異世界の極道物語   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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第四話 日常だったものの断片 その4

「そうか。よく分かったぜ、ギデオンさん。アンタの気持ちは汲んでやる」

 

 録郎は優し気な声色でそう言った。

 そして、次の瞬間――

 

「……え?」

 

 録郎はギデオンの左手に匕首(ドス)を突き立てた。

 そして、その状態のまま匕首(ドス)の刃を肩へと向けて走らせる。

 

「イッ……ウギャヤアアアアアッ!!」

 

 最終的に刃の軌道が逸れて肉から脱落したことで刃の進行は終わるが、ギデオンは左手の甲から左肘までの間にばっくりと大きな傷を作ることになった。

 あまりの痛みにギデオンは床をのたうち回る。

 

「テメェエエエッ!! この外道がァァァアアッ!! なんてことしやがるッ!! こっちは降伏してんだぞッ!!」

 

 ともすればズレ落ちかねない状態の左腕を抑えながら、ギデオンは何食わぬ顔で立ち上がる録郎を睨む。

 

「何を言ってやがる? 俺は手前(テメ)ェが負けを認めたことを承知しただけだ。その後俺がどうするかって裁量にはなんら関係ねェ」

「この片端(カタワ)がァァァ! 餓鬼(ガキ)の屁理屈じゃねぇかァァァ!」

 

 怒りを叫ぶギデオンの顔面に録郎は蹴りを入れる。

 悲鳴を上げる暇すらなく、ギデオンは気絶する。

 

「いい加減黙れ。口が臭い」

 

 そう吐き捨てると録郎は“ファイブハンドレッド”の社長(ギルドマスター)の前に歩み寄りそこで、しゃがみ込む。

 

「いやぁ、社長(ギルドマスター)。お疲れ様でございます。どうですか? 最近儲かってますか?」

 

 録郎の表情はつい先程まで、あまりに残酷な方法で人を傷つけていた者がしているとは思えない朗らかな笑顔だった。

 

「あ、は、はい。お陰様で、だいぶ……」

「でしたら、ご滞納していたみかじめ料、全額払っていただけますよね? 少しばかりの利子を付けて」

「は、はい! 払います! もうここにある物、なんなら建物ごと全部持って行っちゃって下さい!」

 

 引き()る顔でどうにか笑顔を作って社長(ギルドマスター)は録郎に媚びへつらう。

 

「いやぁ、それはありがたい。ですが、このギルド会館については謹んでご遠慮願います。何分、風通しが良すぎますので」

 

 録郎はギデオンが破壊した天井を指差す。

 

「ああ、ところで恐らくこのギルドを畳まれてしまうかと思われますが、今後の展望については何かお決まりでしょうか?」

「あ、いえ、全く……」

「そうですか。でしたら、(わたくし)めの方から一つアドバイスの方を致しましょう」

「え? あ、いえ、ありがとうございます」

 

 今、録郎に逆らってもろくなことにならない。

 そう思った社長(ギルドマスター)は媚びた笑顔を続ける。

 

「では、まず一つ。同業他社への渉外(しょうがい)や魔法生物の狩りなど暴力が必要な事象において極道は魔法を使えるだけの破落戸(ゴロツキ)よりも優秀です。かつては存在していた落伍(らくご)した騎士や騎士になれなかった者達による冒険者ギルドがすっかり廃れてしまったのはまさしく極道に淘汰(とうた)されたから――と、言われているほどですので」

「そ、そうですね。身をもって知りました」

「次に金の支払いに滞りがなければ、極道という種族は極めて従順であるということ。また、これは組織ごとに考え方が異なる面もございますが、概ね極道という者は仁道(じんどう)、人情といったものを第一と考えますのでご契約金はお客様のご負担を十分に考慮させていただく形を取らせていただいております」

「ええ、それも十分理解しております。私がやったことがいかに不義理だったか反省する次第です」

「そして、最後に――」

 

 録郎の表情から笑顔が消えたその時、社長(ギルドマスター)は右手を取られ、床に押さえつけられる。

 そして録郎は、氷のような冷たい汗をだらだらと垂れ流す社長(ギルドマスター)の耳元でこう囁いた。

 

「“極道”敵に回したらただじゃすまねぇぞ」

 

 次の瞬間には押さえつけた手の甲に深々と匕首(ドス)の刃が刺さっていた。

 痛みを理解したのは、録郎が刃を引き抜いたその後だった。

 

「あ、ああ……アアアアァァァッ!!」

 

 痛みにのたうち回る社長(ギルドマスター)

 録郎はそんな彼にはすっかり興味をなくしたかのように、黙ってその場を後にした。

 

 そして、街の住民からの通報を受けた警吏(けいり)の騎士が到着すると、ギデオン達用心棒は有無を言わさず連行された。

 その様子を見ていた街の人々はひそひそとこんな話をしていた。

 

「元皇下(おうか)の騎士様方が、製薬ギルドに押し入り強盗だとよ」

「ええ? なんでまた?」

「知らね。どうせ、騎士までいった自分らが偉いと勘違いして、働く場所がなかったんだろうよ。よくある話さ」

「はぁん。で、押し入り強盗は警吏の騎士様達に?」

「それがなんと、ギルドにみかじめ取りに来た極道にやられたんだと」

「へぇ、極道に。非国民だと馬鹿にしてたが、なんだ良いことするじゃねぇの」

 

 民意というものは単純なもので目に見えて、手に触れる距離感にいる権力者に弱い。

 少し真実味をもってはかれた言葉はたとえそれが噓であっても真実に置き換わってしまう。

 まさか、野次馬に訊ねられて事件のあらましを答えた騎士が極道に金で買収されているとは想像もしないのだ。

 

「しかし、頭目(オヤジ)。不思議なモンですね」

 

 製薬ギルドのはす向かいにある酒場の二階。

 そこでギルドから押収した金銀銅の貨幣や彼らの主な商材であった傷薬(ポーション)を始めとした薬品、さらには顧客の個人情報などを合算した今回の襲撃が生んだ利益を他の子分たちと協力して求めていた右京が、外の様子を見ながら紙巻煙草を吹かす録郎に声をかけた。

 

「不思議って何が?」

「警吏の騎士もあれだって一応この国の国民でしょう? なのに、俺たちにはちゃんと従うんで」

 

 右京が叩く算盤(ソロバン)の音が妙に心地よくうたた寝してしまいそうな気持になりながら、ふぅーと録郎は煙を吐いた。

 

「俺たちのことは嫌いだろ、多分。だが、それ以上に俺たちがくれるモンが大好きだ。大好きなお金をくれる俺たちがいないと僕ら困るから、アイツらは助けてくれるんだ」

「なるほど。有難(アザ)っス、頭目(オヤジ)。勉強んなります」

 

 算盤とペンをピタリと止めると、うやうやしく(こうべ)を垂れ右京は、録郎に紙を差し出す。

 

「……思ってた通り結構ため込んでやがったな。みかじめ払えねえとか、嘘もいい所じゃねぇか」

 

 紙に書かれた数字を(にら)みながら、録郎はぼやいた。

 

「……そういや、表の子達。ありゃどうする気だ?」

 

 そう言って録郎は店の窓から再びギルド会館の方を覗き込む。

 そこには製薬ギルドで働いていた女達が放心したような虚ろな目で壁にもたれていた。

 目の前であまりにショッキングなことが繰り広げられた為に、放心しているのだ。

 逆十字党の子分達三人が必死に宥めているが、それも全く意味を成していないようだった。

 

「はいはいはい! 田舎に帰って貰うのはどうでしょう?」

「幹部連中の愛人(オンナ)にしたらいいと思います? コイツで頭目(オヤジ)の評価も爆上がりですぜ!」

「マグロ漁船に乗せてみては? そろそろシロマグロの美味しい季節ですし」

 

 子分たちは皆次々とアイデアを出す。

 

「故郷に帰したら良いといったユキジクン以外は次までにモラルというものを勉強して来なさい。とりあえず、処遇はまだ誰も考えてすらいなかったワケね」

 

 既にすり減った煙草を道端に放ると録郎は立ち上がり、右京の前に手を差し出した。

 

「ギルドの事務員達の情報をまとめたファイルがあったろ。ソイツ、俺に貸してくれねぇか?」

「どうするんですか?」

悠慈(ユージ)んトコに掛け合ってみる」

「叔父貴に?」

 

 叔父貴というのは、極道にとって自分達にとっての親――つまりは自分達のリーダーと同じ系列の組織に属し、特に組織を率いる長に向けられる言葉である。

 そして悠慈(ユージ)というのは録郎が籍を置く花形組の若頭の名前だった。

 

「なんかアイツが面倒見(ケツもっ)てるギルドが規模大きくするみたいでな。事務の入用があるんだと」

「そこで働かせるってことですか?」

 

 おうと答えながら、録郎は右京から渡されたメンバー情報が載ったぶ厚めの本のようなものをぱらぱらと捲る。

 

「このまま田舎に帰ってもロクな仕事にゃあり付けねぇだろうし、向こうからすりゃ俺らの事情に巻き込まれた形だしな。そこは世話してやんねぇと」

「なるほど……」

「あ、こっからちょっと離れたところにある工房あったろ。ファイブハンドレッドが持ってるヤツ。ウチでケツ持ってるギルドに手当たり次第声かけて買い取らせろ」

「分かりました。渋って来たらどうしますか?」

「みかじめの減額か、どこぞに素材回収にでも行かなきゃならねぇ案件を抱えてるなら無料(タダ)でやってやれ。それで納得すんだろ」

 

 そう言うと録郎はファイルを閉じる。

 

「さて、んじゃあちょっくら行ってくるか」

「って、今から叔父貴の所に行くんですか?」

「当たり前だろ。思い立ったが吉日ってな」

 

 “悠慈(ユージ)”が率いる組が事務所を構えている町は本来であれば馬を小一時間走らせなければならない距離にある。

 ギルド襲撃という大仕事を終えたであれば、疲れから後日に引っ張ろうとするだろう。

 

頭目(オヤジ)、アンタ凄ぇよ」

 

 右京にしてみれば録郎の働き者ぶりには頭が上がらないものがあった。

 

「おい、みんな!」

「おう!」

 

 右京は他の子分たちに呼びかけると皆立ち上がり、両手を膝に置き腰を落とした姿勢を取った。

 

「お疲れ様でした!」

 

 多分今日はここでお別れになる。

 そう思って子分たちは挨拶をした。

 極道という種族は疑似家族的な縦社会を形成する。

 そんな彼らにとって目上の者に――特に“親”と呼ばれる自分達の長に対する挨拶は忘れてはならないものである。

 

「おう、また明日な!」

 

 そう快活な笑みと共に残して録郎は窓から飛び降り、“悠慈”のいる町へと走り出していった。

 いつもと変わらない挨拶だった。

 この時、録郎達の子分の誰もが同じ明日が来ないなどと疑いすらしなかった。

 

 ――だが、現実として明日は来なかった。

 翌日、子分たちが逆十字党の事務所に行くと待っていたのは花形組組長の花形舜英(ハナガタ・シュンエイ)だった。

 彼の口からこのように告げられる。

 

「昨日、お前たちの頭目――我堂録郎が大英雄アウグステ卿殺害の容疑で逮捕された」

 

 この時点で子分たちの頭は真っ白になった。

 しかし、そんな彼らをさらに深い地獄へ突き落すかのようにもう一つの事実が告げられた。

 

「それと、我堂録郎には破門を申し付けた」

 

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