異世界の極道物語   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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第十二話 極道執事

 

 理由が理由だっただけに録郎の願いは聞き入れられなかった。

 その所為で録郎の機嫌はすこぶる悪かった。

 燕尾服こそ大人しく着たものの不貞腐れたような態度を崩さない。

 それは船を降り、街道を歩いてリズの自宅が居を置く王都に辿り着いてからも変わらなかった。

 

「いい加減、機嫌を直さないか?」

 

 ルザリアが隣を歩く録郎に声を掛ける。

 先程から、通り過ぎる人の視線が痛かったのだ。

 何しろ、リズとルザリアは十三騎士という立場上、ただでさえ市民の注目を集める。

 そんな二人と一緒にいるのが桃色の長髪にサングラスをかけた天を衝くような長身の執事というだけで怪しさを漂わせるのに、終始態度が悪いのである。

 ルニカスで最も栄え、最も高貴な人々が住まう街が王都であり、当然すれ違うのは皆貴人。

 普段から刺激の強い物から遠ざけられて過ごしている貴人達からすれば、今の録郎は間違いなく毒の類であった。

 

「そもそも(けい)ほどの男だ。一夜の過ちだって何度となく繰り返して来ただろうに、何故そのような小さなことにこだわる?」

「嫌なんだよ。本気じゃないくせに、女の心に踏み込んでるみてぇな、居心地悪さってヤツがあってよ」

 

 ルザリアにはまるで理解出来ない感覚だった。

 所詮は住居に過ぎず、心と直結ているものではないだろうとルザリアは思った。

 

「相手の方が、逆に(けい)(ねや)へ行きたいということもあるだろう。そういう時はどうしているんだ?」

手前(テメ)ェの事務所以外に寝床がねぇ。事務所にカタギは入れられねぇから帰ってくれ。いつもはそう言ってっかな?」

 

 何故だか、ルザリアは寂しい気持ちになった。

 今まで彼に対して本気になった女はいるのだろうか。

 もしいるのだとしたら、きっと本気になった分悲しかっただろうと思った。

 自分からは決して触れることをせず、此方から触れようとすれば遠のいていく男に一体何をすれば良い?

 ルザリアには答えは分からない。

 

(けい)はいつか女に刺されそうだな」

 

 だが、なんとなくそう言ってやらなければ気が済まず、嫌味が吐いてでた。

 録郎はそれを聞くとさも愉快そうに笑う。

 

「その女がどこの誰だか知らねぇが、俺を()るなら、酒に毒でも盛るべきだな。もし刺されたら、ソイツのこと間違いなく殺しちまうから」

「大した自信だが、刺したその人からすれば本望なのではないか? 最後に見える景色が“愛しい人”なのだから」

「……アンタ、意外と詩的(ポエミー)なことを言うね」

 

 茶化すような口調の録郎は、いつの間にか機嫌を直していた。

 

「ちょっとそこの二人ぃー。物騒な話はやめなよー。特にロッキー。まだ昼間だよー?」

 

 後ろを振り返りつつ、リズが二人を注意する。

 

「悪ィな。ちょっと前まで物騒な職業だったもんで」

「それじゃ困るよー。万が一にもチャン君が“ゴ”の付く人だってことがバレると困るんだからさ」

「そいつは分かってんだが、ヴァイオレンスってモンが骨身に沁みついちまっててな。中々難しいんだよ」

 

 極道が長い上に、それ以前も追い剝ぎや喧嘩代行で生計を立ててきた為、基本的に録郎の在り方はすれていると言っていい。

 自分で意識していなくても、普段の言動が“暴力”に寄ったものになっていたのだ。

 

「私の従者として相応しい言葉遣いを身に着ける必要があるな」

 

 ルザリアは録郎をからかうように微笑する。

 反論はしない。全面的にその意見は正しいと思ったからだ。

 

「承知致しました、お嬢様」

 

 早速、録郎は姿勢を正し、“それらしい”振る舞いを実践する。

 なんとなく“執事”という職務に対し、余裕に満ちた微笑みという印象があった為、録郎はそれを意識した。

 するとルザリアは顔を隠し、録郎から目を逸らす。

 

「いや、何その反応?」

 

 それが予想もしていなかったものであった為、録郎は困惑する。

 リズは下からえぐるように、ルザリアの顔を覗き込む。

 

「あぁっと……ひょっとして、乙女スイッチ入っちった?」

 

 その理由が分かったらしいリズは、自分の考えの合否をルザリア自身に求める。

 ルザリアは小さく頷いた。

 

「だってさ」

「いや、分かんねぇよ」

「“萌え”って言葉知ってる?」

「あーと、講談本の執筆で生計立ててるような連中の間で流行ってるスラングみてぇなモンだっけ?」

 

 極道時代、“商売(シノギ)”の相手として出入りしていた出版系のギルドにそんな言葉を使う人間がいたことを録郎は思い出す。

 

「ある対象に向けられる昂る感情を、今芽吹かんとする若葉にたとえてるとか、そんな感じのヤツだったよな? それが何か関係あんのか?」

「今のルジーの状態」

「あ?」

「いや、だから萌えてんの。チャン君に」

 

 はぁと、録郎は呆れたような声を上げる。

 

「この人、確か二十八とかって言ってよな?」

「うむ」

「それでこれは色々心配になるぞ?」

「ねー。いつか、悪い男に騙されるんじゃないかとチャン僕も気が気でしょうがないんだよ」

 

 彼女の行く末は気掛かりだったが、それはそれとしてこの様子は見ていて面白かった為、録郎は増長する。

 

「いけません、お嬢様。こんな往来で恥ずかしがっていては人に見られてしまいます。先を急ぎましょう」

 

 ルザリアの腰にそっと手を当てエスコートするように録郎は歩き出す。

 

「あ、あばばばばば」

 

 赤面し目を回すルザリアを見て、録郎は愉快でたまらない気持ちになった。

 

「こらこら、あんまりルジーをからかっちゃダメだって。あと、ロッキー、チャン僕のお家はこっちだよー」

 

 調子に乗った挙句に迷子になりかける録郎をリズは苦笑いで(たしな)める。

 

「……それを早く言ってくれよ」

 

 慌てて録郎は引き返し、リズの後を追いかける。

 

「いや、チャン君が勝手に行動しただけだけどねー。てか、それいつまで続ける気なん?」

「それが、完全に頭がブッ飛んじまってるみたいで、この状態じゃないと歩かせらんねぇのよ……」

「……分かった。チャン僕の家に着いたらまずはルジーの介抱からだね」

 

 リズは歩調を早めた。

 

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