昔よくあった、先輩と男が部室でダベるだけの話。
タイトルの通り一部鬼滅ネタがあるので、ニワカやネタが嫌いな人はブラウザバック。

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ノスタルジーに浸る


鬼娘「お前も鬼にならないか?」男「先輩が人間になればいいじゃないですか」

 

 

 

 放課後の部室。

 周囲のビル群のせいでせっかくの窓から夕陽が差すこともないこの空間は、昼間でもない限り薄暗い雰囲気に包まれている。吹奏楽部なんかは上の階の明るい教室を使っているのに、文芸部のような輩には、文字通り日陰者であれかしということだろうか。

 

「何落ち込んでるんですか」

「だってぇ……」

 

 もはや日課となった先輩の角磨きをしながら、膨れっ面の少女を見下ろす。不機嫌なのは、先程の訳分からない誘いを断ったからだろうか。金平糖でも舐めさせておけばどうせ元気になる。

 

「先輩、はいこれ上納金」

「お、感心感心」

 

 内ポケットからおもむろに小袋を取り出し握らせれば、少女の機嫌はすっかり元通りとなる。袖の下万歳。鬼の寿命は千歳。知らんけど。

 

 部員数だけなら確か片手より多いはずの我が文芸部には、しかしほとんどが幽霊部員なせいで人がいない。加えて1人は本物の幽霊だったか。

 残ったのは、コミュ力阿鼻地獄の人間しかいない気まずい空間に耐えられる、部室を図書室かなんかと勘違いしている人間──俺と先輩くらいのものだった。先輩は人間じゃねえか。

 

 先輩とは後輩をこき使うものである。少なくとも、俺は先輩からそう聞かされている。

 そんなわけで俺は今日も先輩の角を磨き、ご機嫌取りに砂糖菓子を献上するのだ。

 

 角磨きはやってみて初めて分かる難しさがある。

 角磨き用のクリームと水を使い、耐水ペーパーで結構強めに擦るのだが、基本的には美容室のシャンプーなんかと同じノリで、磨かれている人の顔に水がかかってしまわないように注意が必要だ。

 しかし仰向けになって下さいなどという面倒な注文を先輩が受け付けるはずもなく、読書をする先輩を、角の根元にタオルを巻いて後ろから磨くのだ。この場合は本も濡らさないよう注意が必要となる。

 

 まあつまりはそれなりに面倒な作業なのだが、使う水の分量を馬鹿みたいに増やさなければ垂れることはないし、生来綺麗好きな性分だったので、綺麗に磨かれた先輩の角を見ると妙な達成感のようなものを覚えた。

 将来はスタイリストとか向いているのかもしれない。人によってはこの年功序列という理不尽に怒りを感じて退部届を提出しても不思議ではないが、俺は先輩と相性が良かったというわけだ。感謝してほしい。

 

 磨き終わったら乾いた布で水分を拭き取り、紫のリボンを左側の角に巻きつけたら完成だ。

 

「できましたよ」

「おー、ありあり」

「最近適当になってきてません?」

「気のせーうるせー大概にせぃ。四捨五入すれば真面目よ」

 

 その一言で明らかに感謝の気持ちが無いことを理解したが……悲しいかな、人というものは生物的な機構として「慣れ」があるのだから、むやみやたらと先輩を責めるわけにも行くまい。

 

「こんぺ、うま」

 

 いややっぱ舐め腐ってるわこのメスガキ。一回躾け直してもらったほうが良いんじゃねえの。こっそり油性ペンで角に落書きしたろか。

 鞄を開けペンケースを握りしめたところでなんだか虚しくなり、窓の外を見て少しだけ心を落ち着けた。広がるのは高層ビルのコンクリートだが。

 と、窓の反射越しに先輩と目が合う。角を触りながら窓を鏡に身だしなみを整えていたようだ。誰でもやることだけど、これやってるときに人と目が合うとなんか恥ずかしいよね。

 

「うぐ……」

「あんまり触るとリボンほどけますよ」

「ほどけたことないもん」

 

 緩んでいた口元を引き締める先輩に、結局俺は横柄な態度も許してしまうのだ。分かりにくいが、分かりにくいからこそ喜んでいる姿を見つけると(ほだ)されてしまう。つまり俺はチョロいのである。南無三。

 

 油性ペンの代わりにノートパソコンを取り出し、先輩の向かい側にあるパイプ椅子に腰を下ろす。授業中に持ち出すことはできないが、学校に持ってくることは禁止されていない。

 文芸部らしく、執筆をするのだ。今どき原稿用紙で小説を書く人間も少なかろう。エディタを立ち上げ、以前書いたところまでの続きから始める。

 

 しばらく書き進めたところで、金平糖を食べ切った先輩が思い出したかのようにアッと声を上げた。

 

「……なぁ後輩、私はキミの書く小説を評価しているんだよ」

 

 どうも、とは返すものの、この先輩が普段言わないことを口にする時は大抵面倒くさいことになる。

 そっと本を閉じて机に置いた先輩は、右手を挑発するように掲げ、目を細める。

 

「見れば解る。この文章力……練り上げられている、至高の領域に近い」

「あ、それまだ続いてたんですか? 土曜プレミアム見ましたね?」

「チッ…………こほん。素晴らしき才能を持つ者が、醜く衰えてゆく。私はつらい。耐えられない。鬼になろう、後輩」

 

 カタカタカタと、タイピング音だけが続いた。

 常人ならば気まずさに愛想笑いでもするところなのだろうが、流石は文芸部員とでも言うのか、先輩はドヤ顔のまま右手を掲げている。

 めげずにパチリパチリとウインクをしてくる姿が哀れで、先輩の上げっぱなしの腕がプルプル震えだしたところでようやく俺は口を開いた。

 

「そもそも、どうやって鬼にするんですか。俺を」

「えっ……、ちを、のませる」

「いやグロいわ」

 

 やはり何も考えていなかったらしい。アホの子だ。

 

「ええと、あれよ、噛む!」

「鬼じゃなくてゾンビじゃないですか……」

「むぐぐ」

 

 早々に返答に詰まった先輩はパイプ椅子に身を投げ出す。

 それをもう十数分前にしてくれという姿勢で背もたれに寄りかかり首を反らせ、先輩はぼんやり天井を眺める。俺は変わらず無愛想にキーボードを叩く。

 

 こんな静寂も嫌いではない。

 が、もう少し騒がしければ、先輩がポツリと零した言葉が聞こえることもなかったのだろう。

 

「……だってキミは、すぐ死んじゃうじゃないか」

 

 カタ、と。打鍵の音が止まったことに、きっと彼女は気付いていた。

 それでも先輩は天井を見つめた。俺は文に続く言葉を考える振りをして、ただ先輩のことだけを考えた。

 

 鶴は千年亀は万年、人間生きても百年足らず。

 たまたま交じった俺と先輩の人生は、どこかでほどけ、片方は途切れてゆく。

 

 俺達の人生が交わる時間はどこまでも短い。

 俺があなたと向き合う時間はきっとあなたの人生の万分の一あれば儲けもの。

 俺と交わることの無くなった人生の先で、あなたはきっとあなたの世界を見つけ進んでゆくのだ。

 

 それを悲しむ俺もいるし、当然だと思う俺もいる。

 だから俺があなたに言えることはそう多くない。俺は俺のことを話すしかない。

 

「俺の書くものは、先輩に評価されているんですよ」

「……な、なんだよ急に」

「俺の書いたものを、あなたは飽きるまで読んでくれるって話です」

 

 先輩は胡乱げな眼差しで俺を見る。

 伝わらないだろう。伝わらないよ、そりゃあそんな簡単には。

 

「俺が刻んだ傷は俺のものです。先輩に刻んだ傷は俺自身です。あなたの中に俺がいる。他の誰かの心の中にも。だから俺は、全力であなたを傷付けるものを書く。人を傷付けるのに、本当は100年だって長過ぎるくらいです」

 

 千年先も心に傷を残す話を書こう。それなら俺は、千年先も生きている。

 万年先にようやく思い出される人生を書こう。それなら俺は、万年先も笑っている。

 

 悲劇で刻まれる裂傷なんてしょうもない。

 喜劇で焼かれる熱傷なんてくだらない。

 あなたの感情の一部などでなく、あなた自身の一番大事なものを傷付けたい。

 

 何よりも美しい傷を、ただただ綺麗な痛みを探している。

 

「……そんなもの、鬼ならかすり傷だし」

「だからいいんじゃないですか。人間だけじゃつまんないですよ」

「うわぁサイコパスだ……」

 

 ドン引きする先輩に向けて、俺は本日初めてとなる笑みをカラリと浮かべた。

 

「知らないんですか。自分勝手に生きちまえるから、俺は人間なんですよ」

「おかしいよぅ人間……鬼になろうよ後輩ぃ……」

「わはは。先輩こそ人間やりましょうよ、きっと楽しいですから」

 

 あ、でもそしたら俺は誰の角を磨けばいいんだ?

 

「やっぱそのままで。一生俺に傷付けられていて下さい」

「最低! DV男! 一生私の角磨いてろ!」

「はいはい。お安いごよ……え?」

「え?」

 

 帰宅を促す鐘が鳴る。夕陽の差さない部室に赤鬼が一匹。

 長らく放置されたPCは、拗ねるように画面を暗くした。


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