それでは、どうぞ。
「お疲れ様でした、こちらをどうぞ。」
「ありがとうございます。」
最後の敵対存在も生命活動を止め漸く安全に動けるようになった部屋の中、獣血の主の亡骸の前でエノクはエルにネックレスを渡した。
「その腕はいかがなさいますか。宜しければ、私達が使っている治療施設をお貸し致しますが「ちょっと、エノクッ!」おや?」
向こう側にいたリサがずんずんと大股で近づいて来る。
「あ、リサ「その技止めなさいって言ったわよね!まーた変な所で自分の体を犠牲にするんだから~も~!」わっ、ちょっと、落ち着いて。」ユサユサ
ガッシリとエノクの肩を掴んだリサはそのまま前後に揺らし始める。されるがままのエノクは苦笑いを浮かべて口で静止を呼び掛けるが、止まる気配はない。その背後にいたイオリは口を開く。
「派手にやったねぇアンタ、離れてた私達まで余波が来そうだったんだが?」
「あ、それはすいませんでしたイオリさん。力を溜めすぎると制御がしづらくて………それでも、出来る限り獣血の主に向くようにしたんです。」
「そうかい。で、その腕はどうする?アンタだったら片腕でも何とかなるだろうが、不便だろう?」
「あ、そこはご心配無く………リサ、そろそろ離して?」
「…………後で話あるから。」
頬を膨らませたリサの言葉に頬を掻くエノクはボロボロになったローゲリウスの車輪を仕舞うと左手で一本の注射器を取り出した。中には赤黒い液体が満タンに入っている。エノクは左手で注射器を掴んだまま振り上げ、
「えい。」ドスッ
そのまま右腕に突き刺した。
「ッ!?」
「ほぉ……?」
突然の奇行にエルは目を見開き、イオリは興味深そうに覗き込んだ。しかし、それを意に介さないエノクはそのまま注射器の中身を体内に流し込んで行く。その最中、潰れた右腕に異変が起こる。
ズチュッ パキパキュ メキャッ ジュワッ
異音を響き渡らせながら右腕が蠢き始めた。人間としておかしい様子は暫く続き、約一分後、
「…………うん、大丈夫そうだね。」グッ パッ
潰れた筈の右手を開いたり握り込んだりしているエノクがいた。顔色一つ変えず、当たり前のように行われたあたり、いつもの事なのであろう。確認が終わったエノクは空になった注射器を握り潰した後、いつもの笑みを浮かべてイオリに向き直った。
「さ、行きましょうか。」
「あっはははははっ!今のはスルーしろってことかい!流石に無理があるよ!」
大爆笑するイオリは笑いを堪えながら質問をする。
「くふははッ………で、一体どういう原理なんだい?見たところ、血液をぶちこんでるようだが?」
「ようもなにも、ただの輸血液よ。」
側にいたリサが短く即答する。そして、その補足をするかのように口を開き始めた。
「昔受けた施術のせいで血を取り込んだりするとどれだけ瀕死であろうとも回復出来るのよ。返り血とかでもいいし、互いの血を舐め合っても何とかなったわ。」
「ふぅん?」
「ま、一種の儀式みたいなものよ。血を代償に体を回復する仕組みが体全体に張り巡らされているとでも思って置けばいいの。」
「そうかい、ひとまずはそれで納得しておくよ。」
言葉とは裏腹に探るような目線を向けてくるイオリから目を反らし、他のフィクサー達に指示を出していたエルに向き直る。それに気がついたエルは三人に向けて頭を下げた。
「おや、どうされました?」
「改めてお三方にお礼を。この度は我々の依頼を受けてくださり、ありがとうございました。」
突然のお礼の言葉に呆気にとられる三人だったが、いち早く意識を戻したイオリが口を開いた。
「ふぅむ、今回この子らを連れてきただけだしねぇ、私が礼を受けとるというのは少々お門違いさ。」
そう言ってイオリは二人を置いて、帰還に向けて準備をするフィクサー達の元へ歩き始めた。
「そもそもこの依頼受けたのはイオリさんなんですけどね……。」
「あぁ、勿論お二人にも報酬をお支払い致します。」
「あらそう?ま、貰える物は有りがたくいただくわ……それはそうとして。」
済ました様子で返事をするリサは傍らに転がる亡骸の方をチラリと見やる。
「これ、どうすんのよ。」
「どう、とは?」
「この死体、持って帰るかって聞いてんのよ。正直、ここで何とかした方が良いと思うけど。」
一切取り繕う事のないその発言にエルは一瞬だけ息が詰まる。しかし数秒間思考を巡らせた後、口を開いた。
「…ここに置いて行きます。あの寄生虫は死に絶えましたが、再発しないとも限りません。」
「そうですか………でしたら、こうしましょう。」
エルの答えに対しエノクは何かを思い付いたようで、虚空から銀色の如雨露のような何かを取り出した。絡繰じみた仕掛けが付いているそれを見せるように持つと、詳細を話し始める。
「これ、少し特殊な火炎放射機なんですけど……ここで火葬しますか?それだったら寄生虫が復活する心配もないのですが。」
「宜しいのですか?」
「放置して寄生虫の温床になるよりかは何倍も良いでしょう?虫なんて物はいくらでも湧いてきますから。」
ニッコリと笑いながら問いかけるエノクは、エルがゆっくりと頷くのを確認した後、手に持った如雨露のようなもの……火炎放射機のトリガーに指をかけて発射口を獣血の主の亡骸に向ける。
「貴方がせめて人としての死を迎えらますように。」
近くにいたリサ位にしか聞き取れないような小声で何かを呟いた後、
ボウッ!!
発射口から巨大な炎が巻き起こる。それは次第に形を成し、亡骸を包むように燃え移った。見た目の割には熱が無いが、不思議と見入ってしまう何かがある。亡骸を燃料に静かに燃える炎であったが、暫くすると少しづつ弱くなり始めた。
「……………これで、
段々と炎は小さくなり、やがて完全に消え去った。そこにあった筈の亡骸は跡形も無くなっており、代わりに赤く煌めく小さな何かが存在していた。エノクはゆったりと歩いて近づくとその何かを拾い上げ、顔の前まで持ち上げた。雪の結晶のような形をしたそれを視界に入れたリサは意外そうな声を上げた。
「血晶石じゃない。」
「うん……だけど、それだけじゃない。」
エノクとリサにとっては聖杯ダンジョンで飽きる程に
「………あぁ、成る程。」
「何か分かった?」
「遺志だよ、この血晶石の元になった人の。完全に獣血の主に支配されたかと思っていたけど………体がまだ覚えていたのか、それとも残されたのがここだけだったのか。」
納得した様子のエノクは拾った血晶石をそのままエルに投げ渡した。放物線を描いたそれは、難なくエルの手の中に収まる。事情を知らないエルは疑問を浮かべながら問いかけた。
「こちらは?」
「あの獣の中に残っていた人の部分です。おそらく、貴方に渡したネックレスの持ち主の方が遺したものですね。」
「!」
「その遺品と一緒に納めてしまえば、供養位にはなるでしょう。」
「そうですか…有りがたく頂戴します。」
「所長、帰還準備が完了しました………死んだ者達を連れ帰る事は出来なさそうですが。」
そう言ってネックレスと共に血晶石をコートの内ポケットに入れたエルへファンフェイシーが近づいて来た。入り口付近では昏睡したままの仲間を抱えるフィクサー達でごった返している。
「そちらも火葬しましょうか?」
「………お願いします。」
「任されました。」
エノクは軽い返事と共に寄生虫の餌食となった者達の亡骸の元へと足を運ぶのであった。
「………………。」
「………どうかしたか、ブランカ。」
「あ、ファンさん……いえ、大丈夫です。」
遺体の火葬も終え、遺跡の際深部を出た一向は剣を抜いたイオリを先頭に来た道を辿っていた。その隊の中、一人思い詰めた顔をするブランカは隣でサイゴォレイアルを背負ったファンフェイシーに話しかけられていた。
「…そういえば、お前は目の前で人の死を見るのは初めてだったな。」
「はい……事務所の皆さんに拾われたのが他の子よりも早かったので…………。」
「……………気に病むなとは言わん。だが、ここでは生物の死が日常だ、それは私達人間も例外ではない。弱者は淘汰され、成す術もなく死んでいく。」
ファンフェイシーは言葉を続ける。
「親しかった奴が突然息絶える事もある。昨日まで話をしていた奴がこの世から消えることもある。」
「…………はい、分かってます。」
「だから忘れるな。記憶からの逃避もせず、それを真っ正面から受け止めてその上で進まなくてはならない。」
そこで一度言葉を切ったファンフェイシーは真っ直ぐ前を見つめて口を開いた。
「私達にはそういう生き方しか出来ないからな。」
(随分とまぁ立派な精神ね。)
(良いじゃないか。それに、僕らも似たような物だと思うけど?)
(………全部を受け止めるってのは相当な物よ?私達は最初から背負わざるを得なかったんだから仕方ないけど、まともな人間が耐えれるものでもないでしょ?余計な事まで拾っていたら、自分が潰れるだけじゃない。)
(まともな人間、っていうのは僕らには理解出来ないんだよ。比べる相手が居ないから、基準が分からない。少なくとも、ずっといたあの世界の"まとも"なんて、信用出来る事ではないし。)
(そういうもんかしらねぇ。)
小声で会話する二人は、その手に血濡れの武器を握りながら一行の後ろを静かに着いていくのであった。
道中、怪物にエンカウントすることはあったが、その殆どを先頭に立つイオリとエルが蹴散らし、背後から迫る化け物は狩人達が音も立てず処理したため特に被害もなく地上へとたどり着いた。
「それじゃ、私達はここでお暇するよ。」
「皆様、この度は私達の依頼を解決してくださり、ありがとうございました。」
イオリとエノク、リサに向けて頭を下げたエル。それに続き、後ろに控えていたファンフェイシーとブランカもそれぞれ頭を下げていた。他のフィクサー達は被害者達の治療の為に先に事務所へ向かっている。イオリの斜め後ろに控えていたエノクは虚空に手を入れながら口を開いた。
「もう被害が広がる事は無いでしょうが、一応保険をかけておきましょうか?」
「そんな物があるのですか?」
「はい、これですね。」
そう言いながらエノクは掴んだものを引っ張り出す。目の前に差し出され、ぶら下がるそれを見たブランカは不思議そうに呟く。
「ランタン……ですか?」
「そうですよ、まぁ使う目的は本来の物とかけはなれてますけど。」
そこにあったのは丸みを帯びた携帯ランタンであった。少々使い込まれた様子が見られるが、造形が細かく一種の芸術品のような印象を受ける。エノクは笑顔で携帯ランタンをブランカに差し出した。
「これを灯せば
「……それはありがたいのだが、一体どういう原理なんだ?」
「じゃあ聞くけど、あんたは大した利益にもならないのにいかにも『かかってきたらぶっ殺す』みたいな気配醸し出してるやつにわざわざちょっかいかける?」
「ちょっと待て、何なのだこれは。」
リサの物騒な例えに思わず突っ込むファンフェイシー。受け取っていたブランカは持っている品の得体のしれ無さに怯えて震えている。
「私達が狩りの時に腰に着けて使ってたの。ちょくちょく手入れはしてたんだけど、獣とかの返り血浴びまくったせいで獣除けみたいな物になっちゃって、獣を狩ろうにも逃げるからしまってたのよ。」
「僕らには不要な物なので遠慮無く受け取って下さい。」
「そう言うことでしたら……ブランカ、管理を頼めますか?」
「は、はい!」
エルから話しかけられたブランカはランタンを両手で抱えながら緊張した面持ちで返事をした。その様子を見届けた後、都市のフィクサー三人はそのまま遺跡天使事務所の面々と別れ、帰路に着いたのであった。
「では、私達も戻りましょう。ファンフェイシー、ブランカ。」
「「了解です、所長。」」
イオリ達を見送った三人は踵を返して自分達の
「………?」
「どうかしたか?」
「……いえ、気のせいですね。」
ヒョコッ
「~♪」
ランタンと共に一人の使者を連れて。
これにて遺跡編終了です。次回からは都市の中に戻って行きます。
狩人が血を体内にぶちこんだだけで怪我が治る仕組みについて、作中では「血を媒介にして体を治す術式を起動させてる」と言ってますがこれは説得するための方便です。公式から空かされている設定ではないので個人的な考察で申し訳無いのですか、怪我が治る理由は「ある種の思い込み」なのだと思っています。もっと言えば「血によって怪我が治る」という空想(夢)を現実に持ってくる事で治った結果が上書きされるのだと思ってます。死んでもその事実を夢オチに出来るので、それの応用なのかなと、そんな感じです。
血晶石とランタンに関しては設定を生やしました。使者くんが着いて行ったのは気分です。