マチカネフクキタルにシラオキ様として召喚されてしまった男のトレセン学園生活 作:木岡(もくおか)
マチカネフクキタルが走り出すと、俺の体もその方向へ引っ張られた。胸の辺りを強引に掴まれているように。
驚いている暇もなくて、俺の体は宙に浮く。まるで凧揚げをされているような状態になって、そのままフクキタルとの距離を一定に保ったままどこかに移動させられる。
え、ちょっと待って――何だこれ――。
勢いよく部屋を飛び出すと、そこにあった廊下にはドアがいくつも並んでいた。そして、それが可能なほど長い。すぐに到達した階段も含めて、シンプルで清潔なデザイン。見るとここが、ホテルっぽいということは分かる――。
「って、危ない」
すれ違う人にぶつかりそうになったので俺は体を捻って間一髪交わした。
そんな慌てる俺をお構いなしでフクキタルは1階まで急ぎ足で駆け抜ける。
「チェックアウトですね?」
「はい!ありがとうございました!」
ロビーの受付まで到達すると少しだけ止まってくれたので休憩できた。俺は自分の体の状態をよく見て確認する。
何がどうなっている――俺を引っ張るこの謎の力は一体何だ――。
しかしチェックアウトを終えると、フクキタルはまた走り出して、それと同時にまた俺の体もそちらへ引っ張られる――。
やはり、フクキタルの動きに連動して引っ張られているのは間違いない。それは分かるけど。止まり方は全く分からない。俺はとりあえず謎の力に身を任せて、こんな状態で誰かにぶつからないように努めるしかなかった。
フクキタルはコンクリートの上を駆け抜け、ビルの間をすり抜けていった。コーナーでも速度を落とさない巧みなコース取り。コーナー巧者〇といったところか。ウマ娘用道路の上を走るそのスピードは、街路樹の葉をなびかせる。
ホテル内でも分かっていたことだけど、どうやら俺の姿は誰にも見えていない。すれ違う人はとんでもないことになっている男を全く気にしていない。恥ずかしいからそれは好都合……いや、一応服は着ているから気づいて止めてくれた方がいいだろうか。
引っ張れているという状況には慣れてきた俺は引っ張られながら考えて、現在の自分が置かれている状況の仮の結論を出した。
たぶん、俺は守護霊のような状態になったのではないだろうか。前の世界で死んで、死んだ俺がどういう経緯で今に到達したかは知らないけど、この世界にやってきて、ウマ娘のマチカネフクキタルの守護霊に。
そうであるならば俺はこれからこの世界でずっとフクキタルと一緒?寝る時もご飯の時も?
それってそんなに悪くないかも……いや、むしろ良いんじゃないか……。
フクキタルの頭上に生えた馬耳を上から見下ろす。そこから、周りの人や建物、空の太陽なんかまでもゆっくり見渡した……。
…………。
さらに目を閉じて、数秒間。
色々と思うことはあるけれど、一旦全部忘れてこの状況を楽しんでみるか。俺は決めた。
そして目を開けると、目の前には看板があった。
「――!あっぶな!ってかぶつかった。ぶつかったけど…………すり抜けた?」
顔面からコンビニの看板にぶつかったと思ったけど、痛みも何もやってこなくて、通り過ぎた看板を振り返る。
自分がやはり世界に干渉できない幽霊のような存在なんだと確信した瞬間だった――。
あれよあれよという間にフクキタルはレース場らしき場所に辿り着いた。フクキタルのスピードも速かったけど、距離もそれほど遠くない。どこのレース場かは分からないけど大きな建物だ。
フクキタルの話はあまりしっかり聞いてなかったけど、今日彼女がレースに出ることは把握している。勝負服も着ているし、たぶんそうなのだろう。
その証拠に関係者用らしき裏の入り口から建物に入って、控え室までやってきた。
「開運グッズはしっかり揃ってます。今週のラッキーアイテムも準備OK。むっふー……やはり今日は力がみなぎってきます……」
控室でのフクキタルは机の上に開運グッズを広げていた。フクキタルが背負っていた荷物の中身はほとんどが開運グッズ、ダルマやら招き猫やら……そして「金鯱賞必勝!」と書かれたお守り。
すれ違う人からもちらりと耳にした気がするけど、今日のレースは金鯱賞なのか。
金鯱賞と言えばGⅡの重賞レース。距離は確か2000m。レース場はたぶん中京だったはず。
そんな基本のデータは置いといて、それよりもフクキタルが走る金鯱賞と言えば、俺でも知ってるあれだ。あの有名な、あの子がぶっちぎりで勝利することで伝説とも呼ばれる……。
「これならあのスズカさんにも。勝利することができるはず」
やっぱりそうか……。