硝子の聖女~スケベ猿が薄幸美少女に転生した結果~   作:三上 一輝

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05 逃げるショタ、捕まえる変態

 1日目。

 

『おい、クリス。お前を観察している奴が居る。ゆっくりと視線を彼方(あっち)へ向けてみろ』

 

 クリスと【その人物】との邂逅は、何時もの物乞いの時間。

 危ない相手が居ないか、周囲を警戒しているデザベアの、クリスにしか聞こえない声によって始まった。

 クリスは、デザベアの言う通りその相手とやらにバレない様に、指し示された方向へひっそりと視線だけを向けた。

 

「男、の子?」

 

 自分を観察、等と言われたものだから、どんな怪しい黒づくめの男が居るのか。と勝手に想像していたクリスであったが、デザベアに示された視線の先に居たのは、そんな想像とは掠りもしない人間だった。

 そこに居たのは、クリスと同じくらいの体格の少年。

 幼い頃は女の子の方が成長が早く、しかしクリスは栄養失調で小柄な事。その両方鑑みると、差引0でクリスと同年代程度――つまり、10歳にも満たないくらいだろうか。

 ただし、至って普通の少年か?と問われれば、少し気になる点が存在した。

 

 まず1つ目。

 それは少年の髪色だ。

 他の通行人などを見ていれば良く分かるが、この世界はファンタジー世界らしく、金髪や銀髪、それに赤やら青、黄、緑などと言った、日本では余り見かけないような地毛の人間が多い。

 それに対して件の少年の髪色は、真っ黒であった。

 まあ別に茶髪なども時折見かけるので、そういう物だ。と言われれば、そうか。と言う話なのだが、クリスとしては少々気になる点であった。

 

 2つ目。

 それは少年の両腕だ。

 少年の両腕は共に、素肌が見えないように覆い隠されていた。

 右手はまだ良い。ただ白い手袋を着けているだけである。

 問題は左手だ。

 少年の左手は包帯によって全て覆われているのである。

 それも、怪我をしてぐるぐる巻きにしていると言ったような巻き方では無く、こう何というか……解くと黒い炎の龍が召喚出来そうな感じの、全国の少年のハートに直撃しそうな巻き方である。

 そう言った巻き方の包帯で、少年の左手は、指先から少なくとも服の下で見えなくなる腕の位置まで覆われているのである。

 

『何か奇抜な格好をしちゃあいるが、少なくともスラムの餓鬼では無さそうだな』

 

「そう、だね」

 

 少年の恰好は些か珍しくあるが、しかし着ている服や体の汚れなどを見るに、同じスラムにいる子供である可能性は無さそうだった。

 少なくとも、同じくお金に困っている子供が、クリスに施されたほんの少しのお金を奪いに来た、と言う線は薄そうだ。

 

「あ、いっ、ちゃっ、た……」

 

『近所の悪餓鬼が、此方に悪戯でもしに来たって線もこれで薄いか。……一体なんだったんだか』

 

 そんなこんなをデザベアと話している内に、件の少年はクリスに背を向けて小走りで去って行ってしまった。

 結局その日はもう戻って来ることも無く、クリス・デザベア共に、微妙に疑問が残る所ではあったが、だからどうするという訳でも無かった。

 

 

『オイオイ、あの餓鬼、また来てるぞ』

 

「本当、だ」

 

 しかし、少年との出会いはそれだけでは終わらなかった。

 2日目、3日目、4日目と、また同じ様に少年が現れたのである。

 何をしてくる訳でも無く、遠くの方からクリスの事を観察して、少し時間が経ったら去っていく。

 少年の行動を纏めればそうなるが、しかしそうしている理由は不明瞭なままであった。

 

『何がしたいんだか』

 

「わか、らない」

 

 肩を竦めるデザベアと、首を傾げるクリス。

 1体と1人が少年の謎な行動の真意を悟るのは、意外にも早く、次の日の事であった。

 

 5日目。

 

『あ゛ー。あの餓鬼また来てやが――オイ、気を付けろ、アイツ此方(こっち)に来るぞ!!』

 

「……え?」

 

 5日連続でクリスの前に現れた謎の少年。

 しかし、今日は何時もと違い、観察しているだけでは無く、クリスの方に走って来たでは無いか!

 それも、周囲に誰も居ない瞬間を見計らって、である。

 相手は自分の事をただ見て来るだけだ。という思い込みが有ったのと、少年の動きがとても素早かったのも有り、クリスは少年の行動に全く対応できなかった。

 少し前まで、離れた場所に居た筈の少年の姿が、気が付いた瞬間にはクリスの目の前にあった。

 

「わ!」

 

 驚くクリスを尻目に、目の前に来た少年は勢いよく屈み、クリスの前に置いてある物乞いで施された小銭を入れておく、壊れかけの食器に手を伸ばした。

 食器の中に少年の手が差し入れられて、チャリン、と小気味の良い硬貨がぶつかる音が聞こえる。

 

「あ」 

 

 そして電光石火、と言わんばかりに少年が踵を返しその場を走り去る。

 止める暇など無かった。

 あっという間に少年の姿は、クリスが目視できる範囲から消え去っていた。 

 

『なんだ。結局大した額でもねぇ、小銭が欲しかったのかよ』

 

 馬鹿にした様に、そして拍子抜けした様に言い放つデザベアの言葉は、しかし今の場面を見ていた者が共通して抱く感想だろう。

 だが――

 

「違、う」

 

『あん?』

 

増え(・・)てる(・・)

 

『うぉっ!あの餓鬼、マジか……』

 

 何が増えているのかと言えば、それは当然、食器の中に入った硬貨である。

 元々入っていたのは、銅貨と小銅貨がそれぞれ数枚程。

 そして現在、それはそのままに、銀貨が複数枚も食器の中に入れられていた。

 先程の少年が入れていった物であるのは、明白だった。

 

『なんだ、普通に施すのが恥ずかしかっただけかよ。驚かせやがって』

 

「良い、子!!」

 

 日本で例えるのなら、小学校低学年くらいの子供が、募金箱に数千円突っ込んだ様な感じか。中々に出来ることではない。

 人の善意が好きではないデザベアはつまらなそうに、大好きなクリスは嬉しそうに、と少年の行動に対し互いに正反対の反応を示していた。

 

(ん、あれ?あの子??ん~~~?????)

 

 その時、クリスは脳内に微かな引っ掛かりを覚えた。

 あの親切な少年。彼に何故だか見覚えが有る様な……。

 歯の奥に物が詰まったかのような、もどかしい感覚。

 せめてもう少し少年の事を見られれば、この引っ掛かりが解消されそうな気がするし、それにそもそもそんなことよりキチンとお礼を言いたいから、また少年に会いたい。

 クリスはそう願った。

 その願いが天に叶ったからか否かは定かでは無いが、少年は、次の日も、そのまた次の日もクリスの前に現れた。

 

 6日目。

 

『お、来たぞ』

 

「!!」

 

 すっかりどうでも良くなったデザベアが、少年がやって来た事をクリスに雑に伝える。

 クリスはキチンとお礼を述べる為に、少年の方へ微笑みながら歩いて行き――  

 

 

「!?」

 

 その瞬間、脱兎の如く少年が踵を返して逃げ出した。

 

『逃げたな』

 

「何、で!?」

 

『さあ?変態が急に近づいてきたら怖いからじゃないか?』

 

「酷、い!」

 

 走って逃げられてしまうと、運動能力ゴミクズのクリスでは決して追いつく事が出来ない。

 折角のお礼を言うチャンスを不意にしてしまって地団駄を踏むクリスだったが―― 

 

『オイ、また来てるぞ。あの餓鬼』

 

「ほんと、だ!!」

 

 大分時間が経った後、夕方近くに成った時。

 再び、件の少年が隠れるようにしてクリスの元へとやって来ていた。

 

(よし、今度は待ち構えよう!)

 

 また、話しかけに行って逃げられては堪らない。

 だったら、今度は相手が近づいて来るのを待とう。と考えたクリス。

 その考えは上手く嵌り、少年が昨日と同じ様に、周囲に人が居なくなった隙に、クリスの目の前に走ってやって来た。

 そのタイミングを見計らって、クリスは少年に声を掛けた。

 

「あ、の」

 

「――――」

 

 ダッ!と勢い良く走ってきた少年は、パッ!とお金を素早く置いて、そのままダッ!と走り去って行ってしまった。

 

「どう、して!?」

 

『やっぱり、溢れ出る変態性が――』

 

「ふ、んっ!!」

 

『ぐぁあああああああああああああああ!?』

 

 傍目に、何も無いのに突如腕を振り始めた子供と見られる事と、息が凄く苦しくなるというリスクを背負ってでも放たれた、クリスによる全身シェイクが久方ぶりにデザベアを襲う――!!

 

 7日目。

 

「あの、あり、が――」

 

 ダッ!パッ!ダッ!

 

「………………………………………………」

 

 

 

 その日の夜。隙間風が吹きすさぶ、ボロ小屋にて。

 

「む~~~~~~~~~~~~~~~」

 

 荒ぶっている。大分荒ぶっている。

 何度も少年に逃げ去られたことにより、荒れ狂う内心を反映してか、クリスの体は、地面に敷かれた藁をぺたん、ぺたん、と踏んでいた。

 尚、デザベアの方は極めてどうでも良さ気に、欠伸をしながら宙に浮かんでいる。

 

「どう、してっ!逃げ、るの!!」

 

 少年が置いて行ったお金は、銀貨数枚から銀貨1枚、銅貨数枚と少なく成ってきていたが、それは寧ろ少年が、限りある資金の中で何とか此方に親切にしてくれたという事を表していて、クリスの頭の中には多大なる感謝の念しか存在しなかった。

 その感謝をキチンと伝えたいのだ!

 それに、少年の姿を見て抱いた気に成った事も、少年と話せれば、解決しそうなのだ。

 その2つの理由の割合は999:1くらいであり、最早疑問の方はどうでも良かったが、兎にも角にもお礼をしたかった。

 

「とに、かく。明日!明日、こそ、お話、するっ!!」

 

「がんばれよ~~」

 

 意気込むクリスとは対照的に、デザベアは耳をほじりながら浮いていた。

 

 そして運命の8日目。

 石造りの道の上、今日もやって来た少年の姿が、クリスの目に入る。

 

(とにかく、大声!大声で呼び止めるしかない!!)

 

 運動神経/zeroと成ってしまった自分が、少年を止めようとするのなら、とにかく大声で呼びかけるより他に無い。クリスはそう決意していた。

 そして、遂に決戦の時が来る。

 

『はいはい。そろそろ走って来るぞ~~』

 

(来た!!)

 

 デザベアのやる気の無い合図と共に、少年がクリスの元へと駆け出した。

 それと同時に、クリスは大きく息を吸い込んで、大声を出す準備を始めた。

 今、ここで限界を超えろ――!!

 

「すぅ~~~!!けほっ!?かひゅっ!!はひゅっ!??」

 

 クリスが大きく咳込んだ。

 そんな体で無理しようとするから…………。

 呼吸の流れが激しく乱れて、まるで喘息の様に、大きな咳と呼吸困難がクリスを襲う。

 

「だ、大丈夫!?」

 

「こひゅ、へうっ、ぁ!」

 

 だが、それが逆に功を奏した。

 苦しむクリスを心配して、少年の足が止まったのだ。

 このチャンスを逃せない!と思ったクリスは、絶え絶えになる息と、困難になった呼吸の所為でクラクラする頭を気力で強引にねじ伏せて、少年へ話しかけた。

 

「ぁ、にょっ!こほっ!!!はな、はひゅっーーーー!!話っ!かふっ、けほっ!!!きい、てっ!こほっ、こほっ、ほひゅー、ふひゅー。帰ら、へふっ!!ないでっ!!ふーっ、ふーっ!!」

 

 クリス、お前死ぬのか……?

 

「わかっ、分かったから!ちゃんと話聞くから!いったん落ち着いて!!」

 

 明らかに命を削って話しかけて来ているクリスの剣幕に、少年が折れた。

 ぶっちゃけ、このまま無理をさせたらコロッと逝ってしまいそう感が溢れていた。

 とにかく一旦息を落ち着けてくれ!と言う少年のお願いは、もはや懇願の域であった。 

 結局その後10分近く。

 少年は、クリスがぜー、はー、ぜー、はー、と息を落ち着かせるのを見守る羽目になってしまったのである。

 

「もう、落ち、つき、ました!心配、させて、ごめ、んね?」

 

「…………まだ、苦しそうだけど」

 

「うう、ん。これ、元、から。私、上手く、喋れ、無いの」

 

「――ぇ。ご、ゴメン」

 

「大、丈夫!気に、して、無い、よ!!」

 

 ここ1ヵ月の間でデザベアとアーノルドに続く3人目の会話相手。

 前の1体と1人とが色々特殊な関係性である事を踏まえれば、こんな風に純粋な会話をするのは久方ぶりで、クリスのテンションは上がりに上がっていた。

 

「まず、あり、がとう!お金、一杯、くれ、ました!いっぱい、感謝!嬉し、かった、です!」

 

「べ、別に、大したことじゃないよ」

 

「うう、んっ!とっても、親切!凄く、優、しい!!」

 

「ど、どういたしまして」

 

 ど真ん中ストレート150キロで飛んでくる、クリスの感謝の言葉に少年の頬が紅く染まる。

 

(か゛わ゛い゛い゛な゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛)

 

 お巡りさん!こっちです!!こっちに不審者が!!!!

 クリスは非常に昂った。

 

「一杯、貰い、ました!だから、もう、大丈夫!あん、まり、無理は、しない、で?」

 

 これは少年のプライドを傷つけるような発言かもしれないが、しかしクリスとしては少年に無理はして欲しく無かった。

 それに、お金よりも、もっと別の事を少年に頼みたかったと言うのもある。

 

「……分かった」

 

 別に怒る訳では無いが、少し思う所はある少年の様子。

 親切を断る形になって、本当に申し訳ないとクリスは思った。

 

「でも、他に、頼み、あります」

 

「……?何?」

 

「お友、達。成り、たい、です!!また、お話、しに、来て、くれ、ますか?」

 

 女、クリス。

 ショタと仲良く出来る権利と、1億円。

 どちらか選べと言われれば、ノータイムで前者を選ぶ所存。

 

「!!……べ、別に、良いけど」

 

「嬉、しい!!私、クリス!貴方、は?」

 

「僕――コホン。俺はアレン。アレン・カサ――、アレン・ルヴィニだ」

 

 少年――アレンの様子は、育ちが良い男の子が、無理をしてわんぱくな子供を演じている様な、そんな感じであった。

 それに自己紹介にも色々と突っ込み所が存在していたが、しかし相手が隠したがっている事は全力で見ない振りをしてあげるのがクリスである。

 

「よろ、しくね!あれん、君!!」

 

「よ、よろしく。でも、今日は俺、もう帰らなきゃならないから」

 

「う、ん。わか、った!また、ね!」

 

「ま、また」

 

 飼い主が家に帰って来た時の、犬さながらに詰めよって来るクリスの態度に押されたのか、はたまた本当に時間が無いのかは知らないが、その日、クリスとアレンはそうして別れる事に成った。

 

 

*****

 

「~~~♪」

 

 夜。

 昨夜とは打って変わって、クリスはご機嫌だった。

 体調はとても悪く、体感的に熱が40度を超えている感じだったが、正直1週間に3、4日はそうなるので、もう慣れたし、何より心が弾んでいたので問題無い。 

 

「チッ。……人の気も知らねぇで」

 

「……?ベア、さん。何か、言った?」

 

「別に何でもねぇよ!」

 

「そ、う?」

 

 反面、イラつているのはデザベアだ。

 自分が、自らの命運に悩んでいる時に、ド変態がショタとお友達に成ったぞ、わ~い♪とかやっているのはムカつくのである。

 

「まー、可愛らしいオトモダチが出来て、とぉぉっってもご機嫌だな!!って思ってただけだよ」

 

「う、ん!凄く、嬉、しい!!!」

 

「…………」

 

 悟れ、デザベア。

 そいつに皮肉は大概通じない……!

 

「アレン、君と、お友達、成れた、し。正体(・・)も、分かった、から、満足!!」

 

「へーへー。そりゃぁようござんし――あんだって?」

 

「?お友達、成れて」

 

「違う。あの餓鬼の正体って何の話だ」

 

「アレン・かさる、てぃりお、君!!」

 

 クリスの口から発された名前は、先ほどアレンが名乗ったフルネームとは異なっている。

 しかしそれは流れ的に、アレンが最初に名乗ろうとしていた名前に相違あるまい。

 ……問題は、何故クリスがそんな事を知っているのか?だ。

 

「お前、何でそんな事を、いや――」

 

 一瞬だけ呆気に取られていたデザベアだが、直ぐに気が付いた。

 クリスがそんな事を知っている理由など唯1つだけだし、そうであるのならば、アレンの正体も大体絞れる、と。

 だから、そう。

 デザベアはクリスに、たった一言。たった一言だけを問いかけた。

 

役割(・・)は?」

 

主人公(・・・)!!」

 

「カハッッ――!!」

 

 ボロ小屋の中に響いているのは、風の音と、家が軋む音だけ。

 それでも確かに、大きな時計の針が動く音を幻聴して、デザベアは獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

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