子供の頃私は夏休みは3日でいいと心から思っていた。
結局宿題は最終日にやるし、それ以外の日は一日中何もしないでゴロゴロと無為に過ごすと知っていたからだと思う。
無為に毎日を過ごすのは辛い。
ならば人と遊べばいいでは無いか。何かに挑戦すれば良いのでは無いか。
当然の意見だと思うが、私にとってそれは無理難題だ。
私は根っからの出不精で保守的で何より自ら変化する事を嫌う。
心の中では友人達と遊びたいと思っていた。それは無為な毎日を変えるには有効的な手段であり、友人を他人に奪われる事を妨げる効果的な手段だった。
でも私は何もしなかった。唯遊びに誘われる事を待った。それでも、1人の友人は残ってくれた。
そんな友人に彼女が出来た。おめでとうと私は言った。私はそれ以来彼と会っていない。
彼女との時間を奪いなく無いなどと彼を思っていたからではない。
彼から声を掛けられることが減ったからだ。彼を失いたくは無かった。私の唯一の友人だった。
でも、私は自身の出不精で保守的な性の前には何も出来なかった。
嘘である。
私は何もしなかった。
16の時に疲れた。
直接的な原因は私が最速で毎日帰宅していた事だ。
毎日、毎日小学生が授業を受けているのを横目に帰宅していた。
帰宅後は何もしない。母親が毎日欠かさず作ってくれた食事を食べて風呂に入って寝る。朝起きて毎日同じ道を通って通学する。最速で帰宅する。これの繰り返しだった。
多分あの時は私にとっての夏休みだった。
無為な毎日。暇の代名詞。退屈の象徴。終わりの見えない無限地獄。
悩みは無い。そう自分に言い聞かせていた。虐められてる訳では無い。毎日腹一杯ご飯が食べられる。それも母親の手作りを。
満ち足りている。満足だ。そう思っていた。いや、そう思わずにはいられなかった。だってそう思わないと家族の顔を見れないから。
家族はみんな勤勉だ。私の生きてきた十数年を何度も繰り返して今生きている。誰に文句を言うのでもなく毎日同じ仕事をしている。唯、
私は知っている。父の数少ない趣味は酒を嗜む事だと。
私は知っている。父は私の興味がある事を一生懸命応援してくれる事を。
私は知っている。安くない金額が必要な事を。
私は知っている。父が安い酒を買ってくる様になった事を。
私は知っている。母が勉強が好きな事を。パンを作るのが好きな事を。
私は知っている。母は不器用で一つのことしか出来ない事を。
私は知っている。母が私を育てる為に勉強もパンも辞めた事を。
そんな人達の思いと犠牲で私が悠々と生きている事を知っている。
知っているんだ。だから満足している。悩み何てある筈がないんだ。
今日も私は生きている。死なない。死ねる訳が無い。そんな安い命では無い。
生きていたい。死にたくない。その気持ちに偽りはない。
でも、何故?
単純に死ぬのが怖い。家族に申し訳ない。
勿論それもある。でも本当にそれだけなのか?
そんな事、初めから知ってる。
私は何処までも嫌な事から逃げているだけだ。色々と書いたが結局はそこに集約される。そうしたのは私が言い訳がましい男だからだ。
十代の毎日は最高に楽しい夏休みだった。