マチカネフクキタルにシラオキ様として召喚されてしまった男のトレセン学園生活 作:木岡(もくおか)
「金鯱賞」という文字を頭の中に並べて、自分の頭で思いつく限りの情報を整理する。
これから俺の知っているレースがその通りに繰り広げられるのだろうか……。そっくりそのまま……知ってる世界の歴史通りに……。
――と、そんなことよりもフクキタルめっちゃかわいいな。なんだこのかわいい生き物は。
引っ張られるのが終わって、2人きりの控室という環境でようやく落ち着いた俺は改めてその可愛さに感動した。
画面の向こう側の存在でしかなかったウマ娘が今こうして目の前にいる。ラッキーアイテムを見ているフクキタルの目は輝いていて、少し頬を膨らませている表情は余りにもかわいい。可愛すぎて近くで見れないほど。
俺は数m離れた位置から、壁は無いのに覗き込むようにその姿を見ていた。
それ以上は近づかず、いや近づけず神にも感謝しながらその姿を拝んだ。
それから俺はフクキタルのパドック姿を見た。一定の距離は保ったまま、移動するフクキタルについて行って、フクキタルと同じタイミングで小さなステージに立った。
大勢の観客から俺の姿は見えていないと分かっていながらも恥ずかしかったので、フクキタルが前まで来るとステージの下まで降りて……そこで体操服の上着を投げ捨てる謎の儀式も間近で見た。
湧き上がる歓声と共に拍手をして、かわいいだけでなくかっこいいと思える姿を見た――。
パドックでの出走ウマ娘お披露目が終わればいよいよレース本番。少しの休憩とストレッチの時間を挟んでフクキタルはターフへ向かう。
歩く道はアニメで見たことがあるような長くて、少し暗い通路。静かだけど、微かに響いて聞こえる観客席のざわつきが独特な雰囲気を作り上げていた。
「何で俺が緊張してるんだよ」
誰にも聞こえないので、声に出して確認する。
そうしてみたけど、どうしようもなく感じる緊張。初めて見る出走前のウマ娘が通る道。それに、さっきまでそんなもの見せてなかったフクキタルは立ち止まって深呼吸をしていた。
「……ふう。大丈夫、今日の私にはシラオキ様がついていてくださるのだから」
不安な表情を見せつつも、最後はまた笑みを浮かべたフクキタル。そんな彼女を見て俺は心から頑張れと思った。
そうこうしている時に後ろから近づいてくる足音が1つ。フクキタルの横側にいた俺はやや早くその存在に気づいた。
緑と白の勝負服に、栗色の髪。背筋を伸ばして悠然と歩くその姿を見ると、俺は驚きと感動で口を覆った。
あれは、サイレンススズカだ――。
「あ、スズカさん」
少し遅れて、フクキタルがきづく。
「あらフクキタル」
「今日は負けませんよ!スズカさん!」
「ええ。良いレースにしましょう」
ほとんど足を止めることは無く、サイレンススズカはフクキタルを追い越して歩いていった。これから同じレースを走るライバル、多くを語らずとも目だけでお互いの気持ちは分かる。そんな雰囲気だった。
短いやり取りだったけれど、その間ずっとサイレンススズカのことを見ていた俺は彼女の持つ強者のオーラをビンビンに感じていた。彼女が強いと知っているからだけではない。穏やかな表情の奥にある自信で、空気が鋭くなったような。
サイレンススズカだ。紛れもなくあれはサイレンススズカだ。二次元ではなく本物の。ここに来ているとは分かっていたけど、やっぱり会えた。興奮してしまう。これから、あの子が走るレースをこの目で見られる。それってヤバいな――。
1番人気のウマ娘もターフにやってきて、熱量が加速してきたレース場の、最も注目を集めるターフという場所へフクキタルと共に出ていく。その時にはもう俺は逆に緊張しなくなっていた。
見える景色の素晴らしさと感動で、観客の声も多すぎるし逆に気にならない。それよりもよく見たいところが多すぎる。
足元の芝からコースを形作る柵までもが胸を震わせる。そして、何よりフクキタルやサイレンススズカと同じく金鯱賞に出走するウマ娘達の姿がそこにはあった。彼女たちの一挙手一投足に目が離せない。さらには勝負服のデザイン、耳飾り。できれば全身を舐め回すように見たい。
けれど、尊すぎて……。そこでも俺はあまり彼女たちに近づくことはできなかった。
「スズカー!」
「頑張れー!」
「頑張れスズカー!」
時折目立つ観客からの声はサイレンススズカを応援する声が多かった。そんな中、出走するウマ娘達は各自ウォーミングアップを終える。
俺はフクキタルに謎の力で引っ張られながらウマ娘達を観察していて、気付けば時間が経っていたという感じであった。
開いたゲートの中へウマ娘達が移動を始める。お互いに周りを意識しながら真剣な面持ちで。
枠入りしたウマ娘達からゲートが閉じられていって、フクキタルはその中で最後に大外の9枠に身を収めた。
俺は一緒にゲートの中には入らずに、とりあえずその背中をゲート越しに見ていた。できれば観客席のほうに移動して見たいのだけど、離れようとしても5mくらいという一定の距離以上は離れられない。
だから、また凧揚げ状態で上空からレースを観戦するしかない。それはそれで面白そうではあるが……。
こうしてこの世界に来れたのはフクキタルのおかげかもしれないし、おそらくはフクキタルの守護霊みたいなものになった。そんな俺は出走する9名のウマ娘の中ではフクキタルを応援したい気持ちが強かった。今もその後ろ姿を見て頑張れの念を送っている。
けれど、知っている世界のものとレース結果が同じならフクキタルは負けてしまうはずだ。こんなに気合を入れてレースに望んでいるのに残念ながら……。
なのでせめて2位になってほしい。頑張って2位までいけ。サイレンススズカより下の順位を知らない俺はそんな気持ちだった。
レース前、静かになったレース場にファンファーレが響き始める。もう開始までは10秒くらいだろうか。
「頑張れ!」
思わず声に出すと、フクキタルの片耳がピクリと動いた――。
・後書き
ガバガバ設定小説、まさかの続きです。