異世界の極道物語   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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第十六話 英雄が疑われた日

 

 エリザベス・ヴィシャスという女は人としては致命的であり、それでいて並み一通りな悪癖を抱えていた。

 何かに息詰まると酒に逃げるという、ありがちな悪癖を。

 彼女にとって悩みの種になりやすかったのは仕事であり、趣味でもあった森羅万象の研究。

 その日もリズは悪癖を発露(はつろ)させていた。

 

「お姉さん、儲かってるー?」

 

 酒場の扉を開けるとリズは店のカウンターに保頬杖をついてつまらなさそうにしている四十代か三十代かなんとも言い難い女性に声を掛ける。

 リズの飲む場所は決まっていた。

 王都の裏路地にある、手狭で(すす)けた店。

 

「意地悪なことを聞くわね、エリザベス。今日も貴女(あなた)が一人目の客よ」

 

 この店の良いところはなんと言っても静かだということ。

 

「そかそか。じゃ、いつもの頂戴」

 

 そしてこの店でしか扱っていない(カルヴァドス)を飲めるという点であった。

 店こそ寂れていたが、女主人はさる豪商の婦人だった。

 有閑マダムなどという言葉もあるが、この女がまさにそれで、暇を持て余すあまり、旦那が世界各地を回りそこで見つけた珍しい酒を振る舞う店を構えたという次第である。

 

「くー! この一杯の為にチャン僕は生きている!」

 

 カウンターに置かれたストレートの(カルヴァドス)をグラスの半分ほど一気に飲み干すとリズは叫んだ。

 

「ありがと様。貴女が喜んでくれると私も嬉しいわ」

 

 微笑する女主人の言葉に気を良くし、リズはつまみとして出されたオリーブの塩漬け(かじ)る。

 その塩味を流そうと、リズは(カルヴァドス)をすすりつつ、壁にかけられたコルクボードに注視する。

 そこに貼られていたのは新聞のスクラップだった。

 いずれもアウグステ・フィッツジェラルドについて書かれた記事である。

 

「お姉さん、またコレクション増えた?」

 

 女主人はアウグステのファンで、彼が活躍した事件記事を集めることが趣味だった。

 

「ええ。この前のスプートニク村での一ツ目巨人(キュプロス)退治の記事が増えているわね」

「……随分お熱だねぇ。旦那(パパ)は心配しないん?」

「いいえ。旦那とは別腹よ」

 

 じっとりと湿った眼差しをリズは女主人へと向ける。

 

「アイツのドコがいいわけ?」

「百戦錬磨一騎当千の武勇! それを鼻にかけることのない余裕に満ちなおかつ清廉な魂! そして甘いマスク! 女として惹かれなきゃ噓ってものよ!」

「確かにルックスはイケメンだ」

 

 リズにとってはあくまで同じ十三騎士の一人にしか過ぎなかった為、熱く語る女主人に対して冷めている。

 

「ま、ただ憧れってだけじゃないのよ。身近にいたことのある有名人だから活躍が嬉しいっていうか」

「ほう?」

「私、フィッツジェラルド家の侍女だったのよ。アウグステ卿はまだ幼くて、働き始めてすぐに今の旦那とであったから、向こうはきっと覚えていないと思うけど」

「それは初めて聞いたなー」

「ええ。だって初めて言ったもの」

 

 人には意外な歴史があるものだと思いながら、リズは再び(カルヴァドス)に口を付ける。

 

「本当に立派になったのよね。二人の兄上様方にいじめられては泣かされていた頃が噓のようだわ」

 

 この時、リズは妙だなと思いながら女主人の話を聞き流した。

 リズが知る限り、アウグステはフィッツジェラルド家の一人息子の筈だった。

 

 そして、結局その日は酒もほどほどに家路につき、また後日。

 結局抱えていた仕事は一向に進展を見せず、リズは完全に熱意(モチベーション)を失っていた。

 気分転換を図ろうとするのも当然の帰結で、そう思った際に頭に浮かんだのは女主人が語ったアウグステの兄弟についてだった。

 

 ――少し調べてみよう。

 

 たまたま任務で殉職した自身の部下の中に遺体の引き取り手がいない者がいたため、それを操り人形に変え、架空の戸籍と新しい顔を与えた上でフィッツジェラルド家の侍女として忍び込ませることを思いついた。

 何か対外的に隠しておきたいお家騒動でも抱えていたのかと、そんな興味本位で。

 しかし、実際にフィッツジェラルド家で見つかったのはそれどころでは済まされないようなものであった。

 死後十五年は経過していると思われる二体の子供の遺体。

 それが屋敷の庭から掘り出されたのだ。

 それを発見しリズは最初、アウグステが幼い時に二人の兄を殺害したのではないかと考えた。

 女主人が語るところによれば、アウグステは幼い頃、二人の兄から(しいた)げられていたという。

 それに耐え兼ねたアウグステが凶行に及んだとしてもおかしくはない。

 

 また、フィッツジェラルド家は代々優秀な騎士を輩出する名家であり、その家督を継ぐ者を必要としていたという事実もあった。

 残されたのがアウグステ一人であり親戚に子供もいない。

 フィッツジェラルド夫妻は既に高齢で今から子供を作るのにも無理があった。

 であれば、家督はアウグステに継がせるしかなくなるわけだが、そうなった場合兄弟を殺害している事実がスキャンダルになる。

 故に、二人の兄は最初からいなかったことにし、関係者にもアウグステが一人息子だと言い張らせている。

 

 このようの筋書きを予想した。

 しかし、よく調べてみるとそれでは辻褄が合わないということが分かった。

 使用人も含むフィッツジェラルド家にいる全員が二人の兄の存在を隠しているのではなく、最初から知らないような口ぶりをしたのだ。

 それだけではなく、フィッツジェラルドの屋敷の周りに住む民草たちまでもが同様の反応を示した。

 

「これは何故だ?」

 

 魔法によって同化させた人形の五感から得られる情報に解せないものを覚え、一人自身の研究室の机の上でリズは困惑する。

 

「そうだ。こういう時はまず初歩に立ち返ろう。アウグステ卿とはどういう人物だった?」

 

 ルニカス十三騎士団の団長の一人にして地上最強の十三人の一角を担う人物である。

 本来、雲より高い空を生息域とする龍と呼ばれる魔物が雨のように数多空から降って来た大災害の日、誰より龍を殺し人々に安寧(あんねい)をもたらした英雄である。

 

「そういえば……アウグステ卿はあの時龍をどうやって倒してた?」

 

 頭の中で列挙し出してすぐに違和感を覚える。

 アウグステが龍を倒したことは記憶している。

 なのに、その手段が思い出せない。

 

「いや、そもそも、あの男はどうして十三騎士になったんだ?」

 

 十三騎士には炎、水、風、土といった多岐にわたる魔法を高い水準で使用出来ることに加え、その者にしか使えない魔法を編み出したという実績が求められる。

 例えばエリザベス・ヴィシャスは様々な魔法具を作成する技術が“自分だけの魔法”として認められ、十三騎士の称号を得ている。

 だが、アウグステが持つ自分だけの魔法についてリズは知らなかった。

 いや、自分だけじゃない。

 恐らく誰もアウグステがどんな魔法を使うか知らないのだ。

 そもそも国民達の間で風聞されているアウグステの魔法は不明な点が多すぎた。

 ――ある時は太陽を生み出し魔物を焼き払ったという。

 ――またある時は雷で山をも割ったと言われる。

 ――時間を止め、また過去を(さかのぼ)る魔法を使えるという話さえあった。

 証言にばらつきがある上、最後に至ってはそれをどのように認識したのかという疑問が残る。

 

「もしかしたら……」

 

 リズはアウグステについてある仮説を立てた。

 そしてその仮説の真を証明する為に、リズは“使い魔”を用いてアウグステを常に監視することを考えたのだ。

 

 

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