異世界の極道物語   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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第二十七話 目覚めて

 

 ルザリアが目を開けると視線の遥か彼方には青い空が広がっていた。

 自分に一体何が起こったのか掴めず、困惑しながらルザリアが上体を起こそうとすると、

 

「ああ、動くな。胸骨圧迫をしたから、多分、肋骨が折れてる。寝てた方がいい」

 

 傍らにいたリズが慌てて彼女を制止する。

 

「いや、平気だ。何ともない」

 

 それを振りほどき、顔を上げると、ルザリアはまず自分の鎧が脱がされていることに気付いた。

 

「私は死にかけていたのか?」

 

 置かれている状況と自分に蘇生が行われたという事実からルザリアはそう判断する。

 

「ある意味そうだと言えるかもしれない」

 

 曖昧な回答にルザリアは顔をしかめる。

 

「心臓を止められていたんだ。処置をすればすぐに息を吹き返す状態だったが、遅れていれば死ぬ可能性があったから、そういう意味じゃ死にかけていた――かもしれない」

 

 ルザリアは自分の心臓を鷲掴むように押さえた。

 手に鼓動が伝わる。

 止まっていたとは俄かに信じられなかった。

 

「……確かロクロウ・ガドウは私の胸部を思い切り殴打した筈だ。それが原因か?」

 

 思い出されるのは、意識が途切れる前の最後の記憶だった。

 何かが起こったとすれば、この時しかない。

 ルザリアはそのように考えた。

 リズは首を縦に振る。

 

心臓震盪(しんぞうしんとう)という現象がある」

 

 それがルザリアの身に起こったことの、あるいは録郎が起こしたことの名前だった。

 

心臓震盪(しんぞうしんとう)?」

「心臓の鼓動のあるタイミングで、特定の角度に衝撃が加わると、心臓が止まることがある。これを心臓震盪(しんぞうしんとう)というんだ」

「鼓動のあるタイミング……そうか」

 

 ルザリアははっとした。

 録郎が何故、反撃も防御も行わず棒立ちのまま攻撃を受け続けたのか、その理由を理解したから。

 攻撃を浴びている間に録郎はルザリアの心音を聞き、そのリズムを測っていたのだ。

 攻撃を(かわ)したり、防いだりといった行動は録郎の耳にはそれだけで雑音になる。

 故に録郎は無抵抗を貫いたのだ。

 

「……無茶をしたものだな、あの男」

「全くだ。我堂録郎は心肺蘇生がどれほど大変なものか分かっていない」

「そういう意味じゃあない」

 

 苦笑しながらルザリアは不意に辺りを見回した。

 

「あの男、といえば姿が見えないな? 何処にいるんだ」

「中で眠ってる」

 

 そう言ってリズが親指で指したのは屋敷の方だった。

 

「疲労がピークに来ていたらしくてね。決闘に勝利するや糸が切れたみたいに眠り始めたものだから、ニンフィットちゃんに頼んで私の部屋まで運んで貰ったんだ」

「それは……本人から後々物言いが入りそうだな」

 

 女性の家に入ることすら嫌ったのだから、ベッドで寝かされていたなどと言われたのなら一体何があるか分かったものではないとルザリアは気を重くした。

 

「知ったことか」

 

 男に、況してや極道にあるまじき録郎の潔癖性をまるでくだらないとでも言うかのようにリズは吐き捨てる。

 

「極道に対して使うのもおかしいとは思うが……妙な騎士道に(こだわ)る彼が悪い」

 

 録郎の気質に対する批判には内心で同意しつつも、ルザリアはそれに乗り切れないものがあった。

 

「なぁ、リズ」

「どうした?」

「私は綺麗なんだろうか?」

 

 綺麗なものを自分の手で傷つけたくない――そんな録郎の言葉がルザリアの琴線に触れていたのだ。

 

「“口裂け女”みたいだな」

 

 ルザリアの言葉にリズがまず抱いた感想がそれだった。

 

「口……なんだそれは?」

「知らないのかい? (ちまた)で流行りの“都市伝説(アーバンマイス)”ってヤツだよ。ある所に美人と評判の娘がいて、さらに美しくなろうとして美容系のギルドを頼るのだが……」

「済まない、その話長くなるか?」

 

 ルザリアはまず牽制する。

 リズが他人の知らないことを話す時に饒舌になりやすいという悪癖を知っているからだ。

 途端にリズは頬を膨らませた。

 

「……またの機会にさせて貰うよ。で、君が綺麗かどうかって? この世に一つだけ解き明かせない謎があるとしたらそれは君が未だに伴侶を得ていないことだと思っている……と言えば分かるかい?」

「フフフ、そうか」

 

 こそばゆそうに口元を緩めるルザリアを見て、リズは額に青筋を立てた。

 

「君は私から褒詞(ほうし)を引き出したいのかい?」

 

 淡々とした口調で

 

「違う」

 

 とルザリアは否定する。

 

「ただ、少し疑問というか、不思議に思ったのだ」

「何を?」

「ロクロウ・ガドウと決闘した際に君は殴られただろう?」

 

 未だに傷が残る自分の額に手を当てながら、リズはああと納得したような声を出す。

 

「そういえば、初撃でいきなり顔を狙ってきたな」

「そこが分からないのだ。綺麗というのが傷つけない基準であるならリズにだって手を上げない筈だろう」

「もしかして、彼の美的感覚が狂っていたのかも――みたいな話をしたいのかな?」

 

 ルザリアは気恥ずかしそうに頷いた。

 要するに自分は不細工なのではないか、という懸念である。

 

「多分だが、私よりもルジーの方がより彼の好みの顔というだけの話だから気にする必要はないんじゃないか?」

 

 顔を伏せルザリアは押し黙る。

 

「……ちょっと嬉しいと思っているだろう」

 

 そんなルザリアの顔をリズは下から覗き込む。

 その顔は少しばかり赤かった。

 

「昔からああいう顔に弱いんだ」

「それは知ってるよ。もう十年の付き合っているんだから」

 

 リズは呆れたように笑う。

 

「そういう私としては、あまり深入りはして欲しくないな。極道と騎士ではこの国の仕組みが通じ合うことを許さないだろう。つまみ食い程度にとどめておいた方が良い」

 

 リズは科学庁の長官として様々な学問に通ずる。

 無論、この国の歴史についても例外ではない。

 その歴史において、騎士の身分にあった人間が非国民との恋を成就させたという例は存在しないのだ。

 それどころか非国民と添い遂げようとした騎士には必ず不幸が訪れていた。

 例えば家との縁が切れる。

 例えば騎士という職を追われる。

 例えばその上で浮浪者となり、人知れず死んでいく。

 さて、友人に対してそうなっても構わないと思える人間とは果たして人間なのか。

 リズはその問いに否と答えるからこそ忠告するのだ。

 

「私の身を案じてくれるのは有難(ありがた)いが、少し踏み込もうとしてしまっているのが決定事項なのは如何したものか」

 

 決闘はルザリアが負けた。

 最初にそう約束したのだから、ルザリアは自分の過去を録郎に打ち明けなければならない。

 そういう意味では深みに行こうとしていると言えるだろう。

 

「……如何いう反応を見せると思う? ロクロウ・ガドウは」

 

 その問いにリズは肩を(すく)めた。

 

「私はその当人ではないからな。分からない」

 

 そう前置きしつつ、リズは自分が同じことを聞かされた時の感情を語った。

 

「イシュトバーン卿というのは余程潔癖で、気位の高い人で、そんな人を君は深く愛していたのだと思ったよ」

 

 そう語るリズには巧言令色(こうげんれいしょく)は無かった。

 

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