録郎はあくまでも平静を装った。
「極道って、アンタ何のこと言ってんだよ?」
一体相手が何者で、どこまで知った上で“極道”という言葉を使ったのか分からないからだ。
「惚けても無駄ですよ。背中のそれ、三代目
自分の眉間に
三代目山村彫久というのは録郎の背中の“刺青”を手掛けた職人の名前である。
それをニンフィットが分かっているということは深刻な事態といえた。
昨日録郎もルザリアの後に風呂に入っている為、ニンフィットが“刺青”を確認出来たとすればその時しかない。
だが録郎は風呂に入っている間、近くに人の気配を感じなかった。
にも関わらずニンフィットは録郎が“刺青”をしていることを把握している。
これはどういうことか?
考えられる可能性は二つ。
一つはニンフィットが気配を絶つ術に長けているということ。
まず“刺青”というのはそれを彫る職人“刺青師”ごとに作風がある。
この作風を見分けるには“刺青”に対する知識が必要であり、また作風の違いは細部に及んでいることがある為間近で見ることを要求される。
浴室と脱衣所はすりガラスの扉で仕切られていたし、風呂場である為当然湯気が立っていた為、刺青の細部を確認するには浴室に侵入する必要がある。
気配とは突き詰めていくと足音や息
極道は肉体を鍛える過程で五感も鋭敏化している為当然耳も良い。
故に気配に敏感だ。
特に録郎はその極道の中でも高い実力を持つ。
なおのこと湯けむりの中で背中の“刺青”を確認出来るほど人が傍にいれば気づけない筈はないのだ。
それが気付けなかったということはそれだけにニンフィットの気配を絶つ術が優れているという可能性が考えられた。
では、それほどまでの力量を持つ者とは一体何者なのか。
それを録郎はルザリア個人に送り込まれた密偵と考えた。
ニンフィットはかなり昔からルザリアに仕えていたと思われるが、ルザリアは国の重役の一人。
同じく国の重役の中に敵がいる可能性は十分考えられ、ルザリアの個人的な弱みを握る為に何年も前から密偵を潜り込んでいたとしても不思議はない。
ただもう一つの可能性もあったが――そちらにしても密偵である可能性を孕んでいる。
ならば録郎のやることは一つ。
「せりゃッ!」
録郎はニンフィットの顔面を蹴り上げようとした。
「うわっ!?」
ほぼ不意打ち同然に放った蹴り上げは、直撃しても気絶する程度に威力を抑えていたこともあり見事に躱されてしまう。
しかし、これも狙いの内であった。
蹴りの風圧でニンフィットのスカートが捲れ上がる。
すると、右太ももに革製のベルトで
――やっぱ隠してたか。
ニンフィットの歩き方と座った時の様子から足に
録郎は
「質問すんぜ、ニンフィットちゃん。アンタ、一体
喉元に
「……ご主人様のこと笑えないですね」
「あん?」
「
ニンフィットの頬を
「俺の質問に答えろ。アンタ、メイドじゃねぇだろ?」
「……そういう形でこの屋敷にいるわけではないことは確かですね」
「俺の“刺青”をどうやって確認した?」
「“
その答えは録郎の考えたもう一つの可能性であった。
“
建物の外から壁を無視して中の様子を見たり、鎧を着こんだ人間をまるで着ていないように見たりといったことが可能だ。
「知ってると思うが、“
しかし、“
正直であることは個々人の中であっては美徳であるが、社会全体の流れとしてそれが強制された場合、世の中は容易に混沌へと落ちる。
故にこの魔法の習得には重い
そんな魔法を使用することが許される人間がいるとすればそれは国家に使われ、様々なものを監視する職務にある者だけだ。
「昔、騎士学校に通ってた時に我流で。ちょっとした小遣い稼ぎに使う為に勉強しました」
少しでも顔を動かせば、眼球は使い物にならなくなるだろう。
「……女を殺すのは本意じゃねぇんだ。頼む、真面目に答えてくれ。“
仮に録郎の想像通りルザリアの政敵に使われているとしたら、ここでまだ情け容赦を掛けるというのは温情が過ぎた。
ルザリアをよく思わない人間からすれば極道との繋がり自体が彼女の傷になる。
そうなってしまえば、我堂録郎の脱獄を
ルザリアとリズは失脚し、アウグステ殺害の真相は闇へと葬られる。
――悠慈を陥れた人間に録郎は一生辿り着けなくなってしまう。
「あの、こちらからも質問をしてもいいでしょうか?」
録郎の思いつめたような表情を見ながら、ニンフィットは怪訝そうな顔で言葉を返す。
「さっきから貴方が訊ねている意味が分かりません。貴方は一体どこの組の者ですか?」
録郎が短剣を振り下ろすより早く投げられた問いに録郎は、
「はぁ?」
と
「私は貴方の“刺青”を見た時、私を監視する為に差し向けられたどこかの組の極道だと思いました。それは違うんですか?」
この問いに至っては意味が分からない。
ただのメイドにしか見えないニンフィットをどうして極道が監視しなければならないのか。
「……ひょっとして私のことをご存知ないですか?」
ニンフィットは録郎の顔から困惑を読み取る。
問いに対して録郎が無言を貫いたのを答えと考えたニンフィットは話し始める。
「初代・
自分の素性について。
「この私、ニンフィット・カフカが掲げている