それでは、どうぞ。
杖事務所を出で数分後、エノクとリサはマルティナに連れられて近くの店に入る。清潔で落ち着いた雰囲気の喫茶店だった。エノクとリサが物珍しそうに周りを見回す中、マルティナはそのまま店内を進み、テーブル席に腰かける。
「…………座らないの?」
「あ、いえ、こういった場所はあまり来たこと無かったもので。」
「じゃ、私はここ。ほら、エノクも。」
「分かってるよ、リサ。」
マルティナに呼ばれてそそくさと移動した2人はマルティナの向かい側の席に座る。
「………私の良く来る店。」
「へぇ、そうなの。」
「………喧しいことも無いから………ゆっくり出来る。」
そう言ってマルティナは店員に声をかける。呼ばれて近づいてきた店員の頭は人間と言うには遠い機械だった。
「ご注文はいかがなさいますか?」
「私はサンドイッチとコーヒー………………二人は?」
「そうだなぁ………何かオススメはありますか?」
「そうですね、オムライスなんていかがでしょう。他にもナポリタン等もありますよ。」
「でしたら僕はナポリタンでお願いします。」
「私はオムライス。」
「かしこまりました。」
そう言って店員は厨房の方へ向かって行った。マルティナは少しリラックスした様子でいつの間にか置かれていた水を飲んでいる。しばらく待っていると、誰かが店内ぬ入って来る音がした。
「やっぱりここに居ましたかマルティナ。」
「………社長は?」
「ここに居ますよ!」
歩いて来たのはバダだった。後ろにはモニターにニコニコとした顔文字を表示させたネモがいた。
「………………チッ。」
「ひどく無いですか?」
「バダはともかく…………社長……うるさい。」
「ひどいッ!」
「店内で騒がないで下さいよ社長。」
呆れた様子のバダと悲しむ動作をするネモはすぐ近くのカウンター席に座る。その後、二人も注文したところでマルティナがエノクとリサに話を切り出した。
「そういえば…………どこの生まれ?」
「おや、それは私も気になりますねぇ。」
ネモもこちらの会話に参加してきた。無言のままではあるが、バダも聞き耳を立てている。
「出身と言われても……外郭としか。」
「そうなんですか?てっきり、昔から教育を受けてきたかと思っていたので少し以外ですねぇ。」
「まぁ育った環境が特殊だったからとしか言いようが無いんだけと…………一応聞いて置くけどヤーナムって街聞いたことある?」
「いいえ?これっぽっちも。お二人はいかがですか?」
「………無い。」
「自分も無いです。」
「かなり長い間そこにいたのよ。礼節とか、言動とか、その街にいた時に身に付けたわ。」
「身に付けたというよりいつの間にか勝手に身に付いていたと言った方が正しいかもしれませんが。」
二人の頭の中によぎるのは血塗られた歴史とその影が残る城の主だ。血族と呼ばれた者達の女王、死なないが故に処刑隊の長に封じ込められた不死者、一時は主として慕っていた人であるアンナリーゼは二人にとってかなり友好的な人物だった。
「一時期、とある女王に仕えていた頃があってその際に色々とやらされてましたから。」
「なんとも奇妙な経歴をお持ちですねぇ。俄然興味が湧いてきましたよ。」
クツクツと笑うように体を揺らすネモ。そこで先程の店員が注文した料理を運んで来た。
「お待たせしました、ごゆっくりどうぞ。」
そのまますたすたと歩いて行った店員をよそに、エノクとリサは目の前に置かれたオムライスとナポリタンを食べ始める。
「美味い。」
「最近はまともな料理食べれるようになったけど昔は散々だったからね。時折舌が麻痺しそうだよ。」
「…元々外郭暮らしだったもんな。」
「一時期は外郭とは別の所に居ましたけど、まともな料理なんて殆ど無いも同然でしたから。」
顔を年相応に綻ばせる二人に若干ほっこりしてる杖事務所の三人だった。しばらくしてマルティナとバダも料理を食べ始め、ネモも義体専用の脳髄液を首のプラグから摂取し始めた。
「やっぱ義体だと料理は食べられ無いのね。」
「ええ、あくまでも機械なので。料理をエネルギーに変える技術などがあればまた別なのでしょうが、人に近づくので頭の出してる人工知能の倫理改正案に引っ掛かりそうなんですよね。」
「人工知能の倫理改正案?」
「ええ、ご存じないですか?」
「ごくごく最近なのよ外郭からこっちに来たの。」
体で自分が理解していないことを表現したリサはそのままオムライスを口に運び入れる。もう半分無くなっていた。
「頭は流石に分かりますね?」
「確かこの都市を牛耳ってる方々でしたっけ。」
「その通りです。」
ネモは自分のモニターに資料を表示させる。
「その頭が定めているいくつかのタブー、それが人工知能の倫理改正案です。ざっくり言ってしまえば「人間を模した機械生命体や義体の製作の禁止」ですね。他にも銃器類製作ガイドもありますよ。」
「へぇ、そうなんですか。」
「覚えておいて損は無いですよ。私達は事務所同士の契約を公明にする仕事をしているので法関係は覚えてるだけですが、破ったら最悪頭の殺害リスト入りですからねぇ。」
「肝に命じておくわ。」
そんな会話をしているとまた一人、店に入ってくる音がした。その人物は席を選ぶため辺りを見回しているとマルティナを見つける。
「あ!マルティナさーん!」
「?………ダロク。」
女子らしい可愛い声を出しながらマルティナに近づく人物……ダロク。服装こそお洒落な白とピンクのジャンパーだが、その頭は複数のカメラやモニターで形成されていた。明らかに普通の人間とは程遠い。
「あ、バダ君にネモさんもいる!こんにちは!」
「あ、どうも。」
「おやおやダロクさん、お元気そうでなによりです!」
一通り挨拶をしたダロクはすぐにエノクとリサの存在に気がつく。その様子はとても興味津々で、かなり近くまで迫っていた。
「え~何々?この可愛い子達は誰~?誘拐?」
「…人聞きの悪い………。」
「失礼ですね!その子達はちゃんとしたフィクサーですよ!」
「まだ見習いよ。」
興奮しているダロクとは対照的にリサは平然と返事をしている。エノクに至ってはガン無視してナポリタンを頬張っていた。
「ふーん、面白い子達だね!」
「?どこがよ。」
「だって、私の頭を見ても驚くどころか眉一つ動かさずにスルーしたから。普通の子供だったら目をまん丸にしてるところだよ?」
「昔はもっとえげつないのを毎日のように見てましたから、今更頭がカメラになっている位では驚きませんよ。」
「そうそう、強いて言うならファッションセンスが良い位しか思わないわよ。」
「わ~ありがと~!……ところでそのえげつないのって?」
ダロクの質問に対して既にナポリタンを食べ終えたエノクは口を紙で拭いた後、にっこりと笑う。
「聞きたいですか?」
「なんか嫌な予感するから止めとく~。店員さーん!ココア風味の脳髄液一つ下さーい!」
「……そういえば、脳髄液を摂取するのは何でなの?」
リサがオムライスを頬張りながら質問するとマルティナの隣に座ったダロクは顎の辺りに人差し指を置いて考えながら話し始めた。
「ん~普通の人の食事とあんま変わらないと思うよ?要は燃料だし。」
「ふーん………脳に瞳を得るとかそんなんじゃないのね。」
「何がどうなったらそんな結論が出るんです?」
「脳髄液……というか脳液を啜ってそのまま自分が望んだ物を手に入れようとした女の子がいたから。」
いきなりぶっ飛んだ内容になったことに思わず突っ込むバダだったが、話している当人は簡潔に答え、何事も無かったかのように話を続ける。
「最終的に自分の脳液啜って死んじゃったけど。」
「最早人かどうかも分かんないレベルだったからね。」
「それはそれは……なんと言うか非人道的な香りがしますねぇ。金儲けには?」
「転用出来るわけないじゃない。治療の失敗でそうなってるわけだし、何より何にも得が無いわ。」
「あんな狂った空間作るって言うなら僕らは貴方を殺さなくちゃいけなくなるんで止めてください。」
「流石に冗談ですよ!ね、お二人共?」
「「…………………。」」スッ
「目を反らさないで下さいます?」
金儲けという単語が聞こえた時点で自分達の長を全く信用していないバダとマルティナだった。そんな茶番は放っておいてダロクは再びリサとエノクに話しかける。
「ねぇ、もしかしてさっき言ってたえげつないのってそれに関係してる?」
「まぁもっとヤバいのは別にありますが、無関係では無いですよ。」
「へぇ………どんな感じ?」
「頭が異常なまでに肥大化して最早肉塊のようになった感じよ。しかもそれが常に蠢いてる。」
「うぇ…気持ち悪~。」
「それに加えて半分以上が狂乱状態でこちらに殴りかかってきますし、まともな会話なんてものはほんの一部でしか出来ませんでした。………すいません、ご飯の時間に話す内容じゃなかったですよね。」
「いいのいいの気にしないで!尋ねたのは私からなんだから。」
申し訳なさそうに笑うエノクにサムズアップするダロク。隣のマルティナも特に気にした様子もなくサンドイッチを腹の中に入れていた。
「……そういえば…………何でここに?」
「あ、ヤバッ忘れてた。ネモさーん!アロクからお届け物でーす。」
「おや、この前頼んだ案件が終わったのでしょうか。」
そう言ってネモはダロクから一つの封筒を受け取り、中を確認する。しばらく無言で内容を確認していたが、やがてモニターにニコニコとした表情を映し出す。
「ありがとうございました!確かに受け取ったとアロクさんにお伝え下さい!」
「了解しました~。」
「それじゃあそろそろ僕らも帰りますね。ご馳走さまでした。」
ダロクがビシッとサムズアップしている横でエノクとリサが椅子から立ち上がる。その顔は満足げだ。
「あ、そうだ。お礼代わりにこれあげる。」
そう言ってリサは虚空から一つの布袋を取り出すとマルティナに投げ渡した。苦もなく受け取ったマルティナが中身を確認すると、中には大量の輝く硬貨が入っていた。
「使える訳でもないから完全に記念品みたいな感じだけど、売ったら多少なりとも金にはなると思うわ。」
「うん………ありがとう。」
嬉しそうな雰囲気のマルティナの隣から袋の中身を覗き込んだバダは若干驚いた様子でリサに問いかける。
「なぜこんな量を?」
「何処にでも落ちてたけど使える機会が一切無かったかから貯まる一方だったのよ。それも千分の一にも満たない量だし。」
「まだあるんですか………。」
「あの時のヤーナムで金銭は落として道標にした方が有効な位に価値が無かったか物ですから。」
「なんと!?」
お金が大好きなネモがモニターに!?と表示しながら信じられないような声を出している。その様子を見てエノクは困ったように笑いながら
「僕らみたいな余所者を歓迎してる様子が一切無かったですし、そもそも街の人間は大抵狂って獣のようになってます。そんな所で商売が成り立つはずも無いでしょう?」
「むぅ、そんな所に行きたくはないですねぇ。」
「行くも何も、もうないですよ。僕らが終わらせましたから、残っているのは誰もいない街だけです。」
その言葉に固まる一同をよそに、エノクとリサはさっさと店を出てしまう。
「依頼はしっかりと遂行するのでご安心ください!」
「また会えたら会いましょう、それじゃ!」
二人は一度振り返ってニッと笑い手を振りながらそのまま去って行った。呆然とするバダとマルティナ、ダロクをよそにネモは手を振り返していた。
「いやはや、なんともキャラが濃い子達でしたねぇ。一切嘘を言っている様子が無かったのが一番怖いですけど、面白い話も聞けましたし中々良い縁に恵まれましたねぇ。」
そう言ってネモはプラグから脳髄液を摂取した。
「一つ目終ーわりっと………次どうする?」
「そうだね……これなんてどうだい?」
杖事務所の面々と別れた後、ハナ協会の支部に書類を届け終えた二人は適当な所に腰かけて依頼書を確認していた。
「これ………あの素材の調達の依頼じゃない。」
「少し遠いけど、色んな所を早く見てみたいからね。」
「ん~……はぁ、まぁエノクがそう言うなら…。」
「で?場所は何処?」
「えーっと……23区だって。」
今更ですが、ブラボとプロムンって似通ってる所多いと思うんですよ。外に出ること自体が危険だったり、人さらいとが横行してたり、上の組織が大抵ヤバかったりろくでもないのは確かですね。
マルティナとバダはLibrary of Ruinaではそれぞれ1級と2級のフィクサーですが、この話の時はまだ3~5段階ほど下の階級です。ネモは1級ですね。改めて調べるとかなりの戦力を抱えてるなぁ…と思いましたが、よくよく考えると事務所の主な仕事が事務所の契約云々を公明にするという特別な立場なので納得出来るんですよね。