異世界の極道物語   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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第二十八話 小さな櫟

 

「ふぁー、体が(いて)ェ」

 

 繫華街の往来で欠伸をしながら肩を回す男を、すれ違う人々はぎょっと驚いたような目で見た。

 それは長い黒髪に黒い瞳の執事と思われる服装をした天を衝くような大男だった。

 人を驚愕させたのは男が魁偉(かいい)であったのもそうだが、それ以上に左目に原因があった。

 男の左目は虹彩がなく真っ白だったのだ。

 まるで目玉ではなく硝子(ガラス)玉がはめ込まれているかのように。

 また、そんな異様な男がルニカスにおいては極めて著名と言える人物と共に街を歩いているものだから余計に衆目が集中してしまっていた。

 

「まだ痛むかね? 私が殴った所は」

 

 その有名人――ルザリア・イシュトバーンが視線を集める長髪長身の執事、我堂録郎に訊ねる。

 

「いんや、それは全く。寝たらすっかり治っちまった」

 

 肩を竦め、あっけらかんと録郎は返した。

 事実、そう語る録郎の顔には一切の傷が無かった。

 砕けた義眼も、その欠片を眼窩(がんか)から取り除いた上でリズに代替品を見繕って貰った為、一見するとしこたま殴られた後とは思えないだろう。

 

「では、何故痛いと?」

「寝すぎて逆に体中がバッキバッキに凝ったのよ」

 

 固まった肩を自分で揉みしだく録郎は眠気眼に涙を溜めていた。

 彼らを照らす日の光は(あか)い。

 二人が殴り合っていた時には空は青く、太陽は白かった。

 寝すぎるというには充分な時間だった。

 

「随分と年寄り臭いことを言うんですね」

 

 彼らの背後から、録郎の言葉に反応があった。

 ニンフィットである。

 振り返りながら録郎は、

 

「誰が年寄りだ、誰が。俺ァ、まだ二十六歳(ニジュロク)だっつーの」

 

 と口を尖らせる。

 

「そうなんですか」

 

 そう返すニンフィットはどこか上の空である。

 見えているものに気が取られて言葉が届いていないようだった。

 

「そんなにまじまじと見つめてどした? 惚れたかね、俺に」

 

 ニンフィットが自分を凝視していることに気付き、録郎は冗談交じりに返した。

 

「いえ、黒いなと思って」

 

 あまりに輪郭のぼやけた言葉に録郎は疑問を抱いたが、すぐに髪と瞳のことを言われているのだと気が付いた。

 小型船の中でリズに飲まされた薬のせいでピンク色になっていた録郎の髪は元の黒に戻っていた。

 

「俺の髪は元々黒いんだ。薬であの派手色にしてたんだよ」

「その薬の効果が抜けたということですか?」

「予定よりちょっとばっか早かったけどな」

 

 薬の効果が持続する期間が十日であると知らないニンフィットは予定より早いの意味が分からず首を傾げる。

 

「そういえばそれ、如何して治ったんだ?」

 

 対して事実関係を知るルザリアは疑問を(てい)した。

 

「俺の体が傷を治そうとする段で、体に留まっていた薬を毒と見做(みな)したんだとよ。俺の体そのものが。それで薬の効果が切れたそうだ」

 

 リズに言われた説明を録郎はそのまま語る。

 その際に自然治癒力がどうだ、免疫がどうだと理解し難いことも合わせて説明されたがそれを説明し切る自身が録郎にはなかった為その辺りにだけは触れなかった。

 

「じゃあ、その目も薬の効果で変化していたんですか?」

 

 ニンフィットは記憶の中にある鮮やかな緑の瞳と今目の前にある黒い瞳を見比べながら訊ねる。

 

「まぁ、そんなところだ」

 

 と、録郎は答えたが無論嘘である。

 録郎の瞳は生まれついての翡翠(ひすい)のような緑色だ。

 リズの発明品の一つである眼球を傷つけないほどの“柔らかい硝子(ガラス)”を素材とした虹彩を丸々覆うカバーのようなものを付けているのだ。

 この硝子に黒い顔料を混ぜている為、録郎の瞳は黒く見えている。

 録郎の瞳は隠されていなければならない。

 ルニカスに同じ色の目の持ち主がそうはいない為個人を特定し得る情報となるからだ。

 だからこそ偏光鏡(ライトグラス)で隠していたのだが、ルザリアがそうしたように拳を受けたり、単純に何かに(つまづ)いたりといったことがあると外れてしまう。

 そこで瞳を直接おおってしまうという考えになったのだ。

 

「所でニンフィット」

「何でしょうか?」

 

 ――ここまで念入りに録郎のパーソナリティを秘匿(ひとく)する理由はそもそも彼がルニカス本土にいてはならないからだ。

 深入りされるのはまずいと判断しルザリアはニンフィットの注意を録郎から逸らそうとする。

 

「これから彼を連れて行くところがある。今からだと遅くなるだろうから、食事は用意しなくても良い」

 

 ルザリアは録郎の肩に手を置いた。

 

「ロッコさんを連れて? どちらに行くというのですか?」

 

 昨日今日使われたばかりの執事と一体どこに行くのだろうとニンフィットは疑問に思った。

 

「御父様の墓に」

 

 返ってきたのは、ニンフィットにとってあまりに意外なものだったようで、

 

「父上様のお墓に、ですか?」

 

 動揺からなのか歩みがふと止まる。

 

「御父様のことを話すと決めたからな」

「……ただ話すのならどこでも構わないのでは?」

 

 ルザリアは足を止めなかった為、ニンフィットは慌てて追いかける。

 

「聞いていて欲しいのだ、御父様にも」

 

 そう語る表情にニンフィットは言葉を詰まらせる。

 申し訳なさそうな、痛ましい表情に口が閉ざされたのだ。

 

「そういうことだ。では、着いて来てくれ」

 

 丁字路につき当たるとルザリアは録郎を連れてニンフィットとは逆の方向に進む。

 王都には公営の墓地が何箇所か存在する。

 最初、録郎はそういった場所に案内されるのかと考えた。

 しかし案内されたのは意外な場所だった。

 煌びやかな王都の中にあってどこか歪で淫靡な輝きに彩られている一角がある。

 酒場や娼館、カジノが立ち並ぶそこは夜であろうとまるで太陽が出ているかのように明るい場所――そこで商いをする全ての店が所有する建物に目にも痛いような光を放つ魔石を飾っている為に雲一つ無い夜でも行き交う人々が月明かりを感じないことから通称“月知らず”と呼ばれる歓楽街だった。

 夜の街を利用しようという輩には品性の低い者が多い。

 そういったことから大抵の場合治安が悪くなりがちではあったが、“月知らず”もその例外ではなかった。

 まだ喧騒に色めき出すよりは前の時間帯ということもあってか、道端には浮浪者や騎士崩れと思われる破落戸(ゴロツキ)がちらほらと録郎の目に映る。

 このような治安の悪い場所に女子供も立ち入るような霊園を築くということは有り得ない。

 故に録郎の中に疑問が生じた。

 こんな場所に貴人の墓があるものか、と。

 だがしかし、ルザリアはどんどんと歓楽街を進んでいく。

 最終的に二人が立ち止まったのは男女の交友を目的にしたいかがわしい部類の宿屋と阿片窟と思しき粗末な建物の間に出来た猫の額ほどの空き地だった。

人の幼子の背丈ほどしかない小さな(イチイ)が植わっている。

 

「此処だ」

 

 ルザリアはそう示したが録郎にとってはあまりに信じ難いことだった。

 

「まさか、コレがアンタの親父さんの?」

 

 恐る恐る録郎は訊ねた。

 

「ああ」

 

 その内心で思っていたであろう考えをルザリアは肯定する。

 

「この(イチイ)が御父様の墓標だ」

 

 その事実に録郎の右目には一筋の涙が零れていた

 

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