「いいことだらけ」と言うけれど   作:ゲガント

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こちらの更新は久しぶりですね。遅くなって申し訳ありません。もうしばらく忙しくなると思いますので、本編も番外編も気長に待っていただけたら嬉しいです。




それでは、どうぞ。


番外編 エノクinツイステッドワンダーランド 序章4

「閉山したとは聞いていましたが……成る程、随分と廃れていますね。」

「あそこに小屋があるな、誰かいるかもしれないし行ってみよう。」

「こんなとこに人なんていんのか?」

 

薄暗い森の中に出た三人と一匹は辺りを見回し、目的地に目星をつける。一先ず散策をしようと坑道の入り口らしき場所の隣にある小屋へと歩を進めた。

 

「ごめんくださーい!」

「………………誰もいねぇんだゾ。」

「埃が積もってますし、長い間使われてないようですね。」

「やけにちっせぇ家具だなぁ。エースが使ったら直ぐにぶっ壊れちまいそうだゾ。」

「俺もこんな子供用の椅子使うのは嫌に決まってんだろ。つーか、何で俺が使う前提なんだよ、お前の方がピッタリじゃん。」

「オレ様もこんなボロっちいのより頑丈な椅子の方がいいんだゾ!」

「何の話をしてるんだ………。」

 

鍵の掛かっていない扉の先にあったのは人間が使うにしてはいささか小さめなサイズの物ばかりがそろうリビングであった。いたるところが老朽化しており、少なくとも人が住んでいるような場所では無いことは理解出来る。放置された物品が見受けられるキッチンやリビング、ベッドルームを一通り見たエノクは首を横に振った。

 

「……………ここに目ぼしい物は無さそうですね。それじゃあ坑道に向かいましょうか。」

「さんせー。」

 

小屋の散策に区切りをつけたエノク達はここに入る前に目星を着けていた廃坑の前に立つ。入り口付近は夕陽が差し込んでいるが、それよりも奥はその場からは様子が伺えない。

 

「先が見えねぇじゃん。」

「物を探そうにも苦労しそうだな………。」

 

思わず眉をひそめた二人にグリムはニヤニヤと馬鹿にするような笑みを浮かべる。

 

「なんだ、お前らびびってんのかぁ?頭を下げるんだったらオレ様が先導してやってもいいんだゾ!」

「はぁ?んな事言ってねぇだろうが!」

「喧嘩してる場合じゃないだろう、時間が惜しい。」

「偉そうに言わないで貰えますー?」

「まぁまぁ、落ち着いて。」カチャカチャ

「ふな?エノク、それはなんなんだ?」

「あの寮にあったカンテラです。自分が持っている物は少し危ないので何か使えるかと思って一応持ってきました。スペードくんの言う通り時間も惜しいですし、さっさと行きましょうか。」

 

カンテラに明かりを灯したエノクは躊躇い無く廃坑へと足を踏み入れる。その背中を呆気にとられて見送りかけていた

 

「オイ!オレ様を置いていくんじゃねぇ!」

「えー、なんでこんな真っ暗なとこに迷わず行けるんだよアイツ……。」

「あんな迷わない足取り、すごい度胸だ……僕も見習おう!」

 

そうして廃坑に入った一行。しかし長年放置されていた為か整備などがされた様子はなく、荒れ果てた道に朽ちた掘削道具が転がっている。

 

「うおっ!?……ああクソ、なんか変な苔のお陰で全く見えないって事はねぇけど薄暗いし道ぼっこぼこだし歩きづれぇ…!」

「へへーん!情けねぇな、オレ様みたいに宙に浮けば………フギャ!?なんか背中に当たった!?」

「ただの土埃だろ、ってうぉ!?何か目に入った!」

 

慌てて魔法で水を出して目を洗おうとしているエースをよそに少し不安そうなデュースは先頭を行くエノクに話しかける。

 

「……なぁエノク、坑道に入ったのは良いんだが魔法石はどうやって探すんだ?あまりに広いと迷ってしまいそうなんだが……。」

「魔力の察知などは出来ませんか?魔力のない僕よりも君達の方が長けていると思うのですけど。」

「わ、分かったちょっとやってみる。」

 

突然振られたデュースは動揺しながらも目を瞑り集中し始める。

 

「…………………………。」

「どうですか?」

「……ダメだ、さっぱりわからない。」

「そもそもさぁ、そんな事まだ習ってないんだけど?多分上級生ならいけるだろうけどさ。」

「んー、土の臭いしかしねぇんだゾ。」

「つーかさぁ、何かさっきから寒くね?」

「……確かに、外に居たときより肌寒く感じるな。」

「日の光なんて入るわけもありませんし、熱を発する何かがあるわけでも無いですからね。」

「へへーん!オマエら、なっさけねぇんだゾ!」

「うるせぇ!モコモコのお前と違ってこっちは毛皮とかねェんだよ!暖とるからお前の耳触らせろ!」

「やーい!やれるもんならやってみろー!」

 

からかわれたエースがグリムを追いかける。ヒョイヒョイとすばしっこく逃げ回るグリムだったが、いつの間にか立ち止まっていたエノクの足にぶつかって止まった。

 

「フギャッ!?………おいエノク、何立ち止まってんだゾ?」

「誰かこっちに来てます。」

「ここの人じゃないのか?……おーい!すいませーん!少しお話聞いても良いですかー?」

「ちょ、馬鹿っ!ここ廃坑だぞ、こんなとこ普通は人なんている筈ねぇだろ!」

「でももしかしたら…………。」

「イッヒッヒ~!10年ぶりの人間だ~!」

「「うおっ!?」」

「ああ、成る程。」

「ひぎゃあ!?ゴゴゴ、ゴーストだ~!?」

「おー、ずいぶんと若いじゃないか~。」

 

エノクとグリムにとっては見覚えのある形のゴースト達が廃坑の奥の暗闇から出てくる。

 

「何の用だい、子供達。こーんな廃れた坑道に来るなんて。」

「少しばかり大きめの魔法石が必要でして、ご存知無いですか?」

「さぁ?なんせこの場所は当の昔に人は居なくなっちまったし、オレ達は魔法石なんかいらないもんでなぁ。」

「そうでしたか、では僕達は探索を続けるこれで。」

「そう言わずゆっくりして行きなよ、永遠にねぇ?」

「ひぃ!?く、来るんじゃねぇ!」

「バカ、落ち着けって!」

「走って撒くぞ!俺に着いてこい!」

「イーッヒッヒッヒ!まずは君に取り憑いて………フグっ!?」

 

ゴースト達が驚いて踵を返す二人と一匹を更に追いかけようとしたその時、エノクが一番大きいゴーストの首を掴み、締め上げ始めた。本来実体を持たない為、生物であるのなら触れることが出来ない筈のゴーストをさも当然のように掴むエノクはその手を更に締め付けながら思考し始める。

 

「成る程、ゴーストと言うだけあって受肉はしてないんですね。魂だけの存在故に人の精神に入り込むのもお手のもの、そうして相手の主導権を奪うと…………持ち帰ったら研究も進みそうですね。」

「ぐ………ぐるじ………。」

「さて、恨むなら僕に危害を加えようとした自分を……と、言いたいところですが、あれがこちらの世界でどんな作用を及ぼすか分かったもんじゃありませんね…………一つ聞いても?」

「ひ、ひぃ!?」びくっ

「貴方達は僕らの命に関わる事をしようとしましたか?」

「し、してません!久しぶりに人間を見てはしゃいだだけです!なのでどうか、どうか、許して!」

「………………嘘はついてないようですね。こちらを殺そうとしていたのなら有無を言わさずやるつもりでしたが、悪戯程度なら仕方ないですね。」パッ

「「ひえ~~ッ!!」」ピューンッ!

 

エノクが掴んでいた手を緩めた瞬間、ゴースト達は一目散に逃げだす。後に残されたのはその後ろ姿を見送るエノクと呆然と固まっているグリム、エース、デュースである。

 

「収穫はあまり無いですね、探索を………おや、どうしましたかそんな立ち尽くして。」

「い、いや今起きた事が衝撃的すぎて思考が纏まんないっつーか……え、なに?お前ゴーストに触れられんの?」

「やろうと思えばいくらでも。」

「……………さ、参考程度に聞いときたいんだけどさぁ、もしあのゴースト達が俺たちの命狙ってたらどうするつもりだったんだよ。」

「魂を細切れにするか握りつぶして完全に消滅させるつもりでしたが?こちらを殺そうとするのなら、僕は殺される覚悟があると判断して相手をしますので。」

「………ま、まぁ味方なら安心………安心、なのか?」

「オレ様、絶対エノクに逆らわねぇんだゾ…………。」

「こちらに殺意と敵意を向けるか余程舐めた真似しなければ何もしませんよ。さぁ、行きましょうか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホントにさぁ、エノクだけで良いんじゃねぇの?」

「お二人に来ていただいているのは証明の為ですから。それに、廃坑探索なんて中々出来ない貴重な体験ですよ?」

「いや別に求めてねーっつうの。」

「しばらく歩いたが魔法石は見当たらないな。もうここら辺は取られているのか?」

「石が無くなって廃坑になったんだったらもうねぇだろ。」

「ふなッ!?じゃあどうするんだゾ!?」

「んなもん俺が知りてぇよ。」

「いえ、多分ですが廃坑になった理由は別ですね。」

 

前を向きながら会話に入ってきたエノクの言葉ににデュースは疑問を浮かべる。

 

「エノク、何でそう思うんだ?」

「入り口付近にあった家ですよ。採掘し尽くしたのなら退去の時間を取れる筈ですが、あの家には沢山の生活雑貨や食器が残っているのが見受けられましたからね。中には売れば金銭になりそうな鉱石も飾ってありましたし、多分何かアクシデントがあって従業者達が避難して以降、誰も寄り付かなくなったという感じなんでしょう。」

「なんか途中にいっぱいあった機械もそれなのか?」

「そうでしょうねグリムくん。」

「けどさぁ、だったらなんでここは廃坑になったわけ?」

「簡単ですよ、発掘の続行どころかそこに居ることすら出来ないような危険な状態になったんです。おおよそ人が死ぬレベルの異常事態ですね。」

「しッ!?」

 

エノクの言葉を聞いてまだ子供と言える年齢であるエースとデュースは体を強ばらせる。さもなんでもないかのように立っているエノクが異常に見えるが、過ごした環境と彼自身の能力を考えればその程度取るに足らない物なのだろう。

 

「発掘作業という仕事自体危険が伴うものですよ。例えば地盤沈下や地下水による水害、中には有害ガスが充満してたりすることもありますね。」

「えぇッ!?大丈夫なのか!?」

「十年以上放置されてるのに崩れる様子はないですし、過剰な湿気があるわけでもない。ガスだって君らが吸ってたら既にあの世ですし、その前にグリムくんの炎に引火して爆発してますよ。なので自然災害は考えにくいですね。」

「あーもーはぐらかすんじゃねぇ!さっさと答えを言うんだゾ!」

 

明確な答えを言わないエノクは痺れを切らしたグリムに問い詰められ、数瞬だけ思考を巡らせる。そうしてたどり着き、ほぼ確信していた答えを口に出す前にエノクはピタリと足を止め、くるりと振り向いた。

 

「どうやら答えが向こうから来てくれたようですよ。」

「はぇ?」

「それってどういう………」

 

ニコリと笑ったエノクにデュースがそう言い切る前だった。

 

「…………わた………うぅ………ぬ…………。」

 

背筋に悪寒が走るような音が何処かから聞こえたような感覚がする。暗い洞窟の中にガリガリ、ガリガリと何かを削るような音が響き渡る。

 

「な、なんだ?」

 

「…………………ハ…………オデノモノ……。」

 

「何か……来る!」

「………ゴーストや魔法なんて物が当たり前に存在する世界ですからね、似たようなのは存在するとは思っていましたが………まさか異世界に来て1日でねじれ的な物と遭遇するとは思わなかったですよ。」

 

「イシハ………

 

オデノモノダァァァァッ!!」

 

「「「で、出たーっ!?」」」

 

咆哮と共に一行の前に現れたのは、深紅の衣を身に纏う大きな人型の怪物だった。右には片方の牙が欠けたつるはし、左には紫色の炎が灯るランタンを持つ腕は何かに染まったように黒く、絶え間無く黒い液体が伝っている。そして何よりも目を引くのは本来顔がある筈の部分に当然のように収まっているドス黒いインク入りの瓶である。

 

「ふむ、口はないようですし、何処から声をだしてるんでしょうかね?」

「んなこと言ってる場合かよ!?逃げんぞ!」

「ふな"~ッ!?あんなのがいるなんて聞いてねぇんだゾ!」

「そうは言っても目的の代物はすぐそこですよ。」

「目的?……あッ!おい!化物の後ろ!」

 

デュースが指差した先に目を向けると、暗闇の中にキラリと一際大きい輝きが見える。ぼんやりと光を放つそれは二人が持つペンの先についている宝石の原石のようだった。

 

「魔法石だ!それもかなりでかいやつ!」

「マジなんだゾ!?じゃああの石を持って帰れば……。」

「つってもどうすんだよ、あの化物完全にこっちに狙いつけてんじゃん!」

「やるしかないだろ……

 

「グオオオオオアアアッ!」ブオンッ!

 

っとあ!?」

 

化物は近づいた者に反応しつるはしを振り下ろす。間一髪避けたデュースだったが、つるはしによってバキバキに砕かれた地面の様子を見て顔を青ざめさせた。

 

「あーもー、脳筋くんはさがってな!ファイアショットッ!」

 

杖代わりのマジカルペンを構え、作り出した火の玉を発射したエースは標的の化物に真正面からヒットしたのを確認するとニヤリと笑うが、煙の中から無傷の化物が現れたことにより動揺し、無防備なまま固まってしまう。

 

「嘘だろ、直撃して無傷かよ!?」

「イジハワダザンッ!!」

「うおっ!?」

 

ダメージは無いものの敵意を向けてきた相手を殺すことのみを考えているのか、インク瓶の化物は近くにいたデュースを押し退けてエースに向かってつるはしを突き出す。鋭さこそ無いものの鉄の質量と化物らしい馬鹿力が合わさった打撃は、普通の人間では受けた部位の骨が砕けてしまいそうな程の威力がある。その一撃が眼前にまで迫ったエースだったが、斜め後ろにいたエノクが襟を掴み、そのまま左半身を引くように体をひねりながら引っ張ったことでその射程から何とか逃れることが出来た。エースを助けたエノクは体をひねったと同時に引き絞った力を近づいていたインク瓶の化物の胴体に狙いを定め

 

「やりすぎです。」

 

解き放つ。

 

ドゴォッ!!

 

「ガアッ!?」

 

つるはしを力任せに振るうのみの化物は、狩人にとっては格好の獲物であった。隙だらけだった胴に裏拳を受けた化物は先程まで立っていた場所に叩きつけられ沈んだように見えたが、すぐに体を起こして活動を再開した。殴り付けた本人はそれを見て少しばかり意外そうな顔をしている。

 

「おや、中々頑丈ですね。TETHレベルの幻想体なら一撃で鎮圧できる位の力は入れたのですが………ふむ、向こうで例えるなら市怪談あたり……いや、資源の独占が目的なら金を出す人間は多少はいそうですから都市伝説都あたりですかね。あ、大丈夫ですかエースくん?」

「っぶねぇ、死ぬかと思った………!」

 

詰まらせていた息を吐いたエースを立たせたエノクは持っていたランタンをグリムに持たせると、司書の格好として身に纏っているコートの中から仕込み杖を何処からともなく取り出して構える。

 

「ちょ、おま、今どっから……!?」

「後でお話しするので気にしないで下さい。」

「わかった。それでどうする、エノクがぶっ飛ばしてくれたのは良いが、このままじゃ目的の魔法石に近づけないぞ。」

「何でそんな受け入れんの早いのお前………どうしたもこうしたもあるかよ、俺の魔法全く利いてねぇし今んとこエノクが殴った位しかダメージ入って無いだろ。」

「ふな"~っ!エノク、何とかするんだゾ!オマエならあいつ位ボコボコに出来んだろ!」

「否定はしませんが、今ここで倒したらそれはそれで面倒な事になりそうなので先に石を確保しておきたいです。」

 

そう言いながらもエノクの目線は化物から反らされていない。向こうも、自分の体にダメージを与えた相手を警戒してかその場から動いていない為、エノクの後ろに下がった三人は緊張しながらも立っている。

 

「面倒って?」

「安全確保です。あの石が珍しい物なら戦闘中に壊れては堪りません。なのでまずあのねじれを拘束して石を確保、逃げるか殺すかはその後に決めます。」

「けど、どうするんだ。あの化物を拘束しておく手段なんて、今の僕達には…………。」

「そうですね……そういえばデュースくん、何か重いものをアレの頭上に落とすことって出来ますか?」

「え?あ、あぁ、何かを召喚して重石にするぐらいならできるが…。」

「ならそれをお願いします。グリムくんは合図したら君お得意の炎をアレに向かってぶつけて下さい。」

「お、オレ様に任せるんだぞ!」

「エースくんはグリムくんの炎のバックアップを。火を出せるなら風を起こすのは可能でしょう?」

「確かに出来っけどさぁ、何すんの?」

 

怪訝そうなエースの声に、エノクは虚空から取り出した握り拳サイズの壺のような物を見せながらチラリと目線を寄越す。

 

「普通の魔法が駄目なら工夫でどうにかしてしまえば良いんですよ。さぁ、始めましょうか。」

 

言い終わるや否やエノクは手に持った壺を化物目掛けて投げつける。予備動作こそあったものの想像以上の速度だったのか、避けるどころか防ぐことも出来なかった化物は真正面から壺とぶつかり合い、その拍子に割れた壺の中身を全身に被った。

 

「グリムくん、化物をよく狙って強めに。」

「わかったんだゾ!ふな"~ッ!!」ボウッ!!

「エースくん、今です。」

「わかってるっての!リーフショットッ!」

 

ボワッ!!

 

「グガァァァァァッ!?」

 

風を送られ勢いが増したグリムの炎は、化物を包み込んだ瞬間爆発したように燃え上がり始める。先程とは違い明確な程に苦しんでいる化物を、エノクは仕込み杖をフルスイングして容赦なく壁に叩き付ける。固い筈の壁に罅が入るほどの力を受けた

 

「今のうちです。ここに縫い付けて置くので取りに向かってください。」

「良いのか?」

「時間はありませんよ。さぁ、速く。」

 

追撃で蹴りを胴体に入れているエノクに促されたデュースは走って魔法石の元へたどり着く。とても強い輝きを放つそれを持ち上げそのまま踵を返した時、エノクが押さえつけていた化物がより強く抵抗し暴れ始める。

 

「ワタサヌ"、ワ"タ"サヌ!!」

「すいません、こちらにも少し事情があるんです。」

 

しかし抵抗として振るわれたつるはしは杖によって悉く弾かれる。デュースがその背後を急いで駆け抜けたのを確認した後、エノクは足での拘束を解きつつ大きく振るわれたつるはしを直剣で受け止めるとそれを横に流した。続けるようにそれにつられて体勢を崩した化物が晒した脇腹に向かって杖を振るい、廃坑の奥へと殴り飛ばす。

 

「デュースくん、重石お願いしまーす。」

「あ、あぁ、わかった!えーっとえーっと……。」

「グゥゥゥ……。」ググググクッ

「ふなッ!?もう起き上がろうとしてるんだゾ!?」

「何でもいいから速くしろよ!」

「わかってる!えーと……出でよ、大釜!」

 

デュースのマジカルペンが光ったと思うと、地面に這いつくばっていた化物のすぐ上に巨大な金属の釜が現れて押し潰した。

 

「よしッ!上手く行った!」

「喜んでる暇なんかねぇだろ!さっさと逃げるぞ!」

「オイエノク!ランタンさっさと持つんだゾ!」

「あぁ、全力で走るには邪魔ですもんね。預かります。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三人と一匹は後ろで蠢く化物をよそに来た道を駆け抜ける。帰り道はエノクを恐れてかゴースト達が出てくる事はなく、やがて入り口が見えて来た所で四足で駆けるグリムの耳に先程聞いたおぞましい声が届く。

 

「エノク~ッ!あいつ追いかけて来てるんだゾ~ッ!?」

「はぁ!?んなわけ………

 

「ガエ"セッ!!」ドスドスドスドスッ!!

 

あんのかよッ!?」

 

走る一行の後ろから、身体中から黒い液体を垂れ流しながら先程の化物が突っ込んで来る。完全にこちらをターゲットにしており、動き方も理性のない獣のようになっていた。

 

「あのサイズの大釜を押し退けてきたのか!?」

「執念深いですね、余程大事なのか異常なまでに欲深いのか………どっちだと思います?」

「今聞くことじゃねぇだろ!」

「ゴロ"スッ、ゴロ"スッ!!ウバウヤツハゴロシテヤ"ルッ!!」

「…………ふむ。」

 

エース、デュース、グリムは月が登り始めていた空の下へと元へと飛び出して森へと走り続ける。しかしエノクは廃坑前の広場で立ち止まりこちらに向かってくる化物へと向き直る。

 

「おい何してんだよッ!?」

「追い付かれる前に鏡で逃げるぞ!」

 

エースとデュースが呼び掛けるがエノクは反応しない。やがて月光が照らす場所に、化物が現れた。

 

「ゴロ"スゴロ"ス'ゴロスゴロスッ!!ア"イ"ツ"ラ"ミ"タ"イ"ニゴロシテヤ"ルッ!!」

「ひぃッ!?き、来やがったんだゾ!?」

 

全身が焼けてボロボロになっているが凶暴性はむしろ増しているようで、目の前の敵を排除するだけの本能に支配された獣に成り下がった化物を見て、恐れたグリムはデュースの後ろに隠れる。エースとデュースも初めて襲われる高密度の殺気に動けなくなっていたが、その中でもエノクは何でもないかのように立って杖を持つ。

 

「ゴロスッ!!」

 

化物は獣のように飛び上がり、その勢いで振り下ろされたつるはしはエノクの体を食いちぎらんと迫る。

 

バンッ! ガギンッ!!

 

しかしその後、辺りに鳴り響いたのは肉を潰すやエノクの叫び等ではなく、火薬が弾けたような音と金属同士がぶつかり合った音だった。

 

「使うつもりは無かったんですが………貴方が獣であると言うのなら、狂気に染まったナニカであると言うのなら、僕は貴方を全力で狩らせていただきます。」

 

いつの間にか出していた短銃を躊躇いなく撃ったエノクは杖を虚空にしまい、武器を撃たれた反動で仰け反る化物に向けて手刀をつき出す。

 

ドチュッ

 

普通の人間に出せる速度を軽く越えた素手の刺突は化物の胴体を食い破り、貫通する形で止まった。

 

「…………。」

「数百年煮詰まった呪いにこそ届きませんが、それでもこのドス黒い力は珍しいですね。今まで感じた魔力が何か……負の感情辺りに汚染されて歪んだ物ですか。ここまで変質させるのにどれ程のストレスがかかったのでしょう。」バキンッ!

 

引き抜かれた腕にはドス黒い液体が結晶化したような物体が握られていたが、エノクはそれを一瞥した後迷いなく跡も残さないレベルにまで粉々に握り潰した。そして胴体に風穴を開けられ動かなくなった化物を前に、虚空から隕鉄の曲刃と折り畳まれた柄を取り出しすのと同時に仕掛けを起動して葬送の刃を組み立てる。

 

「時間です。」

 

祈るように、願うように、信念を継いだ狩人は刃を構える。例え異世界であろうとも、やることは変わらないと言わんばかりに自然体で、目の前の獣(人であった筈のもの)の命を刈り取る為に。

 

目覚めなさい(眠りなさい)。」

 

月明かりを反射して黒く光る刃が一瞬だけ掻き消え、空気を切り裂いた事で生じた風は周りの木々の葉をざわつかせ、離れた場所で見ていたグリムの炎を揺らした。既に葬送の刃を振り切った姿勢のエノクは構えを解くとそのまま数歩後ろに下がる。

 

シャリンッ

 

そんな音と共に化物の体に線が走り、そこからずれるようにインク瓶のような頭が胴体から離れて横に落ちる。しかしその頭は地面に着く直前で塵のような形になり、そのまま落ちることなく煙のように消えてしまった。続くように胴体も貫かれた部位から罅が広がり、そのまま砕け散って破片となった後に空気に解けるように消え去った。

 

「どうか、貴方の目覚めが良いものでありますように。」

 

化物の最後を見届けたエノクは化物がいた場所を見つめながら優しく呟く。数秒、黙祷を捧げた後、呆然と事の顛末を見ていた二人と一匹の方へと振り返りながら笑いかける。

 

「お待たせしました。もう遅いですし、早く学園に帰りましょうか。」

 




エノクが廃坑の中でインク瓶のファントムを殺さなかった理由ですが、
・あの化物と魔法石がリンクしていた場合、目的の魔法石が壊れる可能性があった。
・出来ない事は無いが、狭い場所で素人二人を庇いながら戦闘すると巻き込んでしまう可能性があった。
・不必要な殺生はしたくなかった。
等があります。まぁ最終的には石とはあまり関係ない何かしらの原因で歪んだ元ヒト現獣であることを悟った為、ゲールマンに倣って介錯しました。

なおプロムン、フロム世界基準なのでツイステ世界からしたらかなり軽いノリで再起不能にします。それに加え一定以上の敵意と殺意を向けて実害を出そうとするとカウンターでぶち殺そうとします。お茶目ですね。

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