硝子の聖女~スケベ猿が薄幸美少女に転生した結果~ 作:三上 一輝
此処まで長かった……
「街の近郊にいる【
「は、い!!」
雲一つない澄み渡る青空。
まるでピクニックにでも行っているかの様な陽気の天候で、少し弛緩した雰囲気を引き締めるべくルークがクリスに注意を投げかけた。
一見、長閑に見えようとも、ここは酔っ払って外で眠っても大概何とかなる日本と違って、治安が余り良くない異世界だ。
決して能天気に気を抜いて良い場所ではない。
「でも、俺が居れば大丈夫だよ、クリス!!【球体】くらいだったら何とも無いから!」
(アレン君可愛いな゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛)
しかしながら、友達の身の安全は自分が守るんだ!!と意気揚々としたアレンの様子を見るに、ルークやアレンがいれば何も問題は無い程度の危険性ではあるのだろう。
そもそも、そんなに危険な場所であれば、最初から明らかに体力の無いクリスを連れて来る事は無いし、空に浮かびながら無言で付いて来ているデザベアも、クリスに注意を促した筈だ。
だからと言って何も警戒せずに野原を元気に駆け回られては困る――ルークの注意の意図としてはそんな所だ。
当然クリスとしても、そんなに無警戒になる気は無かったし、そもそもの話、悲しいかな元気に野原を走り回る様な体力が、クリスには無い。
「街中だと迷惑になっちゃうから、大体何時も外で魔法や戦いを伯父さんに教えて貰っているんだ!!」
「お、おっ!魔、法!!」
アレンのその言葉に、クリスの紅色の瞳が興味深げに輝いた。
良くも悪くも普通からかけ離れていたクリスが、「お前、そんな平凡な所あったんだ…………」と言いたくもなる様に、魔法と言うファンタジー要素に興味を惹かれていた。
初めて普通の男子高校生ぽい所を見せましたね……。
魔法そのものは、デザベアに自分の魂をぶっこ抜かれて異世界転生させられたり、目の前で大きな鏡が出現したりで、見たことはあるのだが、どちらも行き成りの事であったので、イマイチ見た気分には成っていなかった。
だから至って普通に、変態的思考とは関係なくクリスは魔法を見るのが楽しみだった。
「クリスは魔法に興味あるんだ!そうだ、クリスも俺と一緒に伯父さんに魔法を――」
「――待っ、て」
「――クリス?」
「?どうかしたのか、2人とも」
『なんだ、お前。突然どうした?』
楽し気に話していた筈のクリスから、突如として表情が消えた。
いつもいつも楽し気に元気でいる分、突然無感情に成られると大いに目立つ。
その様子に、アレンとルークどころか、デザベアですら言い様の無い不気味さを覚えた。
しかしながら、クリスはそれらの言葉に一切返答をしなかった。
だって
クリスは、壊れたマネキン人形の様に、首をギギギ、と横に回して、斜め前を向いた。
そしてその後、小さな自分の腕で以て、前方を指さした。
「あ、れ」
「え?」
「……あれは」
大きさとしては砲丸投げの玉くらいだろうか。
そんな大きさの、絵の具の黒で空間を塗りたくった様な、蠢く不自然な球体が、青々とした草の上を、コロコロ、コロコロと転がっていた。
「【
ルークの発言によって謎の球体の正体が発覚する。
これこそ
命を呪い、生命を冒涜するモノ。
その証拠として、【球体】に踏まれた草だけでは無く、横を通り過ぎられただけの草が、突然元気を失って萎びれ掛けている。
そこまで大きくは無い故に圧倒的なインパクトこそ無いが、何とも言い難い不気味さを見る者に与えてくる光景であった。
「………………」
しかしながら、不気味と言うのなら此方もだろう。
廃呪と現実で初めて遭遇したクリスは未だに不気味な沈黙を続けている。
それこそ先程見せた元男子高校生らしい情緒よりも珍しく、異世界に連れてこられて糞みたいな環境に置かれても明るさと優しさを失わなかったクリスが、
(許せない)
と、言うか。
有り体に。とても端的に、分かりやすく述べるのならば。
――クリスは今、ブチギレていた。
(許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、1つ残らず消し飛ばして――)
自分が何故これ程までの凄まじい怒気を抱いているのか。
それは、クリス自身にすら分かっていなかった。
いやそれ以前の話として、怒ったことはあっても、激しくキレた経験などこれまで無かったクリスは、自分がキレているということにすら気がついていなかった。
ただ、何か。
何か途轍もない事が起きようとしている。
そんな重苦しい雰囲気だけが辺り一面に充満していて――。
「大丈夫、クリス。俺が直ぐに倒すから!!」
――しかし、クリスの沈黙を廃呪を怖がっているからだと誤解して、何とか元気づけようとするアレンの態度で、クリスの緊張感は吹き飛んだ。
怒りが収まったからと言うよりは、自分の情緒が可笑しく成っている事に気が付いて、周りに心配を掛けないように抑え込んだ感じではあったが、しかし充満していた重苦しい雰囲気は消え去った。
「頑、張っ、て!!」
ルークが止めようとしていないし、アレンに取ってはそこまで危険な相手では無いのだろうと判断して、クリスは微笑を浮かべて激励の言葉を投げかけた。
アレンはコクリ、と力強く頷いて、【
未だに【球体】はコロコロと緩やかに移動していて、つまり前準備の時間などいくらでもあった。
「【
声変わり前の少年特有の高い音域による発声が、野原の中で響き渡る。
紡がれたのは、体内で魔法の使用を補助する為の回路を作成する詠唱――火属性の第一段階。
アレンの体の中に不可視の、しかし確かに存在する魔力を焼べる溶鉱炉が形作られる。
ここまでは飽くまで前準備。
真に超常たる業が発現するのは、これより後。
「【
その言葉が空に落とされると同時に、アレンの右手に
(んー?赤色の炎?)
微妙に釈然とせず、クリスは頭上に疑問符を浮かべていたが、しかしそれと時を同じくしてアレンの右手に出現した炎が、その形を変化させていく。
時間にして僅か数秒の出来事だろうか。
形なき炎が瞬く間に、剣を型取っていた。
熱された鋼鉄の様な赤熱する刀身を持った、綺麗な真紅の宝刀へと。
持ち手の部分は未だに燃え盛る炎のままで、アレンの右手に纏わり付いているのだが、しかし流石は魔法と言った所だろうか。
アレンの右手の白手袋には焦げ目一つ入ることは無く、当然熱がったりもしていなかった。
燃え盛る剣を手に持ったアレンは、【球体】へと向かってゆっくりと歩きだした。
その歩みは堂々と。実に様に成っていて、今のアレンからは、普段の大人ぶっている子供特有の微笑ましさと、しかし同時に感じる頼りなさが一切見られなかった。
アレンがゆっくり、ゆっくりと歩み寄る。
【球体】がコロコロ、コロコロと進む。
そうして1人と1個?の彼我の距離が一定の近さに成った、その時。
【球体】がアレンに向かって飛び跳ねた。
その速度は一定以上の実力を持つ野球のピッチャーが、ボールを投げた時と同じくらい。
まあ少なくとも100kmは軽く超えている事は間違いない。
成程、これは確かにルークがクリスに気を抜かないように、と注意する訳である。
どれほどの威力があるのかは【球体】の硬度にもよるだろうが、仮に普通の石ころ程度だとして。
こぶし大の石がこれほどの勢いでぶつかってくれば、単純な物理法則の運動エネルギーだけで考えても、当たり所が悪ければ大人でも死ぬだろう。
草の生気を奪った謎の呪い的パワーも考えれば、その危険性は更に上と考えて間違いなく、少なくとも虚弱極まりないクリスが相対して良い相手では無い。
しかして、アレンはどうだろうか?
跳び上がった【球体】はアレンの頭部目掛けて飛んできている。
あっという間に両者の距離は零に近づいて、しかしその瞬間、アレンの炎の剣を持つ右手が、かき消えた。
それと同時に、高速で近づいてきた【球体】をなぞる様に空中に綺麗な真紅の軌跡が描かれたのを、クリスは目撃した。
「――ふっ」
交差の時間は正しく一息の間だった。
アレンの息を軽く吐く音と同時に、アレンの頭に迫っていた筈の【球体】が、真っ二つに両断されて地面にこてん、と力なく落ちた。
しかもそれで終わりでは無く、切断面から炎が湧き出して【球体】だった物の残骸が延焼していく。
それこそやはり一息の間に、【球体】の姿は野原より消失した。
「お、おっ!す、ごい!!」
「あはは、ありがとう」
鮮やかなその手並みに、クリスは笑顔でアレンに近寄りながら、賞賛の言葉を投げかけた。
照れた様子でそれを受け取るアレンの姿。
「あ、れ?これ?」
そうしてアレンに近づいたクリスだったが。
アレンの近くの地面。丁度【球体】の残骸が少し前まであった地点に、白く輝く小さな石を発見した。
首を傾げるクリスに、アレンがその小石の正体を説明し始める。
「ああ、それは【聖輝石】って言ってね。【廃呪】を倒すと落とすんだ。作物の実りを増やしたり、水を綺麗にしたり、傷を治したり、後は魔法の力を増幅させるアクセサリーの材料に成ったりね。冒険者はこれを売ってお金を稼ぐことが多いんだ」
「おお~~!」
ドロップアイテムと言う奴か。
倒しても明らかに素材を剥ぎ取れそうに無い【廃呪】にも、倒す利点はしっかりと存在するらしい。
「でも【球体】1体からとれる【聖輝石】くらいじゃ、お小遣いにも成らないんだけどね。あ、それじゃあ見ててよ!」
そう言ってアレンは拾い上げた【聖輝石】を、【球体】の影響で枯れかけた草へと投げ込んだ。
放り投げられた【聖輝石】が萎びた草に到達したその途端、【聖輝石】が一瞬強く輝いたと共に、その姿が草に吸い込まれるように消失した。
しかしそれと同時に、色が薄くなって草臥れていた草が、元の青々しい色と、天に向かう強さを取り戻した。
「元気、なった!!」
「ね。こうやって使うんだ」
元気に成った草を見て、クリスはそれはそれは嬉し気に微笑んだ。
「どう、クリス?これが、魔法や、冒険者の特訓なんだ!」
「カッコ、良い、よ。アレン、君!」
「えへへ。そう?コホン、それでさっきの話なんだけどさ。クリスも教わってみればどうかな、魔法」
「…………わた、し、も?」
何だかんだで中途半端な所で遮られていた話題を、アレンは再び口に出した。
クリスが驚いたような声を上げる。
「クリスだったら、きっと直ぐに使えるようになる筈さ」
魔法と言う技術は決して簡単な物では無いし、無論アレンとてそれは重々承知している。
しかし過酷な経験をしたとはいえ、未だ子供なアレンには、子供らしい純粋な考え――夢があった。
それは、頑張る者は報われるのだと言う…………いや、報われて欲しいという夢。
あれほど、優しく素晴らしいクリスには、神様だってきっと微笑んでくれる筈。アレンはそう信じている。
「そうだな。何事も実際に試して見てこそ、だ」
アレンの言葉を肯定する様に2人に話かけるルークは、しかし言葉とは裏腹に、内心厳しいだろうな、と思っていた。
前提として、アレンは天才だ。
両親の才能を期待通りに――いいや、期待以上に受け継ぎ。
その才を不断の努力で順当に伸ばし、頭でっかちでは無く、経験もしかと積んでいる。
それに加えて厳しい境遇を経験したが故の、粘り強い精神力も持っている麒麟児。それがアレンだ。
だから同じくらいの年齢で、例え同じくらいの努力をしたとしても、クリスがアレン程に上手く魔法を使うのは、どう考えても不可能、それがルークの結論だ。
しかしながらそんな夢の無い正論を楽し気に笑い合う、甥とその友人に躊躇なくぶつける程、ルークの性格は悪くは無かった。
そもそも別にアレン程上手く出来る必要は無いのだ。
友人がやっている事なら、手慰み程度に習うだけでも面白く感じるだろう。
それにアレン程では無くとも、確かな魔法の才がクリスの中に存在する可能性も零では無いのだ。
何事も試して見てこそ、と言った言葉は決して全てが誤魔化しでは無いのだ。
それがルークの大体の考えだった。
ここに居る後の1体のデザベアはどうしてるかって?
まっっっっっっったく興味を持たず、鼻をほじって、大欠伸をかましてますが何か??????????
夢のあるアレンの考えと、夢の無い残り2人の考え。
対照的な2つの考えだが、残念ながら正解なのは後者だろう。
……いや、それはそれとしてデザベアの態度は普通にカスだが。
都合の良い奇跡が罷り通る程、現実は甘く作られてはいない。
ガラスの靴を与えてくれる魔法使いは現れないし、毒林檎を食べたお姫様は、王子のキスでは蘇らない。
それと同じように、純然たる才能の差と言う物は確かに存在して、それは頑張ったからといって乗り越えられる物では無いのだ。
ああ。けれども。しかし。
今日。
この時。この場においてのみは――
――正しいのはアレンの意見だった。
「それじゃあ、基本は俺が教えてあげるよ!えっと、まずはね――」
「あ。大、丈夫。
「――クリス?」
クリスが自分の右手の、その小さな手の平を空へと向けた。
「【炎】」
――瞬間。
空が赤く染まった。
「――え!?」
「――何っ!?」
『――ハァッ!?』
アレンの、ルークの、デザベアの。
三者三様の。しかし皆一様に驚愕を意味する叫び声が長閑だった筈の野原に響き渡った。
何が起こった?
――クリスが手の平から天まで届く炎を発生させた。
それはどの位の規模の?
――空に届くまでの
奇跡。
ああ、奇跡だ。
目の前の光景を端的に言い表すのなら、それ以外に無い。
――最も早く驚きから立ち直ったのはアレンだった。
「凄い!凄いよ、クリス!!!」
「そ、う?あり、がとう!」
彼の心の中の9割は、友人の才能に対する賞賛の念と、友の未来が明るく開けたことに対する喜びの思いで溢れていた。
残る1割は、同年代の子供が明らかに自分より優れた力を持っている事に対する対抗意識だったが、嫉妬と言う程、暗い物では決して無かった。
そもそも、自分を上回る才能をポンっと見せられて何も思わないのも、年頃の少年としてどうなの?と言う話なので、良いバランスの心中だと言えるだろう。
「………………これは」
――深い驚愕を覚えているのがルークだ。
豊富な人生経験――それも特に、魔法を使った戦闘に関して――を持つルークには、目の前の光景が如何に有り得ない物であるかとても簡単に理解できた。
まず繰り返しになるが、アレンはこの年代の最高峰だ。
それを易々と超えて来るのが、まず可笑しい。
それでも例えば魔力量に限ってのみ等の前提条件付きならまだ考えられなくも無いが、クリスがただ馬鹿魔力に物を言わせて魔法を発動している訳で無いのは明白だった。
何故なら、
見た目だけ派手な虚仮威しなどでは無い事は、それこそルークであれば見れば分かる。
これは、クリスがこの莫大な量の炎を全てしっかりと自分の制御下に置いている事の証左だった。
「~~♪」
クリスが陽気に鼻歌を奏でる。
それと同時に、空で燃え上がる炎が、その形を変化させていく。
それは花の形に。それは猫の形に。それは星の形に。数秒おきに炎の形が鮮やかに変化していく。
ああ!!まるで青空と言うキャンバスに、炎の絵の具で絵を描いている様!!
「ていっ!」
「――!?」
クリスが何とも気が抜ける様な掛け声を発した。
しかし、それを合図として発生した現象は、決して気を抜いて良い物では無かった。
その数、凡そ100以上。
その様子に尋常成らざるモノを感じ取ったルークは、舞い落ちる炎の塊の中から、最も自分の近くに落ちる物の軌跡を咄嗟に目で追った。
炎の着弾点には【
墜落した炎は見事に【球体】へと着弾し、その存在を延焼させる。
次の瞬間には【球体】の姿は燃え尽きて消失していた。
――
ルークの内心が更なる驚愕へと彩られた。
100以上あった炎の塊の中で、偶々ルークが見た1つが、偶々【球体】へとぶち当たった…………そんな風に考えるのは、流石に頭が空っぽに過ぎる。
間違いなく狙ったのだ。恐らく他の炎の塊も同様に。
何という制御、何という感知。
無論ルークとて名を馳せた冒険者。同様のことが出来ないのか、と問われれば答えは、否だ。
しかし、自分がその境地に達したのは一体
少なくとも今のクリス程に幼い頃で無かった事だけは確かだ、とルークは衝撃を受けている。
そして更に恐ろしいことは、ルークを最も驚愕させた要素は、今までの描写とは別の箇所にある、という事だった。
――
科学社会の人間から見れば滅茶苦茶をやっている様に見える魔法だが、しかしその実、キチンとした法則の下に発生をしている。
望めば何でも出来るような力では決して無いのだ。
しかしだと言うのに、今しがたクリスが使い続けている力は、アレンが使い、自らも使える魔法の法則より完全に逸脱していた。
感覚としては魔法よりも、神官たちが扱う【法術】に近いように感じるが、それもどこまで確かな物だか……。
まるで、
そうした次第でルークの心中は驚愕で満たされていたのである。
――そして驚愕を超えて、最早狼狽しているのがデザベアであった。
『有り得ない、有り得ない!有り得ねぇぞ、オイ!!!!』
目の前で巻き起こった理不尽に、先程までの余裕は一体何処へやら。
うわ言の様に眼前の光景を否定する言葉を吐いているが、しかし当然それで目の前の光景が消え去りなどはしない。
ただしかし、本当に有り得ないのだ。
――デザベアは大悪魔である。
今やすっかり驚き役兼、おもしろツッコミおじさん(悪魔)と化しているデザベアであるが、その本性は邪悪で、狡猾で、人間を不幸のどん底に叩き落とす事に長けた、文字通りの悪魔である。
嵌めようとした獲物の選定が完全にミスっていたと言う、そもそもな致命的間違いを除けば、その方策は決して間違ってはいなかった。
もしもその悪意と策略に巻き込まれたのがクリス以外であったのなら、その対象とされた人物の末路は、とっくに周りに玩具にされて壊されているか、そうなるであろう人生に絶望して自ら命を絶っているかの2つに1つであっただろう。
――美貌の才以外には何の取り柄も無いと思われていた少女に、実は凄まじい魔法の才能が有り、それを使って大活躍?
デザベアにとって、そんな展開はカスもカス。
欠片たりとも見たくなく、絶対に引き起こしてはならない事象である。
だからこそ、そんな事だけは起こらないように可能性を念入りに、念入りに潰しておいたのだ…………何せその所為で自分が巻き込まれて絶望した位である。
だからデザベアは迷い1つ無く断言できる。
クリスの肉体に、魔法の才能なんて欠片も無いのだ。
そう――
『あ』
気がついた。
いいや、思い出した。
『あああああああああああああッッッ!?!?!?!?!?!?』
クリスが変態すぎて忘れていた。
クリスが変態すぎて忘れていた!!
大事なことなので2回言ったが、とにかくクリスが変態すぎて忘れていたのだ(3回目)。
そもそもクリス――いいや、この場合は中の平助か――は
他ならぬデザベア自身が、その出会いは奇跡だと、悪魔である彼をして祝福すべき物だと、皮肉ではなく本心から言っている。
いや、もっと早く思い出せよ!?と言う指摘は完全にご尤もでしか無いが、デザベア君は、クリスの度重なる変態行動により、その……。心が……。少し……。
……とにかく、科学という光の下に、あらゆる幻想が駆逐された現代社会において、デザベア程の大悪魔を完全に顕現させようとすれば、それに必要な力は如何ほどか?
ちょっと悪魔召喚の才能があれば行える――そんな容易い物では断じて無い。
先ずは歴史の裏に消え去った、悪魔召喚の方法を、間違いなく完璧に再現する必要がある。
ある部分は完全に消え去って、ある部分は逆に無駄な情報が多数入り込んでいる。
そんな中から正しい情報を1つ1つ拾い上げて、正しい絵を完成させる。
それは大きな情報収集能力と天運が必要な、極めて困難な作業である。
それに悪魔召喚の才能を持つ人間を探す必要がある。
デザベアを
そして、その2つを揃えても未だ足りない。
最後に必要なのは
召喚士の才能にもよるが、必要なのは最低でも数百万人から数千万人。
それだけの人数を短期間で虐殺して、その血と怨嗟で地上を満たし、世界を覆う科学という法則に穴を空ける必要がある。
そこまでやって漸く召喚出来る。それが大悪魔と言う存在の筈なのだ。
……それを、何だ。
何処かの子供が作った適当な魔法陣で?
ただテンションが上っただけで?
そもそも呼ぼうとする意思もなく?
そんな状態で簡単に召喚する。
有り得ないことだろう、それは。
もしもそんな本来あり得ざる滅茶苦茶が成立するのなら。
それは
ああ、それはつまり――。
『【超越者】か』
己の祈り1つで、世界を変革させ得る有資格者。
生命の答えに辿り着いた解答者。
世に数多いる凡百の地を這う虫けら共とは違う、空を飛ぶための輝く羽を持った鳳凰。
それがデザベアが漸くたどり着いたクリスの正体だった。
常軌を逸した変態性、我慢強さも納得だ。
思いの量が違うのだ。
願いの桁が異なるのだ。
祈りの深さが比較にも成らないのだ。
クリスの扱う力が既存の
それも言ってしまえば簡単な事。論ずるに値しない。
だって彼女は
恐らく平和な日本に生まれ、大きな不満も無く過ごしていた所為で、これまでは目覚めていなかったのだろう。
如何に空を飛ぶ羽があろうとも、飛び方を知らなければどうしようも無いから。
だけどデザベアに魂を別の世界の別の体に移されて目覚めて、たった今飛び方を覚えた。
だからもう。クリスは自分が望めば何処へだって飛んでいける。
デザベアはそれを理解したから、クリスに対して早急に言わなければならない言葉があった。
『その、はしゃいでいるのを今直ぐ止めろ。
「え?」
デザベアの言葉に、クリスが炎を消した。
『ああ、後。医者に行っても意味がないし、面倒な事に成るだけだから――
「何、を、ぁ――」
瞬間。
クリスの身に今まで感じたことが無い、膨大な苦痛が襲いかかってきた。