硝子の聖女~スケベ猿が薄幸美少女に転生した結果~   作:三上 一輝

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04 至高のオカズ

「芸、します。見て、下さい」

 

 薄暗い路地裏――スラム街から少し外に出た、大通りとまでは呼べないが、そこそこ人が通る道の中、1人の子供が地面にボロボロの食器を置いて、おひねりを貰うべく芸を披露している。

 芸、と言えば聞こえは良いかもしれないが、実際の所、その子供がやっている行動は、実にお粗末な物であった。

 丸めたゴミによるお手玉。今にも切れそうなボロボロの糸による綾取り。

 腕も稚拙なレベルであり、言ってしまえば、子供のお遊びの域を少しもはみ出るものではない。

 はっきり言って、こんなお遊戯に金を出す人間など1人も居るはずが無く、だがしかし子供の前に置かれている壊れかけの食器に、僅かばかり小銭が入っているのは、その子供の様子が余りに哀れに過ぎるからだろう。

 

 服と言うのも烏滸がましい、穴が開きに開いた麻の服に身を包んだ、栄養失調で痩せこけて、埃と泥で薄汚れた髪や顔、体の所為で、男か女かすらもハッキリとしない子供。

 幼子ですら簡単に行える様な動作ですら、行ったその後に肩で息をしている姿は余りにも痛々しい。

 その姿を哀れんだ通行人による、僅かばかりの施しが食器の中の小銭であった。

 

 しかし、酷な話ではあるが、この国――いいや、この世界において現在、その様な不幸は決して少なくない話なのだ。

 国は荒れ、人心は乱れる。

 各国で、このような光景が散乱しており、そしてそれに手を差し伸べる余裕を持つ人間も少なく成っている。

 だから、件の子供に与えられた救いの小銭も、小銅貨と銅貨が数枚。

 日本円に換算すれば数百円程度の物であり、無一文の子供が生きて行ける稼ぎには程遠い。

 こんな生活を続けていれば、遠からず死んでしまうのは明々白々で、であればそんな詰んだ状況で生きている子供は、一体どれほどに絶望しているのだろうか――

 

 

 

 

 

 

 

(あ、あの人Gカップだ!!凄い!!!!!!)

 

 ――何かメッチャ余裕ッッ!!!!!

 子供――異世界転生初心者であるTS幼女のクリスは、道行く人々を視姦しつつ、早数週間となる異世界における日課を繰り返していた。

 一体どうしてこんな事に成っているのか?

 それを語るには数週間前、クリスとデザベアの現状確認にまで時を戻す必要がある。

 

*****

 

「まず非常に業腹な事だが、俺様たちは大分詰んでる」

 

「はい」

 

 金もコネも健康も学も才も常識も無いTS幼女と、力を使い切って消えかけの、絞り滓マスコット悪魔。

 そんなド底辺が簡単に一発逆転出来る程、世界は甘く出来ていない。

 何かしらしっかりとした生存戦略をイメージして生きていかなければ、1人と1体の命が異世界の土に消えるのは自明の理であった。

 

「じゃあ、孤児院、貰われる、のは?」

 

「ん」

 

 大体、人が思いつく生きていく為に有効な、長所・特技・手段を殆ど持っていないクリスだが、そんな彼女の持っている数少ない物が【子供】と言う身分である。

 どこかの孤児院などに身を寄せて、そんなに頭が良くないとはいえ、中の人が一応高校生なのを活かし、利発な子供として生きて行く、というのは然程悪くない案に思える。

 しかしながら、その案を聞いたデアベアの顔は、気難しいままであった。

 

「最終的には、その賭けに出るしかねぇんだが……。理由は後で言うが、ハッキリ言って分が悪い。出来るなら別の手段を試してからの方が良いだろう」

 

「うー、む」

 

 ある意味、正統派と言っても良い手段を封じられては、クリスとしてはもうお手上げであった。

 

「あ。そう言えば、加護、どれくらいの、効果・範囲、なの」

 

「あ?加護ってーと、不犯の加護の事か?」

 

「うん」

 

 不犯の加護。それは、デザベアがついカッとなってクリスに掛けてしまった、クリスに対する性的な行為を禁ずる効果を持った加護(呪い)である。

 しかしながら、性行為を禁ずる。と一口に言っても、その範囲は様々だろう。

 所謂、本番とそれに近い行為のみがアウトなのか?はたまたクリスを邪な視線で見ただけでアウトに成るのか?

 前者と後者では、危険の桁が違う。

 

「……そうだな飽くまで大体の目安だが。まず、本番とそれに準ずる行為は総じてアウトだ。要は、手だろうが、口だろうが、尻だろうが、アウトって事だ」

 

 それらを使って何をするのが駄目って?

 ナニ、ですかね…………。

 

「残念」

 

「グレーゾーンなのは、身体接触だ。事故で胸を揉んでもセーフだが、性欲に任せて胸を揉んだらアウトと言った感じだ。まあアウトの場合も、直ぐに爆発する訳じゃなく、まず痛みを感じて、それでも止めなければ……って具合に成る筈だ。正直、ここら辺は加護を掛けた俺様からして曖昧なラインだから、やってみて実際にどうなるかのチキンレースだな」

 

「むう」

 

 ラキスケ無罪。ラキスケ無罪です!!

 

「完全にセーフなのが、視認だ。まあ、流石にな」

 

 それがアウトに成ってしまったら、素っ裸で街中を爆走することで、周囲の人間の性器を爆発させまくる脅威の性器特攻兵器が誕生してしまう所だった。

 それらの話を聞いたクリスの顔に、何かを思いついた様な、閃きの色が浮かび上がった。

 

「ひら、めいた!」

 

「………………大体予想がつくが、何だ、言ってみろ」

 

「公開、スト〇ップ、ショー!!」

 

 これが起死回生の策だ!!ウォオオオオオオオオーーっ、とばかりに荒ぶるクリス。

 

「……………………」

 

「あれ?反対、しない?」

 

 クリスが変態発言をして、デザベアがそれに突っ込む。

 短い付き合いではあるが、それが2人の間のある種お約束の展開だったが、しかし今回デザベアがクリスの発言に返したのは、何とも言えない無言であった。

 

「まあ、実際の所。有りと言えば、有りな手段なんだよな……」

 

「!!」

 

 先ほどは意図的に省いたが、クリスと言う少女には数少ない――いや、たった1つだけ、と言っても過言ではない長所がある。

 それは美貌。

 今でこそ、唯の小汚い餓鬼であるクリスだが、磨けば磨くだけ輝く素晴らしい美の原石であると、大悪魔が直々に保証をしている。

 であればこそ、その1つだけの長所である美を売りに出していく、と言うのは極めて筋の通った話ではある。

 

 そもそも、デザベアがクリスの肉体を転生先に選んだのも、色欲の願いを悪魔に願った男が、美貌の才以外は何も持っていない無力な女児に転生させられて、それを食い物にされていく様を観覧し「いやあ、願いが叶って良かったなぁああ!?」と嘲弄してやる為だったのだ……まあ、相手がド変態であった所為でややこしい事に成ってはいるが。

 そう言う意味では、クリスにアレな行為をさせて金を稼がせ、それによって生きて貰うと言うのは、当初の予定通りであるとも言える。

 まあ、デザベアとしては、自分を散々虚仮にしてくれたド変態野郎が、満願成就して人生を謳歌するのは、非常に悔しい所ではあるのだが、しかしそれを邪魔することばかりに拘って自分の命を失う事の方が、余程、馬鹿らしい。

 だから、クリスの案は悪くない――いや、悪くなかった(・・・・・・)のだが(・・・)…………。

 

「……だがしかし、やっぱりそれは無しだ」

 

「なん、で!?」

 

 上げて落とす。

 期待させておいてからのデザベアの否定発言に、クリスはガーンと肩を落とした。

 

「なんでって?だから、不犯の加護の所為だよ」

 

「?加護、範囲外、って話、では?」

 

 そもそも、加護の範囲外になるからスト〇ップショーを例に挙げたのに、加護を理由に却下されるのは、可笑しい話だろう、というのがクリスの言いたいことだ。

 

「ああ。確かにテメェの裸がどんだけ見られようが、不犯の加護には抵触しねぇぜ?だから、まあ。接触を禁止して、視姦だけで金を稼ぐ、ってーのは、まあ一応筋が通っている様に見えるさ」

 

 だけどそもそもな、とデザベアは彼からしてみれば当然の道理である事をクリスに告げた。

 

「スラムの屑どもが、そんなルール(接触禁止)なんか守るかよ」

 

「私、なら、ルールは、守る、よ!」

 

「テメェならどうするか、なんてのはこの場合、何の意味もねェ情報なんだよ。重要なのは周りがどうするか、だろ?」

 

「むう」

 

 十中八九襲われることに成る。デザベアはそう断言した。

 

「そうなりゃどうなるか?テメェを襲おうとした奴らの性器が爆発して、テメェは晴れて危険人物の仲間入りって訳だ。その後どうなるかは、まあ展開次第だが、碌な事にはならねぇだろうさ!」

 

「うー」

 

「さっき言った、孤児院なんかに貰われる、って方法を取りづらい理由ってのも、それなんだよ」

 

「??」

 

 いまいち話の本質を理解していない様子のクリスに、デザベアがやれやれ、と首を振りながら説明をする。

 

「いいか。テメェは軽く考えているだろうが、テメェの肉体の【美の才能】は、決して甘く見て良いもんじゃねぇ。現状の完全に才能を無駄にしている状態から、少しでも磨き始めれば、頭角を現しちまう。そんなレベルだ」

 

「可愛らしい、子、だと、思ってる、けど」

 

「テメェのガバガバストライクゾーンなんて、何の参考にもならねぇんだよ!!!」

 

「……酷い」

 

 敬遠球ですらストライクになるクリスのセンスに、意味は無い。デザベアはそう断言した。

 

「貰われた先が善人であればいいが、もしも悪人だったらどこぞに売り飛ばされて人生終了。そういう話なんだよ。ああ何だ、親ガチャって奴だな。今流行りだったんだろ?」

 

「そういう、言葉、好きじゃ、ない」

 

「そんなこたぁどうでも良いんだよ!!要は、人生を賭けた丁半博打なんてやって堪るか、って話だ」

 

 何せ、クリスが死ねば、デザベアも道連れで死ぬのである。

 それを考えれば、運否天賦の生き方など勧られる筈も無い。

 しかしながら何というか、不犯の加護が最高に邪魔に成っている。

 まあそれも当然と言えば、当然の話。

 たった1つ(美貌)の道以外を潰した人生を用意しておいて、その1つすら塞いだら詰んだ!!なんて話、「当たり前だろ……」以外に何と言えば良いのか。

 

「でも、原因、全部、そちらでは?」

 

「………………」

 

 まあ何が一番アレかと言えば、こうやってぐだぐだと文句を吐いているデザベアこそが、脱出困難な深い深ーーーーい落とし穴を掘って、それに自分が落っこちた間抜けな張本人って事なんですけどね!!!!

 そう言った意味も籠めたクリスのジト目による視線に貫かれて、デザベアはサッ、と顔を逸らした。

 

「い」

 

「い?」

 

「何時までも過去の遺恨を引きずったままでは互いの為に成らない!!!!ここは、全て水に流して、未来の事を考えようじゃ無いか!!!!!」

 

「ええっ…………」

 

 そういうのは、遺恨を作った側が言って良いことでは無いと思うんですが??????

 

「コホン。まあそれに関しては、俺様としても、少しは悪いと思ってる」

 

「……少、し?」

 

「そ・こ・で・だ!!!!!!その詫びとして、俺様がこの詰んだ状況を何とかするスッペシャァァ~~~~ル、な案を考えた」

 

「どん、な?」

 

 最早、来世が良いものである事をお祈りするだけが、正答に成りかけていると言ってすら良い程の、絶望的なこの状況をどうにか出来る秘策とは何か?

 デザベアはそれを得意げに語り始める。

 

「良いか?確かに今、お前は自信の唯一の長所である美の才能を、悪目立ちし過ぎるが故に封じられて、寧ろ足枷にすら成ってしまっている。が!しかし!!逆に言えば!!!それは、目立たない状況で有るのならば、使っても問題無いということだ!!」

 

「目立、たない?」

 

「そう!!つまり、身寄りがなく、知り合いも少ない男を見つけて、そいつを誘惑して性器を爆発させて、その隙きに、相手をぶち殺して金目の物を――」

 

「やらない」

 

「あ゛?」

 

「そう、いうの、やら、ない」

 

 取り付く島もない、とはこの事だろう。

 デザベアの言葉を遮った、クリスの強い語気と視線には一切の逡巡すら見られない。

 その様子を確認したデザベアは、呆れた様子で首を横に振った。

 

「あーはいはい。そりゃあご立派な事で!それじゃあ別の案を出しますよ!っと」

 

「まだ、有るの?」

 

 意外にも、と言ったら失礼かもしれないが、デザベアは自分の提案が断られた場合の対案も、しっかりと用意していたらしい。

 

「ま、オススメなのは最初の案なんだけどな。だがまあ。別の方法も無い訳じゃあない。いいか、クリス。お前、これから街で芸でも見せて物乞いしろ」

 

「???私、自信、無いけど、それ、意味、ある?」

 

 自分に出来る特技など、精々が道行く人のスリーサイズと、一物の大きさを言い当てる位で、所謂一般的な大道芸なんかをやれる自信は無く、そもそもが体力が殆どないこの体である。とクリスはデザベアの提案が余り有効な物だとは思えなかった。

 

「ああ、安心しろ。それで大金が稼げる――なんざ俺様も思っちゃいねぇ」

 

「じゃあ、なんで?」

 

「ふっ。良いか、クリス。お前は気がついちゃいねぇ様だが、お前には今、【美の才能】以外にも使える強力な長所(・・)が存在している!!それが何か分かるか?」

 

「…………諦めない、心?」

 

「誰がそんな精神論を言えっつたぁ!?」

 

 果たして今のクリスが持っているもう1つの長所とは何なのか。散々に勿体ぶった上で、とてもとても得意気にデザベアは答えを宣言した。

 

「――俺様だよ、お・れ・さ・まっ!!分かるか?お前にはこの大悪魔たるデザベア様が付いているんだ。これは、世に数多いる凡百の輩どもを大いに引き離す、圧倒的な長所と言って良い!!!」

 

「……………………………………」

 

「オイ。なんだ、その顔と沈黙は。怒らないから何を思っているか言ってみろ」

 

「あんまり、役に、立たなそ――」

 

「シャァアアラップッッッッ!!!!!ぶち殺すぞ、糞餓鬼ッッッ」

 

「怒ら、ない。言った、のに!」

 

 すぐに脇にそれてしまう会話に、コホン。とデザベアは一息入れた。

 

「まあ要するに、だ。俺様(大悪魔)が認める【美の才能】に、厄介な加護を持ったお前は、イザって時に何とか出来る【自分だけの武器】って奴を持たなきゃ、運が少し下向いただけで人生終了のお知らせだ。だが、お前の肉体に美貌以外の才能なんて無いし、中身は唯のド変態だ。そんな状況で、他人に無い武器と言ったら、俺様が力を取り戻すより他に無いだろう?」

 

「一理、ある」

 

「百理ぐらいあるぜ」

 

「でも、私、芸、見せる。力、戻る。何の、関係?」

 

 論に疑問があらずとも、方法に疑問が生ずる。

 クリスがお遊戯レベルの芸を披露するのと、デザベアが力を取り戻すという事に、如何なる相関が存在していると言うのか。

 

「いいか?悪魔ってのはな――人間(ヒト)の感情を食らって、【力】を得られるんだよ」

 

「感情、食べ、られる?」

 

 悪魔たるデザベアが語る、悪魔の生態・性質。

 それは、悪魔というおどろおどろしい看板に偽りの無い、実に幻想的な代物であった。

 

「まあ本来は、自分に向けられた感情以外は食べにくいんだがな。だが不幸中の幸いと言うべきかな。今、俺様とお前には一蓮托生の繋がりがある。だから、お前に向けられた感情でも、俺様が力を取り戻すことが可能なんだよ」

 

「そう、なんだ」

 

「まあ、効率の良い【感情】は、恐怖や憎しみだから、最初の爆発殺人こそが、一番割の良い手段――」

 

「やらない」

 

「はいはい。なので、この対案って訳だ」

 

「それが、芸、する、こと?」

 

「ああ勿論、お前の芸が素晴らしい物で大注目される!!なんて展開は一切期待してないぜ?寧ろ中途半端に良い物を見せるくらいなら、ダメダメな物であってくれた方が有難いくらいだ!」

 

「なん、で?」

 

「その方がお目当ての感情――同情や、哀れみを誘えるからな」

 

 だから、精々頑張らずにやれよ、とクリスに話したデザベアだが、その狼面が少しばかり面白く無さ気に歪む。

 

「まあ、それらの感情による力の取得の効率は、悪いも悪いんだけどな。人間で例えるなら、糞不味い上に、栄養も殆ど無い食べ物って感じだ。――ただ、背に腹は代えられねぇ」

 

「そう、なんだ」

 

 そうしてデザベアは具体的な生存戦略を語っていく。

 

「先ずはそうやって多少なりとも俺様の力を取り戻す。その後、その取り戻した力を使ってより注目される様な事を行う。それにより更に俺様の力を取り戻して、またその取り戻した力で注目を浴びて…………ってな具合に、自転車操業的な具合になるが、そうやって少しずつ得られる力と、人生の安全を確保して行くってのが、現状取り得る最良の手段だと俺様は思うんだが――異論や対案はあるか?」

 

「…………」

 

 デザベアの案を頭の中で吟味してみたクリスであるが、彼女にとっては人を傷つける手段と比べれば遥かに良い物であったし、それ以上に良い対案も思い浮かばなかった。

 

「う、ん。わかっ、た。それが、良い、思う。一緒に、頑張、ろう、ね。ベア、さん!!」

 

「なんだ、その呼び名」

 

「愛、称!!」

 

「いや、まあ何でも良いけどよ…………」

 

 と、まあ。こんなやり取りが有った次第である。

 

*****

 

 ――そうして場面は再び現在へと戻る。

 デザベアと一緒に決めた案を数週間。

 それこそ、そろそろ1ヵ月も見え始めて来るくらいの期間、クリスは律義に行い続け、今日もまた行っていたと言う訳である。

 本日も、朝に物乞いを始めた時は明るかった空が夕焼けに染まり始め、道行く人々の種類も変わり始める頃合い。

 

「はふぅー。はひゅー」

 

 軽い芸を披露し続けだけとは言え、体力・健康、共に皆無のクリスからすれば途轍もない重労働で、大分疲れが見え始めていた。

 しかしながら、地面に置かれたボロボロの食器に入っている小銭は、先ほどから少しも増えていない――今日は運が悪かった様だ。

 

『おし、それじゃあそろそろ帰るぞ』

 

 クリス以外には見えないデザベアが、虚空に浮かび上がりながら、クリス以外には聞こえない声で持って語り掛けた。

 クリスはそれに、こくり、と軽く頷いた。

 僅かばかりの小銭と、壊れかけの食器を大事に持ちながら、路地裏――スラム街へと歩いて行く。

 そうして向かうのは自分の住まい――では無かった。

 

 暗く剣呑なスラム街を静々と歩いて向かったその先には、ボロボロの――しかしクリスの住まいに比べれば遥かにマシの、あばら家があった。

 ここに、クリスの待ち人が居るのである。

 元気な若者が思いっきり叩けば、それだけで壊れてしまいそうな木造のドアを、クリスは軽くノックした。

 

「こん、ばん、わ!」

 

「クリスか」

 

 気怠るげな足音が鳴り響き、ドアからにゅっ、と顔を出したのはスキンヘッドの強面の男だった。

 服の上からでも分かる鍛え上げられた筋肉と、片目が潰れて縦に大きく傷が入っている顔面は、いかにも(・・・・)と言った具合だ。

 見た目荒くれ者と、現在幼児と化しているクリスの間に、どんな関係が存在しているのか。

 

「アー、ノルド、さん。これ、今日の、お金、です」

 

「……おう。悪いな」

 

 強面の男――アーノルドと言うらしい――に会ったクリスだが、何と今日手に入れた僅かばかりのお金を、全てアーノルドに手渡してしまったではないか!?

 それにアーノルドが、クリスのその行動に何ら驚いていない事を鑑みるに、これが初めてではなく、幾度と行われている物だと判断出来る。

 本当に何をしていると言うのか?

 その答え。クリスの行動の真意は、正確には異なるものの、所謂【ショバ代】という奴である。

 

 始まりは、やはりデザベアからの提案だった。

 スラム街と言う危険な環境で虚弱極まる存在であるクリスが、お金を持っていれば、それがどんなに少量であっても強引に奪い去られる可能性は高い。

 どうせ奪われ危険に晒される可能性が高いなら、最初からスラム街の中である程度の影響力があって、多少はマシな人間に取り入って、安全を確保したほうがマシ!という考えであり、デザベアがその為に見繕った対象こそがアーノルドであった。

 

「じゃあ何時も通り、全部こちらで貰った、って事にしておくぜ。それじゃあこれがそっちの取り分だ」

 

 そういう事にしておけば、それなりに腕っぷしのある者のツバ付き相手から、危険を犯してまで小銭を奪おうとする様な人間は少なくなる。

 そんな単純な損得計算すら行えず、尚も小銭を奪いかかろうとするような危険人物に関しては、クリスから離れられないと言っても、100m位は距離を取れるデザベアが、クリスと鉢合わせない様に周囲を警戒している。

 それなりに話の通じるアーノルドを見つけた事と言い、永い間人間と鎬を削って来たデザベアの、人間――特に悪人に対する嗅覚は、成程確かに自分が付いている事が長所である!と言うだけの事はあり、クリスの役にとても立っていた。

 それは兎も角、アーノルドの手からクリスに対して、最初に渡した小銭の凡そ半分ほどが戻された。

 それを見たクリスは、微かに驚いたような表情を顔に浮かべた。

 

「何時も、より、多い、です」

 

「何だかんだ、雨が降った時以外は、毎日律儀に来てくれてたからな。これからは半分持っていって良いぜ」

 

 元々の取り分は、驚くことにアーノルドが7のクリスが3であった。

 大した額でも無いが、臨時収入という事に成る。

 クリスは薄く微笑んだ。

 

「ありがと、ござい、ます」

 

「いいって事よ」

 

 あまり長居をする場所でも無い。

 そんなやりとりを済ませた後、クリスは早々とアーノルドの家を後にした。

 そうして今度こそ向かうのは自らの住まい…………ではやはり無く、食事の調達であった。

 

「良い、人」

 

「馬鹿か、お前は」

 

 道を歩きながら、小さな幸運に対して呟きを放ったクリスに対して、上空から周囲を警戒していたデザベアが、態々クリスの近くまで降下してきた後に、突っ込みを入れた。

 

「な、に?」

 

「本当の善人だったら、そもそも餓鬼から金なんて受け取んねぇよ」

 

 いいか、クリス。とデザベアは得意げに話を続行する。

 

「そもそも、こんな場所(スラム街)にまともな人間なんて居ねぇんだよ!居るのは、唯の屑と、少しはマシな屑と、どうしようもない屑の3種類だけさ!」

 

「ベア、さん、口、悪い」

 

「何時だって正論ってのは、耳に痛い物さ」

 

 じゃれ合っているんだか、喧嘩しているんだか分からない会話を続けつつ、暗い道の中クリスの足は食料調達へと動く。

 

「ん、よし。今回はそこのカドだ」

 

「わかっ、た」

 

 クリスがたどり着いたのは、1軒の料理屋の裏手、そこにある生臭い臭いの漂うゴミ箱の前だった。

 そして、クリスはそのゴミ箱をそそくさと漁りだす。

 折角施された小銭を使わないのか?と思うかもしれないが、これもやはりデザベアからの提案だった。

 どれだけ巧妙に誤魔化し、警戒しようとも、人の目と耳はどこにでもある。

 食べ物の購入などを行っていれば、ひょんなことから、多少なりとも金がある事がバレかねない。と言うのがこの行動の理由だ。

 施されたお金はイザと言う時の貯金に回されて、クリスの食料は大体ゴミ漁りで賄われていた。

 

「そこら辺のが、多少はマシだな」

 

「これ、とか?」

 

「そうそう」

 

 これまでの行動を見て分かる様に、クリスのスラム街における生活方針は「命を大事に」だ。

 よってゴミ漁りですら、他の浮浪者とかち合わない様に慎重に行われており、必然的に旨味(・・)のある獲物は既に取り尽くされている。

 所謂、食べ残しなんて上等な物がクリスの手に渡ることは無く、彼女が入手するのは、デザベアの目利きによって辛うじて食べられ無いことも無い、ほぼ骨だけになった肉などと言った類の物が殆どだった。

 こんな物を食べ物と称するのは食に対する冒涜であり、ハッキリ言って【ちょっとだけ栄養の取れる生ゴミ】以外の何物でも無い。

 

「キチンと、片付け、します。ありが、とう」

 

「いいからとっととずらかるぞ」

 

 お店に余計な迷惑を掛けない様に、しっかりと後片付けをして。漸くクリスは自らの住まいへの帰路についた。

 危険な目に遭わないように、デザベアの先導に従いながらスラムをすいすいと進んで行き、見慣れたボロ小屋にまでたどり着く。

 

「ただ、いま」

 

「誰も居ないがな」

 

 寧ろ居たら大ピンチである。

 天井に穴が開いていてしかも床すら無いために、数日前に降った雨の影響で水たまりが出来ている家の中。

 辛うじて居住空間と言えなくも無い、地面に敷かれた藁の上に、クリスは腰を下ろした。

 僅かばかりの小銭を、決まった隠し場所に保管した後、漸く食事だ。

 

「それ、じゃあ、ベアさん、よろ、しく、お願い、します」

 

「……………………ああ」

 

「いた、だき、ます」

 

 こんな状況ですら食前の挨拶は忘れずに。クリスは手に入れた生ゴミに口を付ける。

 鼻孔と口内に酸っぱいような甘いような、吐き気を催す強烈な味と臭いが充満する。

 

「う、ぐっ」

 

 同じ浮浪者たちですら、余程切羽詰まっている状況でも無ければ、手を出さないような代物。

 現代日本の美食に慣れたクリスに、そんな物が受け付ける筈も無く、彼女の胃は生ゴミを外へと戻しかける。

 が!!大丈夫!!!!

 クリスにはこんな生ゴミでも、美味しく食べられる最高の魔法が存在しているのだ!!!

 

「……………………何、吐きかけてるんだ、この雌豚がぁ!!!!」

 

「――!!」

 

 ひっじょぉおおおおおに、嫌な表情をしたデザベアから、突如としてクリスに投げかけられる罵倒の言葉。

 それを聞いた瞬間。クリスは果て無い気力で、吐き気と生ごみを強引に胃に流し込んだ。

 

「テメェみたいな変態には、生ゴミがお似合いだろぉ!???」

 

「!!」

 

 繰り返される罵倒に、クリスは食事の手を動かし続ける。

 そう、これこそがクリスの秘策ッッ!!

 

 そういうプレイ(・・・・・・・)であると言う妄想をすれば、イケる……!ギリギリ……!生ゴミッッッ…………!!

 寧ろご褒美ッッ…………!!

 罵倒こそが最高のオカズ……!!色んな意味でッッ…………!! 

 

「おら、返事はどうした雌豚ぁぁあああッッ!!」

 

「は、い!」

 

「どぅぁあああれが、人間様(ヒトサマ)の言葉を喋って良いって言ったぁ!??」

 

「!!!!ぶ、ひぃ!!」

 

 何故か、罵倒している側のデザベアがとっても疲れた表情をしているが、些細な問題だ!!!

 兎に角、普通であれば嘔吐確実な食品でも、こうやればクリスは食べられるのである。

 

「ごち、そう、さま、でした」

 

 ――色んな意味で。

 まあ、そんなこんなが、異世界転生したクリスの現状であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

「糞、糞ッ、糞がッッ!!ありえねぇぞ、オイ」

 

 夜も深夜。

 寝心地の悪い藁の上で、クリスがすぅすぅと寝息を立てて寝ているその横で、デザベアが感情を激しく荒らげている。

 クリスの変態趣味に付き合わされたからだろうか?いいや、違う。

 …………いや、それはそれで、デザベアの気力や正気度を大いに削っているのではあるが。

 だがしかし、現在、彼の頭を悩ませている問題はそれでは無いという話だ。

 

「糞っ。予想外だ……」

 

 デザベアが嘆いているのはクリスの異世界生活。それその物であった。

 ――だか、それは可笑しくないだろうか?

 何故なら、クリスはデザベアが提案した行動方針に従って行動している。

 諸々の問題の解決策に、ちょっと変態的な手段を使いをしたが。

 ……ちょっと?……ちょっと!????

 まあ取った手段の事は一旦脇に置いておくとして、今日1日を見て分かるように、クリスはデザベアが提案した、普通の人なら直ぐに限界が来そうな生活を、必死にこなしている。それは間違いない事だ。

 だと言うのに不満を持つという事は、そもそもの前提条件に何らかの虚偽や、欺瞞があったという事か?

 それは、半分正解で、半分外れだ。

 

 

 悪魔が人の感情を受け取る事によりパワーアップ出来、かつ今、クリスとデザベアの間に大きな繋がりがある為、クリスに向けられた感情によってデザベアの力が上がる。

 よって物乞いをして哀れみを受ける事により、デザベアの力を多少なりとも取り戻す。

 その説明自体に嘘は存在しない。

 ……が、その行動がデザベアの真意であるかと言われれば否だった。

 デザベアには、クリスに説明していない本当の目論見、行動指針が存在していた。

 

 順を追って説明しよう。

 まず、繰り返すようだが、今日1日のクリスの行動を見れば、それが現代人にとってとても辛く耐え難い物である、と感じたのでは無いだろうか?

 その意見はデザベアも同じだ。

 彼の目論見では、クリスはそう時間の経たない内に、今の生活に音を上げる筈だったのだ。

 そしてその時こそが、デザベアの本当の行動方針――人を傷つける悪徳に満ちた行動をクリスに取らせてより効率的に自身の力を取り戻す――を伝える時間(とき)である筈であった。

 それにしては、最初クリスに局部爆発強盗殺人を断られた時に、アッサリ引いたな?と疑問に思うやも知れないが、それも簡単なこと。

 デザベアとしても、良く言えば平和主義、悪く言えば日和見の現代人、それも日本人に行き成り殺人何て意見が受け入れられる、等とは欠片も思っていなかった。

 最初に受け入れがたい大きな提案をしておいて、その次にそれに比べれば小さな提案を行う――要は詐欺の常套手段である。

 

 

 極めて厳しい生活に苦しむクリスに対して、デザベアはいくつもの甘言を伝えた。

 お前は、こんなに厳しい状況にあるのだから、少しずる賢い事をするくらい仕方が無いのではないか?

 自分の命が懸かっているのだ、多少他人を害してもしょうがないだろう。

 殺人や傷害が嫌ならば、それら以外の悪徳を考えよう。

 相手が悪人であれば構わないだろう。

 

 そんな風にクリスが、いいや、仮に他の人間が見ていたとしても「それなら仕方が無いよね」と言うような言い訳が出来る程に、デザベアは様々な案を提供してやった。

 一度でも道を踏み外せば、後はどんどん堕ちていくだけだ、と彼は知っていたから。

 それは正しく悪魔の囁き。

 だが、ここでデザベアにとって予想外な事が起きる。

 

 ――クリスが、自分の甘言に全く耳を貸さない。

 誰かを傷つけて自分の生活を楽にする。そんな意見には全く乗らないのだ。

 可笑しい。絶対に可笑しい。

 クリスは客観的に見て凄まじいまでに可哀想な被害者であり、デザベアの出した意見の中には普通の人間であれば「まあ、それくらいなら……」といった具合になる、軽い物だってあったのだ。

 だけど、乗らない。

 

 悪意によって、家族や、友人と引き離されて天涯孤独の身にさせられた。

 健康だった元の体を失って、少し動いただけで息が切れるような、虚弱な体に成った。

 見世物の如く無様な物乞いをして、それでも尚、数百円しか稼げないし、その稼ぎも殆ど他人に持っていかれる。

 人間の食い物とはとても言えない様な生ゴミを食して、何度も嘔吐した。

 それでも尚、クリスは一度たりとも人を傷つける案に乗らず、そして迷いすらしなかった。

 

 それどころか!である。

 例え悪魔の囁きに耳を貸さずとも、こんな状況に叩き込まれれば、普通、デザベアに対して莫大な怨嗟を持つことだろう。

 それは、僅かにも可笑しいことでも無ければ、恥ずかしい事でも無い。寧ろ正当なる怒りであるとすら言える。

 だと言うのに、クリスにはそれすら無かった。

 ここまで来ると、【頑固】や【人が良い】なんて言葉では到底言い表せない。その域に無い。

 これは、【異常】だった。

 

「チッ。だが、それにしては狂人特有の雰囲気が無ェ……」 

 

 永い時間(とき)を、悪魔と契約をして願いを叶えようとする人間と過ごしてきたデザベアは、所謂狂人と呼ばれる類の人間を幾度も見たことがある。

 だが、それによって鍛えられた嗅覚に、クリスは引っかかっていなかった……いや、色欲はヤバいが。

 

 

 自分という物の価値が低すぎて、他人を尊重しすぎる?――いいや、特に自らを卑下するような行動を見せてはいない。

 元の世界が大嫌いで、異世界に来れた喜びに溢れている?――いいや、家族などを思い出して寂しそうにしているのを、幾度となく目撃している。

 実は感情を失っていて、怒りを感じない?――いいや、デザベアが他者を馬鹿にしたときは普通に怒る。 

 

 変態性と言う表面上の事以外にも、クリスは何かが可笑しい。ボタンが掛け違っている。重大な見落としがある。

 だがしかし、その正体が掴めない。

 

  

「それに、可笑しい事はまだ有る」

 

 デザベアから見て、クリスには性格の事以外にも、予想外の事があった。

 

「アイツ、何でこんなに、元気なんだ(・・・・・)?」

 

 それは、クリスの体調であった。

 少し動いただけで、息切れをおこして、2日に1度は高熱を発しているクリス。

 そんな状態で元気?と思うだろうが、デザベアの目算では、それよりも更に悪い体調である筈なのだ。

 それこそ、こんな生活をしていれば、命など直ぐに消えてしまう程に。 

 だと言うのに、クリスは曲がりなりにも、この生活を1ヵ月近く続けている。それがそもそもデザベアからして有り得ない事だった。

 だから、精神的にも身体的にも限界が来て悪の道へと踏み外すだろう。という目算が外れたと言うのもある。

 

「糞っ。せめて大きく体調を崩せば、それを理由に別の生き方を提案できるってのによ」

 

 それよりも問題なのは、クリスを悪の道に走らせると言うのを一旦置いておくとしても、自分の提案が表面上は上手く行ってしまっている現状、別の日和った提案を行えない事だった。

 謎に体調がもっているクリスだが、それが何時まで続くかは分からないのだ。 

 ある日突然、アッサリと死んでしまうかもしれず、そうすれば自分も道連れだ。

 そんな風に不安に思いながらの生活は、正しく真綿で首を締められている様で、死へと少しずつ近づいている踊りを踊っている様でもあった。

 

 ――何とかしなければならない。

 だが、その方法が思いつかない。

 クリスの妙な倫理観の高さと、妙な体調の良さの所為で、デザベアの思惑は滅茶苦茶であった。

 

 

 

 

 

 

 ……だがしかし、この時の彼の不安は、良くも悪くも解消されることになる。

 それは、クリスが大きな、とても大きな事件の波に呑まれ始めたからである。

 その始まり。予兆は僅か数日後。クリスがとある人物と邂逅したことであった。

 

 

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