異世界の極道物語   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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第三話 日常だったものの断片 その3

 いきなり道の真ん中を塞ぐように落ちてきたギルド会館の屋根。

 それを見て当然のように驚いた近くにいた人々は、足を止めて騒ぎ立てた。

 

「……コイツは困った。ここまでデカい騒ぎを起こす気はなかったんだが」

 

 ギルド会館の中では青天井を見上げながら、録郎が苦笑いを浮かべていた。

 その手には(つば)のない簡素な意匠(いしょう)の短刀が握られている。

 この短刀は極道にとってはポピュラーな武器の一つで、俗に“匕首(ドス)”と言われている武器である。

 

「偶然とはいえ俺の魔法を防ぐとは。運が良い。褒めてやる」

 

 部屋の奥に置かれたライティングデスクの前にいた銀髪の男が録郎に向かって拍手をしていた。

 ギルド会館の屋根を吹き飛ばしたものはこの銀髪の男が放った魔法であった。

 正確には録郎を狙って放ったものであったが、録郎は咄嗟に懐に忍ばせていた匕首(ドス)を引き抜いて、正体不明なままに魔法を(はじ)いたのである。

 

「そりゃどうも」

 

 と言いつつ録郎は銀髪の男をよく確認する。

 年齢は二十代後半から三十代前半くらいで、瘦せ型の長身。底意地の悪さが顔に出ているといった印象を受ける。

 また、着ている鎧が下の男達が着ているものより状態がよく、そもそもが上等そうな物であった。

 

「アンタが下の連中の首領(おや)かい?」

 

 録郎は銀髪の男に訊ねた。

 

「いかにも。下の者たちの長はこの俺ギデオンだ」

「なるほど、ギデオンさんね。んじゃ、アンタにご質問なんだが今回の件に関しまして何かしら申し開きはございますかね?」

 

 録郎の問いかけに、銀髪の男ギデオンはとぼけたような顔をする。

 

「俺たちが何か悪いことをしたか?」

商売(シノギ)、横からかっ(さら)っといて、悪いも糞もあるわけねぇだろ!」

 

 怒号を上げると録郎はライティングデスクの方に視線を向けた。

 その視線に耐え切れなくなったのか、ひぃと短く悲鳴を上げながら一人の男が顔を出す。

 六十代くらいの金髪で小太りな、卑小(ひしょう)さの権化のような男だった。

 “ファイブハンドレッド”の社長(ギルドマスター)である。

 

「俺たちから手前(テメ)ェらに乗り換えたこの馬鹿も馬鹿だが、手前(テメ)ェらも手前(テメ)ェらだ。やり方に品がねぇんだよ」

「フン。非国民風情が生意気なことを抜かす。俺たちはお前達がいうみかじめ料なんかよりも、よりリーズナブルな契約金を提示したまでのことだ。それが商売というものだろう」

「なっ!?」

 

 録郎は絶句する。

 確かにギデオンの理屈は正しいといえば正しいのだが、そもそもの問題として逆十字党が要求していたみかじめ料の額は決して高くない。

 “ファイブハンドレッド”の経営規模を考えれば、それを払った上で社員(ギルドメンバー)全員に毎月通常の給料と共に特別報酬(ボーナス)を出してなお、社長(ギルドマスター)の懐に金が残る筈だった。

 にも関わらず払わなかったのは、ひとえに社長(ギルドマスター)が金にがめつかったからである。

 

「そもそも魔法も使えない片端(カタワ)が偉そうにふんぞり返りやがって! 今までギルドに使って貰えただけ有難く思え! この恩知らずが!」

 

 そう言ってギデオンは右手を振るった。

 その動きに合わせ、録郎は匕首(ドス)を何もない空間へと振るった。

 キィーン……と、甲高い金属音が鳴り響く。

 

「フン、またも運の良いヤツめ! だが、俺の絶技は不可視の刃。風属性の魔法“ムステラ”! そう幸運は続かないぞ!」

 

 したり顔でギデオンは語り、同じ魔法を録郎に放つ。

 しかし、今度は匕首(ドス)で防ぐまでもなく、上体逸らしでよけられてしまう。

 

「なッ!?」

 

 ギデオンは驚愕した。

 一回、二回であれば偶然で片付くだろう。

 しかし、それが三回ともなれば話は別だ。

 

 ――もしかして、見えているのか?

 

 いや、そんな筈はないと、ギデオンはもう一度“ムステラ”を使おうとする。

 だが、

 

「馬鹿の一つ覚えが!」

 

 魔法を使うことは出来なかった。

 ギデオンは自分に何が起こったのかよく分からなかった。

 頭に割れるような痛みが走っている。

 視界が赤く染まって見えづらい。

 先程よりも目線の位置が低い。

 辺りに正体不明の木片が散らばっている。

 前を向くと“ファイブハンドレッド”の社長(ギルドマスター)が、腰を抜かした状態で涙を流して失禁していた。

 そこまで行ってようやく、自分の頭がライティングデスクに叩きつけられ、その勢いでデスクが破壊されたということにギデオンは気が付いた。 

 恐るべきは録郎の速力である。

 録郎とギデオンとの間には十メートルほどの距離があった筈だが、録郎はその距離を一瞬で詰めたということになる。

 

「だが、()せん。どうして俺の“ムステラ”を(かわ)せた?」

 

 ギデオンが説明した通り“ムステラ”は風を操作し収束させ刃にして放つ魔法である。

 当然のことながら風は本来目には見えないものであり、(かわ)したり防いだりなどということは絵空事の筈なのだ。

 

「簡単なことだ。魔法を使う時に手前ェの手元でうなりみてぇな風の音が聞こえた。景色も不自然に歪んでたしな。不思議なことでもなんでもねぇよ」

 

 化け物だ、この男は――。

 それを聞いたギデオンが録郎に対して抱いた感想がそれだった。

 こんな相手に意地を張る方が馬鹿らしいという気持ちになり、

 

「……我々の負けだ。このギルドからは手を引く。迷惑をかけた」

 

 全面的な降伏を申し出る。

 

 

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