それでは、どうぞ
カランカラン
「おや、随分と早いご到着だね。依頼の承諾の連絡が来てから1日位しか経って無いんだが………。」
「他の依頼もありましたので、先にこちらを済ませようかと。」
「で、依頼主はいる?」
翌日、二人の姿は少し前に訪れた事のある23区の一角のカフェにあった。マスターである老人は少し驚いた顔をした後、困ったような表情を浮かべる。
「残念だが、今は居ないね。もし納品に来たって言うんだったら裏の方の調理場に置いといてくれないかい?」
「前回と同じですか?」
「あぁ、私を介して依頼をするのは大抵料理人でね、その場で調理出来るように幾つかの厨房があるんだよ。ブッキングしたら大変な事になるだろうからね。」
そう言いながら老人は店のバックヤードに二人を通す。表の厨房を通り過ぎ、一度見た廊下を通りながら、エノクは老人に対して尋ねた。
「先程の話を聞いて思ったのですが……よくばれませんね、ここの事。ハナ協会が黙って無いと思うんですが。」
「はっはっはっ、私はカフェのマスターをしているただの老人だよ。彼女らには、場所と名前を貸しているに過ぎないんだ。それに、
「やっぱり貴方も食えないタイプの人種ね。恐らく盾も幾つか用意してるんでしょ?」
「おや、君達は私の敵となるのかな?」
そう言って振り返る老人の顔は、人の良い笑みが浮かんでいたがその中には明確な殺意をひしひしと感じる。確実に常人ではないのが分かる濃密さである。しかし二人はそれを受けても何とも無いように答える。
「そんななんの得もない事しないわよ。殺るんだったら料理人の方を消すわ。」
「ここのドーナツ美味しかったですし、わざわざ潰すような真似はしませんよ。ここら辺では珍しいまともな店のようですから。」
「………ふむ、嘘は無いようだね。」
敵意などが一切無い事を悟った老人は何事も無かったかのように殺気を霧散させる。
「失礼したね、こんな事をしている物だから少々そういうのには敏感なんだ。」ガチャッ
謝りながら開けた扉の先は前に訪れた時よりも少々綺麗な様子であったが、誤魔化しようもないこびりついた血の匂いが二人の鼻を刺した。部屋の中央に置かれた調理台には真新しい痕跡こそ無いものの、そこに刻まれたおびただしい血の跡はその姿を隠しながらも存在感を発し続けている。老人は、その隣を通り過ぎ、備え付けられていた巨大な冷蔵庫の取っ手に手を掛けた。
「ここを第2のキッチンにする人も多くてね………こういった設備は私を通じて手配しているんだ。」
「ふーん……で、何処置いとけば良い?」
「この冷蔵庫の中で頼めるかい。それと、報酬は後日払うと言っていたよ。」
「そうですか、承知しました。」
そう返したエノクは虚空に手を入れ、そこから機械じみた何かを取り出した。生き物ではあるようだが、外見だけ見ればそもそも可食部があるのかどうかすら怪しい代物である。ただ、その頭部から走る亀裂と頭を貫くように空いた穴から流れていたらしき血の様な液体の跡と、そこから見える肉によってこれが生物であることが分かる。但し、食欲等は沸く筈もない。なんと無しに取り出した機械擬きであったが、エノクは特に気にすること無く放り投げる。続けざまに隣にいたリサも帰り際に狩った異形や巨大な獣を冷蔵庫の中に放り投げた。
「うん、これぐらいでいいかな。」
満足げなエノクは手に付いた汚れをはたきながらそう呟き、振り返りながら老人に話しかけた。
「あ、こないだ売り切れてて買えなかったカヌレとガトーショコラってまだありますか?」
「あぁ、どうせなら焼き立てを持っていくといい。君たちが来る少し前に丁度出来上がったばかりなんだ。」
数分後、三人の姿はカフェの前にあった。
「買ってない物まで入ってるんだけど?」
「君達は今後もお世話になりそうだからね。期待を込めた前サービスだよ。」
老人はそう述べた後、気になっていたことを尋ねる。
「そういえば、この後の依頼とは何かな?」
「僕らも詳細は知りませんが……確か護衛任務とか何とか。」
「同じ依頼を受ける奴の知り合いから頼まれたのよ。「人手が足りないから手伝ってやって欲しい」って。」
「ふむ………そうか。いや、すまないねわざわざ止めてしまって。単純な興味だから気にしなくても良いとも。それじゃあ、今後ともご贔屓に。」
「…………。」
「リサ、そろそろ行こうか。焼菓子、ありがとうございました。」
はぐらかすような態度の老人を訝しげに見やるリサであったが、隣にいたエノクが切り上げた事で肩を竦めながら踵を返した。ペコリと礼儀正しく礼をした後、足早に駆け寄りリサの隣に並ぶエノクを見送る老人の顔には、少しばかり疑問が含まれているようだった。
(………彼らはまだ低級のフィクサーだった筈。実力があったとしても目をつけられるのみ………それに、護衛依頼となると……………最近頭角を現しているフィクサーか?)
そこまで考えた所で老人は小さく頭を振って意識を切り替える。
「深追いしてはいけないね、早く仕事に戻ることにしよう。」
そう呟くと、老人は店の中へと戻って行くのであった。
「むぐむぐ……。」
「はぐっ。」
一度狩人の夢を経由することで23区から1分足らずで11区の中心地にある駅の前に着いた二人は、近くのベンチに座ると早速買った焼菓子を頬張った。モゴモゴと口を動かす姿は年相応の物である。リサは一度口の中にある物を飲み込むと、隣のエノクに話しかけた。
「んぐっ……で、依頼主との待ち合わせ場所って何処だったっけ?」
「ちょっと待ってて……えーっと、ここが現在地だから………2つ隣の区の端辺りだね。一応線路が通ってるから、ここからでも問題なく行けるんじゃないかな。」
「そ、じゃあ早速行きましょ」
菓子が入っていた紙袋を片付けた二人は立ち上がり、腰に取り出した仕込み杖を差しそのまま駅構内へと入って行く。殆どの人間はそのことを気にも留めず、自分の目的のために歩を進めている。
「………。」
「どうかしたのかい?」
「………んーん、何にもないよ、パパ。」
「ごめんなさい、待たせたわね。さ、行きましょ。」
しかし、少し離れた場所から赤毛を三つ編みにした幼げな少女がその二人の背中を見つめていた。正確にはその視線は二人の持つ杖に注がれていたが、手を繋いでいた父親であろう男性に話しかけられた事で意識をそちらに向けた。そして母親らしき女性がそこに合流した後、少女は二人と手を繋いで改札へと向かうのであった。
ガタンゴトン ガタンゴトン
「こないだ乗ったのとは違うのね、個室があるなんて。」
「金銭的に余裕があるし、少し離れた場所だからね。こういった贅沢しても構わないでしょ?チケットが取れたのは幸運だったね。」
列車に揺られる二人の姿は対面式の椅子のある個室の中にあった。座るソファは肌触りの良い素材が使われており、高級そうな雰囲気を感じる。リサは備え付けられた窓の外を見ながら口を開いた。
「何時になったら着くのかしらね。」
「半日かからない位じゃないかな。この速度であればの話だけど。」
「どの道しばらく暇なのは変わらないのね。」
「まぁこういった時間も悪くないじゃないか。」
そう言ってエノクは虚空に手を入れると、何冊かの本を取り出した。それを自分の座る場所の隣に置き、その内の一冊を開きながらリサへと問いかける。
「リサはどうする?」
「………本って言ってもあの街から回収したものにまとものなんて無いだろうけど。」
「狩人の夢に残されてた先生関係の本ならあるよ?」
「仕掛け武器に関する記述は?」
「何冊かありそうだったね。まだ全部把握しきれてないけど………ここ辺りかな?」
「じゃ、それ頂戴。」
「了解。」
エノクは再び虚空に手を入れると、そこから一冊の古びた本を取り出した。その表紙にはシンプルな装飾が施されていたが、タイトル等は無く、どこか物悲しい雰囲気を感じる。差し出されたそれを受け取ったリサは足を組み、静かにページを捲り始めた。その姿を見ていたエノクも暫くすると自分の手元にある本に目を移し、読書を始める。彼の手に握られている本には、「聖剣の英雄」というタイトルと一本の輝かしい剣が描かれていた。
時間が経ち、エノクが一冊目を読み終えて二冊目に入ろうとしたところで不意に扉の外からノックの音が聞こえてきた。反射的に振り向くと、ガラス越しにワゴンを引く人影が立っているのが見えた。何故かペストマスクで顔を隠しているが、制服らしき物を身に纏っているため列車の従業員か何かなのだろうと考えたエノクはその扉を開き、声をかける。
「はい、何でしょうか。」
『何か入り用な物はごさいやせんか。軽食や飲み物等は取り揃えております故、お申し付け頂ければ用意いたしやしょう。』
するとノイズ混じりの声で返事が来た。その声色から男性であることは分かるのだが、いかんせん複数種類の声が重なっており若いのか老いているのか分かりにくい。しかし言葉の内容と雰囲気からして敵ではないのだろう。聞き覚えの無い方言のせいだろうか、どこか古風な感覚を抱かせる男に対し、エノクは暫く悩んだ後注文することにした。
「……そうですね、コーヒーを二杯頂けますか?」
『ありがとうごさいやす。少々お待ちを。』
そう言うと男はワゴンの中から2つの紙コップと一つのポットを取り出した。ポットからはコーヒーの香りが漂っている。男は丁寧にコーヒーが注がれたコップに蓋をすると、そのままエノクへと差し出した。
『私特性のブレンドとなっております、お熱いうちにどうぞ。コーヒーフレッシュや砂糖は必要ですかな?』
「いえ、お構い無く。ありがとうございます。」
『私はこの列車の中を歩いてございますので、ご用があれば気軽にお呼びくだせぇ。』
すると男はゆっくりとお辞儀をするとワゴンを押して何処かへと去っていってしまった。その背中を何となく見送っていたエノクであったが、
「いつまでそこで立ってるの?」
リサに声を掛けられた事でそちらに意識を向ける。受け取ったコーヒーを渡すと礼を告げながら飲み始め、また本に没頭し始めたリサをよそに目だけで男の去っていった方を見るが、通路には既に誰の気配も無かった。その後、エノクもリサの向かい側に座り、コーヒーを楽しみながら次の本を手に取るのであった。
「この絡繰私達でも作れるのかしら。だとしたら結構売れそうだけど。」
「うーん、出来ない事は無いだろうけど………この都市では武器の製作には特殊な許可が必要みたいだし、時間的にもかなり先の話になるかもね。」
二人の乗った列車のイメージとしては、ハリー・ポッターシリーズでホグワーツに向かう時に乗っていたあれだと思って下さい。車両の片方が通路で何個もある部屋に繋がっている感じです。
訪ねてきた物売り男は列車のスタッフの一人で、ワゴンにある飲み物などは全て彼が用意しています。ラインナップとしては飲み物だけでもコーヒー、紅茶(数種類)、緑茶、中国茶(烏龍茶など数種類)、ミルク、ココア等……特別変な物じゃなかったら彼に言えば『少々お待ちを』と言って紙コップに入れて出してくれます。