「いいことだらけ」と言うけれど   作:ゲガント

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番外編 エノクinツイステッドワンダーランド 序章5

「よっと。あー、帰ってこれた~!」

「ふぅ、ここまで来れば一息つけるな。」

「出発したのは数時間前の筈ですが、なんだか久しぶりに感じますね。具体的には4ヶ月ほど。」

「なんでそんな具体的なんだゾ?」

 

廃坑がある山から鏡を通って帰ってきたエノク達は鏡の間をでてそのまま校舎の中を歩く。すっかり日が暮れている為、外に面している廊下は魔法によって動く明かりが照らしている。

 

「それにしてもさぁ、最初からお前だけでよかったんじゃねぇの?ゴーストも、あの化物だって殆どエノクがやってたじゃんか。つーかあのめっちゃデカイ鎌何?今もうどっか消えてるし。」

「確かに、闇の鏡が言うには魔力はないって話じゃなかったのか?」

 

そんな二人の問いかけに、エノクはクスクスと笑いながら答える。

 

「魔法で説明がつかない事象もあるんですよ。知り合いに魔法を使う方々は居ますけど、それもこの世界で普及している魔法とは別の物でしょうし。」

「昨日言ってた神秘ってヤツなんだゾ?」

「それとはまた別ですが似たような物だと思って大丈夫です。」

「神秘……そんな物もあるのか、初めて聞くな。」

「僕の故郷でも使えるのは……そうですね、残っているのは僕と幼馴染みと部下達ぐらいですから。本来であれば知り得る筈のない物ですし、知らないのは当然かと。」

「部下って………ま、それよりその神秘ってやつで何が出来んの?」

「神秘は一言で言うなら遺志の力でして、燃料ではなくそれ自体を変質させて使うんです。」

 

フィンガースナップと共にデュースによって抱えられていた魔法石がその手を離れて宙を舞う。しかし、床に落ちる事はなくとある地点で空中に縫い付けられたかのように動かなくなった。

 

「これが基礎ですね。この力を触媒となる遺物などに通して特定の現象を引き起こしたり、神秘自体を現象へと書き換えたりしてます。」

 

浮いていた魔法石が真上に来たところで急に力を失ったように落ちてくるが、エノクはそれを難なく受け止める。

 

「まぁ魔法じゃない不思議な力程度に思っていただけたら良いですよ。一応治癒にも使えるので言って貰えれば治療致します。」

「怪我なんて早々………ありそうだったわ。」

「たった今僕らが死にそうな経験したばっかりだからな……。」

「あー思い出したらムカついて来たわ。ホントに何で俺らが罰則を受けなきゃいけないわけ?」

 

ただそこにいたからという理由で退学騒動に巻き込まれたエースは大変不服そうな表情を隠そうともせず愚痴を溢す。エノクが居なければ大怪我を負っていた可能性もあることを考えればその反応も妥当だろう。

 

「そこら辺の苦情はグリムくんとこの部屋にいる学園長にぶつけてしまいましょうか。」

「ふなっ!?お、俺だって被害者なんだゾ!」

「はいはい、失礼します。」コンコン

「聞け~っ!!」

 

足をポコスカ叩くグリムを無視して、エノクは学園長室の扉をノックし、返事を待たずに開け放つ。中にいたクロウリーは突然の訪問故か目を丸くしていた。

 

「ちょっと!ノックするなら返事を待ってくださいよ!」

「わかりました今度からノック無しで蹴り開けます。」

「そういう事ではありません!……それで、何の用事ですか?私はこれでも忙しいのですが。」

「おや、若々しいのは見た目だけ……いや見た目もそこそこ年齢行ってそうですね。」

「失礼じゃないですか!?」

「とまぁ冗談はそこまでにしておいて、依頼の品をお持ちしました。恐らく品質については問題ないかと。」

「……なんですって?」

 

クロウリーの怪訝な表情は、エノクが持つ魔法石を見た瞬間に驚愕へと塗り替えられる。差し出された石を受け取り、魔法を用いて検品し終わると、驚いたまま目の前で微笑を浮かべる青年とその後ろで居心地が悪そうに立っている二人へと目を向けた。

 

「……えぇ、確かにこの魔法石ならシャンデリアの部品として十分ですね。」

「本当ですか!」

「しかしこれ程の魔法石を一体どこで……まさか、本当にドワーフ鉱山まで行ったんですか?」

「「「へっ?」」」

「いやぁ、まさか本当に行くとは……その上魔法石を持って帰って来るとは思いもしませんでした。粛々と退学手続きを進めてしまっていましたよ。」

「んがッ!?なんて野郎なんだゾ!オレ様たちがとんでもねーバケモノと戦ってる間に!」

「いやあれ殆どやったのエノクじゃん。」

「バケモノ……詳しく話を聞かせていただけますか?」

「えぇ、経緯からですね。」

 

 

~now loading~

 

 

「ほほぅ……炭鉱に住み着いた謎のモンスター、それを貴方が中心となって4人で協力して交戦し打ち倒して帰還した、と。」

「や、協力したッつーか……。」

「彼らも例の生命体と交戦した際手伝って下さいました。現在は既に消滅させたので特に心配は無いかと。」

 

歯切れの悪いエースの言葉を引き継ぎ話を締めくくる。しかしそれと同時にクロウリーの様子が変化し、体を揺らし始める。

 

「……お、おお、おおおッ……………!

お"~~~~~~んッ!!

「な、何だコイツ?いい大人が急に泣き出したんだゾ?」

「わぁ醜い。」

 

思わず率直な感想が出てくるが、当人には聞こえていないのかそのまま嗚咽を漏らし泣きながら話し始める。

 

「私が学園長を務めて早ン十年……ナイトレイブンガレッジの生徒が手と手を取り合って敵に立ち向かい打ち勝つ日が来るなんてッ!!」

「なっ!僕はコイツとなんか手を繋いでません!」

「俺だって嫌だよ気持ちわりーな!つーか学園長今何歳だよ!?エノクの言う通り若作り?」

「今の言葉は聞かなかったことにします。それよりも私は今猛烈に感動しているのです!」

 

座ったまま体を震わせていたクロウリーだったが、突如机の前にワープするとエノクを指差しながら宣言するように告げる。

 

「今の話を聞いて確信しました。エノクくん、君には猛獣使い的才能がある!」

「………猛獣使いですか。」

「この学園の生徒は皆、闇の鏡に選ばれた優秀な魔法士の卵です。ですが、優秀であるが故にプライドが高く、我も強く……他人と協力するという考えを微塵も持たない個人主義かつ自己中心的な者が多い。」

「全然良いこと言ってねぇんだゾ………。」

「しかし、魔法を使えない貴方が「クロウリーさん、語りの前に一つ宜しいですか?」

 

テンションが上がり続け興奮している様子だったが、話を遮られ一旦落ち着いたのか咳払いをするクロウリー。相対するエノクは感情が今一読めない微笑のまま表情を動かさない。

 

「何でしょうか?」

「彼らの退学云々の話です。」

「あぁ、その事でしたらご心配無く。勿論、退学は取り消しとしますよ。それに加え、特別に!貴方を生徒として迎え入れようと考えているのですよ。勿論、魔法が使えないというハンデはありますが、そこはグリムくんと二人で一人の生徒とすることにしましょう。」

「おぉっ!?つまりオレ様も学校に通えるってことか!?」

「そう考えていただいて宜しいかと。あぁ、私なんて優しいのでしょう!」

「…………はぁ。」

 

自分を褒め称えるのに忙しそうなクロウリーを前に、エノクは深い溜め息を吐き、コートの内側に手を入れる。

 

「僕が言いたいのはそれ以前の問題ですよ。」

「……はて?心辺りはありませんが。」

「心辺りがない?冤罪で子供を死地へと自ら赴かせるように誘導した貴方がそう言いますか、成る程成る程。」

「冤罪?誘導?一体何の話を………。」

「取り敢えず彼らに謝罪を、話はそれからです。」ガチャンッ!

 

コートの内側から化物のつるはしを撃ち抜いた短銃を取り出し、グリップを握って引き金に指をかける。そして銃口を呆けた顔をしているクロウリーの方へと向けた。

 

「え、いや、ちょ、ま!?」

 

パァンッ!    パリン!

 

静止の声の途中で放たれた銃弾はクロウリーのコートの装飾を削り取り、背後の窓ガラスを貫通した。

 

「い、いきなり何をするんですか!危ないでしょう!」

「警告の一発なので当てる気は更々ありませんよ。それで、彼らの冤罪について何か一言いただけますか?」

 

ギリギリの所で椅子から転移し銃弾を避けたクロウリーは、一切笑みと銃の射線を崩さないまま問い掛け続けるエノクへと文句を垂れ始める。

 

「冤罪冤罪と、何の話なのかさっぱりなのですが!」

「シャンデリアが落とされた件について、彼らは一切関与していないという話ですが?」

「……………はい?」

「先程から言っているでしょう?冤罪で彼らを退学処分にするどころか化物の住まう土地へと赴かせた事に対する謝罪は、と。」

「なっ!?なら何故そうだと早く言ってくれなかったんですか!」

「訴えましたがこちらの話も聞かずに捲し立ててそのまま退学にしようとしたのはそちらでしょう?」

「現場を見れば、貴方達がやったようにしか見えなかったんですよ!」

「言い訳は聞いてません。僕はただ誠意のこもった謝罪を聞きたいだけですよ?」パァンッ!

「危なッ!何なんですかその銃!このコート鋭い刃物も通さないように魔法で仕立てられた代物ですよ!例え羽一枚であろうとも銃弾程度で簡単に貫かれる筈がっ!?」

 

異常とも言える存在と、すぐにでも自分の命を奪われる状況に焦燥が隠せないクロウリーだったが、その感情は自らの体の自由が段々と奪われている事実で更に加速した。

 

「か、体が………!」

「やはり隠密性を上げた神秘は察知出来ませんか。」

 

ニコニコと笑みを浮かべ続けるエノクは銃を下ろす。

 

「さてクロウリーさん、謝罪は?」

「あ、貴方一体何を………。」

「あぁ、謝罪より銃弾の方が良いですか。では右手の小指……いや、その無駄に長い爪からですね。拷問趣味は無いのですが……良い機会ですし習得してみましょうか。」チャキッ

「この度は誠に申し訳御座いませんでしたァッ!!」

 

再び銃を構えると共にうっすらと開かれた目に光は無く、ドス黒い殺意が明確に現れていたが、危険を感じ取ったクロウリーが謝罪の言葉を聞き取った瞬間、その気配を霧散させる。そして、後ろで固まっていたエースとデュースへと話しかける

 

「お二人共、今なら一発位殴れるでしょうからお好きにどうぞ。」

「い、いや、もうエノクがやってくれた分で満足というか……流石にその状況の学園長に追い討ちをかける気が失せたから僕は大丈夫だ。」

「俺もパス、さっきから無茶苦茶やる奴だとは思ってたけどさ、流石にここまでやるとは思わねぇじゃん。」

「おや、そうですか?仮面を剥がす位しても良いと思いますが……当事者である君達がそう言うならここまでにしましょうか。」

 

エノクが二度拍手をすると共に神秘が霧散する。それにより解放されたクロウリーは詰まっていた息を吐き、肩を上下させている。

 

「はぁ………全く、生きた心地がしませんでしたよ。ここまで危機感を覚えたのは久しぶりです。」

「別に敵でもない相手を殺しはしませんよ、これは僕のエゴみたいなものですし。まぁ取り敢えず、貴方がろくでなしって事は分かったのでこれからもそれを基準にしていきますね。」

「私一応貴方の雇用主ですよ!」

「高々武器を自分に向けられただけで騒がないで下さい。僕はまだ顎ふっとばして無いだけ優しい方ですよ?」

「だから何でそう物騒なんですか!貴方の故郷は地獄かなにかなんですか!?」

「止めてくださいよ、失礼な。地獄は倫理に基づいて人を裁いてるというまともな場所なんですから。」

「訂正すんのそっち?」

「地獄は己の快楽で人を殺す者が殺される側ですよ?」

 

ナチュラルに自分の故郷より地獄の方がマシと言い放つエノクに思わずエースからツッコミが漏れる。その返事に更なる闇が追加されそうになった所でクロウリーは咳払いをして話を止めた。

 

「オホン…………わかりました。今回の件については私の失態ですし、学園長権限で前期の成績の加点で手打ちとさせて下さい。代わりにこの事は他言無用で、宜しいですねトラッポラくん、スペードくん。」

「お、マジ!?やりぃ!」

「こ、こんな形で成績を上げてもらうのは優等生として良いんだろうか………?」

「バッカお前、こういうのは素直に頷いとけば良いんだよ。せっかくちょっと楽になったんだ使わない手はねぇだろ。」

「そしてグリムくん、貴方にはこれを。」

 

クロウリーが杖を振るうとグリムの首元に何処からともなく現れた灰色のリボンが結び付き、その結び目辺りに魔法石がペンダントのように繋がれた。

 

「この学園の生徒は全員魔法石が付いたマジカルペンが配布されていますが、その手ではペンを振るうのも一苦労でしょう。なので特別に首飾りとして加工しました。いかがですか?」

「おぉっ!?ってことはオレ様も生徒なのか!?」

「エノクくんの話を聞いて、貴方も十分な魔法の才能があると判断しました。それは我がナイトレイブンカレッジの生徒である証でもあります。無くさないようにしてください。」

「………や、や、やったんだゾ~!!」

「よかったですねグリムくん。」

 

クロウリーは次に跳び跳ねて全身で喜びを表すグリムを微笑ましげに見守るエノクへと話しかける。

 

「グリムくんはエノクくんと共に1-Aに入っていただきます。エノクくん、くれぐれもグリムくんから目を離さないように。」

「僕も生徒になるのは決定事項なんですか?」

「えぇ、監視役は近くにいた方が都合が良いでしょう。それとこちらを。」

 

そう言って何処からともなく取り出されたのは中心にレンズが取り付けられた中々にゴツい箱形のカメラだった。それを受け取ったエノクは様々な角度からそれを観察し始める。

 

「カメラ……インスタント型ですね。」

「貴方にはそちらのカメラでこの学園の記録を残していただきたいのです。特別な機能等はありませんが、普通のものより頑丈ですよ。それを通常業務の一つとして、各先生の補助をお願いしたいのです。勿論、給料もお支払いしますし、あの寮を引き続き住居として使っていただきます。」

「学生と用務員の兼任みたいなものですか。」

「今日はもう遅いですし、詳しい話はまた明日にしましょう。皆さん、寮に戻りなさい。」

「はい。では失礼します。」

 

そうして三人と一匹が出ていったのを見送った後、クロウリーは深く溜め息をつく。

 

「ふぅ……全く、今年は最初からトラブルが続きますねぇ。こういうときは、これですねぇ。」

 

学園室内に存在する本棚等と言った設備の隣に置かれていた黒い箱に手を掛ける。どうやら黒いガラスのドアが付いていたようで、中にはいくつもの黒い瓶が並べられていた。その内の一つを取り出したクロウリーは上機嫌で机に戻る。

 

「ふっふっふ………50年物をいただくのは久々ですねぇ。」

「なかなか美味しそうですね、僕も一杯頂いても?」

「嫌ですよ!これ私の自腹で買った高級ワインなんですから…………ふぁッ!?」

 

自分以外いる筈の無い部屋で誰かに話しかけられている事に今更ながら気がつき、壊れたブリキの玩具のように首を横に向ける。そして視界の端に微笑を浮かべるエノクを捉えた瞬間、ドタバタと壁際まで体を引いた。

 

「な、なぜここに!?今さっきそこの扉から出ていった筈でしょう!」

「狙いを定めた狩人はどこにでも現れるんですよ。それより、一つ追加で聞きたいことが。」

 

警戒するクロウリーをよそに、エノクはポケットから真っ黒な石の破片を取り出して机の上に置く。

 

「こちらについて何か情報があればお聞かせ願います。」

「………これをどこで?」

「廃坑に居た件の化物の核です。一応本体は完全に消滅させましたが、この一片はサンプルとして残しておいたんです。見た限り魔力が裏返ったような物だと考えられるんですが。」

 

持っていたワインの瓶を机に置き、代わりに破片を手にとって目の前に掲げる。暫く観察した後、静かに口を開いた。

 

「これはおそらく、ブロットの塊ですね。」

「ブロット?」

「この世界の者ではない君は知らなくても無理はありませんね。ブロットというのは簡単に言えば魔法を使うことで生じる物質の事です。魔法士にとっては避けては通れない有害物質ですね。」

「排気ガスみたいな物ですか。」

「そう考えていただけたら宜しいかと。」

「それが蓄積すると何かしらが巻き起こる訳ですか。例えば……人が化物へと変化する、とか。どうですか?」

「………確かに、オーバーブロットという事象は存在します。しかしそれはブロットを大量に蓄積できる優秀な魔法士に限った話、10年以上放置されていた廃坑の中にそれが現れる筈がありません。」

 

ふざけている様子が無くなったクロウリーが杖を振るい、離れた本棚にあった本を手元に引き寄せる。開いたページの中には幾つかの新聞の切り抜きがあり、その全てが似たような事件を記していた。

 

「実際にオーバーブロットが起きた際にはマジカルフォースが派遣され、鎮圧されますが過去の事件はいずれも被害はかなりの物だったそうです。しかし、今君が言ったような特徴の物は見当たらないんです。オーバーブロットが起きたのなら、その起点となる人物が居る筈ですから。」

「……………確かにその場にいた人間は僕とエースくんとデュースくん、あとグリムくんだけでしたね。ただ一つ、気になる点がありまして。」

「気になる点?」

「感情……特に負の方面の物が異常なまでに増幅されていた事です。最早全てが負の感情に塗りつぶされているように見えまして………もしあの化物が元々人であるならこの事象とよく似た物を知っているんですが、それレベルになると最悪国が一つ無くなる被害が出ると思うんです。多分人の枠から外れてしまってるでしょうね。」

「感情ですか………わかりました、こちらでも少々調べてみましょう。ですが、貴方の世界についての調査もあるので少ーしばかり時間がかかってしまいますが………。」

「あ、それについては目処が立ったので気にしなくてもらって問題ないです。多分あと1週間もあれば行き来も自由になるかと。」

「おやそうでしたか、それなら…………ちょっと待って下さい今なんとおっしゃいました?」

「では詳しい話はまた明日ということで。」

「待って下さい、詳しく説明を!というかスルーしてましたが国一つ滅ぶって何があるんですか!?」

 

踵を返そうとしたエノクは足を止め、天井を見上げ、思考を巡らせる。

 

「………人になろうとする人であってはならぬもの、全てを黙らせる音楽、祝福を与え導く新しき神、宙へと還す星…………ざっとこんな物でしょうか。形は違えど、人が全て消え去ればその国は滅んだも同然でしょう?」

 

振り返りそう言いながら笑ったエノクの体は青白い光に包まれたかと思うと、そのまま部屋の中から消え去った。残されたクロウリーは暫くの間呆けた顔を晒していたのだった。

 

 

 

 

 

「らんららんらら~ん♪」

 

グリムは廊下をルンルンで歩き、全身で喜びを表す。

 

「俺達はヘトヘトだってのに元気だな~お前。」

「確かに……あの坑道を奥からずっと走って帰って来たから疲れたな。体力が有り余ってるのはグリムが魔獣だからか?」

「んな事言ったらエノクはどうなるわけ?何だったらこん中で一番暴れてた癖に顔色一つ変えてない所か学園長脅してるし。」

「嫌ですね、交渉ですよ。事実、体の何処かの部位を欠けさせた訳じゃ無いでしょう?」

「そ、そうなのか……?」

「いやいや、あんなもん突きつけた時点で脅迫でしょーが。」

 

説得されかかっているデュースととてつもない暴論でごり押そうとするエノクにまとめてツッコミが入る。しかし、エノクは特に気にした様子もなく、口を開いた。

 

「でも手っ取り早いでしょう?クロウリーさんみたいな輩は自分が不利になれば話を煙に巻こうとしだすので、そうなる前にさっさと本題を突き付けるに限ります。」

「にしたって手段があんだろ。もう終わった事だし、トラブルもおさまったから良いけどさ~。」

 

言うことが一貫して物騒なエノクに呆れた様子のエース。一方でデュースは退学を免れた安堵の方が強いのか、エノクの言動はあまり気にしていないようであった。

 

「それにしても、魔獣がクラスメイトになるのか……こんな経験、早々無いんじゃないか?。」

「そもそも、喋る魔獣も見たことねーよ。ま、全く怖くないポンコツっぽいけど。」

「なにおう!馬鹿にするんじゃねぇ!すぐにお前らなんかぬかしてやるからな!」

「じゃあ勉強しっかりしましょうね?」

「うぐっ!?わ、わかってるんだゾ………。」

 

ニコッと笑うエノクに釘を刺され、グリムは目を反らしながらそれに答える。その様子を見ていたエースは、耐えきれないと言わんばかりに吹き出した。

 

「あっはは!もう手綱握られてんじゃん。」

「エノクがそんなに怖いか?いやまぁとんでもなく強いっていうのはあるが。」

「オレサマ大魔法士になるまで死にたくねぇ!」

「だからさっきから言ってるでしょう、余程嘗めた真似しなければ何もしないと。ご安心を、手加減はしますから。」

「あの重そうな棺の蓋片手でねじ曲げてた奴が言っても説得力がねぇんだぞ!」

「え、マジ?」

「本当に強いんだな…………もし何かトレーニングをしてるんだったら教えてくれないか?」

「実践形式で良いなら。」

「本当か!」

 

目を輝かせるデュースにエノクは困ったように笑いながら懐中時計を取り出して蓋を外す。

 

「ですが今日はもう遅いですし、詳しい話は明日の教室でしましょうか。門限とかは大丈夫ですか?もう7時も半分を超えましたが。」

「うっげ、もうそんな時間かよ!怪しまれる前にさっさと帰らねぇとやべぇ!じゃあな、エノク!」

「あ、おい待て僕も行く!それじゃあまた明日教室で!」

「はい、おやすみなさい。悪夢の無い良い夜を。」

「慌ただしい奴らだな。」

 

バタバタと去っていった二人を見送ったエノクは隣で

 

「グリムくん、僕たちも帰りましょうか。晩御飯は………そうだ、パジョンの材料が余ってましたね。」

「ぱじょん、って何なんだゾ?うまいのか?」

「味は保証しますよ。少々辛めのソースをかけるのですが………グリムくんなら問題なさそうですね多めに作りましょうか。」

「やったやった、楽しみなんだゾ~♪」

 

 

 

 

 

 

「おぉ、や~っと帰って来た。お前さんら、なんかあったのかい?」

「少々トラブルがありましてその解決のために奔走してました。もう済んでいるのでご心配無く。」

「そうだったか。いやはや、てっきり何処かで俺達の仲間入りしたのかと思ったよ。」

「やれるものならやってみろって話です。まぁその前に相手を魂の一片も残さず消し飛ばしますが。」

「おお、怖い怖い。お前さんなら本当に出来そうなのがより怖いなぁ。」

「俺達も見習わなきゃなぁ、あっはっは!」

「頑張って下さい。」

 

出迎えのゴースト達のからかいも素で返すエノク。冗談混じりだと思っているゴースト達は笑いエノクも微笑みを浮かべているが、坑道での出来事を間近で見ているグリムは何とも言えないような表情を浮かべていた。

 

「ところでお前さんら、明日も朝から仕事かい?」

「あ、その事についてですが「やいやいよく聞けゴーストども!オレサマも明日からちゃんと生徒の一人になるんだゾ!」………とまぁそういう訳です。」

「おお!良かったじゃないか、お祝いに胴上げでもしてやろう!」

「魂が抜けてしまうかもしれんが、楽しいぞ~?」

「ふなッ!?オレサマはまだゴーストになりたくないんだゾ!?来るんじゃねぇ~!?」

「「イーッヒッヒッヒッヒ!」」

「悪戯というか、それっぽく演出するのがお上手ですね。」

「ゴーストにしてみりゃ、あんな反応してくれると楽しくって仕方がないもんでねぇ……君も少しは驚いてくれるとより嬉しいんだがなぁ?」

「昨日も申した通り、僕からしてみたら皆さんに怖い要素なんてありませんので。」

「ふぅむ、ワシらも精進が足りんのかもな………あぁ、そうじゃった。」

 

グリムを追いかけず残っていたゴーストは、不意になにかを思い出したかのように帽子の中をまさぐり出した。

 

「お前さんに見て欲しいものがあるんじゃったわい。」

「僕にですか?」

「ほれ、これじゃ。」

 

そうして取り出されたのは、エノクからしたらとても見覚えのある一通の黒い封筒だった。

 

「昨日お前さんが床に突き刺してたランプがあるじゃろ?昼頃に突然光ったかと思ったら突然それが出てきてのぉ、持ち運べはするんじゃがワシらが開けようとしても消えてしまってな。お前さんならわかると思って待っておったんじゃ。」

「うわぁ、仕事が早い。流石優秀なAI……いや今はもう人間か。最近L社の再興が起動に乗ってポジティブエンケファリンの生産も安定してきたから管理人と休暇を満喫するって言ってたけど、申し訳ないことしたなぁ。」

 

少し驚きつつも受け取ったエノクが封筒を開ける。

 

「おぉ、簡単に開きおった。やっぱりお前さんじゃなきゃ駄目だったか……何なんじゃそれ。」

「手紙ですよ、僕の元の世界の上司からの。」

 

 

《エノクへ

 

これを見てるってことは届いたようね。私の管理人との休暇を邪魔したのは許さないけど図書館と貴方達の夢の力が作用して異世界へも干渉できると分かったのは僥倖だったわ。

まだ道が不安定だから行き来はできないけど、私の図書館の中は都市も手出し出来ないし、暫くの間退屈はしなさそうね。

一先ず貴方はその世界とこの世界の繋がりを保つ事に注力してちょうだい。ついでにそっちで役立ちそうなの見つけといて。

 

追伸 貴方と会えなくなったリサがこの数日間虚無を見つめるだけの役立たずになってるから早く何とかしてほしいのだけど。ひたすらに貴方の名前を呟き続けてるだけの機械になってうるさいのよ、なんで自然科学の階から図書館全体に声が届くのかしら》

 

「あー…………。」

 

中に入っていた手紙の内容に、先程のグリムのように微妙な表情になる。

 

「なんと書いておるんじゃ?」

「『休みにトラブル起こしたのは許さないけど異世界との繋がりを持てたのは良かった。あとさっさとお前の幼馴染みをどうにかしろ』って感じです。」

「おーい、エノク~何してんだ~?オレサマ、もうお腹ペコペコなんだゾ~。」

「あぁ、すぐに準備しますので待ってて下さい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………はぁ。」

 

所変わって図書館の書斎にて、館長であるアンジェラは書類を捌いていた。その最中、苛立ちと疲れ込められた溜め息をこぼした時、新たな本を取りに来たアンジェリカが話し掛ける

 

「随分とご機嫌斜めですね。」

「恋人との時間を邪魔された上にいなくなった奴と騒音機に成り下がった奴の埋め合わせをする羽目になれば、誰でもこうなると思うのだけど?」

「まぁそれについては同情します、私もローランとの時間を邪魔されたくはないし。それで、エノクと連絡取れましたか?」

「一応招待状っていう形で送ることは出来たわ。向こうの状況は今一よく分かってないけど、多分エノクなら何食わぬ顔でうまくやってるんじゃないかしら。」

「まぁ彼一人でも本気の私達(黒い沈黙)が勝てないレベルで強いですし、都市にしては珍しく最初は対話を求める人ですからね。」

「会話の最中でも敵だと認識したら即座に殺しにかかるのはそれに含まれるの?」

「うーん……………どうなんでしょう?」

 

都市について知ったのがつい最近で世間知らずのアンジェラと裏路地出身故に思考回路が物騒寄りのアンジェリカの美女二人が揃って首を傾げていると新たな足音が近づいて来る。そちらに顔を向けると人形のような美貌を持つ女性だった。

 

「アンジェラ様、ここに居られましたか。アンジェリカ様も昨日ぶりですね。」

「あ、ドールちゃん。」

「ここまで来るなんて珍しいわね。」

「先程夢の庭の管理をしていたら異世界からの漂着物に紛れてこれが。おそらくエノク様からのお返事かと。」

「リサの声が止んだのはこれのせい?」

「リサ様宛の手紙もあってそれをお渡ししたらそのまま食い入るように見つめてます。」

「あー、そういえばなんか静かになったな~って感じましたが、成る程そういう事でしたか。それで?なんて書かれてます?」

「今開けるわ。」

 

《館長へ

 

どういう因果かは知りませんが、こちらの世界で学園の生徒をすることになりました。そちらとの接続が出来ても暫くの間は夜勤になると思います。

それでこちらの世界の事ですが、細かいことは調査しますが魔法という概念が普及しているようで、意外と技術が発達しています。流石に特異点レベルの物は無いようですが、それでも治安や生活基準は都市よりもかなり良いと言える物です。

 

追伸 こちらにもねじれらしき現象が起こることが確認出来ました。それから取り出したサンプルを同封致しますので研究チームに回してください。ねじれを制御する手段になり得るかもしれません。》

 

手紙に目を通したアンジェラは静かに優秀な思考回路を起動する。

 

「魔法………自然科学階の幻想体に協力を仰ぐべきかしら?一先ず異世界の技術の確保が優先ね…………アンジェリカ、これをローランとあの二人に渡して。」

「了解、管理人さんはどうしますか?」

「私から連絡しておくわ。アリアは他の司書達に通達して来てちょうだい。」

「かしこまりました。」

 

アンジェリカはサムズアップをして、人形はペコリと頭を下げてその場を去る。その場に残って再び机と向き合ったアンジェラは手紙に同封されていた黒い結晶を光に透かし、その怪しさに顔をしかめる。

 

「異世界………面倒な事にならなきゃ良いけど。」

 

 

 

 

 

 

「エノクゥ…………エノクゥ…………えへへへへ。」

 

 

 

「リサ様だいぶ静かになったね~、ずっと近くで呟き聞いてたからまだ頭の中で聞こえてる気がするけど~。」

「ティファレト様方の愛の重さは筋金入りだというのは貴方も分かっているでしょう?今回は発作が長かったですがいつもの事だと思えばよろしいですわ。」

「………でもね、スカーレットお姉ちゃん。僕は二人が揃ってないと寂しいし悲しいよ?。」

「大丈夫ですわ、テオ。エノク様程の方なら例え世界が違おうともすぐに顔をお見せになりますわ。」

「……うん、そうだね!よーし、ティファレト様の分までお仕事頑張るぞ~!」




エノクさんはヤーナム時代のリボンの少女の経験から、「子供が化物に殺される」という事象がかなり苦手です。勿論敵であれば別ですが、今回はほぼ一般人であるエースとデュースを(意図的ではないとしても)理不尽な目に合わせかけた事にぷんすこしてます。少なくとも精神的には四桁は生きてるエノクさんからしたらNRC生徒全員まだまだ子供みたいなものですし、あの「やらかす=死ね」である都市の基準からしたら爪消し飛ばす程度はまだ軽い注意みたいな物だと思うんですよね。少なくとも殺す気は更々ありません。やさしいやさしい()。


それはそうと話は逸れますが、Limbus Companyのエイプリルフールヤバかったですね。アークナイツや某馬娘……娘?のパロディするとは、なんともユーモアで溢れてますね。もしかしたら囚人がNRC生徒や教師だったりする世界もあるんですかね。取り敢えずシンクレアくんは監督生ポジにおさまって欲しいです。

RSA?都市生まれであそこに入れるのカルメン位では?

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