「しょくん! きのうは初しょうりおめでとう!」
向かい側のソファに裸足で立つ玉狛支部のお子様こと林藤陽太郎の声が高らかに響く。
「わたくしもせんぱいとして鼻がたかいぞ!」
「あたしが鍛えてるんだから当然ね!」
「ありがたきしあわせ」
右隣に座っていた空閑と小南先輩が楽しそうに話しているのを横目に、ぼくは脳内でぼんやりと思考を巡らせる。――最近の自分が、とてつもなく
最初は小さな違和感だった。
いつもより空が薄暗くて、真上の位置に影が出来ていた。それが、違和感の始まり。言葉にし難いけれどそれでも確実に感じれる違和感。
空はいつもと同じように青く輝いている。
けれども、一部分だけがまるで、パネルが壊れてしまったかのように暗くなっていたのだ。
何を言っているのか分からないだろう。でもそれはぼくもだ。
自分でもよく分からない。けれど自分でも分かるように言うとするならば、例えばスマホやテレビ、パソコンの液晶パネルに何か硬い物が勢いよくぶつかってひび割れ、当たった部分とその周辺だけが何も映し出せなくなった時のようだった。
見付けたすぐはさほど気に留めていなかったものの、青い空の隙間から覗く宇宙のような空間は日を越す毎に僅かながら広がり続け、今は目視して五センチほどの大きさにまで拡がっていた。
なんだ。何なんだろうか?
周りの人達は気付いていないのか今日もいつも通りの日常を過ごしている。
ただの幻覚であって欲しい。
そう思った。
何故か、あの闇の向こうを見る度に胸が締め付けられる感じがするのだ。
喪失感――と言った方が分かりやすいか。
何も失っていない筈なのに全てを失ったような気持ちになる。
「京介」
落ち着いて低いその声に、は、と意識が戻ってくる。俯かせていた顔を上げると、先程までは居なかった雨取千佳の師匠である木崎レイジが烏丸京介の背後に立っていた。
「なんでもかんでも教えるな、自分たちで調べさせろ」
「レイジさん……」
レイジさんの方を振り返った烏丸先輩が僅かばかり驚きの表情をしている。
「作戦室に過去のランク戦のデータがある。宇佐美が来るまで見ておけ」
「はい!」
「了解」
「あ……は、はい」
ワンテンポ遅れて返事を返す。ソファから立ち上がって作戦室へ向かおうとしていた二人を追いかけるように修も立ち上がり、作戦室へと歩く。
「あんたたちじゃデータの見方わかんないだろうから、あたしが教えてあげるわ!」
「おれもな、せんぱいとして」
小南先輩と陽太郎が後ろをついて来る。
「ねえあんたたち、知ってる?」
唐突に小南先輩がひそひそ声でぼく達に耳打ちをしてくるもんだから、ぼくは「……何をです?」と頭上にクエスチョンマークを浮かべて質問返しをする。
返された質問に小南先輩が恐怖に顔を僅かに歪めて口を開く。
「“三門市の怪”よ!!」
「「「……へ?」」」
出てきた言葉は、この場にそぐわないテーマだった。
あまりにも突然そんな不釣り合いな話題が出てきたもんだから、空閑も千佳も――もちろんぼくも、三人が同時に少しばかり間抜けな声を出す。
「だーかーら! “三門市の怪”! 最近学校でもウワサになってるのよね」
顔を顰めてお化けのように両手を前に出しながら小南先輩は言う。
「……み、三門市の、怪……ですか」
唐突な話題に困惑しながら言うと、振り返った千佳が「詳しく教えてください」と優しい声音で聞いた。
「ええ。最近――」
それに応えるように、小南先輩は噂についてゆっくりと話し始める。
――最近、とある男が市外に旅行しに出掛けたらしいの。
ところが三門市を出ようとタクシーに乗って、だんだん市外へと向かっていると、周りの風景に違和感を感じたんだって。
男によると、風景の
怖くなって帰ろうとしたら、ちょうど市境が見えたんだって。そしたら……なんと、そこには真っ白な世界が広がっていたんだと。
建物も人も見当たらない。ただの真っ白い空間。
辛うじて建物の形だけは見えたけれど、それだけ。
男は好奇心から、タクシーを降りずに白い空間へそのまま突っ込んで行ったらしいわ。するとね。
「男はタクシーもろとも白い空間に落ちていって、次に目に入ったのは、テクスチャが荒くなる直前の
だんだんと上がっていく声のボリュームに押され気味になりつつ、小南先輩が自身の興奮を抑えるように溜め息をつくのを見る。
「まるでゲームの世界よねー……」
「本当にこの世界はゲームだったりしてね」
「遊真、あんたちょっと前に観た映画に影響され過ぎ」
ここは現実世界なんだから待ってても白ウサギは来ないわよ、なんて軽口を叩く小南先輩に、遊真が笑いながら言葉を返した。
「いやいや。この世界は本当にゲームだよ」
口を猫のようにさせてからにやにやと笑う空閑を見て、ぼくと千佳は一瞬で空閑が冗談を言っているのだと悟る。
「は!?」と驚く小南先輩に追撃をするように「おれは赤の薬を飲んだからな」とドヤ顔で空閑は言った。心做しか顔の横にキラキラが出ていたような気がしなくもない。
「え、うそ、何それうらやましい!!」
案の定、小南先輩はそれを直ぐに信じた。結局は二人とも映画に影響されているようだ。
「ちょっと千佳! 何笑ってんの!?」
「あ、あの……それ……遊真くんの冗談だと……」
千佳の震える声が廊下に響くと同時に、小南先輩の周囲の空気がピシッと冷えて固まった。
ぎこちない動きで千佳の方に向いていた顔を遊真に向けて「……冗談なの?」と小声で聞くと「まあ、嘘ですけど」なんて烏丸先輩の真似をして言うもんだから。
「遊真!!! あんたねぇ!!!」
火に油をドボドボと注ぐ結果になったらしい。がっちりとヘッドロックを現在進行形でされている遊真は苦しむこと無く、むしろ相も変わらず平然とにやにやしている。
「こなみこなみ! すわ隊のデータみつけたぞ!」
「あら、やるじゃない陽太郎!」
陽太郎が横で楽しそうに笑っているのを見た小南先輩が、ヘッドロックの腕を緩めて陽太郎の方へと駆け寄る。
四人とも噂話の事なんてとっくに忘れて次のランク戦の対戦相手である、諏訪隊と荒船隊の話題で持ち切りとなっていた。
――ぼくだけが、何故かその噂話の事をずっと考えていた。
***
『まるでゲームの世界よねー……』
『本当にこの世界はゲームだったりしてね』
昼間の会話を思い出す。カーテンを閉めた真っ暗の部屋の中、ベッドの上で修は天井を眺めていた。
初めてその穴を見つけてからおよそ三ヶ月。一番最初に違和感を感じてから穴は十センチくらいまで拡がり、そして空はだんだん彩度が無くなって白に染まっていっていた。
傍から見たら曇り空のようでもあった。が、雲の隙間は絵の具でべちゃべちゃに塗り潰されているみたいな違和感のある空をしていて。
まるで侵食されているようだ、とぼんやり考えてしまう。
(……眠れないな)
上半身を起こし、左手でカーテンを僅かに開く。
月に照らされた住宅街からボーダーの本部基地がある方角を覗くと、やはり空には大穴が空いていた。
空の紺色よりももっと深く、暗い黒。
その色は、どこか本能的な恐怖を呼び起こす。
(…………)
思わず目を逸らし、それから“三門市の怪”と呼ばれていた噂話を再び脳内で巡らせた。
三門市を出ようとタクシーに乗って、だんだん市外へと向かっていると、周りの風景に違和感を感じたんだって。
風景の
怖くなって帰ろうとしたら、ちょうど市境が見えたんだって。そしたら……なんと、そこには真っ白な世界が広がっていたんだと。
噂話はあくまでも噂話だ。現に、三門市と蓮乃辺にまたがる形で建っているぼくの家は何ともない。平然としている。
平然としているのに……どうしてあの噂話を噂話だと素直に受け取れないのだろう。
心臓を締め付けられているかのような喪失感。もしここが――この世界が本当にゲームの世界だったとして、現実のぼくは何をしている? 何故こんな世界が存在しているのだろうか。
この世界に違和感を感じているのはこの世界でたったのぼくだけ。
それを認識してしまうと、まるで自分自身の現実性――自分がここに居るという事を証明するモノ――が薄れていくようだ。
この世界のぼくは何者なのか。
“自分”という存在が薄れていき、最後には誰にも気付いてもらえなくなってしまい、ぼくは忘れ去られてしまうのではないか――
そう思うと、寒気がして震えが止まらなくなった。
そして、気が付くとぼくは着替えていた。外に出て、今すぐこの違和感を払拭したいと思って、暗い住宅街をただひたすら三門市から――あの空の大穴から離れるように走った。
だが、現実は非情だと悟るまでに時間は掛からなかった。
三門市から離れていく度に街の様子が段々とおかしくなっていくのに気が付いたのだ。
夜中だからか表立った人の姿は全く無かったが、そうではなくて人の
人が住んでいる。寝ている。
そんな気配が全く感じられなくなっていったのだ。馬鹿な。あれは噂話の筈で――
足が竦んでその場に立ち止まってしまう。おかしい、と白い息を吐きながら人の気配が全くなくなった街を走る。周囲の景色が、荒くなっていく。
(まさか……まさかまさかまさか!!)
嫌な予感。いや、ここまで来てしまったら予感ではなく“確信”に近いだろう。
全力で走っていると、踏み出した右足にジジ……とノイズがかかる。視界の中心に、夜の暗さとは不釣り合いな白が現れ、広がっていく。
ああ、ああ、ああ。見たくない、見たくないのに。
残酷な真実は、街の景色を、白いだけの世界に変えた。街のある地点を境に、建物も道路も街灯も木々も無いただの白い空間が広がっていたのだ。
『まるでゲームの世界よねー……』
小南先輩の言葉を思い出す。
まるで、ではない。
この世界は、本当にゲームの――仮想現実の世界だったのだ。
自分の信じていた世界が偽物だった。空閑も千佳も迅さんも、小南先輩も陽太郎もレイジさんも烏丸先輩も、もちろんぼくも――偽物で
眼前で両腕を広げているその異質な空間に、ぼくは一歩足を踏み出す事が出来なかった。今思えば、更なる真実を知る事を拒絶していたのかもしれない。
大きなハンマーで側頭部を思い切り殴られたような衝撃。こんな事なら、何も気付かずにただただ平穏な日々を暮らしていたかった。
そんな虚しい感情と共に、修はとぼとぼと元来た道を戻ってそのまま家に帰る。
「あ……母さん……」
玄関のドアをゆっくり静かに開けると、目の前には仁王立ちをして、こちらをじっとりとした目で見詰めてくる母親――香澄の姿があった。
「修、こんな夜中に何をしていたの」
「ええっと……」
静かだが、それでいて威圧感のある声音に僅かばかり萎縮してしまう。ええっと。なんと言い訳をすればいいだろうか。
脳みそをフル回転させて必死に言い訳を考える。空に穴が空いているとかこの世界はゲームの世界であって現実の世界ではないとか、そんな(事実ではあるが)馬鹿げた理由なんぞ、聞いてくれないだろう。
口を開いては閉じ、はっきりしない声でもごもご言っていると。
「それはあなたにとって本当に必要な事なの」
「え?」
「それは、あなたが今、本当にやらなければならない事なのか、と聞いているのよ」
詳しくは聞かない。けれど、核心を突くような質問。母さんは昔からそうだった。――その問いが、今はぼくの心を深く抉る。
これ以上、世界の真実を知りたくない。世界の真実を知ってしまえば、この世界が偽物でつくり物だという事が明白になってしまい、いずれ必ず電源を落とさなければいけない日が来てしまう。
「……母さんは、もしもこの世界が偽物だとしたら、どう思う?」
「偽物?」
「そう。例えば……ゲームの世界だった、とか……」
煮え切らない態度のまま母親に問う。――真実を知りたくないという気持ちはあるが、それでも、真実を知らなければならない、という半ば使命的な感情も心の中にはあった。
つまりは、迷っていたのだ。ぼくは、迷っていた。
だからこそ、ぼくは常に
「よく分からないけれど……」
そう前置きをしてから、真っ直ぐで透き通る声が反響した。
「それでも私はあなたの母親よ、修」
目を合わせて、ぼくとは対照的にはっきりとそう言い切った。その意志の強い瞳がこちらを見遣る。
それだけで分かってしまった。この世界は何があっても変わらないのだと。
この世界の電源を落としたからといって、ぼくの中から記憶が無くなるという訳では無い。むしろ、他の記憶を捨ててでも残るだろう。
「これは……ぼくがやらなければいけないと、思う」
自然と口がそう動いていた。母は「……そう」とだけ言って、それから「危ない事だけは絶対にしないのよ」と呟いてから自室へと戻っていった。
再び一人の時間が訪れ、ぼくは――静かに涙を流していた。
***
今日だって普通に学校へ行って普通に授業を受けて普通に昼ごはんを食べ、そして普通に学校から帰ろうとしている。
いつも通りの日常と言えば聞こえはいいが、どことなく異様な雰囲気が街中に漂っているのも事実だ。
そんな異様な雰囲気に目を瞑りながら、修は次のランク戦について考えていた。
今日は二月二日。諏訪隊・荒船隊とのランク戦は二月五日であと三日ある。……今日はこのまま玉狛支部に向かって空閑達と作戦を――
「メガネくーん」
僅かに間延びした明るい声が遠くから聞こえる。振り返ると、白い空の下では遠くからでも分かるくらいに鮮やかな青色をした上着を着ている、彼の姿。
「あれ、迅さん?」
「きみを呼びに来たんだ。少し話がしたくて」走って近寄ってきた迅さんは、ぼくの顔を見てぎょっとする。「ていうか目腫れてない? 何があったの」
「あ、ええと……まあ、ちょっと色々あって」
昨日の夜、眠れていない……とここで素直に言うのはやめておこう。
どうかしたんですか? なんて聞けば、そうだったそうだった、と言いつつ迅さんが顔から表情を消した。
「メガネくんさ、もしかして昨日、三門市から離れた?」
その質問に、心臓が一瞬で激しく脈を打ち始める。どうしてそれを迅さんが知って……
「離れた、って、言うのは……」
「ああー……まあ分かりやすく言うと、ボーダーの本部基地から離れなかった? 例えば……三門市を出たとか、市外に遊びに行ったとか」
夜中に起こした言動を言い当てられ息を呑む。
なんで知っているのか。それが気になってしまい、なかなか言葉を出せずにいると。
「その時に白い――」
迅さんが何かを言いかけた途端。
ピシ、と雑踏の中でも聞こえるほど大きな音が響いた。
ガラスにヒビが入った時のような音が聞こえ、ぼくは咄嗟に空を見る。空には今なお拡がり続ける穴と、大きく入ったヒビ。
まるで、
それに気付いていたのはぼくと――迅さんだけ。
「世界が壊れ始めた……」
焦りを含んだ表情の迅さんが太陽に手をかざした途端、目を開くことが出来ないくらいに視界がまばゆく光った。
数秒後、遅れて強い爆風と大きな爆発音が耳を
テレビや教科書でしか見た事の無いキノコ雲が世界の終わりを告げるかのように現れ、空を煙らせながら消える。爆風と衝撃の
そのまま空にはヒビが広がっていく。しかし穴は大きくなっていない。
「な……、何が……」
「現実性の消失。それが、この世界を終わらせるただ一つのスイッチだったんだよ」
すかさず迅さんが呟く。現実性の消失? 何を――
「行こうか。これがこの世界での“最後の”仕事だよ、メガネくん」
迅さんがぼくの手を強く掴んで、そのまま本部基地の方へと走り出した。
逃げる人々とは真逆の方向へ走る。怯えながら逃げる人達の様子を振り返って見れば、後ろには夜中に見たのと同じ白い空間が広がっていて。
白い空間の先へ逃げていく人達は空間と融合し、一体化して霧散していく。
走るぼくらを追い掛けて街と人を飲み込んでいく白い部分が、身体の中のがん細胞のように街を蝕んでいくようにも見えた。
そして――なんとなく分かってしまった。
これは“シャットダウン”なのだと。ついにその時が来てしまったのだと。
終焉の鐘が鳴り、キラキラと輝く欠片と白色の灰が風で舞って飛ばされている。
先程のとは少し違う、メテオラの破裂したような爆発音は本部基地へ近付くにつれ大きく、鮮明に聞こえてきた。
あちらこちらから銃声や爆発音が聞こえてきて、アステロイドの光が空を目掛けて一直線に飛んでいき空が爆発を起こす。空の穴はアステロイドが当たっているからか数メートルまで拡がった。
「何が起きているんだ……?」そんな疑問を口にせずにはいられなかった。
早過ぎるシャットダウンの時がやって来た。それは自分自身でも分かっている。
しかし、何故、破れた空を攻撃しているのか。敵は何なのか。
全てが
「ここまで来たら大丈夫。ここは……おれ達の意思や思い出がたくさん残っているから」
立ち入り禁止区域へと入れば、そこはまさに“戦場”だった。
A級・B級問わず戦える者は敵と戦っていて、
敵は今までに見たことないような姿形をしていた。レプリカほどの大きさをした白い綿のようなフォルムで、斬ったり撃って破壊すれば爆発して自らの死体が落ちた部分を白い空間と同化させる。
そのせいか、立ち入り禁止区域内はまだらに白い斑点が出来た、異質でかなり不気味な風景が出来ていた。
『こちら綾辻。……山隊、聞こえ……ま、……か、』
『……ら東隊オペレー……、人……、東さ……、応答お願……しま……』
『おーい太刀川さ……、こえる? サポート……して……』
他の隊のオペレーターさんの声がノイズのように混ざって聞こえてくる。
「この時は何故か混線しちゃってね。だから大規模広域通信で会話するしかなかったんだ。他の隊の声が聞こえてくるのはそのせい」
まるで過去に起きた出来事かのように迅さんは話すもんだから、違和感に顔を微かに顰めた。
「トリガー、
トリオン体に換装し、基地まで真っ直ぐ伸びる道を走る。
戦っている人達の中には見知った顔が何十人も居て、ぼくと迅さんがすれ違う度にこちらを見てどこか複雑そうな表情を浮かべている。悲しみと喜びの混ざったような、本当に複雑な表情。
そんな中、場違いな程にハイテンションな米屋先輩と出水先輩が、ぼくを見て楽しそうな声で叫ぶ。
「おーいメガネくん! 元気でな〜!」
「じゃあなメガネボーイ、がんばれよ!」
そんな会話をしつつも二人は白い敵を何体も何体も倒していく。まるで今生の別れの
世界を染める白い斑点はだんだん大きくなってきていた。敵自体のサイズが本部に近付くごとに大きくなっていっているのかもしれない。
ぼくの腰辺りまでの大きさをした複数の敵が、四方を塞ぐように立ちはだかる。
(まずい……!)
戦おうと構えたが、どこかからやってきた斬撃とアステロイドの弾に敵はあっという間に真っ二つとなった。
斬撃とアステロイドの弾を放った人間の正体を探ろうと周囲を見回す。すると、カメレオンを解除した風間さんと、屋根から飛び降りてきた嵐山さんが目の前に立った。
「風間さん、嵐山さん……」
再び襲いかかってくる白い敵達を倒しつつ、二人はぼくと迅さんに叫ぶ。
「早く上へ行け!!」
「全てを終わらせられるのはきみしか居ないんだ!」
敵は相も変わらず無限に湧いて出てくる。
「ほら、行こう」
迅さんに手を引かれてつられるように二人の合間を通り抜けた。本部基地の入り口が開き、修は名残惜しそうに振り向いて自身の背後を覗き見る。
――戦場は、夥しいほどの純白に染められていた。
入り口から一番近い場所にあるエレベーターの扉が開く。静寂の中で鳴ったエレベーターの到着音が、ひどくまとまらない思考をゆっくりと整理させた。
二人がエレベーター内に乗り迅さんがボタンを操作すれば、重力が感じられ、上がっているのだと認識する。
モーター音だけが唸るエレベーター内にぽつりと迅さんの声が響いた。
「おれはね、今までずっと後悔してた」
「……え?」
「もっと良い選択があったんじゃないか、もっと良いアドバイスを教える事も出来たんじゃないか、って」
ぽつぽつと言葉が紡がれる。
「でも……まあ……後悔したって時すでに遅しだけどさ」
そう言いながら眉を下げて悲しげな顔をする迅さんが、とてつもなく大きなものを背負っているように見えた。
「……何、言って」
「さ、屋上についたよ。早く行こう」
迅さんも、まだここで言うべきではないと口を閉ざし、それ以上は何も語らなかった。
そして――屋上への扉が開く。
「!! な、なんだよ、これ……!」
広がった空間には、先程まで無かったものが存在していた。
――漆黒の闇を純白の槍が貫いている。
そんな言葉が咄嗟に思い浮かんでしまう程に、その光景は奇異で、それでいて――美しかった。
本部基地を覆うくらいに大きく細い“塔”が、空の大穴に向かって延々と伸びていた。太陽の惑星達を彷彿とさせる、塔の周りを囲う、これまた白い円環状の輪っか。
幾重にも重なっているその細い円環体はまるでぜんまい仕掛けかのように、時計回りや反時計回りにそれぞれが回る。
「修くん」
「おお、オサム」
基地の屋上には、見知った仲間二人がこちらに手を振っていた。手招きをしている空閑に導かれるようにして修は二人へと近付く。
「千佳……空閑もどうしてここに……」
「わたし達はね、“道”を作ったの。この壮大な夢物語を終わらせる為に」
道? 夢物語??
その遠回しな言い方に疑問を持ちつつも三人の視線が向いている方へ首を動かせば、そこにはガラスの欠片に似た白色の大きな板が浮いた状態で階段状に塔の入り口らしき場所まで続いていた。
「直接終わらせられるのはきみだけだよ、三雲くん」
三人の誰も、深くは語ってくれなかった。きっと自分の目で確かめて来い、ということなのだろう。
「今まで楽しかったぞオサム!!」
「これからも体に気を付けて……元気でね」
階段へ足をかけると、空閑と千佳が柔らかく笑った。まるで……もう二度と
いや、どことなく心の奥底では感じていた。この階段を登れば二度と皆の顔を見れなくなる、と何故か理解出来てしまったのだ。
それでも……ぼくは、この階段を登らなければいけない。
「……っ」
欠片に足を乗せてゆっくり一段ずつ上へとあがる。
重みで一瞬だけ沈む欠片に、本当に浮いているんだ、と僅かに驚いた。
振り返れば、三人はまだこちらに手を振っている。その光景に、今までの記憶が走馬灯のように脳裏に浮かんで、涙が自然と両目からぼろぼろと零れ落ちた。
このまま三人と向き合っていれば確実に上に進めなくなる。皆の望みを叶えられない。
――皆の望み?
皆の望みって……何なんだろうか。
『それは、あなたが今、本当にやらなければならない事なのか、と聞いているのよ』
『これは……ぼくがやらなければいけないと、思う』
過去の自分の決意を無駄にしてはいけない。――それに、ここまで来てしまったら、もう元には戻れない。
そう察した修はその場で数度深呼吸をし、意を決して三人に背を向け階段を走り出した。
「また……
そんな迅の声は、階段を走って登る修の耳には届いていなかった。