◆可憐
個性というには、ちょっと特殊すぎる体質というものがある。
佐備夏蓮が知る限り最も奇妙な体質持ちなのは、
「……葉、また?」
「あ、ごめん。ちょっとそれ拾ってくれない?」
幼なじみの鹿尾野葉だ。その体質とは、
「ウツボカズラ…………?」
「ゲームにそっくりなエネミーが出てきたんだよ。多分そのせい」
咲いた花がどこからともなく出現する、というものだ。原因は不明である。
幼なじみがこんな体質になったのは、いつだったか夏蓮は知らない。気づけば、葉はぽんぽんと花を咲かせていた。夏蓮は、そんな体質の幼なじみと過ごしていて困った記憶はないし、葉も葉で「別に夏蓮も嫌がらないし、このままで良いかなあ」と言って、この体質の原因を追及することなく高校生にまでなってしまったのだった。
「ウツボカズラって花咲くの?」
「さあ…………?」
植物なら何でもオッケーなのだろうか。
「夏蓮」
「ん」
「ありがとう」
「私の方がお姉さんなんだから当然」
夏蓮は、胸を張って葉のお礼の言葉に応えた。今日だけ、彼のお姉さんになれる特別な日なのだ。葉は、そんな夏蓮を見てふわりと微笑んで。
ポンッと、花が出てきた。
「ありゃ」
「…………葉、気が変わった。今日は無印の方に入る。早く準備して」
「え、ちょ、夏蓮!?あと、その花はこっちで片付けておくけど」
「いい。それよりも仕度。私は、今日自分の部屋から入る」
手早く床に落ちた花達を拾い集めて、夏蓮は部屋の扉を開ける。
「う、うん。じゃあ、また後で」
足早に玄関へと向かう。熱を持っている頬は、幸いにして幼なじみには見られなかったはずだ。
夏蓮は、葉の幼なじみだ。彼の特殊体質にも、長らく接してきた訳なので、彼が咲かせる花に一貫性があるということも知っている。
例えば、家族と喧嘩したときはサボテンとか文字通り刺々しい植物を出現させるし、嬉しいことがあったときはかすみ草なんかを出現させていた。要するに、葉の感情に連動した花が出現するのだ。
ならば。
今夏蓮の手の中にある桃色の薔薇は──。
「葉のくせに生意気」
早く顔の熱が冷めればいいのに。
◆初日の出
初日の出は、大体朝の四時から五時に見ることができる。逆にいえば、ご来光を拝みたいのであれば、前日のつまり大晦日に徹夜する、あるいは山に登り始めたりする必要があるのだ。
1
非常に唐突だった。
「葉、山に行くから、準備して」
「ごめん夏蓮、何て言ったの?」
大晦日。例年通り、こたつで年を越そうと鹿尾野葉がぬくぬくとしていたら、こちらもいつも通りこたつに潜り込んできた幼馴染みに、突然いつもと違うことをいわれたのだ。
「なんか、山に行くって聞こえたんだけど」
「そう言った。だから、早く準備」
訳がわからない。だが、そう言われてみれば、彼女の服装がいつもよりも、防寒性能の高いものであるということに気づいた。
「葉遅すぎる。間に合わない」
「何に?というか、流石に説明が少なすぎる
よ……」
「元日に山に登るなんて、初日の出以外理由
は、ない」
そんなこともないんじゃないかな、という反論は口のなかに留めたが、ようやく幼馴染みの目的がはっきりした。はっきりはしたが。
「え、それ家のベランダじゃだめなの?」
「だめ。早く用意する。ハリーアップ!」
こうなった彼女は止まらない。葉はため息をつくと、立ち上がった。
2
幸いにも、日本一早くご来光を拝める山に行くことはなかった。葉と彼女が住んでいる地域からもっとも近い山に行くらしい。とはいえ、一番近いと言っても、それなりに距離があるわけで、徒歩は流石に辛い。ということで。
「夏蓮、タクシー使わない?」
「…………仕方ない」
自宅から、5キロくらい歩いたところで断念し、お金にものを言わせる移動手段を使うことになった。
3
タクシーを使ったので、かなり早い時間に目的地に着いた。
葉達の様な、初日の出見物客のためにロープーウェーは運転するようだが、その運行開始時刻まで30分程ある。
どこかで時間を潰すかと思っていると、彼女はさっさと登山口の方に向かっていく。
「ちょ、夏蓮どこに行くの?」
「歩いて登る」
「やめといた方が良いんじゃないかな……」
「葉、考えて。私たちはタクシーで余計な出費
をした」
「あー……」
「ここで、ロープーウェーを使うと、帰りの電
車賃が心もとない」
残念ながら、彼女の言うことに一理あった。
「ほら、葉歩く」
「わかったよ……」
4
山道は、それなりに整備されていて、歩きやすかった。だが、彼女はそこまで体力に自信があるわけではなく。
「葉今九合目?」
「まだ、三合目くらいじゃないかな……」
数分ごとに、九合目を連呼するようになってしまった。
「葉荷物持って」
「はいはい」
「葉、引っ張って」
「仕方ないなぁ……」
「葉、おんぶ」
「今本当に九合目だから頑張ろうよ……」
そして、ついに頂上に着いた。
5
空は白み始めている。
葉達が頂上に到着して、ほんの少ししてから、今年一番新しい太陽がやってきた。
見物達は歓声を上げ、葉達も例にもれなかった。
きゅっと葉の手に、彼女の手が絡む。
「どう?」
彼女は、何故かどや顔だ。
「うん、きれいだ」
「これを、葉と見たかった」
叶わないなと、葉は思う。幼馴染みのこういうところが、本当に。
「夏蓮、ありがとう」
「どういたしまして」
今年最初の光が、二人を照らした。