「このビデオ、いつ録ってると思います? 実は、プロデューサーさんと初めて会った日の、夜なんです」

俺たちの物語は、ここで交わったんだよな。
そして、これから、何度も、交差して、離れて、交差して、離れて、でもまた帰ってくる。
春香。春香がいて、俺は幸せだよ。

これからも。


*


本作品は天海春香学会 学会誌vol3の特集テーマ「十年後の天海春香」の文章の部に寄稿させていただく作品の製作過程で誕生した、もう一つの作品です。

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+クロスロード

春香へ。これを読んでいるのは、何年後の春香だろうな。一年後? 五年後? 十年後? それとも、もっと先かもな。こんな形式で春香にメッセージを残すのはちょっと恥ずかしいけど、頑張って書いてみる。

今日はデビュー十周年の日だ。正確には、メジャーデビュー、初めてのCDの発売から、十年。早かったか? 俺にとっては、この十年は全然あっという間じゃなかったな。長い十年だった。いや、長いっていえばそりゃ十年なんだから長いに決まってるんだけどさ。ただ、こうしてかしこまって振り返ると、色んな事があった十年だなって思ってしまうよ。とはいえ、今日はそんなおめでたい日でもあるので、今考えてることが思い出になる前に、全部書いておこうと思って、筆を執ったんだ。

今日のパーティーでの春香のスピーチ、さすがだったな。アイドルアワードの授賞式の時とは比べ物にならないぐらい上手になってて、久々に春香の生スピーチを聞いてびっくりした。でも、俺はアイドルアワードの春香のスピーチ、結構好きなんだ。たどたどしいけど、素の春香が喋ってて、春香のいい所が全部出てるような気がしてさ。何度も見直しちゃうんだよな。ただ、今日のことを振り返って印象に残ってるのは、スピーチよりも春香のご飯だな。パーティー会場はホテルなのに、ちゃんと鞄にお惣菜とか入っててさ。春香に「パーティーはホテル貸切ってるって言ったよな?」って聞いたら、なんて答えたか覚えてる? 「てっきりスタジオでちゃちゃっとするもんだと思ってました」って言われて、拍子抜けしたよ。未だにスケジュールをちょっと間違えるの、春香らしいなって思ったし、それでちゃんとお惣菜持ってくるのも春香らしい。結局二人でさっき食べたんだぞ。この文章をいつ見るか知らないけど、春香が作ったミートボール、味付けかなり好きだったな。またどこかで食べられることを楽しみにしておく。

 

せっかくだから昔話とかしておくか。

プロデューサーとして俺が初めて春香に会ったのは、四月頭の公園だったよな。確か、すっごい大きい公園で、春香が発声練してて。こけてる所に出くわして。懐かしいよな。でも懐かしいというより、俺の記憶の中では、その春香は今と変わらない顔で、あわわわ、って言ってて、なんか最近の事のように思えるんだ。

それと、ドームライブは語るに尽きないよな。今となっては毎年の恒例行事みたいになってるけど、その度舞台袖で泣いてたなぁ。今年も多分泣く。春香が夢を振りまいてる姿見ると、勝手に出てくるんだよな、涙。昔も今も変わらない春香のライブは、会場が大きいほど春香のデカさを感じるよ。いや春香は別に大きくないけど、大きな存在になったなぁって。舞台袖からでも感じるんだ、ファンはもっと感じてるんじゃないかな。昔に比べてパワフルになった歌声と、昔に比べてコンパクトになった振り付けと、それから、昔に比べて魅力的になった笑顔が、ドームいっぱいに広がるんだ。でも、歌のレパートリーも増えて、その度歌詞読んで、どう歌うか唸ってる、そんなドームの裏側の春香を見ると、ああ、また日常が帰ってきたな、ってちょっと安心する。ドームはすごい夢の塊なんだけど、やっぱり春香を見てるとちょっと危なっかしいから。こけやすいのは昔から変わらないし。

それに、シアター組のみんなが入ってきたのも、ドームライブが恒例化し始めたころだよな。春香は、どうだった? いや、どうだった? って聞かれても難しいよな。でも、どうだった? って聞きたい。俺は忙しくなって、女の子だらけの環境に正直ちょっと疲れてた。顔を覚えるのも大変で、事務所に居るといつも誰かに見られてるんじゃないかって気になってしまってて。春香にはどう映ってたのかな。大きくなった765プロと、シアター組のみんなと、そんな俺。やっぱり疲れてるのバレてたかなぁ。春香の前ではできるだけそういうのを見せないように頑張っていたんだ。やっぱり最初の担当アイドルだし、春香だし、それにシアター組のみんなとのことを笑顔で話す春香に、あんまりそういうこと言えないし。だからここに書いてるんだけど。いや、別にそれが悪いなんて言うつもりはなくて、春香がそうやって楽しそうに話してくれるのが、俺にとってはすごい嬉しかったんだ。おかげでシアターのことを嫌いにならずに済んだ。居て疲れる場所と思わなくて済んだ。春香が笑顔で話してくれるから、名前だって思ってたより早く覚えられたし。その件は、ありがとうな。

シアター組のみんなとは最近も上手くやってるみたいで、さすが春香だなって思ってる。いや多分、春香にとっては上手くやるとかそういうのはないだろうし、多分普通にしてるだけなんだろうけど、それが「さすが春香だな」って。ここ最近で言えば、リコッタの復活ライブとか、よかったよ、すごく。準備期間すごい短かったのに、いざライブやってみれば、こんなにあったかいユニットだったか? って。皆を引っ張る春香の姿がすごい印象的だったよ。リコッタ結成の時に、春香に任せてよかった、って、復活ライブで改めて思ったよ。

それと、この前の餅つき大会は面白かったな。春香が「もち米いっぱいもらったんで」って言いだした時は、そんな稀有な状況あるか? って笑っちゃったし、実際、年始年末なんてみんな忙しくて出てこられるわけないって思ってたのに、合間縫ってちゃんと集まって、その上年越しはみんなでできて、お蕎麦啜って、鐘の音聞いて、何故か初星リミックス歌いだしたりして。毎年、年始年末はしんどいし嫌だったんだけど、久々に楽しい時間を過ごさせてもらったよ。ありがとう。

 

そういや、春香はいつも「ありがとうございます」って、仕事終わりの俺に言うけど、こうしてみれば、二人三脚だったんだなって、俺は思ってるよ。俺は春香に支えられっぱなしだな、って思ってるし。

仕事ってさ、大変だよな。結果が全てだし、結果を出さなきゃ前に進めないし、自分自身を褒めようとしても、嫌なことばかりが頭に残ってさ。メンタル保つのしんどいよな。春香が笑顔の裏で何度も悩んできてここまで来たのも知ってるし、俺に見せてない苦労だってきっとあるんだと思う。俺が春香に見せないようにしていたようにな。でも、そういう春香とこうして過ごしてみて、一緒に歩いてきたのが春香で良かったなって、今思ってる。多分春香が一番最初の担当アイドルじゃなかったら、俺は765プロから離れていたかもしれない。さっきシアター組が入ってきた時のことを書いたけど、やっぱり俺一人じゃみんなのことを好きになるのは途方もないことだったんだろうなって思う。だけど春香が隣で楽しそうに話してくれるから、俺もちょっと知っておこうかな、って気になる。その繰り返しで、今、シアター組の子もみんな好きになれた。春香じゃなかったらこうはなれなかったんじゃないかって、俺は本気で思ってるよ。

それに、そのつもりはないんだろうけど、今日の今日まで、春香に励まされてばっかりのプロデューサー人生だ。笑顔で歌ってる春香を見て、仕事しててよかったって思えるし、ラジオとかでのトークでいろんな人と楽しそうに話しているのを見て、春香がすっかり立派なアイドルになって嬉しくもなる。もう親みたいな目線なんだよな。親って言うほど老けてはないんだけど。俺はまだまだ下っ端だから、大きくなる春香の背中を見て、頑張って追いつきたいなって思ってたし、今も思ってる。そう思わせてくれる春香だから、俺はずっと頑張れるんだな、って今は思う。

こうして振り返っているとさ、さっきは長かった、なんて言ってたのに、あっという間だったな、って言いたくなる。変だよな、変だな、ごめん。だけど、そう思ってしまうんだよ。

 

春香が覚えているか分かんないけど、でも、言わないで、って言われてるから、口にせず、こうして書き残しておく。あのビデオレター、見たよ。DVDに直書きで、「X年後のプロデューサーさんへ」って書かれた、あれ。この前の大晦日に、さっき言った餅つきするってなって倉庫を掃除してたら出てきた。でもあれから忙しくて、見られてなくて、それでさっき見た。これを見たのは、十年後だったよ。

春香は変わらないな、って思った。俺は変わってないかな? 言われてた通り、老けたかな。確かに十年で髭は生えやすくなったし、声もちょっと覇気がなくなったような気がしなくはないけど、それでも俺は変わってないつもり。どうだろう、春香の眼にはどう映っているのかな。

 

春香が思い描いていた十年と、実際に過ぎてみた十年。こうして交差させてみて、どう感じたかな。思い描いていた通りになったかな。それとも全然違ったかな。予想が当たっていたこと、外れたこと、どうかな。そんなのをひっくるめて、楽しかったって、言えるかな。こんなこと、聞く必要もない問いだと分かってはいるんだけど、改めて、ね。

 

春香はこの十年、楽しかった?

 

俺は最高に楽しかったよ。しんどいし疲れるし嫌になることもいっぱいあったけど、春香と一緒に突き進んできたこの十年、最高に楽しかった。面と向かっては言いづらいから、ここでいっぱい書いておく。楽しかった。楽しかったんだ。楽しかったし、幸せな十年だった。

だから、今までも、これからも、ファンでいるし、プロデューサーでいる。

この十年でもあったけど、忙しくて春香に向き合えない時間もできるだろうし、春香だって765プロの天海春香としてだけではなく、トップアイドルの天海春香として舞台に立つことも増えるかもしれない。だけど、俺は春香のファンでプロデューサーで、春香は765プロのアイドルだ。帰る場所は、765プロにある。

春香は、俺の、じゃなくて、765プロの、そして、みんなの、天海春香なんだ。

……なんて、こうして文章にしてみると、恥ずかしい以外の何物でもないんだけどさ。

 

さて、長々と書いてしまったな。まさかこんなに書くことがあるなんて思ってもなかった。春香のビデオレターは3分ちょっとだったのに、俺のは多分、話せば一時間ぐらいかかるんじゃないだろうか。とはいえ、それが、春香と俺の十年なんだよな。

 

それと、最後のお願い。この文章は、多分、見つけたから分かってると思うけど、手帳の表紙とカバーの間に挟んでいるので、読んだらちゃんと戻しておいてほしい。読んだってことが、俺にバレないように。春香以外には言えないようなことも書いてるんだから、察してくれ。

 

それじゃ、また、事務所で。

 

P.S.

これを読んだことをもし伝えるのなら、また十年後に、ビデオレターか、手紙かで頼む。

 


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