか、その声が聞こえた時不意に涙が出そうになったのは。
「シップちゃん、いらっしゃい」
「オバサン、久しぶり! あ、会うのは初めてだから初めましてか!」
「あら〜、本当にお行儀が良くて良い子ね」
「そ、そんなアタシはお行儀良くないって」
出そうになったけど出なかった。
言いたい事が沢山あるから、脳内でパワポにするわ。演算処理止まりそうだけどな。
○シップちゃんて何?
○久しぶりって何?
○合うのは初めてって何?
○この状況は何?
○俺の両手足を縛って鯛以下の扱いをする奴が
お行儀良い訳ねえだろ
脳内でスライドがアニメーションを始めたからパワポは終わりだ。余談だが、会議とかの資料にアニメーション多用するのは見づらいからやめてくれ。覚えたての中学生か?
とにかく母さんとゴルシにただならぬ関係があるのは明白だ。でも対処方法が分からない。異次元みたいな脳味噌してるゴルシと息子にとって終生の敵である母親が組んでいるんだ。息子に勝ち目は無い。絶対にない。
リビングに並んで座る俺とゴルシ。向かい合う親父、母さんは台所で鯛と格闘中。
親父が茶を啜った。俺は柱にかけられた時計を見た。ゴルシは煎餅を摘んだ。
俺は密かにゴルシがこの空気を打ち壊してくれるのではと期待していた。ゴルシの放つ1言が場の空気を一変させるのではと。
「あの、その……」
「私の事は好きに呼びなさい」
「お義父さん」
だからお義父さんて何?
「なんだね」
ゴルシがスーッと息を吐いた。息を吐いただけなのにその姿が美しくて、俺は啜った茶を飲み込めなくなってしまった。
ゴルシの目は真剣そのもので少し怖い。
「アタシとコイツの交際を認めてください」
俺はグレート・ムタのように茶を吹いた。
「そういう事だろうとは予想していた」
茶の間に緑色の虹がかかり、沈黙のベールが降りる。空気は一変してしまった。
喉が鉛のように重く言葉を生み出せない。吹き出る汗で火傷しそうになる。
「ゴールドシップさん……だったね」
「はい」
「向こうで母さんが鯛を捌くのを手伝って来ておくれ。私は息子と少し出かけてくる」
出かける? 俺が、親父と?
「ま、待てよ親父……」
ゴルシは黙って台所へと向かった。顔は赤くてなんだか泣いているようにも見えた。
親父も黙って身支度を始めた。俺はどうする事も出来ず何も考えられず、ただハンガーから上着を取って着るのが精一杯だった。
台所聞こえる包丁の音は少し小さい。
雲の無い空が怖いくらい広がっている。
夏を置き去りにして秋が始まり、色づき始めた葉が風にさわさわ揺れている。
家々の隙間から見える海は思い出に残る海よりも若干濁っていた。
先頭を行く親父の背中は相変わらず真っ直ぐで俺の事を否定するかのように見える。
俺はこの堅物な父親が苦手だった。特に交際関係に関しては触れられたくなかった。
何か言われるのが怖かった。
「なあ、どこ行くんだよ」
「それは私の気分次第だ」
久しぶりの会話らしい会話がこれだ。
今頃、家では母さんとゴルシがどんな事を話しているのだろうか。それもまた怖い。
しばらく歩き続けるとそこは河川敷にある野球場だった。近くのベンチで待つよう言われ、俺はぼんやりと腰を下ろした。
枯れかけた草の中に建つ野球場では少年野球の試合が行われている。ただ、チラホラとウマ娘の子供混じっているから少年少女野球と言うのが今の時世では正しいだろう。
明るい声が響き、ボールが高く上がり、それはとても眩しい光景だった。
「お前もあんな感じだったな」
振り向くと、親父がコーヒーの缶を両手に俺と同じような顔をして子供達を見ていた。
「あんな感じだったかなー」
「ああ。そして試合に負けると悔しがって夕食を食べようとしなかった」
「よくそんな事を覚えているな」
ここは海が近いから潮の香りがする。海鳥の声も遠くに聞こえる。時の進みは遅い。
親父は俺の隣に座った。俺は何を言えばいいのかな分からなかった。言わなければならない事なんて分かりきっているのに。
それでも言わなくてはいけない事なんだと勇気を込めた手でコーヒーを握った。
「あのさ、親父……」
「手、出したのか?」
「──え?」
「彼女はまだ学生だろう。そして、お前は彼女のトレーナーだろう。付き合うのは勝手だ。今どき珍しい事でもないと聞く」
親父の声が不思議と分厚く聞こえる。
「だが、一線というものはある。私はお前はそれを超えたのか知りたい」
俺はどうこの問に答えるかを考えた。考えたが答えは見つからなかった。
そして思い出す。
ああ、親父はこういう人だったなって。
そして、俺は駄目な息子だなって。
「手は……出していない」
「そうか」
「けど、出す寸前まではいってる」
「そうか」
「だから見方によっては越えていると言われても仕方はないと思う」
「そうか」
「ゴメン、こんな息子で」
「残念だな……まだヤってないのか……」
「うん、そう」
「お前は駄目な奴じゃない。誇りの息子だ」
「なんか照れ……る……………………な」
はい止めてー。今の所巻き戻しね。
≫≫な……………………る……れ照かんな
≫≫だ子息のり誇。いなゃじ奴の目駄は前お
≫≫うそ、んう
≫≫……かのいなてっヤだま……なだ念残
≫≫で子息なんこ、ンメゴ
はい、ここからゆっくり進めて。
≪ゴ メ ン 、 こ ん な 息 子 で
≪残 念 だ な 、 ま だ ヤ っ て
はい、ここで止めて。
まだヤってないのか?
まだ“ヤって”ないのか?
「親父?」
「孫の顔を見るのはもう少し先か」
──ね、だから言ったでしょ? 血というのは色濃く受け継がれていくものだって。
あ、俺の中の関暁夫だ。
──もうさ、息子が変態なら父親も変態なんだよね、分かりきっているんだよね。
誰が変態だよ。否定しねえけど。
──これからの時代、人類はその体を捨てて新しい人類として生きていくんだよ。古いものを捨てて……ココ、脳をアップデートしていかなくてはいけないんだよね。
おう、どうした急に?
──次の時代に備えろよって事だよ。
俺はミ●キーに隠された卑猥なメッセージとかそういうの紹介していた頃が好きだぞ。
じゃあ、ハローバイバイ。
「どうした?」
「あ、なんか、うん、意外だなって」
「意外とはなんだ?」
「親父はそういうのに厳しいと思ってた」
俺は少しぬるくなったコーヒーを一気に飲み干した。さよなら、思い出の中の親父。
「むしろ母さんの方が厳しいな」
「え? マジで?」
「母さん、あれで純情な乙女だからなあ。女遊びとか絶対に許さないんだよ」
親父……女遊びとかしてたのかよ。
「父さんは若い頃、母さんと出会うまでは両手で数えられない位の相手がいたんだ」
うん、その話スゲー聞きたくない。
「だから母さんと付き合うのは大変だったんだ。スケジュール管理に気を抜くとえらい目に合うからな。お前も気をつけろよ」
「俺はそんな事してねえよ」
「本当か?」
「嘘です。週3でお店に行ってました」
「ほほう、やはりトレーナーというのは稼げる仕事なのか。父さんはそんな金ないから苦労したもんだよ。羨ましい限りだな」
親父……羨むなよ。マジで。
「じゃあ、逆になんで母さんと出会って他の女ときっぱり別れられたんだ?」
「え? あ、ああ。まあな……」
頼むからそこはハッキリ答えてくれよ。
それから親父はコーヒーを一口飲んだ。その横顔はやっぱり渋くて、やっぱり──。
「体の相性がな、抜群だったんだ」
やっぱり俺の親父だった。
「だからお前も今の内だぞ」
「なにがだよ」
「母さんは俺の女癖を知ってから知らずか、最速で俺と既成事実を作った」
ジュンジョーナオトメトハイッタイ?
「父さんには分かる。彼女はそういうタイプだ。そして母さんは自分と似た彼女を全力で応援するつもりだ。気をつけろよ」
「気をつけるっつーか。俺は浮気しねーし」
「いいか、男というのは飽きる生き物だ」
断言するなよ。父親としてそれだけは断言するなよ。絶対言っちゃ駄目だろ。
──飽きたっていいんやで。
──飽きたら他のつまんで、ほんでそっちが飽きたら元のを食べればええんや。
出ていけ俺の中の土井善晴。
あ、いつもレシピ本のお世話になってます。
「ひとつだけ教えてやろう」
「なんだよ」
「尻尾の裏の付け根だ」
「は?」
「ウマ娘はそこが弱い」
「親父……」
息子に対して他に言う事無いのか!?
あー、どっと疲れたわ。今までの確執は俺が勝手に勘違いしていただけなのか? ならこのまま勘違いしていたかったわ。
あー、どうしていつもこうなるのか。
「そろそろ戻るか。鯛が待っている」
「ああ……急に腹が減ってきたわ」
明るく野球をする子供達よ、こういう大人になるんじゃないぞ。約束だからな!
家に帰るまでの間、親父はずっとウマ娘とヤるコツを俺に話し続けた。聞く気は無かったが親子のコミュニケーションのために聞いた。別にそれはゴルシとそういうのをしたいとか、ゴルシでそういうのを想像したとかじゃない。これだけは断言出来る。絶対にだ。
ゴルシの尻尾の裏の付け根を擦ったり軽くかいたりする想像とか、耳をほぐす想像とか、太もものマッサージとか微塵も興味無い。
俺は親父と違ってプラトニックなんだ。
そう俺自身に言い聞かせ続けた。
家では母さんと何故か割烹着姿のゴルシが俺達の帰りを待っていた。台所の方からヒョコリと顔をだしたゴルシの顔がなんだか楽しそうで、嬉しそうで、親父の話を聞いた後だと恐怖を感じてしまった。非常に恐ろしい。
「あらあなた、おかえりなさい」
「ああ。ただいま」
「遅えぞ、ゴルシちゃん待ちくたびれたぜ」
「はいはい、お待たせしましたよ」
食卓にはずらりと鯛料理が並べられ、母さんとゴルシの達成感に満ちた顔がその味を保証していた。刺し身や煮付け、鯛飯にあら汁、まさに鯛づくしの食卓だ。
俺とゴルシが並んで座り、向かいには母さんと親父が並んだ。不思議な雰囲気で始まった食事だが、俺には1つ気になる事があった。
「その刺し身、アタシが切ったんだぞ」
「そうか、美味いな」
「ヘヘッ……エヘヘ……エヘッ」
なんかゴルシの距離近くね?
いや、近い。近すぎる。くっついてるし。
「あの……ゴルシさん? 当たってますが」
「え? あ、ああ。悪い……その、腕が」
腕かー。にしては随分丸くて大きくて柔らかくて弾力があって柔らかいねー。
腕ねー。
腕なわけねえだろ。
しっかり当てるよね? わざとだよね?
アピール下手なのか?
嘘だろ? なんだこの可愛い生き物。
「な、なんか暑いな? なんでだろな?」
「腕が当たっているからじゃねえのか?」
これアレだな、母さんの仕業だな。最速で既成事実を作るために仕込んだな。
ゴルシの髪が俺の肩にかかって、ふんわりと良い匂いがして。なんだかこっちまで照れて熱くなるのはなんなんだろうな。
やっぱ俺コイツの事好きなんだな。
好きな女が頬染めて、体寄せて心寄せて、下手だけどアピールしてきて、そういうのが堪らなく好きで弱いんだな。
俺、ゴールドシップの事が好きだわ。
「ありがとうな」
「へ? な、な、な、なんだよ突然!?」
箸で摘んだ鯛の刺し身がぬるくなるくらいに俺の体は沸騰してきてる。
母さんは口を手で覆って笑ってるし、親父は何かを……何かを口パクで言ってる?
『い う お』
『いうっお』
『しっぽ』
『尻尾』
うるせえよ。今触るかよ、今ここで触る奴いるか? 親父以外にそんな奴いねえよ。
今は触らないが、今は触らないが、こんだけ嬉しそうにパタパタ動く尻尾見たら……ね。
ドキドキしてるのが耳の動きで分かるし、なんなら触れている“腕”から心臓の鼓動が伝わってくる。緊張して早鳴りするけど、どこか安心して落ち着いているようにも聞こえる。簡単に言えば、すげーカワイイ。
それはそれとして、親父の助言に従って沢山仕返しでやらねえとな。いつかって? そりゃあ親の目の前で出来るわけねえだろ。
「お義父さんとオバサンなら出かけたぞ」
「ふーん、そうか」
じゃあ大皿の料理は冷蔵庫に入れ──。
「なんだって?」
「オメーが鯛を摘んで宇宙と交信してる間に出かけていったぞ。気づかなかったのか?」
待ってくれ意味不明だ。なんだって2人はいきなり出かけたのか。そんなのまるで……。
まるで気を使ってるみたいで……。
「なあ、トレーナー……」
俺は途端にゴルシの方を見れなくなった。
見たら自分が壊れる気がした。
「今さ、この家に2人きり……なんだよ」
それ以上言うな。
「車で出ていったからしばらく戻らねえぞ」
知りたくもない事を言うな。
「アタシの事を大事にしてくれるのは嬉しいんだけどよ。けどよ、けどよ、けどよ……」
頼むからやめてくれ。
「別に怒る人はいないと思うぞ……?」
俺を壊さないでくれ。
俺の理性を崩さないでくれ。
「ゴルシ、いやこれは良くない」
「オメー……うるさいんだよ」
誰か俺を殴ってくれ。
誰か俺を正気にしてくれ。
「──好き」
ああ……終わったな。
「何度でも言う、大好き」
神様お願いです、俺を殺してください。
神様以外に俺を止める存在がいません。
「トレーナーッ! ゴメン……ッ!」
──神は死んだ。
ゴルシが俺に抱きついた瞬間、ハッキリとそれを自覚した。俺の身体を柔らかくて熱いものが包み込んで、俺の全てを壊した。
「謝るのはこっちの方だよ」
それから俺は、全体重を傾けてちょっとだけ涙をこぼすゴルシの背中に手を回した。
そして俺達以外誰もいない家の、俺達しかいない部屋に、俺達だけの世界を作った。
「オメー結構筋肉あるんだな」
「それは照れ隠しのつもりか?」
「や……そうじゃなくて」
「今、こう思っているだろ? このままアタシはいけない事をこのイケメン彼氏にされてしまうんだろうなって。違うか?」
「……違わない」
違わないのか。調子狂うな。
「残念」
「ふぇ?」
「俺にそんな度胸はない」
だから、俺に出来る精一杯がこれだ。
「目、瞑ってくれ」
「やだ」
「え?」
「せっかくの初めてなのに、見れないなんて勿体ないだろ? だから目は瞑らないぜ」
「恥ずかしいんだよ」
「その恥ずかしい顔もっと見せてくれよ」
まあ、良いか。
それは甘くて、けど仄かに鯛の味がした。
ウマ娘二次創作のDiscordサーバを作りました。
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