硝子の聖女~スケベ猿が薄幸美少女に転生した結果~ 作:三上 一輝
「此方です」
枢機卿の道案内と言う普通に生きていれば体験することの無い状況を味わう事10分程度。
最初に宣言された通り、町の直ぐ近くに張られた大きな天幕に、クリスは辿り着いた。
用意する時間など、殆ど無かったであろうのに、見事な物である。
「此処より先はお一人で。彼の方が待っておられます」
「分かりました。案内、ありがとうございました」
一体誰が自分を呼んだのか。遂にそれが分かる。
クリスは息を呑んだ。
『気を付けろよ、クリス。最大限に警戒しろ』
『ベアさん?』
頭の中に直接鳴り響くデザベアの声。クリスは咄嗟に視線だけを動かして、彼の姿を探した……が居ない。
何時もであれば、ぷかぷかと周囲を浮いている筈なのだが。
『探さなくて良い。普段と違って、存在濃度を極限まで下げて、お前に憑いている。後、ひと段落するまで基本的に返答もするな。お前の隠蔽技術だと最悪察知される』
『…………』
今までにない対応。
デザベアもかなりの緊張感を持っているという事が、クリスに伝わった。
クリスはその言葉に返答しないことで、了解の意思を返答した。
そして彼女は天幕の入り口に手を掛ける。
かなり老齢の枢機卿を顎で使える様な人物。
一体どんな長老の様な人が待っているのか、そんな予想をしながらクリスは天幕の中へと入りこんだ。
――しかし、その予想は完全に外れていた。
「………………」
天幕の中。その中心に、1人の若い男が立っている。
聖神教の法衣に身を包んだ若い男。
恐らく詳細な年齢は、20歳から25歳の間といった所か。少なくとも30に届いている様には見えない。
咄嗟に右肩の位階線を見るが、
身分を隠すためか、
身につけているのは法衣だが、世の年頃の女の子たちに彼の第一印象を問いかけたのなら、一番多く返って来るであろう答えは神官では無く、“王子様”だろう。
教科書に乗せたいくらいに絵になる金髪碧眼。
しっかりと切り揃えられたサラサラの金の短髪。透き通るような瞳。当然の権利の如く整った顔立ちに、高身長。
ついでに、ゆったりとした法衣の下の肉体が鋼の如く鍛えられている事を、クリスの(変態的な)眼力は見抜いた。
オマケに、何と言うか言葉にし難い妖しい魅力すら放っている始末。
産まれる前に幾ら賄賂を積めばこんな容姿になれるのかという話だ。
…………まあ、そんなこんなで相対しているクリス当人が(魅了とか神聖な雰囲気とかを使わない状態で)目の前の男で漸く足元に及ぶくらいの、頭の可笑しいステ振りの魅力をしているのだが。
しかしそれは一先ず置いておく。
ともかく重要な事は、目の前の男が若く生気と魅力にあふれている事。
そして、にも関わらず。クリスには目の前の男が今にも死にそうな、いいや何故死んでいないのか分からない程の、老人の様にしか見えなかった。
表面的な見た目なぞ気にもならない。
見ているだけで、涙が溢れそうになる。
これは。これはあまりにも――
『おい、クリス。力を貸してやる。コイツが少しでも怪しい動きを見せたら、速攻で潰せ。何もさせるな、蹂躙しろ』
嘗てない程に、物騒なデザベアの言葉。
いつもであれば、窘めただろう。
しかし今回はしなかった。何故なら同意はしないが、デザベアがどうしてそんな事を言いだしたのか、理解が及ぶから。
――この人、
クリスに戦いのセンスは無い。
そんな彼女ですら理解できる。幾ら何でも蛇と龍は見紛わない。
今にも消えてしまいそうな命の灯とは裏腹に、感じる強さは今まで出会った
唯一、伍するのは人外たるデザベアのみ。
……そう聞くと途端に大したことなく思えて来るが、面白ツッコミマスコットのデザベアでは無く、人の魂を世界の壁を越えて移動させ、運命すら操作する呪いを掛ける大悪魔デザベアと同格である。笑い話では無い。
今の聖華化粧で使える程度の力では間違いなく勝てないだろう。
デザベアの力を借りて、ある程度本来の力を使えても“戦い”を挑んだのなら、万が一があり得る。
確実にどうにかしたいのなら、デザベアの言う通り初手から“蹂躙”するより他に無い。
それがクリスの見解で、覚えた危機感だった。
そんなクリスの緊張を知ってか知らずか、男は柔和に微笑んだ。
そこに敵意は――少なくとも表面的には――見られない。
「まずは、此方に呼び寄せてしまった無礼への謝罪を。そしてようこそおいで下さいました。クリス・ルヴィニ様。私はボロス――偽名です」
「あっ!申し訳ございません。これはどうもご丁寧に。私は――って偽名?????」
「大変な無礼と承知しますが、今は明かせぬ理由が。我慢ならぬという事であれば、この場で首を切り落とされても仕方が無いと覚悟しております」
「い、いえっ!別に気にしません。その。そういう事でしたら、そういう事で……。はい」
「寛大なるお心に、尽きぬ感謝を」
――やっぱりどう考えても可笑しい。
クリスはやはりそう思った。
それは、彼らの行動が常識知らずだから――では無い。
強い力や権力を持つ者の行動が、時に滅茶苦茶になるのは分かる。
そもそも、行動の突拍子の無さと言う意味では、クリスだって人にどうこう言える立場では無い。
しかしながら、それを踏まえても彼らの行動は可笑しい。
行動から、目的がまるで見えてこない。
大きな力と兵力を見せつけて、威圧・脅迫するのが目的?
だったら態度が可笑しいだろう。
そもそもそんな事をせずとも彼らには圧倒的な権力がある。
枢機卿は枢機卿である。
目の前の男の正体は分からないが、正直お察しだろう。
そんなに脅したいのなら、自分たちの下に呼び寄せて、足でも舐めさせれば良い。
そうすればクリスも“くっ!殺せ!!”や“体は好きに出来ても心を自由に出来るとは思わないでください!!”や“貴方って最低の屑ね!!”と言って目を輝かせて舐めるしか無いだろう。
それはもうしゃぶり尽くすしかない。しゃぶしゃぶだ。ご飯が欲しい。
「その、ボロス様ですね。私は、クリス。クリス・ルヴィニです。お目に掛かれて光栄です」
「ボロス様……ですか。出来れば、呼び捨てて頂きたく、貴方に敬われるほど、大した者ではございませんので」
「いえ、その。こういう性分なので、出来れば許していただきたく」
「分かりました。貴方がそう言うのであれば、クリス様」
「あのっ……!私の方こそ気楽に呼んで頂ければ!」
「申し訳ございません。こういう性分ですので」
「ぁぅっ……!」
「ふふっ」
しかし現実は、これだ。
権力を傘に偉ぶるどころか、寧ろ敬ってくる始末。
では逆に、歓迎?
仲良く友好的にしたいと言うのか。
それも考えにくいだろう。
突然の、町の包囲と来訪。これで友好関係を築きたいと本気で思っているのなら正直頭がアレだと言わざるを得ない。
ド天然でアーパーなクリスですら、もっとマシな歓迎方法を幾つでも思いつく。
ならば、観察か。
こう言った態度を取って、どう対応してくるかを見極める。
……他の考察に比べれば正答に近くは思える。
朗らかな態度の中に、冷静に此方を見極めようとする意思が微かに見える時が、確かにある。
しかしそれが真の、一番重要な目的では無いだろう。
それだけが目的なら、もっと上手いやり方が幾らでもあるだろう。
そうそれだ。“もっと上手い方法がある”これに尽きる。
何が目的にしろ、子供の浅知恵ですらより効果的な方法を思いつける。
これでは怪しんでくれと言っているような物だ。
いや或いは。
訳が分からない。
理解という面でだけ言うのなら、出会った瞬間に殺しに来られる方が、未だ分かり易いくらいだろう。
「あの、ボロス様。それで今回は、私の審査の為に態々いらっしゃって下さったとの事ですが」
「しんさ………………?……………………ああ、審査!ええ、はい。その為に参りました、勿論」
「…………」
ほら。こういう事を言う。
「では、回復の力などをお見せすれば宜しいでしょうか?」
「いえ、それには及びません。そうですね、より上位の位階を手に入れて、何を為さるのか。それをご教示願いたい」
「浄化行脚の任を。世界中に蔓延る呪いと悲劇を浄化する。その一助とさせて頂きたいのです」
ボロスと名乗る目の前の本名不詳の男の思惑を、クリスは知らない。
されど己の目標を問われたのなら、誠心誠意伝わるように話すだけだ。嘘を吐く気はない。
勿論それですんなり通る話では無い。それは理解している。
「それは素晴らしい!では今より、その様にしましょう」
「はい。勿論、すぐにお認め頂ける様な軽い話で無い事は承知しております。ですので、これから信頼に足る態度と力量を示していけるように精進を――を、ヲッ!?え、えと。認めて頂けるのですか!?」
「当然の事です。確かにこの世は呪いと悲劇に溢れております。それを少しも解決できないこの身の不甲斐なさには、何時も憤りを覚えるばかり。しかしだからこそ!世を良くしようと言う動きの邪魔をする様になる訳には行きません。卑小であれど、卑怯にはなりたくないのです」
「そ、そうなのですか」
なんだ、これは。
本日何度目になるか分からない呟きが、クリスの心中で為される。
つまり目標が叶ったと?これはそういう事なのか?こんなにアッサリ?
そんなクリスの困惑を余所に、ボロスのどこまで本気なのか分からない滅茶苦茶な提案は続いて行く。
「浄化行脚は、聖女・聖人が担う任。敢えてそこを崩す必要も無いでしょう。では、これから聖女という事で。位階は……直ぐにご用意出来るのは1本線となります。力不足で申し訳ございません」
前にも述べたが、聖女・聖人は権力者と言うより広告塔の側面が強く、認定されるだけで与えられる位階は3本線である。
クリスとしては全く構わない。いや寧ろ貰い過ぎと思うくらいだ。
ニフトの言葉や、浄化行脚に必要だから目指しているだけで、権力・地位その物に対する興味は、ほぼ無い。
だから、ボロスの言う通り1本線でも何も問題は――1本?1本!?
「いえ、寧ろ過分な評価で恐縮するばかりで――ん?んんっ?んんんんんんん?????????????????????????????????????」
「ああ、そのお怒り、反論の余地もありません。高々、枢機卿
「いやいやいやいやいやいやいやいや」
権力の閉店在庫処分セールか何かか?
中学生の妄想でも、もう少し段階を踏むだろうとクリスは思わざるを得ない。
「違いますっ!低いのでは無く、高いのです!高すぎるのです!!規定の3本線ですら私の身に余る程なのに、何も為せていないと言うのにその様な立場・評価。頂く訳にはまいりません!!!」
流石に我慢できなくなったクリスの叫び。
それを受けてボロスは、成程、成程。と何度か繰り返した。
「見目同様、心もお美しくいらっしゃる様だ。実に謙虚で清廉であられる」
いくら何でも、ヨイショ、おべっかが過ぎる。
此処まで来ると逆に馬鹿にされている様で、人によっては怒りだしても不思議では無いだろう。
ただ不思議なのは、ボロスの向けて来る感情に態度ほど大袈裟ではないが、“感謝”や“敬意”が確かにあるという事。
それが分かるが故に、クリスは更に混乱する。
心にも無い事を言っている訳でもないが、狂信故の本心と言う訳でもない。
結果、やっぱり分からない。
「その、私の様な何の実績も無い小娘がそんな地位を頂く事は、誰にも納得されないと思います」
「ああ。それはご心配には及びません。
「………………」
温和に物騒な事を述べるボロス。
彼は、それにそもそも……と話を続けた。
「実はクリス様の地位に関しては、3枢機卿以下、教会の主要な面々の同意は既に取っているのです」
「……えっと」
「流石に言葉だけでは信じて頂けないかとも思い、
「い、いえ。結構です」
「そうですか」
高が話に説得力を持たせるためだけに、枢機卿をガキの使いにしたと、ボロスはそう言った。
クリスとしてはもう乾いた笑いを浮かべるより他に無い。
非常に考えづらいが、聖女やら1本線やら、どうにも本気で言っているらしい。
「と。そう言う訳でして。差し支えなければ受け取って頂ければ光栄です。そして、どうか世界に蔓延る呪いを解いていただきたい」
自ら目標と言った手前、非常に断りづらい。
それに、欲しいとは思わないが、あれば役に立つ物であることは疑いようも無い。
悩んだ末、クリスはボロスの提案を受ける事に決めた。
「……分かりました。精一杯務めさせて頂きます。与えられた立場に相応しく在れるよう心がけます」
「それは良かった。新たな法衣は持参しておりますので、後でお着替えください」
そうして結局。何が何やらわからぬまま、クリスの目標は必要以上に叶うことになった。
聖女・1本線の地位に。そして浄化行脚の任に就く許可。
棚から牡丹餅どころか、棚から徳川埋蔵金が雪崩落ちてきたようなものである。
普通であれば下手をすれば、
しかし、そこはクリスもさる者。
突然、世の行く末を左右するほどの権力をポン!と手渡されて、心にあるマイナスの感情は、“今まで真面目に仕事をされてきた他の方々に申し訳無い”と言う事だけ。
与えられた立場に対するプレッシャーなどは殆ど無い。
あろうことか、“切り替えて浄化行脚で世界中の呪いと悲劇を解いて、裏で発生している事件も解決したら、職を辞すれば良いか!”なんて思っている始末。
よってここに、聖女クリスが爆・誕!した訳であった。
……しかし、話はこれで終わりではなかった。
「では早速、と言う訳ではないのですが、聖女クリス様。1つ、どうか御慈悲を賜りたい願いがあるのです」
「願い、ですか?」
或いはその願いとやらを確実に通す為が故の、これまでのハチャメチャな行動であったのか。
咄嗟に湧き出たクリスの考察を否定するように、ボロスの声が天幕に響く。
「1つだけ。どうか誤解されず頂きたい。これは交換条件などと言うフザケた代物では決してございません。先の話は先の話。今よりの話がどのように進んだとして、先の話に一切の変更はございません。これよりの話は、どうかお助けいただきたい、とそれだけなのです」
それは実にクリスの
万の黄金を積まれるよりも、尽きぬ権力を約束されるよりも。
ただ一言。助けて、と言われる方がクリスには余程嬉しい。
エッチな事をしてくれると、もっと嬉しい!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「では、私も先の話とは関係なく1つ。まだ詳細が分かりませんので、無責任に成功の確約は行えませんが、私の力が及ぶことであれば、精一杯協力させて頂きます」
「感謝を」
そのまま願いの詳細を話し始めるかと思われたボロスだが、そうではなかった。
「本題に入る前に少しだけ。クリス様はドニス・サピロスと言う男を知っておられますか?」
この世界にやって来たばかりの頃であれば、絶対に答えられなかったであろう質問。
しかし、今のクリスには回答が可能であった。
神官として忙しく働く傍ら、エレノアに家事や、この世界の事をしっかりと教えて貰っていたからである。
結果として、知識。ついでにエレノアからの好感度と、息子のお嫁さんポイントが非常に上昇していた。
「このアナトレー王国の、公爵閣下であられる方で間違いないでしょうか?非常に残念なことに、直接お顔を拝見する幸運を預かった事はありませんが、国王陛下からの信任も篤い素晴らしい方であると聞き及んでおります」
「その通りです。では、その息子であるジーク・サピロスについてはどの様に?」
「獅子から生まれし龍。後少し産まれるのが遅ければ、必ず聖印を得て、次代の神託王陛下の最有力候補に上っていたであろう事が間違いない程に優秀な方、と」
【神託王】――その言葉を己の口から出した
浮かべる微笑に一切の変化なし。
ポーカーフェイスが上手いことで、とクリスは心の中で大きな溜息を1度だけ吐いた。
「それも、間違いありません。重ね重ね申し訳ありませんが、これで最後になりますのでどうかご容赦を。では、その妹であるアリス・サピロスに関しては如何なる見識をお持ちでしょうか」
「それは……」
これまで流暢に答えていたクリスの口が止まる。
前2人と比較して、新たに話題に上った人物の情報を、クリスは殆ど持っていなかった。
「聖印をお持ちであるという事。年が私と同じ十であるという事。お体が弱く、あまり表に出られない事。申し訳ございませんが、それ以上の事は……」
「いえ、十分すぎる程です。それ以上の情報が無いのは当然なのです、何せ彼女の情報は秘されていますから」
「隠されている、ですか?」
「ええ。アリス・サピロス。公爵家の令嬢。病弱故に、表に出てこないと言われている彼女ですが、真実は異なります。彼女は【呪い憑き】なのです」
「呪い憑き……」
アレンを友人に持っているクリスからすれば、他人事ではない話だ。
まあ、アレンの物は厳密にいえば【呪い憑き】では無い事が最近分かったのだが、それは一先ず置いておく。
「それも、後天的に呪い憑きとなったパターンでして、それ故あまり表に出てこないそうです」
「…………」
聖印持ち。貴族。後天的な呪い憑き。ますます、アレンと似て来る境遇である。
クリスは何とも言い難い表情で沈黙した。
「そしてここからが本題となります。そんなアリス嬢ですが、厄介な呪いを掛けられてしまった様なのです」
クリスは、ボロスのその言い分が気になった。
つまりそれは――。
「呪い憑きとは、また別に。と言う事でしょうか」
「正しく。詳しい事は分かりませんが、どうも奇行を繰り返している様ですね。父親である公爵はがそれを解くために水面下で動き回っております」
「奇行……」
デザベアが何時ものテンションであれば、“お!奇行のスペシャリストとしてアドバイスしてやれば?”とでも揶揄いを飛ばしてくる頃合いだろう。
しかし今は完全に沈黙している。未だ、強く警戒しているのだろう。
「その呪いを解いて頂きたいと言うのが、私が乞う慈悲となります」
「何故、ボロス様がそれを願うのか、お聞きしても?」
「勿論です。公爵とは知らぬ仲でもありませんが故、彼の我が子を思う心に胸を打たれたのです」
「それは、素晴らしい事ですね」
本当であるのならば。
「して、お受け頂けるでしょうか」
そう問いかけるボロスの言葉は怪しい事この上ない。
何で、公爵の隠している情報を知っているんだ、正体隠す気あるのか!なんてクリスとしては言いたいことが山ほどある。
だがしかし、返す答え自体は決まっていた。
「引き受けさせて貰います。良いお知らせを返せるように全力を尽くします」
「おお!ありがたい!!これでもう全ては解決したも同然でしょう」
困っている人が居て、助けを求めて来たのであれば、クリスに断る選択肢は無い。
幾ら怪しかろうと、自分が出来る限りの事はするつもりだった。
「大変失礼な話ですが、これは内密な話であるが故に、お一人での解決をお願いしたい――と言う所なのですが、エレノア・ルヴィニ。アレン・ルヴィニの両名であれば、問題ないでしょう。彼女らであれば信用が出来ますので」
前半の提案は、予想の範疇。
しかし、後半は聞き流せなかった。
「2人の事を知っているのですか?」
「エレノア・ルヴィニとは何度か会った事がありまして、彼女の事は信頼しております。アレン・ルヴィニ、彼に関しては……返せぬ程の借りがありましてね。出来る限り彼の要望は叶えてやりたいのですよ」
「借り、ですか。それはどのような……?」
「申し訳ございませんが、個人的な事でして」
「は、はぁ……」
怪しい。どうやったらここまで怪しくなれるの?と言いたくなるくらいに怪しい。
しかしながら、何か悪事を働いている明確な証拠があるわけでもない上に、礼儀正しく接してくれる相手にクリスはそれ以上の追求は出来なかった。
ドが付く程の善人であるクリスの弱点が出た形となる。
これがデザベア辺りであれば、貰える善意は貰った上で、躊躇なく恩を仇で返す位は軽くやるだろう。
いや、全く褒められる事ではないが。
「私の方からの話は、これで以上となります。大変名残惜しいですが、そろそろクリス様のご友人の心配も大きくなっている頃合いでしょう。クリス様の方から何かあるでしょうか?」
「私の方もこれ以上は――いえ、最後に1つだけ質問をさせて貰っても良いでしょうか?」
「ええ、勿論です」
そこまで聞く必要がある事でも無いのだが、クリスの脳裏に少し気になる事が浮かんだ。
「アリス様は【呪い憑き】との事ですが、具体的にはどのような……?」
「気になりますか?」
「繊細な部分ですので、お会いした時に失礼をしてしまってはいけないな、と」
「ああ、そういう事ですか」
特に変なことを言っている訳でもない。
ボロスはクリスの質問を簡単に回答した。
「彼女の場合は、運悪く非常に分かりやすく隠しにくい場所に呪いが出てしまっています。頭に生えているのですよ――兎の耳が、普通の耳とはまた別に」
「…………そうなのですか。では、今日は本当にありがとうございました。与えていただいた名に、実が追いつくよう精進していきたいと思います」
「いいえ、こちらこそ。この数十年でもっとも充実した時間でした」
どうやらボロスの方に、表に姿を晒す気は無いようで、2人は少なくとも表面上は笑顔で別れを告げた。
警戒していた様な事態は発生しなかったが、あまりに、あまりにも状況が動きすぎた時間であった。
考えなくてはならない情報・疑問が星の数ほど存在する。
しかしながらクリスは思う。
底知れず、最後の最後まで本心が見えなかった男、ボロス。
されど、そんな彼も気がついていないであろう重大情報が、彼自身の話の中に隠されていたのだ。
そうそれは――
(
尚、最後の最後でシリアスをやめた天罰か。
聖女就任をいつの間にか伝えられていて、天幕を出た瞬間にやって来た神官&騎士Withアルケーの町の人々から“聖女様万歳!!”と持ち上げられて、大慌てするクリスの姿が見られた。