“クリシュトキシン”の製造及び使用は法律により固く禁じられている。
井戸に一滴垂らしただけで村一つが壊滅したという凄まじい毒性を有することも禁止される理由ではあったがそれ以上に危険だったのはその原料と精製方法である。
原料とはズバリ生物だった。
“蛇神《ナーガ》”と呼ばれる全長五〇〇キロメートル以上とも目される巨大な海蛇。
ルニカスのあるセレーネ大陸と北のエイジエ大陸とを隔てる大北洋に浮かぶ“ボリア島”という小さな島に
この“クリシュトキシン”の毒性の為に島の周囲三〇〇海里が毒に汚染されている上、その三〇〇海里の内に踏み込んだが最後、あらゆる生物は“
しかも“
故に“クリシュトキシン”を入手しようと思うと、“
無論、これにもリスクはありうっかり進み過ぎてテリトリーに踏み込めばその瞬間に“
だが、こうして苦労して拾ってきた海水に含まれるクリシュトキシンは濃度が薄く、コップ一杯分飲ませてやっと人一人を殺せる程度の毒性しか持たない。
その為、世界最高の毒を得ようとすると拾ってきた海水を蒸留し、その中から“クリシュトキシン”のみを抽出する必要がある。
この際にも死の危険が付きまとう。
海水を蒸留した際に気化した毒素を吸い込んでしまうのだ。
そうすると最悪の場合、肺が溶け呼吸困難に陥った末死に至る。
解毒薬やそれを治療する魔法は見つかっていない為まず助からない。
このように倫理上問題しかない為、国家は表向きにはクリシュトキシン製造禁止の判断を下したというわけだ。
しかし、そういった法律に縛られない存在というのがルニカスにはいる。
――“極道”だ。
「
録郎がルニカスに数ある極道組織の中からその名前を言い当てたことに、ルザリアは下を巻いた。
「クリシュトキシンなんてモンを
極道の間でもその組織は手段を選ばないことで有名だった。
笹木組。
総構成員数五〇〇〇〇人とも言われる大組織であり、録郎が籍を置いていた燈影会と並ぶ規模を持つ。
だが、凶暴性でいうならば燈影会と笹木組では比べものにならない。
燈影会が金を稼ぐ為に悪を為す組織とするならば、笹木組は悪を為したついでに金を稼ぐ組織なのだ。
人に害を与えることが第一主義である為、
「それにアンタらは、俺の脱獄を
「……法務大臣の秘密も把握済みというわけか」
「これでも逆十字党って極道の
ルザリアとリズは神妙な顔をしていた。
極道はルニカスの国民から“厄災”とまで言われ恐れられている存在であるが、国は決して排除に乗り出すことはない。
それは、国の戦力たる騎士達を総動員し極道に全面戦争を仕掛けたとしても共倒れになってしまう可能性が高いというのが一点。
そして、実際に議会で提案された“極道対策法案”を法務大臣始め、多くの政治家が握りつぶしてしまったというのが一点だ。
何故そんなことをしたのか?
それは法務大臣を始めとした国の政治家達の多くが笹木組の
極道を滅ぼし笹木組が無くなってしまったらもう麻薬を楽しむことが出来なくなると思ったのか、あるいは法案に反対しなければもう麻薬を売らないと笹木組に脅されたのか。
噂は尽きないがとにかく政治に携わる人間たちが笹木組に心酔している状態なのだ。
「手ェ出そうモンなら、笹木組から法務大臣に話が筒抜けになる。そうなったら、
アンタらどうなるか分からんからな」
「間違いなく、大臣は他の十三騎士をけしかけるだろうね」
リズはけらけらと笑う。
そうなったら、いくらリズやルザリアが強くとも勝ち目はないだろう。
「そこでアンタらは、悠慈の代わりに捕まった俺に目を付けた。餅は餅屋で、極道には極道。連中のやり方をよく分かっているだろうし、何より俺には死に物狂いで尻尾を掴まねぇとならん理由もある」
「
「渡りに船のぴったりな人材だったってわけか」
録郎は失笑する。
「ま、正直いい様に操られている感は否めねぇが、仕方ねぇ。アンタらの
「女の子に対してそういうこと簡単に言うのはどうかと思う」
「あん?」
「いや、何も」
ルザリアは素知らぬふりとでも言うかのように、そっぽを向いた。
「まぁ、いいや。それよりも俺にはどうしても
確認に対し、二人は了承する。
「どうしてこんなことに対して必死になるんだ?」
録郎にはこの件に対して必死になるだけの理由があった。
だが二人にとってはそうではない。
冤罪とはいえ所詮はそれで犠牲になるのは悪党一人。
死んだ友子ももとはといえば悪党。
見過ごしたとしても寝覚めが悪くなるということはないだろう。
「
最初に答えたのはルザリアだった。
「仇討ちって誰の?」
「トモコ・バンノの」
その相手の名前は録郎が予想もしていないものだった。
「友子さんの? なんでアンタが?」
「そこまで語る義理はない」
ルザリアからは壁を感じた。
これ以上踏み込んでくるなという類の壁を。
故に録郎は言われた通り踏み込まないことを選ぶ。
「まぁ、アンタがそう言うならそれで良い。で、リズちゃんは?」
するとリズはためらいながらも口を開く。
「ロッキーは、お酒好き?」
「あ? まぁそりゃ好きだけどよ……」
唐突な問いに録郎は戸惑う。
「じゃあ、チャン僕と同じだ。チャン僕はお酒が大好きだった。特にあの店のカルヴァドスが」
研究で息詰まる度に足を運んでいたという、アウグステの昔話を聞かせてくれた女主人の店のことだろう。
「でも、もう飲めないんだ」
「それって……」
リズは悲しそうに頷いた。
よく考えれば分かることだった。
アウグステは自分の悪事に纏わる一切の記憶を消去していた。
どこかで二人の兄の存在を知る女主人の存在に気付いて、消したとしてもおかしくはない。
「でも、不思議でね。同じ事実を知ってるはずのチャン僕は今もこうして生きてる。なんでだろうね?」
口を割る前に自ら命を絶った、リズを守るために――というのはあまりにも
女主人は“マデュカヌマヴ”について何も知らなかったはずだ。
運良くリズに話したことを忘れていたか、誰も客が来ない店だということをアウグステが信じたかのどちらかだ。
「チャン僕はね、生かされた以上は関わりぬく責任ってのがあると思ってるんだ」
「だから、真実を追うっていうのか?」
リズは頷く。
「なるほど、あんたの気持ちはよく分かった」
録郎は立ち上がり彼女に手を差し出す。
「なんにせよ、これから頼むぜ」
リズも立ち上がり、録郎の手を握り返す。
「ああ、よろしく頼むよ」