ハルは不思議な世界に巻き込まれていた。

高校生だったはずの自分の体は小学生に戻っていて、
小学生の時に死別したはずの親友、ユイが生きている。

しかし、親友との再会を喜んだのも束の間、ユイは無残な死を迎えてしまう。
そして、ユイが死ぬと時間が戻り、やり直しになる。

そんな不思議な繰り返し世界の中、
ハルは少しずつ元の記憶を取り戻しながら、ユイを救うべく模索する。

そうしてハルがユイを想い試行錯誤する一方、
ユイもまたハルを想うのだった。


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前作『君のために私は廻る』で語られなかった部分をユイ視点で補完する物語です。

あくまで補完するものなので、この物語だけで全貌を捉えることは出来ません。

まずは前作を読んで頂き、続けてこちらを読んで頂ければと思います。




君のために私は廻る Side Y

真夜中、私は目を覚ましていた。

今、私がいるのはベッドの中。

ハルの家のベッドの中。

すぐ隣ではハルがスースー寝ている。

私の体の右側がハルとくっ付いていて温かい、というかちょっと暑い。

ついさっき、私は自分が死んだことがあるって思い出した。

何か変なことを言っている気がするけど、本当のこと。

何がどうなったのかは、今思い出し中。

とりあえず思い出すのは、私が死んだたくさんの思い出。

うん、やっぱり私は死んだことがある、何度も。

遊びとかで『死んだ』って言葉を使うことがあるけど、そうじゃなくて本当に。

えーっと・・・最初に死んだのは首吊り・・・だっけ?

何回か同じことをした気が・・・・・・むむぅ・・・。

そんな考え事をしていた時だった。

 

グラグラグラグラッ!!

 

地震!?

凄い大きさだ!

何だろう・・・このままじゃダメな気がする・・・。

動かなきゃ大変なことになる・・・そんな気がする!

 

バキィッ!!

 

「危ないっ!!」

 

嫌な音が聞こえた瞬間、私は隣で寝ているハルを突き飛ばしていた。

ハルが床に転がる、それと同時くらいに私のお腹全体が熱くなった。

目の前が急にぼんやりして見えなくなった。

何が起こったのかも分からない。

私は、天井が落ちてくるんじゃないかって思ったんだけど・・・。

別に、重いって感じはしない・・・。

それよりも熱い・・・それと、足が無くなったみたいな感じがする・・・。

もう何も見えないし聞こえないけど、最後にハルが私の方を見ていた気がする。

それと・・・自分の右手から・・・赤い紐みたいなのが・・・出て・・・いた・・・ような・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

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あ。

私、また死んだんだ・・・。

今なら、さっきよりもしっかり思い出せる。

場所は変わって、山になっている。

ううん、山に戻っているって言う方がいいのかな。

私の始まりは、いつもこの山。

いつも、ハルと一緒に始まるの。

目の前で寝転んでるハルを見ながら、もっと思い出し続けてみる。

私の右手首からは、やっぱり赤い紐が出ている。

それはハルの左手首に繋がっている。

でも、これは本物の紐じゃない。

『縁』を見えるようにしたもの。

うん、思い出してきた。

私は、死んでから不思議な力を使えるようになったんだった。

『縁を見る力』と『縁を結ぶ力』。

でも、『縁を結ぶ力』はほとんど使えなくなっている。

大事な約束を守る時にだけ使えるようになる。

そして、この力はアイツから受け取ったもの。

私を殺した・・・アイツから・・・。

今になっても、何で殺されたのか分からない・・・。

私は悪いことなんてしていないのに・・・・・・そんなには。

それなのに・・・。

大好きなお父さんはいなくなっちゃうし・・・。

大好きなお母さんは病気になっちゃうし・・・。

大好きなクロは死んじゃうし・・・。

大好きなハルは引っ越ししちゃうし・・・。

で、私も死んじゃうんだ・・・何度も・・・。

死ぬっていうのは、死ぬほど怖いことなんだって思った。

一番怖かったのは・・・やっぱり、包丁持ったお母さんに殺された時かな・・・。

首吊りも死ぬほど苦しかったし、さっきのも何が起こったか分からなくて怖かったけど。

それでもやっぱり、あの時が一番怖かった。

この後も私は死ぬのかもしれない。

何でか分からないけど、私は生き返っていて、でも死ぬ。

で、死ぬとまたここからスタートになる。

本当に何がどうなってるのか何も分からない。

でも、大好きなハルとこうしてお話して遊べるのは嬉しい。

それに、ハルは毎回違うことをしてくれて飽きない。

いや、同じことでもハルとなら何回でも楽しいんだけどね。

さぁて、今度は何して遊ぼうかな。

 

「ハルっ!起きてっ!ハルってば!」

 

ねぼすけさんが目を覚ました。

 

「良かった、起きた。突然倒れちゃうからビックリしたよ」

 

 

 

 

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私達は隣町に向かって歩いていた。

あの後、ハルが隣町に行きたいって言い出したから。

もしかして、ハルも気付いているのかな?

同じことをずっと繰り返しているってこと。

だから、同じ終わり方にならないように色々工夫してくれているのかな?

さっきもそうだったけど、今も考え事をしているみたい。

邪魔しちゃ悪いから、黙って一緒に歩くことにした。

もうすぐ隣町に入る。

この道路を渡れば隣町。

横断歩道で私が左右を確認しているうちに、ハルはどんどん歩いて行っちゃう。

車どころか、人だって私達以外にいないんだし、何も危ないことはないけどね。

え・・・・・・?

 

「ハルっ!!危ないっ!!」

 

私は叫びながらハルに向かって走り出していた。

何も無かったはずの場所から急にトラックが出てきたから。

そのトラックが凄いスピードでハルに向かっていたから。

ハルがトラックを見たまま動かなくなっていたから。

このままじゃハルが死んじゃうから。

あんな苦しい思いをするのは私だけでいいから。

 

ドンッ!!

 

何とかハルを突き飛ばすことは出来た。

でも、その後、体の横全体を凄い力で殴られた。

景色がグルグル回って、暗くなった。

後から痛くなってきて、息が苦しくなってきた。

今回は何が起こったか分かる・・・。

走っている時から・・・こうなることは分かっていたから・・・。

私は・・・車に轢かれて・・・地面に倒れているんだ・・・。

ダメだ・・・頭がぼんやりして・・・もう・・・起き上がれない・・・。

頑張っても・・・頭をちょっと動かすのと・・・指をちょっと動かすので・・・精一杯・・・。

ハルは・・・ハルは・・・大丈夫だった・・・かな・・・。

右手が・・・温かくなった・・・。

 

「ユイぃ!!」

 

そっか・・・ハルが・・・握ってくれたんだ・・・。

ハルは・・・大丈夫だったんだ・・・。

 

「・・・・・・ハル・・・・・・良かった・・・・・・」

 

「ユイぃ!!ユイぃ!!」

 

私は・・・残った力でハルの方を向いた・・・。

もしかしたら・・・これで終わりかも・・・しれないから・・・。

だったら・・・言わなきゃ・・・いけないから・・・。

 

「ハル・・・・・・」

 

「な、何?」

 

「・・・・・・絶対・・・・・・こっちに来ちゃ・・・・・・ダメだから・・・・・・ね・・・・・・」

 

「え・・・・・・」

 

「・・・・・・生きて・・・・・・ハル・・・・・・」

 

今回の私は・・・そこで終わった・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

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またこの場所だ。

あれで終わりにならずに、まだ続くみたい。

ハルには死んでほしくないから、頑張って声を出したんだけど。

この変な繰り返し世界に入る前、目の前で死のうとしていたんだもん。

あんなの、もう絶対に嫌だから。

だから、私は痛くても苦しくても頑張って声を出したの。

結局、やり直しになっちゃって、ハルはまた地面に寝転んでるんだけどね。

さて、また起こしてあげなきゃね。

あれ、今回はもう起きたみたい。

 

「あ、起きた。どうしたの?大丈夫?」

 

 

 

 

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私は1人でハルの家に向かっていた。

あの後、ハルは『この町から離れよう!』って言い出した。

隣町なんかよりもっと遠い場所に行くんだって。

お金は何とかなるらしい。

それで上手くいくかどうかは分からない。

ううん、多分上手くいかない。

だって、分かるんだもん・・・。

きっと、私はこの町から離れられない・・・。

何だか、出ていこうと考える度、町に、山に戻らなきゃいけないって感じがする・・・。

それでも、ハルと一緒に遠くに行ってみたいって気持ちが勝った。

ハルは、私が反対すると思ってたみたいだけど。

で、一旦家に帰って、うさぎリュックに色々と詰め込んできた。

着替えやお菓子、お小遣い、絆創膏、懐中電灯・・・くらいだけど。

今、ハルも家の中で色々と詰め込んでいるはず。

ハルの家に着いたのと同時くらいに、『ガチャッ』って音と一緒にハルが出てきた。

私とお揃いのうさぎリュックを背負って。

私達は目を合わせて黙って頷いた。

2人並んで一緒に歩き始めた。

お揃いのうさぎリュックに色違いのリボン。

私の右手とハルの左手をしっかり繋いで。

通りすがりの人に姉妹と勘違いされちゃったりして。

でもきっと、誰に聞いても私がお姉さんだよね。

私達は・・・目的地の無い冒険に出た。

 

 

 

 

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あれからバスや電車に乗って、かなり遠くまで来たと思う。

何とか、あの町を出ることは出来たけど、やっぱり変な感じがする。

ずっと、あの町に戻らなきゃいけないって感じが消えない。

町から遠くなるほど、その感じが強くなっていく気がする。

すっごくそわそわするけど、ハルには気付かれないように頑張る。

周りの景色を見ながら、そっちに集中する。

うん、私の町よりも高い建物がいっぱいある。

もう夜なのに、まだまだたくさんの人が歩いている。

車も多いし、電車もよく来るし、お店も開いている。

テレビでは見たことがあるけど、本当にこういう所に来たのは初めて。

そのワクワクが、そわそわを消してくれる。

うん、やっぱり来て良かった。

 

「・・・どうしようかなぁ」

 

ハルはどこに行こうか困り顔だけど、ハルと一緒ならどこだっていいや。

こういう場所のことはハルの方が知ってると思うし、お任せだね。

 

 

 

 

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私達は・・・お巡りさんに捕まっていた。

夜の町をこんな子供2人だけで歩いてたら仕方ないよね。

最初は交番に連れていかれたんだけど、ハルが大金を持っていたし、

ハルが凄く慌てていて怪しいってことで、警察署っていう建物に場所が変わった。

長いイスに並んで座らされて、女のお巡りさん2人が話しかけてくる。

ハルは、さっきまでと違って落ち着いているみたい。

ちょっと下を向いたまま、何を聞かれても何も言わない。

ハルが何も言わないんだったら、私も何も言わないでおこう。

黙っていれば、ずっとここに居られるってことだよね、きっと。

私も、連れ戻されないように、名前とか住所が分かるものは置いてきた。

あ、パンツには名前書いてあったかも・・・。

まぁいいや、名前がバレるくらいで何も変わらないよ。

ハルの邪魔にはならない。

・・・・・・それはいいんだけど。

さっきから・・・息が苦しいような・・・目がはっきり見えないような・・・。

あの町に戻らなきゃいけないって気持ちが強くなってきた・・・。

『戻ってこい』って呼ばれている声が聞こえるような気もする・・・。

そのせいで、お巡りさんの声も聞こえにくいんだけど、

どうしても我慢できない言葉があった。

『このお金、盗んできたんじゃないの?』って。

 

「誰からも盗んでない!」

 

私は大声で叫んだ。

急に大声出したから、お巡りさんはビックリしていたと思う。

でも、大声を出したせいか、頭の中がグルグルし始めてもう座っているだけでギリギリ・・・。

息だって、さっきより苦しいし・・・眠くないのに眠っちゃいそうな感じ・・・。

ダメだ・・・しっかりしなきゃ・・・。

私がダメになっちゃったら・・・ハルは全部話さなきゃいけなくなる・・・。

また・・・あの町に戻されちゃう・・・・・・。

頑張らなきゃ・・・・・・。

 

 

 

・・・・・・・・

 

 

 

頑張らなきゃ・・・・・・。

私がダメになっちゃったら・・・。

また・・・あの町に戻されちゃう・・・・・・。

頑張らなきゃ・・・・・・。

何で・・・山が・・・見えるの・・・?

嫌だ・・・そっち・・行きたく・・・ない・・・。

手に・・・糸が・・・巻き付いてくる・・・。

嫌なの・・・引っ張らないで・・・・・・。

最後、グイッと強く引っ張られた感じがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

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・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

また戻って来ちゃった。

あの後どうなったのかな?

怖い夢を見ちゃった気がする。

山の奥で蜘蛛のお化けに追い回される夢。

で、糸でぐるぐる巻きにされて、息が出来なくなっていくの。

真っ暗になったと思ったら、ここに戻っていた。

あーあ、せっかくハルと大冒険が出来ると思ったのになー。

今度は何をするのかな?

とにかく、まずはハルを起こさなきゃね。

・・・あれ?もう目を開けているみたい。

しばらく待っていたけど、全然起き上がらないから声を掛けてみよう。

 

「ハルー?どうしたのー?目を開けたまま寝てるのー?」

 

・・・・・・あれ?何も返事が無い。

本当に寝ているのかな?

体を揺すった方がいいかな、と思っていると、やっとハルが喋り始めた。

 

「・・・・・・私ってさ・・・・・・本当、弱いね・・・」

 

いきなり何を言うんだろう、と思った。

でも、分かっちゃった。

ハルは・・・『よくないこと』を考えている・・・。

だって、感じるんだもん・・・。

今なら、『縁を結ぶ力』が使えるって。

この力を使える時は、その人が『よくないこと』を考えている時。

考えてみれば、目の前で私が死ぬのを何度も見せちゃったんだもんね。

そりゃ、もう嫌になっちゃうよね。

うん、もう終わりにしてもいいよ。

でもね、ハルは死んじゃダメ。

死ぬのは私だけ。

・・・・・・うん、ちゃんと力は使えそう。

いいよ、ハル。

今度こそ、ちゃんと止めてみせるから。

私は、ハルのことを励ましながら力を使い始めた。

ハルと私の縁を強くする。

私にだけ見えている赤い縁の紐が太くなっていく。

 

 

 

・・・・・・・・

 

 

 

綱引きに使う綱くらいに太くなる頃には、ハルは完全に元気になっていた。

元気になったハルは、大きな木に2つだけ咲いた花を見上げていた。

あの花・・・もしかして数が減ってきているのかな?

最初、もっといっぱい咲いていたよね?

・・・・・・繰り返すと花が減る?

じゃあ、あと2回ってこと?

・・・・・・・・・ううん、もうこれで終わりだよ。

 

「えいっ!」

 

プチプチッ

 

「・・・・・・え?」

 

私はジャンプして、残りの花を毟り取った。

 

「え・・・ちょ、ちょっと!ユイ!なんてことを!?」

 

ハルは大慌て。

でも、これでいいの。

ハルは元気になったけど、もう次は頑張らなくていいの。

今回精一杯頑張ったら、それでお終い。

その代わり、私も精一杯頑張るから。

それに・・・。

 

「誰かさんの決意が揺らぐとダメだと思ってね。もう覚悟は決まったんでしょ?ハル」

 

「・・・・・・・・・え?・・・それって・・・・・・どういう・・・・・・?」

 

やっぱり、ハルは私がもう思い出していることには気付いていないみたい。

 

「分からない?そうだよね。じゃあ・・・とりあえず、全部思い出してみたら?」

 

今なら思い出せるんじゃないかな。

ほら、もっともっと、ハルとの縁を強めれば・・・。

あったこと、全部思い出してみて。

 

「え、ちょ、ちょっと・・・これ・・・は・・・・・・?」

 

ハルは立ったまま動かなくなった。

目の前で手を振ってみたけど、全然反応が無い。

目を開けたまま寝たら目が痛くなっちゃうよ?

目を閉じてあげた方がいいのかな?

でも、それって、死んだ人にやってあげることだった気がするから嫌かも。

すぐに目を覚ますだろうし、それまで私は私でもう一度ちゃんと思い出しておこう。

私が死んで・・・あの化け物をハルが倒してくれて・・・。

操られてハルを殺そうとしていた私を助けてくれて・・・。

そのおかげで、私は人を殺さない幽霊になれた。

幽霊・・・ううん、不思議な力を使えるわけだし、神様・・・かな。

・・・自分で言うのも変な気がするけど。

その次の日から引っ越しの日まで、ハルは山に来た。

私がいる場所、私が死んだ木の場所に。

私がこっそり世話をしていた子犬のチャコも連れて。

それで、私にいっぱいお話してくれた。

私はそれが嬉しくて・・・。

私はハルに返事をしたんだけど、それはハルには届かなかった。

私はそれが寂しくて・・・。

でも、私の声は聞こえないのに、ハルは毎日来てくれた。

そんな中で、ハルが言った言葉がある。

『これからはユイみたいに自殺する人がいなくなるといいね。私みたいに悲しむ人がいなくなるといいね』

この言葉を聞いた時、私はそれを叶えたいと思った。

私には、あの化け物に操られていた時の力が残っていた。

それは凄く怖い力で、自分と他の人の縁を強めて、その人をこっち側に連れてきちゃうの。

こっち側っていうのは、死んじゃった人達の世界。

簡単に言うと、人を殺しちゃう力。

私はあの時、この力を使ってハルをこっち側に連れてこようとした。

それは、大きなハサミを持った神様のおかげで止まったんだけど・・・。

そのせいで、ハルの左腕が無くなっちゃった・・・。

切るなら私の腕を切ってくれれば良かったのに。

・・・とにかく、そうやって私とハルの縁は切られた。

最初は見えていて、触ることだって出来たのに、もう見えなくなっちゃった。

でも、私の中にはまだあの力が残っている。

この力を上手く使えば何とか出来るんじゃないかなって。

生きている人同士の縁を強くすれば、こっちの世界に来なくなるんじゃないかなって。

で、思った通り、この山で自殺する人は居なくなった。

そうして何年か経った。

ハルは引っ越しちゃったけど、たまに山に来てくれた。

春とか夏とか冬が多かったから、多分、春休みとかそういう時だったんだと思う。

ハルは、どんどん大きくなっていった。

生きているんだから、大人になっていくのは当たり前なんだけど・・・。

私には、その『当たり前』が無いから寂しかった。

勿論、ハルが来てくれるのは凄く嬉しいんだけどね。

このままハルが大人になったら、私のことも忘れられちゃうのかな・・・。

そんなことを考えちゃった私は・・・急に凄く寂しくなった。

そんな寂しさから、私はちょっと悪いことを思ってしまった。

私とハルとの縁が・・・また結ばれたらいいな、って・・・。

そうだった・・・私は・・・そんなことを・・・思った・・・。

もしかして・・・それが今回の原因・・・?

ハルがこっちに来ようとした原因で、こんな変な世界になっちゃった原因・・・?

私は・・・ハルにずっと覚えていてもらいたいな、って思っただけ・・・。

もっと山に来て欲しいとか、そういうのじゃなくて・・・。

ほんのちょっとだけでいいから・・・ハルと繋がっていたくて・・・。

そんなふうに思っただけだったんだよ・・・?

ごめんね、ハル・・・私、悪い子かも・・・。

うん、絶対に悪い子・・・。

だって、このままハルと一緒に生きたいって思っちゃうんだもん・・・。

私がハルをこんな世界に巻き込んだかもしれないのに・・・。

もう・・・死んでいるのにね・・・。

 

「やっぱり・・・生きたくなっちゃったよ・・・ハル・・・・・・」

 

そんな独り言を言い終わったのと、ハルが起きたのは同時だった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

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・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

私は目を覚ました。

山じゃなくて、ちゃんとベッドの上で。

カーテン越しでも、外がもう明るいことが分かる。

でも、この季節は明るさだけで判断して起きると早起きし過ぎる。

ただ、今回は早起きには程遠かったようだ。

でも、全然頭がスッキリしない・・・もやもやする・・・。

 

「今のは・・・・・・何だったの・・・・・・?」

 

思わず独り言を呟いた。

凄く長い夢を見ていた気がする。

いや、あれは夢なんかじゃない・・・。

現実味というか・・・今の自分にとっては、ちゃんと記憶としてある。

私は何度も死を経験して、ハルは何度も私のために頑張ってくれた。

あれは夢なんかじゃない。

あの夜、私達は山で悪い神様と闘ったんだ。

それで、勝ったから今の私達がいる・・・んだよね?

そこまで考えた後、私は完全にベッドから出てリビングに向かった。

リビングに到着すると、そこには先客がいた。

先客は、食卓に行儀よく着席して、焼いていない食パンを忙しそうに口に詰め込んでいた。

 

「・・・パンは焼く派じゃなかったっけ?」

 

「ほれほほほひゃはいほ!」

 

「・・・なんて?」

 

私に言葉が通じなかったことで、先客、ハルはパンを飲み込もうと頑張り始めた。

数秒後、ゴクンとこちらまで聞こえるくらいに良い飲み込みっぷりを見せた。

少し息を整えてからもう一度喋り始める。

 

「それどころじゃないの!」

 

「どうしたの?」

 

「・・・んーと・・・信じてもらえないかもしれないんだけどさぁ・・・」

 

「・・・2人で山の神様と闘った記憶でも戻ったの?」

 

「えっ!?」

 

ガタンッ!

 

ハルは驚いて立ち上がった。

そのせいで、イスが大きな音を立てて倒れた。

慌ててハルがイスを起こす。

やっぱり、あの夢は夢なんじゃなくて本当の出来事。

それをハルも思い出したらしいから、もう間違いない。

イスを戻し終わったハルが興奮したように喋り始める。

 

「ユイも思い出したの!?やっぱり本当にあったことなんだ!」

 

私が肯定すると、ハルは『こうしちゃいられない』とパンを詰め込む作業に戻った。

私は、自分のマグカップを手に取って食パン1枚をお皿に乗せると、食卓を挟んでハルの正面に腰掛けた。

食卓の上にあるサーバーに残ったコーヒーを自分のカップに注ぐ。

ついさっきハルの母親が淹れたであろうコーヒーは、まだ湯気が立っている。

ちなみに、ハルの両親はもう出勤していて不在。

思い出したかのように、ハルも側にあったマグカップを手に取る。

そのカップの中身はなんと・・・真っ黒だった。

 

「ハルって、コーヒーに牛乳入れなきゃ飲めないんじゃなかった?」

 

「そんな時間は無いの!早く全部ノートに書き残さなきゃ!」

 

ああ、そういえば・・・ハルは元々お話をノートに書くのが好きなんだった。

誰にも言っちゃダメという約束で、私自身もそこへの触れ方には注意している。

そんなことを考えているうちに、ハルはブラックコーヒーをグイっと一口飲んだ。

 

「ほら、また忘れちゃったら困るしさ」

 

そう言いながら、ハルは冷蔵庫に向かった。

そして、すぐに牛乳パックを持って戻ってきた。

コーヒーカップから溢れる寸前まで牛乳を注ぐと、パンを口に入れてそれで流し込んだ。

なんだ、やっぱり牛乳入れなきゃ飲めないんじゃん。

ハルはいつまでもお子様の口だからねー。

ハルは食べ終わるとすぐに立ち上がって、自分のカップとお皿をシンクに持っていった。

そんな様子を、私はゆっくりとパンを齧りながら眺めていた。

コーヒーの香りを感じつつ、ゆっくりと一口。

・・・・・・うん。

シンクで食器を洗い終わったハルは、食卓に置きっぱなしだった牛乳を片付けに来た。

私はハルの手から牛乳を奪い取ると、自分のカップになみなみと注ぐ。

役目を終えた牛乳をハルに差し伸べると、若干不服そうに冷蔵庫に戻してくれた。

その後、ハルは自室に駆けていった。

 

「・・・・・・・・・やっぱり・・・夢じゃ・・・ないんだ・・・そうなんだ・・・」

 

1人残された私は、パンに手を伸ばすことも出来ず、

両手でコーヒーカップを包み込むように持って、

そのカフェオレになってしまった中身を見つめながら呟いた。

ブラックコーヒーなんて飲むんじゃなかった。

今日のは凄く苦くて・・・手が震えるし涙まで出てくる・・・。

息だって苦しいし・・・あぁ、もうちょっとここで休憩だなぁ・・・。

 

 

 

・・・・・・・・

 

 

 

あれから1人でしばらく頭の中を整理していた。

あったことを思い出しては、感情が昂ぶって大変な作業だった。

立ち上がった私は、洗面台に行って顔を洗った。

目が充血していないことを鏡で確認する。

その足でハルの部屋まで向かってドアをノックする。

『どーぞ』という声が返ってきたので中に入る。

ハルは机に向かっていて、こっちに見向きもしない。

必死にノートに今までの記憶を書き記しているんだろう。

私はそれを邪魔しないように、ハルのベッドに腰掛けた。

頑張っているハルの背中を眺めること数分。

・・・・・・困ったなぁ。

どう反応すればいいのか分からない。

この感情をどう表現すればいいのか分からない。

昨日まで当たり前に一緒に居て、色々話したり遊んだりしたはずなのに。

この凄まじい記憶が蘇ってから、どうやってハルに接したらいいのか分からなくなった。

うーん・・・後ろから抱きつけばいい?

でも、抱きついただけで終わったら意味不明だよね・・・。

抱きついたとして、その後に言葉を繋げられる自信が無い。

ハルの胸に飛び込んでわんわん泣けばいいのかな?

いやいや・・・それはちょっと格好悪くない?

私はさ、ほら・・・ハルのお姉ちゃん的な立ち位置なわけで・・・。

どっちかというと、ハルの方から泣きついて来て欲しいというか・・・。

んー、でも、本当は死んでいたはずの私がハルのおかげで生きていられるわけで・・・。

ここは私が泣いても許される場面なのかなぁ・・・。

最終的にそれに落ち着くとしても、最初のアクションはハルの方から起こして欲しいな。

今のハルは、小説家モードだから声を掛けづらい。

ハルって、普段は控えめな性格なんだけど、一度何かに集中すると暴走気味になるんだよね。

そういえば、私が死んだ山に会いに来てくれた時は、収集家モードになっているらしかった。

道に落ちているものを何でもかんでも持ち帰って家に飾っているとか。

鶏の置物を持ち帰ったら、家の中で本物みたいに動いて逃げていった、とかも言ってたな。

『いや、それ本物の鶏じゃん』ってツッコミしたよ、ハルには聞こえないだろうけど。

それくらい、ハルは1つの事に集中すると周りが見えなくなる。

というわけで、まずはちょっとした悪戯をしてハルを正気に戻さなきゃいけない。

しばらく隙を窺っていると、ハルが背もたれにもたれ掛かって考え事を始めた。

腕組みをして目を瞑っている。

これはチャンスだ。

こっそり近付いて、鉛筆を拝借して・・・っと。

・・・・・・うん、上出来。

静かに鉛筆を置いて遠ざかる。

 

「ふぅ・・・・・・。あっ!いつの間にか変な絵が描いてある!」

 

「変な絵とは何よぅ、力作なんだけどなぁー」

 

まぁ、ほんの10秒くらいで描いたものだけどさ。

とにかく、ハルが普通の状態に戻ってきたかな。

 

「昔から全然変わんないよね、この絵」

 

「ふふん、かっこ可愛いでしょ」

 

何度も描いているうちに10秒で掛けるようになったんだよねー。

ハルは、その一言を言ったっきり黙り込んでしまった。

私の描いた絵を見ながら固まっている。

あれ?落書きはNGだったかな・・・?

鉛筆で描いたから消せると思うけど・・・。

ちょっと不安になった私が、ハルの表情を覗き見すると・・・。

ハルの目には涙が浮かんでいた。

本当にショックだったのかと焦ったけど、ハルの口元は微笑んでいた。

どうやら、やっと奇跡を実感し始めたらしい。

まったく・・・遅いよ、ハル・・・。

こうして2人が生きたまま、成長した姿で一緒にいられること。

これは当たり前なんかじゃない・・・奇跡なんだよ?

私は、震え始めたハルの左手に自分の右手を置いた。

 

「あ・・・」

 

ハルがこちらを振り向いて目が合う。

2人揃って微笑む。

そして、ハルが左手を動かして私の右手を握ってくる。

私もハルの左手をしっかり握り返した。

今、私達が想うことは同じ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『て を はなす?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  うん   ➡ やだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

END



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