「へぇ、そんな文化があるんですか。」
「僕らも詳しくは知らないんだけどね。祭りとかは無縁な場所で育ったから。」
「職員の半分位は似たようなものですよ。」
自然科学の階の一角、休憩スペースにてティファレトと司書補達がお茶をしている。テーブルの中央には色とりどりのお菓子が幾つものケーキスタンドに並んでいる。
「で?全員何か案は無いの?」
「「「…………。」」」
「あまり馴染みのある催しでは無いですから、いきなりイベントと言われても考えがすぐに浮かぶことはないですよ。」
「それもそうね……。」
リサが司書補達に問いかけるがよい返事は返ってこない。理由は本人も分かっているため強く言うことも出来ず、ため息をつきながらケーキを頬張った。隣に座るエノクも苦笑いしながら紅茶を飲む。するとそこに一つの影が近づいて来た。
「狩人様方、お手紙が届いておりますよ。」
「手紙?誰から来たのか分かる?」
「アルフレート様からです。内容は見ていないので分かりません。」
「へぇ、何かの用事かな。」
エノクはしずしずと歩いてきた"人形"から手紙を受けとると虚空から出したペーパーナイフで開封する。そうして内容を確認すると、少し笑いを堪えるような表情になった。
「どうしたの?」
「いや、最近狩人の夢に訪れる事も無かったからどうしたのかなとは思ってたけど……まさか異世界に行ってるとは思わなかったなぁ。」
「はぁ?」
エノクの漏らした言葉にリサは思わず反応する。周りの司書補達はその人物を知らないため揃って首をかしげているが、知り合いが突如「異世界にいる」という知らせを受けた二人は驚きと笑いが隠せない。
「いやだって一番最初の文が
「お元気ですか?私は今、何が原因か知りませんがグンマーという土地にいます。」
だったから。いやぁ、召還されるとかは良くあったけどあくまでもあの街の中での話だったからなぁ。」
「いや何してんのよあのキチガイ三角師匠バカ。」
愉快そうに笑うエノクはさらに話を続ける。
「まぁ、大丈夫じゃない?こうやって手紙も届いてるんだしね。」
「どうやって届けたのか気になるところだけど………まぁグンマーがとんでもない魔境なんでしょ。それこそあの漁村みたいに。」
「あの……そろそろ話に着いていけなくなってる方が何人もいるのでそこら辺で止めて頂けませんか?」
おずおずと手を上げる青年……フルートが二人に声をかける。エノクとリサが視線を手紙から戻して周りを見ると、全員が首をかしげていたり頭から煙を出していたり、ガン無視してケーキを頬張っていたりと中々カオスな事になっていた。良く見るとリボンを着けた使者達もテーブルの端でケーキやクッキーを頬張っている。それを見てエノクはクスリと笑う。
「あぁ、そうだね、話を戻そうか。」
「えぇ、そうですとも。」
その直後、エノクとリサの間から手が伸びてクッキーを一つ摘まんだ。視界の端でその腕がスーツを纏っている事を確認したリサはうげっ、と言わんばかりの表情をする。しかし当の本人は気にすること無く口まで運び、顔に着けた仮面に阻まれた。
「おっと、着けていたのを忘れていました。では改めて…………ふむ!中々良い品ではありませんか!」
「お褒めいただきありがとうございます。それで、本日はどのような用事でいらしたのですか、
オズワルドさん?」
「いえ、単純に遊びに来ただけですよエノクさん?ちゃんと管理人殿には話を通してあるのでご安心を。」
「あぁ、恐らく管理人さん押しに負けたんだろうなぁ。館長にどやされてないといいけど。」
「本当なら、お二人の義理のご両親にもお土産でも渡そうかと思っておりましたが……なにやらお取り込み中でしたのでお二人にお渡ししておきますね。」
「お取り込み中?………母さんってば、また夜にもなっていないのに襲いかかったのかしら。」
リサがため息をつきながらオズワルドの渡して来た紙袋の中身を見ると、そこにはなにやらチョコ菓子らしき物の箱があった。上には「8時のサーカス」とポップな文字で書かれたチケットもある。リサは迷い無くチケットのみを取り出す。
「取り敢えずこれは燃やすとして……エノク、火炎放射機。」
「ちょっとぉ!?」
オズワルドが止める暇もなく、リサが投げたチケットはエノクによって消し炭にされた。それを見たオズワルドは悲しそうに泣くポーズを取る。
「うぅ、折角この間
「食べ物ならともかく招待は信用出来ないから却下。」
「父さんを改造しようとしたら母さんにサーカスを周囲ごと潰されると思いますから止めといた方がいいですよ。あと、ショーをやるなら
「おお!そっちはよろしいのですか!」
ガバッと顔を上げるオズワルド。
「えぇ、どうあがいても変なマネが出来ないようにしますから。それに、丁度そういうイベントが今度あるので。」
「先程話されていた事ですね!ハッピーハロウィン!えぇ、えぇ、是非とも参加させていただきましょう!」
「そうですか、なら後で館長に話を通しに行きましょうか。」
「いいの?コイツをここに入れて。」
「そうですよティファレト様、あまり信用できるような者ではないでしょうし。」
「ひどい言われようですねぇ。」
「大丈夫だよ。」
ジト目でエノクを見つめるリサと不安そうな目をする司書補達に対して笑って虚空に手を入れるエノク。数秒後、そのまま回転ノコギリを取り出すとそのまま変形させてニコッと笑う。
「もしもの時はバラバラにするだけだから。」
「それもそうね。」
「おや、もしかして私選択しくじったら即座にぶっ殺されます?」
「良く分かってるではないですか。漏れなく
「流石に死にたくないのでちゃんと言い聞かせておきますね。」
オズワルドは両手を上げ、降参の意を示す。
「所で、皆様何かお困りのご様子。私に出来ることならお手伝いいたしますよ!」
「………まぁ、こういった祭りならオズワルドさんの方が適任ですね。」
そう言ってエノクは先程アンジェラから渡された資料を見せる。
「当日には皆で仮装をするのですが、中々良い案が出ないんです。幻想体のコスチュームは他の階の方々もするでしょうし、面白味が無いなと。」
「折角なので他とは違う事がしたいです!」
聞き手にまわっていたアンリが勢い良く手を挙げる。オズワルドはその言葉を聞き顎に手を当てると首をかしげながら話し出した。
「ふむ、それでしたら丁度良いモデルが身近にいるのでは?」
「モデル?」
「ええここに。」
そう言ってオズワルドはエノクとリサを指差す。
「私達?」
「よくよく考えてみてください。私も詳しくは知りませんが、お二人はかなり特殊な街へ行かれた事があるとおっしゃってましたね?」
「えぇ、ヤーナムのことですね。」
「まさしく!しかもそこの文化はこの都市とはかなり異なるものでしょう?お二人が時々着てらっしゃる衣服もここらでは見たことがありませんし。」
「狩装束の事……ちょっと待ちなさい、あんたに見せたこと無かったはずだけど?」
訝しげに尋ねるリサに対して、オズワルドは笑いながらスーツのポケットから携帯端末を取り出して画面を見せる。
「ノアが撮った写真ですよ。うちの団員が遊びに来たときに丁度その衣装を着てたのでしょう?帰って来たときにおおはしゃぎで教えてくれましたよ。」
ため息をつきながら頭に手を当てるリサとは対照的に、エノクはつっかえた物が取れたような顔をしている。
「なるほど、それなら他の階の皆さんと被る事もありませんね。皆、それでいい?」
「余程変な格好でなければいいです。」
「大丈夫だよ、E.G.Oより大人しいから。じゃあ早速仕立て直そうか。」
そう言ってエノクは席を立つと、指を鳴らして使者達を呼び出す。それに応えるようにテーブルの何も無いところから使者達がのっそりと出てきた。先程出てきていた者も含め、丁度人数分である。それぞれの手にはメジャーらしき道具を持っていた。
「先ずは採寸からだね。狩装束は………くじ引きでいいかい?」
~~オズワルドが訪ねて来た時~~
「図書館にお礼の品を届けに来たはいいものの、無断で入ると殺されかねませんからねぇ。誰か許可を出して下さる方はいらっしゃらないでしょうか………………おや?」
……!……………!!
「向こうが何やら騒がしいですね。誰がいるんでしょうか。」
「ふむ、休憩室でしたか。にしても………
……!!!…!!!!!…
なんかやけにうるさいですねぇ。ここら辺に人が一切いないのも気になりますし。」
ガチャ
「アインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアイン」
↑アインをソファに押し倒して胸に顔を押し付けながら抱きついているカルメン
「…………………。」
↑死んだ目で扉を開けたオズワルドの方を向くアイン
バタン
「…………よし、見なかった事にしましょう。」