彗星の羅針盤   作:もみじん

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第17話 黒崎孝文は疲れている②

これは"舞台"の上で始まるケンカだ。

 

正しさの押し付け合い。

 

大体『殺すシナリオ』ってなんだよ。

 

そんな台本は私には配られていないし、打ち合わせもしていない。

 

ぶっつけ本番の演技勝負。

 

"悪意"のないロボットを目指し、地を蹴る。

 

初歩的な動作ではあるが、彼の目を引くには持って来いの演技だ。

 

動き出した物語にスポットライトまでもが私に引きづりこまれていく。

 

ここにバックグラウンドミュージックは流れていない。

 

シャイな指揮者もノリノリのミュージシャンも存在しない。

 

この一コマだけは譲れない。

 

ここは私の領域だ!

 

「黒崎ー!」

 

彼の名を呼ぶ。

 

勿論返事はない。

 

話によれば彼の感情はもうないみたいだ。

 

八ッ! 笑える。

 

だって感情がないなんてバカげているだろう。

 

浅峰は言っていた。魂の色を落とした、と。

 

────それは間違っている。勘違いにも限度がある。

 

魂に元から色なんてものは存在しない。

 

魂が本来持つモノとは、色やら味なんていう感覚じゃあない。

 

"思考"だ、"感情"だ、"気持ち"だ。

 

形も無ければ色も味もない。

 

それらは本来、見ることも触ることも味わうこともできない。なので落とすことも消すこともできない。

 

そんな空白に唯一干渉する手段。

 

その一、思考には気持ちでぶつかること。

 

その二、感情は思考で制御すること。

 

その三、気持ちは感情で上回ること。

 

今────あいつがもし、感情がないのであれば私の正義という名の悪意を浄化する思考で必ず制御して見せる。

 

「はあぁ────!」

 

宙に浮く身体を重力に身を任せ、ロボット役の彼へと向かって思い切り足を振り下ろす。

 

それを防いだ彼の腕から直接、私の思考を流し込む。

 

虚無との邂逅。

 

彼の空っぽの頭の中を除いた。

 

「これは・・・! 本当に感情を隠しきっているみたいね。」

 

反撃を加味して、後ろに後退する。

 

ステージが反転する。

 

スポットライトは一人の少年に注がれ、前にいる彼女へと敵意が注がれる。

 

さすが男の子と言ったところか、彼の見えない圧力に少しだけ気圧された。

 

だけど、そんなことではもう止まらない。

 

────彼のシナリオが唐突に始まった。

 

彼は突如として舞台を駆け始める。

 

間違いなく今は彼へ追い風が吹いており、逆風を受ける彼女はただそれを眺めているだけだ。

 

「・・・」

 

無言の圧力、観客が居れば観客毎のけぞらせる程の迫真の演技。

 

気付いた時にはすでに、彼の拳は空を斬っていた。

 

「殺すとか言っておいて拳なの!? 原始的すぎない!?」

 

私が襲ってくる弾丸のような素早い攻撃。

 

受け止めれば、おそらく腕は壊れてしまうだろう。

 

思考から選択まで、約0.3秒で決断する。

 

防がない・・・、躱す!

 

結果、弾丸は真横を通過した。

 

この舞台上では身体が小さい私の方が動き回れる。

 

躱した時の動きを利用して、クルッ、とパパ仕込みの裏拳を叩き込む。

 

「うわー、効いてなさそうなんですけどー。」

 

一介の女子高生の力では到底致命傷にならないのは事実だ。

 

そしてそれを私は理解している。

 

理解したうえで今前を向いているのには勝機があるからだ。

 

私はこの舞台が始まってから力で勝つ気なんて毛頭ない。

 

私は彼の感情を解き放つ。

 

それだけを意識する。

 

その思考の末の行動が一度目の接触。

 

私は彼の虚無を見た。

 

文字通り何もない。空っぽだった。

 

そんな彼の虚無を崩壊させる手段は一つ。

 

『その二、感情は思考で制御すること────。』

 

私は、彼の虚無空間へと私自身の悪意を流し込む。

 

エゴ同士が干渉するとなにが起こる。

 

プラスとプラス同士みたいに反発しあう? ノー。

 

それとも混ざりあう? それもノー。

 

同じ考えを持つ者たち同士の中に、一人だけ異質な存在が居る。

 

悲しいかな、人間は繊細だ。そんな風に混ざった腫物であっても意識してしまうものだ────。

 

答えは、一部を取り込む。

 

突き放すだけでもなく、溶け込むこともしない。

 

彼らはそれが"居た"と"自覚"して、前へ進んでいくだけ。

 

彼の虚無に流れこむ私のエゴは、彼自身に自覚され、彼の"感情"を解き放つ。

 

剛腕が私に覆いかぶさりそうになりながら、降りかかってくる。

 

今、彼の"核"が無防備にさらされた。

 

胸の下、物理的中心軸に存在する"魂"。

 

私は振り下ろされる腕を、彼の懐に踏み込む一歩で躱し、悪意を貯めこんだ右手で彼の"魂"に触れた────。

 

◇◇◇◇◇

 

────自分自身で何かを決断して、その結果失敗して誰かのせいにしてしまう自分が嫌いだった。

 

2014年8月14日。

 

その日は真夏のくせに、身が震えるほど空気が冷たかった。

 

「司、お前なにやってんの?」

 

「んー? タバコ。」

 

温度外れの夏服の制服を身に纏い、俺たちは学校の屋上で夕日を眺めていた。

 

目の前にいる同じクラスの友人は平然と社会のルールを破り、"明日"を見ている。

 

「誰に勧められたんだよ、萩原先輩か?」

 

「いや、別に。どうだっていいだろ、そんなこと。」

 

「どうでも良くなんかないだろ、いつから吸ってたんだよ。」

 

「・・・それも、どうでもいい。」

 

人なんて殴ったことなかったけど、案外軽いもんだ。

 

今日、ここまで切磋琢磨してきた友人と何度目かの絶交した────。

 

「荻原先輩、司にタバコとか進めたのって先輩ですか。」

 

午後十時。

 

俺は、毎夜飽きずに先輩たちが屯する町はずれの廃工場にやってきていた。

 

────痛い。

 

来て早々、周りにいた先輩のパシリ達に取り囲まれて、椅子に縛り上げられると滅茶苦茶に殴られた。

 

「────」

 

口の中を切ったのか、思うように言葉を発せない。

 

朝になったのか日が昇り始めて、遠くからサイレンが聞こえてくると先輩たちは尻尾を巻いて逃げていった。

 

「孝文────!」

 

お母さんだ、一日中走りまわっていたのだろうか。

 

買ったばかりのスニーカーは汚れていた。

 

それから一週間後の8月22日。

 

久しぶりの登校は少しばかり足が重かった。

 

教室に入ると、今となっては赤の他人である日比谷司と目が合う。

 

「すまなかった。」

 

深々と頭を下げる彼は自身の罪を認め、過去に起こった出来事は綺麗さっぱり消えていった。

 

2014年12月24日。

 

中学二年生の冬。

 

他の学校の生徒たちは今頃冬休みだというのに、俺たちは東京へ遠足に来ていた。

 

「ねぇ! 東京タワー行かない?」

 

「「行かない。」」

 

「なんでよー、つまんないのー。」

 

幼馴染で同じクラスの女の子、宮本彩芽と親友である日比谷司に誘われて雪の降る東京の街を歩く。

 

「おーい、ガキども。占いやってかない?」

 

とある路地裏に差し掛かると、胡散臭そうなおっさんが占いを勧誘してきた。

 

「おいおっさん、そんな辛気臭い所で商売やってても運気あがんねーぞ?」

 

「お、占い師に運気を語るとは・・・、良い根性してるな。名前は?」

 

「・・・日比谷。」

 

「下の名前は────?」

 

「なんで知らないおっさんに名前を名乗らないと行けないんですかねー。」

 

「? 名前ってそんな重要か? 俺のガキの名前なんて隣に住んでる犬の名前だよ?」

 

「うわ、その子供可愛そうにな。それで親父は路地裏で悪徳商売ときてる。」

 

「お、おい! そんな冷たいこと言うんじゃねーよ!

 外はこんなにも寒いってのに、心まで冷えちまうじゃねーかよ!

 故郷でもこんな雪降らねえよ・・・。」

 

「・・・司だよ、日比谷司。

 そんでこっちの女が宮本彩芽。その隣が黒崎孝文ね。」

 

「「おい────!」」

 

「ほう、ずいぶんとノリが良くなってきたじゃねーか。司。

 良いだろう、特別お前ら全員無料で占ってやるよ────!」

 

冬の遠足と言えば、"俺"の思い出は多分それだけだった。

 

結局あの後、おじさんになんて占われたのかも覚えていない。

 

覚えていないなら、きっとどうでもいいことだったんだろう。

 

冬休みが終わった後、年が明けてから俺の人生史上最も最悪な転機が訪れてしまった。

 

2015年1月15日。

 

新年初めの登校日。

 

その日は真冬なくせして、身体が高ぶるように暑かった。

 

普段通り、自分の教室へと向かう。

 

「あれ、司と宮本は?」

 

いつもなら俺より早く来ているはずなんだけどな。

 

なんだろう、胸騒ぎがする。

 

少し経って教室へとやってきた担任の口から二人は本日休みと連絡があった。

 

授業も真面目に受けるし、体調も滅多に崩さない二人がしかも一片に。

 

そんな違和感を一日中抱いたまま、放課後がやってきた。

 

家に帰ろうと教室を出る。

 

「おーい、黒崎ィ──。

 今すぐ携帯見てみろよ。」

 

すると荻原先輩のパシリ数名がやってきて、そう指示をする。

 

断ることも出来たが、手間のかかることでもないので言われるがままポケットから携帯を取り出す。

 

すると、よく知る相手から二通のメッセージが届いた。

 

相手は荻原先輩だ。

 

一通目のメッセージを確認する。

 

画像が添付されているようだったから、その中身を確認する。

 

「え?」

 

「お前さー、最近調子乗ってるよなぁー。

 このリア充が! 俺たちを見下したらどうなるかそれでわかったろ?」

 

携帯に映し出されたのは、親友が手足を拘束され見知った男になぶり殺しにされている画像────。

 

周りの存在も忘れ、廊下を駆けだす。

 

「おっとー、ちょっと待てよ。

 もう一通見てみろよ、最高だからさ!」

 

肩を掴んできた腕を強引に振り払う。

 

しかし既に周りを取り囲んでいた男達に簡単に組み倒されてしまう。

 

「ちょっと、君たちなにやってるの?」

 

「おーとぉ、先生、すんません。

 男同士でじゃれあうもんじゃないっすね。」

 

「全く、ほどほどにしなよ。」

 

異変に気が付いた先生も組み倒されている俺が見えなかったのか、背を向け何処かへ行ってしまう。

 

男達はニヤニヤとしながら、俺の携帯を操作してもう一通のメッセージに添付されている画像を見せびらかしてくる。

 

「────!」

 

そこに映っていたのは幼馴染の女の子だった。

 

声に出せない怒りが全身を奮起させる。

 

「おいおい、暴れんなよ。

 こいつら可哀そうだよな、お前の周りに居るってだけでこのザマだ。

 荻原君はお前の笑っている顔が死ぬほど嫌いなんだって言ってたぜ?」

 

「そ、れ、で、だ。

 荻原君は今からお前に選択肢を与えてくれるんだってよ。」

 

「────ッ」

 

「今からどちらか選んだ方を解放してやるよ。

 好きな方を選べ────。」

 

────選んだ"方"をだと?

 

両方という選択肢はないのか?

 

なんなんだ、この二択。

 

"どっち"も外れじゃないか。

 

"どっち"を選んだとしても、その先に笑える"明日"が待っていない。

 

冷静に考えるな。

 

あの二人に"価値"を付けるな。

 

────俺はどちらかも選んではいけない。

 

それが、友人としてのこの場での"敬意"だ。

 

「なーんだ、つまんねーの。

 ぜってーどっちか選ぶだろ、普通────。」

 

俺は"誰も"選ばなかった。

 

その決断から数か月後。

 

俺はあの二人から逃げるように学校を出て、家も出て、隣町の親戚の家へ転がり込んだ。

 

それからさらに数か月後。

 

選ばなかった"彼女"に偶然にも道端で出逢った。

 

彼女は俺の"決断"を攻めなかった────。

 

そんな未来が合ったらな。

 

『あなたのせいで壊された。』

 

『あなたが選んでくれなかったから苦しんだ。』

 

『あなたが弱かったから私が傷ついた。』

 

脳裏に響く罵倒。

 

その時の"感覚"が今でも鮮明に思い出される────。

 

そのさらに数か月後。

 

選ばなかった"彼"と出逢った。

 

今度は"希望"も抱かない。

 

俺は、ただひたすらに降りかかる悪意を受け止め続けた────。

 

「たかちゃん、高校はどこに行きたいの?」

 

部屋の中で何か月も引きこもる俺に優しく語りかけてくれた親戚の百合子さん。

 

百合子さんは家出した俺を理由も聞かずに家に今も置いてくれている。

 

「まさか、今度は高校も行かずにまた引きこもる気ー?

 そうなったら流石に私も怒るわよ?」

 

止めてくれ、百合子さん。

 

俺に選択肢を与えないでくれ。

 

何を選んだところで何も変わらない。

 

待っていたのはどちらも悪夢だった。

 

もう後悔したくない。苦しみたくない。

 

『それ、嘘だろ?』

 

「え?」

 

「ん? どうしたの? たかちゃん。」

 

「声が────、聞こえるんだ。」

 

「んー? それは耳があるから当然でしょ、全く。

 バカにしないでよ、もう。夕飯作っておくから後で来なね。」

 

ガチャリ

 

『自分自身を選んだお前が何を言っている。』

 

「誰だ────! さっきからどこに居るんだ!」

 

『お前はあの時、自分自身を守ったんだ。』

 

「違う。」

 

『片方を選んで、もう片方に嫌われるのが嫌だったんだ。』

 

「違う違う違う!」

 

『お前自身の中でもっとも優先されるのは"自分"しかいない。』

 

「違う! 黙れ黙れ!」

 

『友達に価値を付けたくない? それは綺麗事に過ぎない。』

 

「黙れ黙れ黙れ!」

 

『もういっそ、本能のまま動いてしまえ。

 それは"選択"なんかじゃない。思考よりも本能が動く。身体が動く。

 その行動に誰もお前を責めたりはしない。お前が考えて決めた選択ではないからだ。

 お前の本能が動かした副作用に過ぎないんだから────。』

 

中学三年の冬。

 

俺はとある"役"に拾われた。

 

「君に合う最高のキャラが居るんだけど────。」

 

目の前の男はそう言って、俺に"シナリオ"を渡してきた。

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