今回は一つ目の依頼場所です。金儲けの話が大好きな社長とその部下が出ます。
それでは、どうぞ。
「さて、じゃあ改めて確認しましょ。」
暫く揃ってソファに座ってすやぴこ眠っていた三人が目を覚まし、そのまま依頼書を眺め始めた。
「えっと?「荷物の運搬」に「護衛」………「素材調達」?」
「どうせろくでもないもんじゃないでしょ。」
「後は…「書類の輸送」…何処かから預かって来るのかな?依頼者の名前も一応あるけど……。」
「殆ど組織の名前か偽名じゃない。ほら、この杖事務所とか隠す気もないし。」
一枚一枚確認していく二人だったが、ヤーナムに長くいたせいなのか、あまり依頼という制度に馴染みが無いようだ。不思議そうな顔をしながらも整理していく二人だったが、ふと香ばしい香りに思わず手を止める。そちらの方向を見ると、"人形"が二人分のティーセットをトレーに乗せて運んで来ていた。
「狩人様方、目覚ましの紅茶はいかがですか?」
「ありがとう人形さん。」
「ありがたくいただくわ。」
"人形"の気遣いに顔を綻ばせる二人。そのまま"人形"から渡された紅茶を飲んで一息ついてから、再び二人は書類に向き直る。
「ま、良いわ。まず近い所からしましょ。」
「って言うわけでやって来たわけなんだけど。」
「随分とお洒落なんだね。」
狩人の夢から裏路地に戻って来たエノクとリサは早速依頼の指定場所である杖事務所の前に来ていた。周りの建物もモダンな雰囲気が漂っており、出発地点であるハナ協会付近とは全く違っていた。
「2つ区を跨いだだけなのにかなり変化するのね。」
「えーっとなになに………「それぞれの区ごとに一つの翼が管轄となっており、その技術が街並みに影響を与える。」だってさ。」
「ふーん…ま、どうでもいいわ。さっさと仕事を終わらせるわよ。」
杖事務所内、大きいデスクで書類整理をしていた頭がモニターになっている男が一度伸びをする。
「いやはや、やはり書類仕事というのは疲れますね。デスクに縛り付けられて紙とにらめっこなど、やってられません。やはりここは、一度お茶でもして心を安らげなくてはいけませんね。」
そう言っておどけている男に対し、近くにいた黒髪を刈り上げた青年がため息をつきながら話しかけた。
「……社長、貴方お茶飲めませんよね?」
「おっとそうでした、これは失敬。」
モニターにニコニコとした顔文字を表示させ、腕を組む社長と呼ばれた男…ネモはそのまま目の前の青年…バダに用件を告げる。
「ところでバダさん、頼んでいた仕事は終わりましたか?」
「ええ、滞りなく。こちらが報告書です。」
「ふむ……確かに受け取りました。あとは協会からの使いを待つだけですね。」
「協会?ハナ協会ですか?」
「おや、伝えてませんでしたか?この依頼、ハナ協会から直々に来た任務ですよ。なんでも最近、妙な物が流行っていると言うことでしてねその噂の調査が目的だったのですよ。」
「………俺は何処かの組織としか聞いてないのですが?」
「いやですねぇバダさん、ハナ協会だってれっきとした
(ぶん殴りてぇ……。)
右手でアイドルのようにキラッ☆ミ、のポーズをするネモに対して額に青筋を浮かべるバダだったが、相手は仮にも自分の所属する事務所のトップであるため静かに振り上げようとした拳を押し留めた。
「それで、何か分かったことはありましたか?」
「……ここ最近、奇妙や病が所々で発症しているという話が聞けたぐらいで特に他に収穫はありません。」
「成る程、確かに気になりますね。」
「………只今戻りました。」
ネモとバダが話している最中、新たに一人会話に参加してきた。二人がそちらを見ると、顔を覆うほどの長い黒髪の女性が歩いて来ていた。
「あ、こんにちはマルティナ。」
「おお、マルティナさん丁度良かったです。」
「丁度良かった?……取り敢えず……報告書を…。」
「ありがとうございます。」
そう言ってマルティナは一枚の書類をネモに渡す。それを覗き見たバダは少し顔をしかめる。そこには血が飛び散った凄惨な現場の写真が添付されていた。
「なんですかこれ……。」
「ここら辺であった暴力事件…………調査結果………。」
「被害者の家族からの依頼でしてね、どうやら私達の出る幕は無さそうですけど!」
「?何故ですか?」
「加害者が死亡してるからですよ!その日暮らしの者が目立ちすぎた結果でしょうね!」
「痕跡……黒雲組の組員を確認……下手に関わると飛び火する。」
マルティナの言葉を聞いたネモは本来なら顎であろう部分に手を当てながらマルティナから渡された報告書に目を通している。モニターに映る顔文字も何か悩んでいるようだった。
「やはりですか、まぁもう終わった事は止しましょう。マルティナさん、最近妙な噂を聞いたりしてませんか?」
「噂?………特にはありません。」
「そうですか…もう少し情報が集まれば楽なんですけどね。他の職員にも聞いたのですが、大体が似たようなものな上信憑性が無いんですよ。」
「そうなんですか。」
「取り敢えず、これで仕事は一旦終わりですね。次の依頼は午後からなのでそれまでゆっくりしてもらっても大丈夫ですよ。」
その最中、事務所の事務員からネモに声がかかる。
「お話の途中すいません所長、ハナ協会からのお客様がお見えになっています。」
「おやそうですか、通して下さってかまいませんよ。」
事務員はそのままその場を立ち去る。残った三人は会話を続け始めた。
「案外速かったですね!」
「もしやこの依頼の?」
「そうでしょうね。つまるところハナ協会からの使者ですよ。恐らく事務所に所属しないフィクサーですしょうね。いやぁ!どんな方でしょうか!あわよくば金儲けに繋がるような方がいいですねぇ!」
「………相変わらず。」
「金の亡者ですね。」
そんな会話をしていると彼らのいる部屋の扉からノックが聞こえる。慌てて佇まいを直すネモだった。
「どうぞお入り下さい。」
「失礼します。」
(おや?大分幼い声の方ですね?)
扉の向こうから聞こえて来た声に疑問が残るネモだったが、扉が開く音で一度その疑問を横に置いた。扉が開ききった所でネモは入って来た人物に声をかけようとする。
「わざわざお越しくださりありがとうございます!本日のご用件はこちらの書類の受け渡しで……?」
話しかけようとしたが、彼が予想していた場所に人は見えない。少し動揺しているネモにマルティナが話しかける。
「社長………もうちょっと下。」
「下?」
マルティナの指摘によりネモは義体のカメラを少し下に向けると、困ったように笑うエノクと怪訝な顔をするリサがいた。
「どうも、ハナ協会から参りました。新人(?)のエノクです。」
「リサと申します。」
「………………子供?」
礼儀正しく礼をするエノクとリサに呆気に取られる三人だった。
「いやはや申し訳ありませんねぇ!」
「構いませんよ、子供であるならこういうのは良くあることですから。」
所変わって応接室、向かい合うネモとエノク、リサ。ネモの後ろにはバダとマルティナが控えている。
「いえいえ、その歳でもう礼儀が身についている事を考えるとかなり将来が楽しみですよ。」
「はは、ありがとうございます。」
「さて、本題に入りますね。こちら、依頼されていた書類です。」
「はい、確かに預かりました。」
差し出された封筒を受け取るエノク。この時点でこの場所にいる理由が無くなった二人だったが、向かい側に座るネモはまだ話があるようだ。
「ところでお二人にお聞きしたいことがあるのですが……。」
「なんですか?」
「貴方達が身に纏っている衣服についてですよ。ここら辺でそのような趣向の物は見かけたことがありませんからね!どのような経緯で手に入れたのか私は気になります!」
「そうは言われても……お世話になってる子達に仕立て直してもらった拾い物ですから。」
「ほう?どんな方なんですか?その服を見る限り、かなりの腕前のようですね。」
ネモのモニターに疑問符が映し出される。仕草もいかにも考えていると言わんばかりのものでエノクの話の続きを待っている。それを見たエノクは話を続けた。
「特殊な子達なのでネモさんには紹介できないですよ?」
「おや、それまたどうしてでしょう?」
「正しくは紹介しようとしても出来ないので…。」
「意味が無いのですか?それまた何故。」
ネモは疑問を隠そうともしない。後ろに控えているバダとマルティナも若干怪訝な顔をしている。どう説明したもんかと頬を掻いているエノクの様子を見てリサがフォローに入った。
「資格……というか素質がある人にしか関わって来ないの。」
そう言ってリサはテーブルに置かれたまま放置され、冷めている紅茶を指差す。
「どう?この紅茶の上に何か見える?」
「いいえ!全くですね!お二人はいかがですか?」
「………ただの……紅茶。」
「………この質問に何の意図があるのか解りませんが、俺にはただティーカップに入った紅茶にしか見えません。」
「そういう事。きっかけがなければ認識も出来ない存在だから探すだけ無駄よ。」
その言葉に首をかしげる三人の視界には、ティーカップに入った紅茶しか見えない。しかしリサとエノクは悟られぬようにティーカップを見ると、胸中で苦笑いをした。
(遊んでるよね………。)
(向こうに見えてないことをいいことにふざけてるのよ。)
二人の視界にはティーカップの上に渦巻く霧から使者が一人出ている姿が写っていた。使者は頭に中身がくりぬかれたカボチャを被っており、何処かの異世界で流行っていそうな踊りをしている。
「もしや、ここにいるのですか?」
「ええ、私達からはしっかりと見えてるわ。」
ブンブンブンブンクネクネクネクネ
((いつまで踊ってるんだろ。))
「ふむ、ここで雇ってそういう系統の仕事をさせたら稼げると思ったんですけどねぇ。」
とてもならない言葉をもう一度描きそうなダンスをする使者の前で、残念そうに首を横にふるネモ。モニターにも(´・_・`)といった顔文字が表示されている。
「そろそろ届けに帰りますね。」
「おや、もうそんな時間が経ってましたか。せっかくならお食事でもいかがですか?」
時計を見ると、二人が杖事務所に来た時から二時間が経過し12時半になっていた。
「………貴方食事できるの?」
「失礼ですね!義体用の脳髄液を摂取するのは食事に含まれ無いというのですか!」
「含まれないでしょう社長。」
「ひどいッ!」
ぷんすこと怒るネモに後ろのバダから突っ込みが入る。子供相手に訳のわからない事を言っている事に対する呆れを含んだその言葉に、ネモは泣き真似をし始める。モニターもorzになっていた。それに向ける部下2人の目は明らかに
((めんどくさッ……。))
と言う感情を表していた。マルティナはネモを無視して動き出し、そのまま扉に手をかけて開ける。そこで振り向いたマルティナはエノクとリサに手招きする。
「………軽食でいいなら……奢る。」
「いいんですか?」
「……子供に払わせる気はない。」
「なら、ありがたく頂くわ。」
そのまま二人を連れてマルティナは外に向かった。バダも無言で三人の後を追ってそそくさと出ていったためネモは一人、応接室に残された。
「…………………ほっとかないでくださいよぉ!」
そのまま叫びながら出ていくネモだった。
エノクとリサは狩人なので使者達を認識できますが、狩人の素質が無い、又は啓蒙が低いと使者達を認識出来ません。純粋な人間であるバダとマルティナなら可能性はありますが、義体であるネモは景色を認識する際にカメラという人工物を通しているので、使者達と言ったような幻影みたいな存在とは相性が悪いです。
この日の二人の衣服は、なめられないようにするという目的で狩装束を纏っています。エノクは狩人シリーズの頭以外、リサは鴉羽シリーズの頭以外です。武器は表向き目立たないようにしまってます。