掃除屋達の活動時間が終わり、朝を迎える。エノクとリサは依頼を承諾した便利屋の後を着いていく。
辺りは崩壊した建物の残骸や都市から流れて来たであろう大量のゴミが散らばっている。血痕が有るものの肝心の死体は見当たらないため、恐らく掃除屋による襲撃があったのだろう。
「相変わらずひどいね。」
「………裏路地でもかなりの被害がある。隠れる場所すら見つけにくい上、化物が蔓延る外郭で安全な場所なんてあるわけ無い。何よりこれがここの日常だろう?」
エノクが周りを見回しポツリと呟いた言葉に便利屋が反応した。至極当然の事を告げ、振り向きもせず進み続ける。
「そもそも、あの都市の中も信用に値する物はほとんど無い。信じられるとしたらそれは己だけだ。」
「随分とネガティブな事言うのね。」
「伊達に便利屋をやっていない。場所によってはそこにいるだけで命を吸われる事もあるからな。」
「どこもかしこもそんな感じですか?」
「少なくとも「ここよりマシ」という位だ。秩序なく蹂躙されて死ぬより飼い殺されて管理されてでも生きる方が救いがある。お前らは違うのか?」
「さぁ?よく分かりませんね。」
一切休むことなく歩き続ける一行。三人とも疲れや息ぎれの予兆は見られない。しばらく無言の時間が続いたが、やがて便利屋の方から口を開く。
「一つ聞きたい事がある。」
「?何でしょうか。」
「お前らは何だ。少なくとも人間ではないだろう?」
その言葉と共に便利屋が立ち止まって振り返る。警戒はひしひしと感じられるものの、敵意は無く事を構える様子はない。
エノクとリサは一切表情を変えずに立ち止まった。
「……それはどういった意味でしょう?」
「分かっているはずだ。隠す気も無かっただろう。」
「お答えしてもいいのですが、そもそも何故そのような事をお聞きになったんです?薮蛇をわざわざ呼び立てるような方でもないでしょうに。」
「単純なる興味だ。情報の分かってない依頼主ほど信用出来ない物は早々無いからな」
肩をすくめながらエノクの質問に答える便利屋。立て続けに二人に対して問いかけを始める。
「大前提として、その異常なまでの強さからしておかしい。」
「何よ、文句あるの?」
「いいや、お前らは今何歳だ?」
「そうね……詳しくは分かんないけど恐らく10歳ぐらいじゃない?見た目もそれぐらいだし。」
「そこだ。」
顎に手を当て考えながら答えたリサに対して便利屋が指をさす。
「明らかに
便利屋は確かめるように言葉を並べるが、エノクは後ろで手を組みニコニコと笑ったまま、リサは腕を組み片足に体重を預けて黙っている。そこに焦り等はなく、ただ凪いだ目で便利屋を見つめていた。それは何かを品定めしているようだった。
「………なんだ、何か言いたいことでもあるのか?」
「いいえ?どうぞ続けてください。」
二人の視線の変化に少々たじろぐ便利屋だったが、気を取り直して考察を話し出す。
「……続けるぞ。」
「早くしなさい。」
「……まぁ強さについてはいくらでもどうにかなる方法がある。」
「ではどうしてそのような事を「目だ。」……へぇ?」
エノクの言葉に被せるように便利屋が言葉を放つ。
「完全に掃除屋どもを獲物として見ていただろう?外郭にいる……いや、この都市周辺に住んでる奴らなら大抵警戒か恐れるはずの奴らをそんな目で見つめる子供がただの人間な訳ないだろうよ。それに………。」
「「それに?」」
今も俺を殺そうとしてるだろ?
「……………………。」
「まぁわざとだろうが、いい加減その殺気を納めろ。思わずこれで殴ってしまいそうだ。まるで俺が今まで殺してきた
「………獣ですか。」
「あぁ、お前らが獲物であれば特上の物を落とす獣だろうよ。」
そう言って便利屋は手に持った奇妙なハンマーを肩に担ぐ。エノクとリサはその言葉にピクリと反応した
「……………探求心や好奇心が強い人なんですね。」
「じゃなかったら
「……僕らの事を探ろうとするのも?」
「さっきも言ったが単純なる好奇心だ。」
「そうですか………………。」
「さっさと話して欲しいもんだな、お前らがどんな秘密を隠し持っているかをッ!?」
次の瞬間、便利屋目掛けて数本の投げナイフが飛んでくる。それを察知した便利屋はハンマーを振り回し弾いて行き、全てを処理し終えた。そうして便利屋はナイフを投げてきた元凶……リサに目線を向け睨み付ける。
「………一体何のつもりだ。」
「あら、分からない?」
「あぁ心当たりはある。恐らく俺の質問がお前の何かに触れたんだろうな。」
「私だけなはずないじゃない。」
「何?………あいつはッ!?」
便利屋が何かに気がつく。辺りを見回すがそこにエノクはいない。忽然と姿を消してしまっていた。
「チッ、どこに「ここですよ?」グオッ!?」
突如エノクが現れ、便利屋に全力で足払いをかける。その華奢なはずの足は容易く便利屋の足を弾き、便利屋を地面に転がした。その隙を見逃さず、便利屋の腕を足で押さえつけ獣狩の短銃とノコギリ鉈を便利屋の頭と首にに突きつける。
「何をッ「そうですね、秘密とは甘いものです。」」
ニコニコと笑うエノクの目は一切の感情が読み取れない。いつの間にか隣にいたリサも冷たい目でエヴェリンを構えている。
「貴方の行動を非難するつもりはありません。僕らも秘密を暴いてきた側なので。」
「だったらさっさと離せ。」
「そうしたいのは山々なんですが、ちゃんと訂正しておきたい部分がありまして………先程僕らの事を獣と言いましたか?」
「………あぁ。」
「あはは
笑えない冗談だなぁ。」
「ッ!?」
先程とは比べ物にならないほど濃密な殺気が便利屋を襲う。
「いいかい?僕らは狩人、狩る側なんだ。
「なにをそこまで「返事は?」…………………………………………分かった。」
便利屋が降参したかのように声をもらすと、エノクは短銃を突きつけたままゆっくりと足を退かす。解放された便利屋は両手を上げ、抵抗の意志が無いことをアピールしながら話しかける。
「……何故そこまで獣であることを拒んで狩人であろうとする?」
「獣になった者の末路を見続けたからですよ。狂ってしまっても死ねぬ者達の成れの果て、悪夢で苦しみ続ける
「少なくとも、ここに私達が救う相手はいないけど。元凶殺して終わらせたから。」
エノクは優しい声で話し、リサはぶっきらぼうに言葉を告げる。いつの間にか銃はおろされていた。立ち上がり埃をはらった便利屋は皮肉げに話し始める。
「はっ、何とも崇高な信念だな。狩人、狩人か。最早人間かどうかも怪しいお前らがか?確かにお前らは獣じゃないらしいがもっとヤバい別物だろう。」
「ええ、そうよ。私達も自分を人間だなんて思ってないわ。あくまで人間の形をした何かよ。あの悪夢で月の魔物を狩った時からね。」
「ほう?随分あっさりと認めるのだな。」
「事実をねじ曲げても仕方ないじゃない。獣になったら今まで狩った人に顔向け出来ないだけよ。」
しばらく睨み合っていたが、やがて面倒になったのか便利屋は二人に背を向ける。
「さっさと行くぞ。」
「あら、追及はもういいの?」
「お前ら相手に腹の探り合いなどやってられん。今ここに向かっている化物を相手取る方が楽だ。」
そう言って便利屋は右腕に着けたパイルハンマーの様子を確認すると、そのままパイルハンマーの刃を発射形態に変化させた。
「こいつの試運転も兼ねている。」
複数の影がかなりのスピードで外郭上空を旋回している。よくよく見ると羽ばたく様子が分かるため、少なくとも生物ではあるのだろう。全身が黒い羽で覆われており、幾つもの瞳が白く輝いている。
ギェァー ギェァー
空を舞う大烏達の目線の先には三人の人間が無防備に立っている。何かを話し込んでいる様子のため、烏達は絶好のチャンスだと思っているらしい。しばらくして、痺れを切らした烏の一匹が三人へと突っ込んで行った。
「ギェァーッ!」
「フンッ!」
バキィッ!!
「アギャッ!?」
上空から降るように下ってきた大烏に合わせるように便利屋がハンマーを振るう。いなしきれなかった大烏はそのままもろに一撃を喰らい、そのまま近くの瓦礫へと殴り飛ばされ、壁を破壊したところで地面と衝突した。脳を揺らしたのか少しふらついているが外傷はあまり見られず、少ししたら持ち直して殴ってきた便利屋の方を憎々しげに睨み付けた。その目にはありありと怒りが浮かんでいた。便利屋は油断せずハンマーを構えている。
「…………こい。」
「グルガァッ!!」
「ッ!」
挑発された烏が便利屋へと踊りかかる。脚の爪による切り裂きを喰らわそうとするものの、便利屋はハンマーの柄を使って上手く防ぐ。しかし、その時にとてつもない力の脚でハンマーの柄を掴まれてしまい、振りほどけなくなってしまった。
「チィッ!面倒くさいッ!」
「ギェガッ!」
「ッ!?クソッ!」
舌打ちをし、右手をハンマーから離した便利屋の頭に目掛けて嘴を突き刺そうとする大烏。その頭の中では「勝ったッ!」という思いが駆け巡る。
「バーカ。」
しかし次の瞬間その思考を行う大烏の頭が文字通り吹き飛ばされてしまう。クロスカウンターの要領で打ち出されたパイルハンマーは見事に役目を果たしたようだった。反動によって腕に痛みを感じる便利屋だったが、今の攻撃力を見てマスクの中で笑みを浮かべる。
「最初は火力特化の当てずらい切り札みたいなものだと思ったが……なるほど中々侮れない。少なくともこのハンマーとの区別は十分出来そうだな。」
外郭遠征の思わぬ成果に満足げな感想を漏らす便利屋、残りも片付けてしまおうと後ろの二人の方へ振り向く。
「墜ちろこの糞ボケ烏どもがぁッ!」
ダララララララララララララララララララララララララララララララ
「ははッ、ニガサナイヨ?」
ドォンッ ドォンッ ドォンッ
そして目の前で行われている狂気的な行動に固まる。リサは怒りを前面に出してどこからか出したガトリング銃を上空の大烏達目掛けて乱射し、エノクは狂ったように笑いながら逃れようとする大烏を片っ端から教会砲で撃ち落としていた。その光景を見た便利屋は暫くの間動けなかった。
「あーすっきりした。」
「おい、狩りは弔いじゃなかったのか?どう見ても蹂躙だったぞ。」
「獣じゃないわ害獣よ。」
「……………烏に恨みでもあるのか?」
「アイリーンさん以外恨みしかない。」
エノクとリサは「狩人であること」に強いこだわりを持っています。獣は救済するべき相手であり、自分達が絶対に辿り着いてはいけない場所という認識です。別に狂う事に否定的な訳では無いんですよね。それが救いになるのなら。
リサは獣(けもの)ではなくても獣(意味深)にはなりますし。