硝子の聖女~スケベ猿が薄幸美少女に転生した結果~ 作:三上 一輝
さて、新しくお友達に成ったショタと、より親密になろう!!と、「おっ。青少年保護育成条例違反か?」とでも言いたくなる決意を固めたクリスだが、しかし彼女が、その為に何か特別な事をしたか・するのかと言えば、話は別だった。
「おは、よう。アレン、君!」
「おはよう。クリス」
1日の間の僅かな時間。
物乞いをしているクリスの目の前に現れるアレン。
そんなアレンに対しクリスが行ったのは、彼と楽しくお喋りすることだけだった。
そしてそれをかれこれ1週間以上継続して行っているのである。
勿論それは思考を放棄したからでは無く、しっかりとした考えがあっての事である。
人と仲良く成りたいと思うのならば、変に策略を練るよりも、自分が相手と仲良くなりたいと思っているのだと伝える。
それはクリスの信念――とまでは言いすぎだが、こだわりだった。
そしてそうやってアレンに接する事をデザベアも止めなかった。
「また、アレン、君の、旅の、お話、聞き、たいな!!」
「うん。良いよ。この街に来る前はアントスって街に居たんだけどね。そこは綺麗な花で有名な街で、街中に大きな花畑の広場があるんだ!」
「花畑!見て、みたい!」
「まあ今の時期だと、どうしても花畑の規模も小さく成っちゃってるんだけどね……。本当だったら、街の外にも辺り一面を埋め尽くす大きな花畑があったみたい」
「残、念」
「でも、10年後。神託祭が終わって神託王が決まれば、直ぐに花畑も元に戻る筈さ!
その時、一緒に見に行こうよ」
「楽、しみ!!」
和気藹々と微笑みながら会話をするクリスとアレンの2人。
その姿は、どう見ても仲の良い友人同士のそれだった。
――人の気持ちとは、良くも悪くも他人に伝わる。
楽しい事を気分良く行っている時の弾んだ気持ち。
気の乗らない事を嫌々行っている時の沈んだ気持ち。
そう言った気持ちは大抵他人に悟られている――本人が隠しているつもりであっても、だ。
だから、表面上は他者に良くしていても、内心で相手の事を小馬鹿にしているような人間は、余程上手く、それこそ役者レベルで自分の本心を隠せない限りは、他者に嫌われる。
しかし、その逆もまた然りである。
そう言った意味で、クリスと言う人間は他人に好かれやすい性格だった。
人と仲良く成る事が大好きで、他者の為に自分の骨を折る事を苦にしない。
そして何よりも大きいのは、自分が相手に好意を抱いていて、仲良くしたいと思っている事を隠さないという点だろう。
だからクリスは
相手にもクリスと仲良くしようと言う意思が見られるのであれば、尚更である。
故にこそ、日頃は色々と口煩いデザベアも、クリスのアレンに対する接し方に文句は付けなかったのであろう。
おべっかや媚売りなんて物は、そう言った態度を計算して行う物であり、天然で出来るのならば不要どころか邪魔でしかない。
「アレン、君、には、夢とか、ある、の?」
「……笑わない?」
「笑わ、ない、よ!」
自分の左手と、そして右手に、それぞれ一瞬ずつアレンは視線をやった。
「俺にどこまで出来るかは分からないけど、差別や偏見を少しでも無くせればな、って」
「凄、い!おっきな、夢。応援、する!」
「そ、そんな大した事じゃないよ。まだ全然力だって足りてないしさ!」
元々、スラム街に住む子供の、友人に成りたい発言をアッサリと受け入れる程、同年代の知り合いに飢えていたアレンである。
彼自身もクリスと仲良くしようとしており、そういった訳で、先ほど述べたクリスの素直な態度に、大分絆されていた。
家を勘当された事だとか、左手や右手のことだとかと言った余りに重すぎる話題は別だが、自分の事をそれなりに話すくらいには、クリスに対して心を許し始めていた。
「アレン、君。優、しい、から、きっと、大丈、夫」
「ん。んんっ。そ、それはそうと、クリスの夢は!」
真正面から褒められて、顔を赤くして照れるアレンが話を逸らす。
夢、と言われてクリスも少しだけ考え込んだ。
「ある、よ!」
「へぇ。どんな?」
余りディープなのを言って、幼い男の子を引かせる訳にはいかない。
クリスはライトな夢を語る事にした。
「あの、ね!結婚、相手、一杯、欲し、い!!可愛、い、お嫁、さん、とカッコ、イイ、だん――」
「え?」
「え?」
「「え?」」
そんな風に質問したくなるクリスの夢に、空気が凍る。
「あの?クリス?それって……」
「?家、族、一杯、欲し、い、から」
「!!そうか。うん。クリスならきっと叶うよ!」
「???あり、がとう?」
クリスの爆弾発言を、アレンはスラム生まれで家族が少ないが故の純粋な夢、と判断したらしい。
違うんだ、アレン君!
そいつは普通に、男女問わずのハーレムが欲しいだけの変態なんだ!!
そんな突っ込みが届く事も無く、2人は時々「ん?」と思うような展開はあったものの、概ね仲良く和やかに会話を続ける友人同士に成っていた。
――そして、それを上空から見つめる悪魔が1匹。
勿論、デザベアである。
「足りねぇな」
そう不満気に呟くデザベアに、しかしこれまでクリスが取って来た手段に対する文句は無い。
先ほども述べたが、クリスの天然故の他者から好感を持たれやすい態度は、デザベアから見ても中々な物だ。
だからこそ止めなかったのだし、度し難いド変態お人好し馬鹿にしてはやるじゃないか、とすら思っている。
或いはこのまま数年、いや1年も時間があれば【親友】と、そう呼ばれるだけの親密さを築けたことだろう。
だが、残念ながら時間が足りない。
アレンの母親が死ぬイベント。それがいつ起こるのかは分からないが、1年も2年も余裕があると考えるのは、流石に楽観が過ぎるだろう。
……まあデザベアとしては、アレンの母親が命を落とす事、それ自体はぶっちゃけどうでも良いのだが、それによって
よってクリスとアレンの仲を更に進展させるのは、デザベアにとって急務と言えた。
だが正攻法の極みで攻めているクリスにより良い結果を出させようとするのなら、何かしら裏技めいた手段が必要だろう。
「ケケケ。ま、俺様が力を貸してやるさ」
デザベア的に無駄に倫理観の高いクリスにそう言った真似をさせるのは難しいし、何より慣れないことをやらせても成功率が低い。
ならばここは自分の出番だろう。と楽し気に話す子供2人を眼下に収めながら、デザベアは空中で邪悪な笑いを浮かべた。
*****
「ふ、ん。ふ、ん。ふ~、ん」
数日後、クリスは何時もと同じ様な日常を過ごしていた。
即ち、起床して物乞いに向かい、少しの間アレンと喋り、その後夕方まで物乞いを続けた後、そこで稼いだ金をアーノルドに半分渡し、その後食料となる生ゴミを漁る。
そんな生活である。
現代日本人には辛い、いやそうでなくても心が挫けそうになる様な生活であったが、クリスは精一杯元気に毎日を過ごしていた。
今も、生ゴミを片手に元気に帰宅した所で、今日はそこそこ状態が良いご馳走であったので、鼻歌交じりで喜んでいたのだ。
つまりこれから
そこでクリスの心中に1つの疑問がふと、浮かび上がった。
(……?ベアさん何か機嫌が良い?)
何時もこの時間になると、ひっじょーーーーに嫌そうな顔をし出すデザベアが、何故だかニヤニヤと顔に笑みを浮かべて、ご機嫌な様子なのだ。
はて?何か良い事でもあったのだろうか?とクリスはデザベアに話しかけようとして、しかし先に口を開いたデザベアの方であった。
『おい、クリス。お客さんだぜ?』
「え?」
デザベアの発言に、反射的に鍵なんて上等なものが付いている筈も無い自分の家の入口に目を向けたクリス。
その視線の先には――
「アレン、君?」
愕然とした表情でクリスの方を見つめるアレンの姿。
その視線はクリスの持つ生ゴミに対し、特に向けられている。
「………………ねえ、クリス。その手に持っているのは、何?」
「…………?晩、御飯」
「ッッ~~~~~~~」
ぼそり、と何事も無く返されたクリスの返答に、アレンが何とも言い難い激情を覚えたかのような悲痛な表情を浮かべた。
「それ食べないで、少しの間待ってて」
「どう、して?」
「いいからっ!!」
それだけ言って怒るように、悲しむように、大声を発したアレンは、持ち前の大人顔負けの足の速さで、どこかへと駆け出した。
そうして時間としては30分から1時間の間程度だろうか。
言われた通りに律義に食事を行わずにいたクリスの前に、アレンが再び現れた――両手に幾つかのお皿とコップを持って。
「――これ!」
「え?」
強い口調で言い放って、アレンが、持って来た物をクリスに渡そうとした。
それは、橙色の香辛料らしき物が掛けられたお粥っぽい何かに、良い匂いが香るまだ温かいスープ。
そして何か柑橘系の果物のしぼり汁らしき飲み物であった。
急いで行っていた割に戻ってくるのに時間がかかったのは、帰りはスープや飲み物を零さないように慎重に戻ってきたからだろう。
「そんな物じゃなくてコッチを食べて!!」
そう言ってアレンは恨むように、クリスが手に持つ、95%食べかけの食事を睨みつけた。
いつもは99%食べかけなので、当社比ご馳走である。
一般的には?勿論、生ゴミである。
「え、でも、悪い、よ」
「そんな物食べられる方が辛いよ!!」
「…………わか、った。あり、がとう」
「ううん。気にしないで」
ここまでされて断るのは逆に失礼で、アレンの矜持を傷つける行為だと、クリスにも分かる。
それに、クリスだって何も好き好んで生ゴミを食したい訳では無いのだ。
ここは有り難く親切に甘えさせて貰う事にした。
「いた、だき、ます」
都合1ヵ月以上振りのマトモな食事である。
漂ってくる良い匂いに、頭より先に体が反応して、クリスのお腹がくーと可愛らしく鳴った。
敷かれた藁の上にちょこんと座って、クリスがまず手を付けたのは、お粥らしき何かであった。
碌な食生活を送っていなかったクリスにも食べやすい様に、流動食を選択してくれたのだろう。
その気遣いに感謝しつつ、クリスは僅かな持ち物の1つである粗末で小さな木のスプーンで、食事を口へと運んだ。
「美味、しい」
お米では無い様で、一体何が原材料かは分からなかったが、掛けられた調味料のピリリとした辛さが良い感じに食欲を引き立てて、とても美味しかった。
まあそもそも、「空腹が最高のスパイス」だの、「限界まで喉が渇いた時は、水が一番美味しい」なんてのは良く聞く話で、そう言った意味でこれまで拷問染みた食事を続けて来たクリスにとっては、この素朴な食事が何よりのご馳走に思えた。
少なくとも日本に居た時に、何十万円とかかる贅を尽くした美食を食したとしても、その感動は今の100分の1にも満たないだろう。
「良かった――!」
クリスが満足そうに食事に手を付ける様子に安堵しているのはアレンだ。
その姿。久方ぶりにデザベア以外の他者と、食事をしている時に一緒に居られるという事実が、クリスに尚のこと食事を美味しく感じさせた。
食が細い故に素早くは食べられなかったが、しかし一度も手が止まることは無く、クリスは久しぶりのマトモな食事を完食した。
「ご馳走、さま、でし、た。あり、がとう。アレン、君」
「良いんだよ、クリス。このくらい。それよりさ、少し話があるんだけど」
「何?」
そう言って話し出したアレンは、非常に緊張した様子で続きの言葉を発した。
「その、さ。明日、俺のおじさんに会って欲しいからさ、絶対何時もの場所に来てくれよ」
「…………わか、った」
「本当!?絶対。絶対だからね!!」
「う、ん」
元々時間が無い中で急ぎながらも来てくれていたのだろう、それだけ伝えるとアレンは、絶対だからね!と何度か念を押しながら走り去って行った。
『慌ただしい奴だな』
「………………」
その様子にデザベアが何の気なしに呟いた。
しかし対照的にクリスは無言だった。
今の一幕と、明日の約束。
その意味はクリスにも分かる。
要は尾けられていたのだろう。そして友人の生活レベルが惨憺たる物であると知ったアレンが、それを何とかしようと奮起した訳だ。
ただ1つ、それにはおかしな点がある。
「――ベア、さん」
「何だ?」
「
「…………………………」
――そう。デザベアはクリスの外出時に、物騒な相手に絡まれないように、周りを警戒している。
それこそ前に、アレンがクリスの事をこっそりと観察していたのに気が付いた様に、尾行などされれば気が付かない筈が無いのだ。
けれども今日、デザベアはクリスに1度もそんな事を伝えなかった。
都合が良かったから見逃した?
或いは、そもそもアレン君が自分を尾けた事自体が、デザベアが何かした結果である可能性もある、とクリスはそう思った。
「――――まあ、これであの餓鬼の懐により潜り込める訳だ。アイツの母親を救える可能性が上がって良かったじゃないか!!」
「…………」
クリスの質問にデザベアは直球の答えを返さなかったが、しかしその発言はクリスの予想が当たっていると答えたような物だ。
その事実。人が友人と仲良くしようとしている時に無粋な横やりを入れられた。
クリスはその事に怒っている――――――――訳では無かった。
無論、良い気分はしない。
……しない。が、人の命が懸かっているのだ。時に策略めいた行動が必要であると認めるくらいの融通は、クリスにだって有る。
だけど――
「何か、する、なら、先に、言って?」
――それは自分で決断して、自分が責任を負う事だと、クリスは思うのだ。
これではまるで。やらなければならないが自分が嫌な事を、デザベアに押し付けた様で、それが何よりもクリスには悲しかった。
例え、デザベアにそんな殊勝な気持ちが一切無かったとしても、だ。
「…………へいへい。分かりましたよ」
怒るのではなく、悲し気に喋るクリスの態度にデザベアが不承不承に頷いた。
まあ色々あったが、何はともあれクリスの生活に、また1つ変化が出るであろう事だけは確かだった。